所用があり、出かけていて、帰りの電車の中でスマホを見ると、施設からの着信履歴。

 

(何があったのだろう?)

 

事務所が開いているのは17時30分ごろまでと聞いているので、自宅に戻ってからでは間に合わない。快速への乗り換えで、車内に人が少なくなったときに、折り返しの電話をかけた。

 

その内容は、とんでもないものだった。

施設のかたは、かなりオブラートにつつんで話してくださるので、よけいに妄想がふくらみ、いっそ具体的に父の言葉を伝えてほしいくらいだったが、電車の中なので詳しく聴けず、悶々。

 

(本文より)

 

◆手すり工事完了

◆罪悪感とか一瞬で吹っとぶ

◆まさかの○ボケ?

 

***********

 

◆手すり工事完了

「介護保険居宅介護(介護予防)住宅改修費事前確認申請」を経て、市役所より事前確認通知書が届き、いよいよ手すりの工事の発注をしたのが、6月11日。

 

今回の工事は、急に自立歩行が覚束なくなりはじめた認知症の父が、5月上旬、庭先の3段ほどの石段で転倒し、唇の上を2針縫う怪我をしたため、急遽、転倒防止のために施行することになったもの。

 

そのときは、あわてていたし、一刻も早く、石段に手すりをつけなければ! と焦って、大急ぎで業者さんに来てもらい、必要な工事費の見積もりをしてもらった。

 

ところが、申請書を提出しても、事前確認書が届くまで二週間ほどかかると言われ、待っている間に、父の運動機能や認知が、どんどん低下していく。

私ひとりの力では、起こせないこと、立たせられないことが頻発し、自宅介護の限界も感じ始める。

 

(ちょっと待って!)

(立てなくなったら、庭の手すりなんて、必要!?)

(庭よりも、居宅内の手すりを助成金でつけるべきだったのでは!?)

 

などと、もくもくと暗雲がたちこめてくる。

 

だけど、「施工後、支柱のセメントが乾くまで最低3日間は、絶対に触らないでください」と言われた、この工事のおかげで、ずっと踏み切ることができなかったショートステイの壁を、超えることができた。

 

デイサービス利用時でさえ、不穏症状が出ると、興奮して「帰る」を連呼し、別人のように暴力的になり、年もお世話になっている施設の人の手を煩わせ、とんぼ返りで自宅に戻ってくることもある父。

かなり、認知症が進んできて、自分の家の中でも、トイレや寝室の場所がわからなくなることが増えた最近でも、数回そんなことがあったので、施設に泊ることができるとは思えなかった。

 

(だけど、支柱のセメントが乾くまでの3日間は、父を家から遠ざけなければいけない)

 

そうわかっていても、なぜか前に進めず、いつまでもぐずぐずしていたら、ケアマネージャーのOさんがリストの1番上にあった施設に電話をかけて、あっというまに決めてくださった。

 

どんな施設かもしらないまま(見学にも行かないまま)、お試しショートステイの日がやってきて、いつ電話がかかってくるかと、祈るような思いでいたけど、びっくりするほど成功

1泊2日で帰宅するはずが、週末利用のかたのキャンセルで空きが出て、延長可能になり、さらに翌週も延長でき、無事に工事が完了。

 

1日で終わるはずの工事は、梅雨に入ったため、雨天をさけて、2日間で行われた。

予定日の午後から降雨の予報だったので、初日は、トイレ、玄関の手すりと、庭の支柱を立てる穴をあけるところまで。

 

 

 

 

 

「穴に雨水が入ってもいいのですか?」

「大丈夫です。抜きますから」

 

あけられた穴を見て、父がいたら絶対に無理だと思った。

自分の家の庭に、こんな穴が出現したら、絶対に埋めてしまうだろう。

 

2日後、残りの工事をしていただき、施工完了。

 

 

 

20万円の工事費用のうち、介護保険負担割合に応じて、自己負担額が発生する。父は負担割合が1割なので、支払額は2万円だ。

トイレの手すりは、全額自己負担となる。

施行された手すりを眺める。

 

(ほんとうに、これが、今の最善なのだろうか?)

(父にとって、「使える手すり」になるだろうか?)

