7月2日土曜日、ちょうど息子くん生後2ヶ月の日に、お別れの会でした。
息子くんの名前は『透空(とあ)』というのですが、
本当にこの名前を付けてよかったと思うことばかりの、この日もいい天気
この日は朝から忙しくて夕方の撮影になってしまいました
お別れの会は、
告別式とお通夜を1日でやる1日葬という形式でした。
葬儀屋さんを決めるのに、ここでは長くなるくらいの一悶着エピソードがありました![]()
それはまた今度![]()
自分達が喪主になる立場になったことないので、
亡くなった後何を最初にしたらいいかなんて全然わからなくてまずはネットで検索![]()
調べてみると、
まず葬儀屋さんを選ぶ、もしくは病院がよく使っている葬儀屋さんに連絡するよう。
うちの場合は、県立の病院で、
一応病院によく出入りしている葬儀屋さんはあるらしいけど、
特に勧めてるわけではなくすごく近いわけではなかったので、
自分達で一からネットで調べて口コミの良い評価があったところに連絡してお願いすることになりました。
自治体によっては火葬場が混んでいたり、あとは友引を避けて葬儀はするので、
今回は最短で5日後が葬儀の日となりました。
お別れの会までずっとお家に一緒にと思っていたのですが、
アパートだからリビングの隣部屋に冷気を送るようにしてそこに安置していたけど、
やっぱり夏場だからちゃんと安置できるか不安だよって親にも言われ、
3日間だけ一緒にいてあとは葬儀屋さんに預けました。
預けてからも短い時間でも毎日顔を見に行き、
頭をナデナデしてお別れの会まで出来るだけ姿を目に焼き付けました。
参列者は、
まだ両家の祖父母しか息子と会ったことなかったから、お互いの両親と、
旦那ちゃんのお兄さんが来たいということで大人7人と、
うちの娘ちゃんで8人のアットホームな雰囲気での式。
やはりもう亡くなっているとわかってても、
お別れの会で棺に入っている顔を見たら、
涙が止まらず、
参列に来た私の父も母も声を出して泣く姿があった…
それを見て私が親を悲しませてしまったような、親不孝をしてしまったような気持ちにもなった…
姿があるだけでも、なんだか一緒にいるような少し安心感があったのに、
いざその姿さえもなくなった時、
なんだか全身の力が抜け、
心に穴が空いたような感じがした。
心の中にずっと生き続けてるとはいうけど、
姿さえも見えなくなった時、
いなくなった現実を突きつけられ、
大事な人を失った悲しさがひたすら襲ってくる。
亡くなった日に、私の育休は終了してしまったが、
社会復帰をすぐに出来る気分になれない。
職場の上司にはもちろん伝えたけど、
職業柄やっぱり子どもに会うのは避けられないし、
保護者の方には妊婦の時に沢山体調を心配してもらったり、
誕生を楽しみにしてもらってたから、
どんな顔で会ったらいいか、
私は声をかけられた時に一人一人に説明していたら、
余計つらくなっていくだけだと思うし、
泣かないで話す自信がない。
旦那ちゃんもあと数日で職場を復帰するが、
私も稼がないと新居も完成したし、
いつまでも生計を圧迫させることはできないと思うと、
本当に現実は遺族に厳しい…。
