飛んでいるりゅうの子どもの下に広がる森の様相に心を奪われ、

白抜きで色のついていないからだに、

これから成長し、変容していく、未知の可能性を感じるとともに、

 

(名前は、なんていうのだろう?)

 

と思った。

 

(本文より)

 

*************

 

◆りゅうの子とエルマーの物語

 

尾道在住のイラストレーター 高垣真理さんから、りゅうの子を受け取る。

レターパックでやってきた。


真理さんは、ドラゴンちゃんと呼んでいらっしゃるのだけど、私の中では、りゅう

なぜなら、子どものころ、従妹のおさがりでもらった大好きな『エルマーと16ぴきのりゅう』を思い出すから。

 

初めて読んだのは、小学校の低学年だったと思うけれど、私の物語の原点として、根付いていると感じる。

 

 

何度読んでも楽しくて、ハラハラドキドキの冒険があり、友情があり、ユーモアがあり、臨場感たっぷりで、食べ物がみんなおいしそうで、夢中になって引き込まれていく。

 

強く心に残っているのは、りゅうの名前が明かされるシーン

 

*********

 

「でも、きみのかぞくがぼくのことを、どうしてきみのともだちだとわかる?」

「ボリスからたのまれたといえばいいんだよ。」

「ボリスだって! きみのなまえが?」

「うん。」

と、ボリスは、もじもじしながらこたえました。

「いままで、はずかしくていえなかったんだ。」

 

(『エルマーと16ぴきのりゅう』

ルース・スタイルス・ガネット 作

ルース・クリスマン・ガネット 絵 

わたなべしげお 訳 

福音館書店 P86~P87より転載)

 

*********

 

私は、本名は「弓代」と言う名前で、幼少のころ最後の「よ」がうまく発音できず、何度も聞き返されるのでトラウマになり、自分の名前を言うのが苦手だったので、〈もじもじしながら〉〈はずかしくていえない〉という、りゅうの心情に共感し、〈じぶんだけじゃないんだ!〉と感じたことで、強く印象に残ったのだと思う。

 

あらためて本を読み返して気づいたのは、『エルマーと16ぴきのりゅう』が、3冊シリーズの完結編だということ。

 

『エルマーのぼうけん』『エルマーとりゅう』という2冊分ものぼうけんの間、どうやって名前なしで会話していたのだろう?

 

当時、図書室になかったのか、3部作だということを知らなかったのか、この2冊を読まないまま、現在に至っているので、物語がどんなふうに展開していたのかがわからないけれど、3冊目にして、はじめて、りゅうの名前が明かされた意味。

 

名前のもつ不思議な力と、その封印が解けるエネルギーを、それが何かはわからなくても、幼少の私は感じたと思う。

 

そういえば、エルマーが飼っていたカナリアには、フルートという名前があるけれど、ぼうけんが始まるきっかけとなる、ともだちのねこは、最後まで「ねこ」のまま。

 

山下弘司先生が創始された「名前のことだま®」に.2009年に出逢い、ライフワークにすることを決めるのだけど、それまでも、その後も、物語は、「名前」からのメッセージを、静かに送りつづけてくれる。

 

……というわけで、私にとっては、ドラゴンではなく、まだ幼くて、白いからだのりゅうの子ども。

 

初めて出逢ったのは、真理さんの2024年の年賀状で、原画をみせていただいたのは、1月20日。「天王寺の人々」というグループ展の会場だ。

 

 

 

まさか原画に出逢えるとは思っていなかったので、とても嬉しかったことを覚えている。

 

飛んでいるりゅうの子どもの下に広がる森の様相に心を奪われ、白抜きで色のついていないからだに、これから成長し、変容していく、未知の可能性を感じ、(名前は、なんていうのだろう?)  と思った。

 

タイトルを見ると、『見つけた!』と書いてあったので、

 

(この子は、なにをみつけたのだろう?)