 

庭の水まきを、思うようにできるかもしれない。

父のことが大好きな、ゴールデンリトリバーのロロが、散歩で前を通ったら、門のところまで行って、なでてやれるかもしれない。

 

◆罪悪感とか一瞬で吹っとぶ

 

一泊二日で帰宅するはずが、さまざまな状況が重なり、延泊できている父。

自宅に強制送還されることもなく、1週間が過ぎ、2週間……。

 

このまま、何事もなくショートステイが可能になれば、施設の空き状況から、週4日の利用が可能とのこと。

 

さて、毎月5万円ほどかかっている日々のデイサービス(介護保険)を、自立支援医療助成制度による「治療としてのデイケア適用(医療保険)」で、自己負担額上限1万円にできれば、ショートステイ利用による自己負担額の増額が、緩和できるのではないか? という、たいへん魅力的な、現在検討中の提案だけど、今後、ショートステイを週4日利用できれば、デイサービスの利用は週2日となるため、医療費を含めても、1万円を超えることはないか、超えてもわずかの金額だ。

 

すると、8年間お世話になっている脳神経外科の主治医と、デイサービスの施設を変更してまで、医療助成を申請するメリットがないことがわかり、見学までさせていただいて、手続きをした診療予約をキャンセルする。

 

利用期間が伸びたので、父が服用している薬(認知症と高血圧)を施設に届けに行く。

強制送還の連絡がないので、なんとかやっているのだろうと安心していたら、とんでもなかった。

やはり「帰るコール」は勃発しているらしく、夜中にも何度も起きて、トイレ以外にもベッドから降りて動き回ったりしているとのこと。

4人部屋だというし、父がベッドに入るまで、夜勤の人の手を煩わせていることがわかり、申し訳ない気持ちでいっぱいになり、とにかくお詫びする。

すると、眠れずに動き回るのは、父だけではないこと、声をあげる利用者のかたもいるときがあり、夜中でも静かとは言えないため、目が覚めやすい環境ではあるので、そこはご了承願いたいと、逆に施設のかたに言われ、もちろん、そんなことで文句を言ったりしないし、父は耳が遠いので、音についてはさほど問題ではないし、逆に安心するくらいだ。

 

日常は、どのように過ごしているかを尋ねると、デイサービスのように、利用者さんでリクレーションをしているわけではないので、ベッドがある部屋からは出て、椅子と机があるような場所で、座って、新聞を読んだり、テレビを見たりしているとのこと。

 

施設内の歩行に関しては、老健とちがい、リハビリ的な訓練をしてくれる施設ではないので、Oさんの提案で、馬蹄型の歩行器をレンタルして、それを使っていただいている。初めて使う器具なので、使うことを忘れるようだけど、声かけをしていただき、トイレに行くときなどは、それを使って歩いているとのこと。

 

ほかの利用者のかたと、楽しく会話できていたらいいと思い、尋ねてみたのだけど、男性の利用者が、圧倒的に少なく(最大5人)、みなさん、介護度が高いので、友達のように会話する光景はなく、職員が声をかけるくらいだと聴いて、少し寂しく思う。

 

だけど、私が自宅で介護していても、介護度があがった最近では、父との会話は、歩行の誘導や、着替えの声かけ、ごはんや就寝の声かけ、何度も同じことを繰り返す父へのおざなりな応答など、普通の会話からは遠ざかっていたことに気がつく。

職員さんからの声かけでも、父にとっては、新たな刺激になり、ずっと自宅にいるよりは、よほどいい。

 

日中、デイサービスで賑やかにリクレーションをして過ごすのと、特養施設でのショートステイで静かに過ごすのでは、デイサービスのほうが、認知症が進まないような気がするけれど、診断を受けてからでも8年が経過した今、どちらもさほど影響はないような気もする。

 

それでも、父がいない生活が続き、介護から解放されていると、若干の罪悪感のようなものも感じたりしていたのだが……

 

そんなものは、ふっとんだ。

 

◆まさかの○ボケ?

 

所用があり、出かけていて、帰りの電車の中でスマホを見ると、施設からの着信履歴。

 

(何があったのだろう?)

 

事務所が開いているのは17時30分ごろまでと聞いているので、自宅に戻ってからでは間に合わない。快速への乗り換えで、車内に人が少なくなったときに、折り返しの電話をかけた。

 

その内容は、とんでもないものだった。

施設のかたは、かなりオブラートにつつんで話してくださるので、よけいに妄想がふくらみ、いっそ具体的に父の言葉を伝えてほしいくらいだったが、電車の中なので詳しく聴けず、悶々。

 

つまり、施設と職員に慣れてきた(施設のかたの表現)父が、どうやら、女性職員に対して、セクハラに該当するような(施設のかたの表現)「不適切発言」(私の表現)をするようになったとのことで、男性職員が対応するようにしているけれど、シフトによっては、女性職員しかいないこともあり、父は身体が大きく、威圧感があるため、特に夜勤などは女性職員が怖がっていて、今すぐ、利用停止ということはしないが、慣れすぎないよう、別の施設と組み合わせていただくか、今後、エスカレートするようであれば、継続は難しい…… というのだ。

 

「家では、そのようなことはないのですが……」というのがやっと。

 

ショートステイの利用に際して心配していたのは、父の帰宅願望や、不穏時の興奮状態や暴言だったが、まさかのセクハラ発言。卑猥な言葉などを言っているのだろうか。

 

情けなくて、恥ずかしくて、申し訳なくて。それを、上回る、猛烈な怒りの炎が燃え上がる。

 

それは、父に対してというより、歴史の中で繰り返される、女性に対しての性的な暴力に対するものであり、絶対に許せない憤りと怒り、そして哀しみだ。

 

(ここにきて、まさかの色ぼけ)

 

とんでもないトラップだ。どの施設でも利用停止になるし、有料老人ホームを契約したとしても、戻されてしまうだろう。

 

ショートステイを利用してもらっていることに対する罪悪感のようなものは、一気にふきとんだ。

いままで、夫と子どもから離れて、介護をしてきたことに対する答がこれでは、あまりにも、情けない。許せない。勘弁してくれと思う。

 

対処としては、認知症の主治医に相談し、パーキンソン症状の治療として、5月下旬から服用を始めた、ドーパミンの作用がある薬の副作用が考えられるとしたら、その服用をやめて、別の薬に変えるか、色ボケ問題に効果のある薬があるなら、それを処方してもらうかだと考え、施設のかたに、そのことを伝えて、おわびをする。

 

あまりにも、情けなさと、恥ずかしさと、申し訳なさと、怒りが大噴火したので、帰宅して、夫と妹に、怒涛のライン。

 

不思議なもので、がんがん書きまくって、放出すると、冷静になる。

 

(いつまでも、つづくわけではない)

 

自分の力だけでは、思うように動けなくなり、好きなときに好きなことができなくなり、トイレでさえ間に合わずに失敗するようになり、からだの自由がきかなくなり、どこにいるのか、いま、何時なのかもわからないことが増え、混沌とした不安のなかにいる父が、脳の機能の低下で、感情の抑制ができなくなったり、性的逸脱行為と言われるようなことに傾倒したとしても、いったい、それがいつまで続くのだろう…… という気持ちになったのだ。

 

1ヶ月も、2ヵ月も続くのだろうか。

感情の起伏もがなくなり、誰のことも忘れて、思い出せなくなる日も、おそらくやってくる。

それも、そんなに遠い未来のことではないのだとしたら。

 

(それを口にして、楽しいのだったら、別にいいか)
(利用停止になって、戻ってきても、治まるまで我慢して、別の施設を探せばいいか)

 

などと思えたりする。

無表情で、座ったり、寝たりしているだけの状態になったとき、(そういうこともあったね)と、困ったちゃんだった日々のことを、きっと何度も振り返るのだろうと、思うのだ。

 

Oさんからも、さっそく電話がかかってきて、逆に施設に対して怒ってくれた。

父とのつきあいが長いし、興奮して暴力的になる父も知っているけれど、ほかの利用者さんの世話を焼いてまわるような父も知っていてくださるので、父の味方なのだ(笑)

 

「ベッドに連れ込まれたわけじゃないでしょ? って言ってやったのよ」

 

というので、ツワモノすぎる。

 

千葉に住んでいる妹も、

 

「認知症のセクハラくらい、はいはいって流してほしいよね。昔、居酒屋でバイトしていたとき、酔っ払いが手を握ってきたり、尻触ってきたりしたけど、割り切ってやってたからねー。言葉のセクハラくらいで言ってくるとか、そんな施設はこっちから断りたいけど、今はどこもそんな感じなのかな。パンツの中に手を入れたりとかなら怖いけどさ」

 

などと書いてくるので、目がテンになる。

 

(私にそのメンタルをくれ)

 

……というわけで、明後日の午後、父が3週間ぶりに帰宅する。

父が、家のことや、私のことを覚えているかどうかも未知の領域。

父の運動機能がどのくらいなのかも、未知の領域。

 

 

浜田えみな

 

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