 

と、わくわくした。

 

原画なので、1点。

展示販売なのだから、申し出ることは可能だけど、まだ、私には受け取る準備も、迎える場所もないと思い、怖れ多くて展覧会では言い出せず、帰宅。

 

ところが、帰宅してから、どうしてもどうしても気になり、翌朝、真理さんにメッセージしたところ、私に向けて原画を描いてくださったとのこと!

 

なんとなく私の元へ行くような気がしていたと話してくださり、でも、売れてしまったとのこと。

 

(躊躇せずに、画廊で申し出ればよかった……)

 

だけど、メッセージには続きがあり、

 

「待てますか? 2月にもう一枚描いてみましょうか? きちんと下絵があるので、ドラゴンちゃん、生まれると思います」

 

と言ってくださった。

 

(2度も、自分に向けて描いてくださるという幸せ)

 

私の中で、りゅうの子は、好奇心いっぱいの瞳で、いろんな森をとびまわっている。

実際、その森の中を歩くことができる展覧会の様子まで、イメージできた。

 

その子がやってきたのは、3月2日。

 

◆はじめまして

 

封筒をあけると、やや厚手のトレーシングペーパーにつつまれていた。
それは、繭の中にいるようで、これから生まれようとする鼓動が感じられる。

 

 

この子が生まれる瞬間を、大切にしたいと思い、ひとばん、そのままの状態で飾る。

 

(最初の出逢い。ビューティフルミーティング)

 

それは、名前が生まれる瞬間でもある。

 

オジャさんのノベルセラピーに出逢ってから、「直感」が連れてくるものが、どれだけ「ほんとう」かを実感している。

 

常識とか、制限とか、整合性とか、損得とかにとらわれない、「真に魂が伝えようとしていること」

 

(その刹那に、心を澄ます)

 

翌朝。

いよいよ、誕生のセレモニーだ。

この子は、どんな名前を受け取るのだろう。

 

 

絵のタイトルは、『見つけた!』

 

森の中に、何かを見つけて、近づいていく、りゅうの子ども。

トレーシングペーパーをとって、絵と向かい合った瞬間、りゅうの子どもの心の中とシンクロした。

 

何を見つけ、何に近づいていくのかが、わかった。

「トモダチ!」

 

(「トモダチ」になる予感の何か)

(これから、一緒に、冒険したり、創造したりできる仲間)

(サイズは、りゅうの子どもより、とっても小さめ)

 

かたちはわからず、ただ、存在のバイブレーションを感じる。

 

(仲間に出逢うんだ! というワクワク)

(舞い降りたりゅうの子と、トモダチの出逢いのトキメキ)

(新たな冒険の物語が、始まっていく予感)
 

この森を出て、2人はどこに行くのだろう。

 

◆名前をつける

 

トレーシングペーパーにつつまれた、りゅうの子どもをちらっとみたときに、浮かんできたのは、「ピコ」

 

何かわくわくすることが点滅しているみたいな、バイブレーション。

 

でも、トレーシングペーパーをとって、りゅうの子どもと対面したら、「ピコ」ではない、と感じ、(ちがう!)と思った瞬間、「直感」の回路がとじてしまい、思考が入りだしてわからなくなったので、名前のことだま®で使っている「50音カード」に訊くことに。

 

名前のことだま®では、名前の音には「使命」があり、名前の音連れ(人との出逢い)は、メッセージだと伝えている。

名前の持つことだまの力は、その名前を呼ぶ人に還っていく。

 

まだ、名前のないりゅうに潜在している、ことだまの力を、カードに尋ねたのだ。

 

「せ」

 

カードをみた瞬間、「せ」のことだまの振動が伝わってきて、たしかに、「せ」だ! とおもった。

 

(この子の持っている力)
(この子が押してくれる、ことだまスイッチ)

 

カードに、「背中に乗る」と書いてあって、まさにぴったり。

りゅうの子どもの背中に乗って、飛んでいる自分が想像できた。

 

「せ」のつく名前…… を思い浮かべようとしたけれど、思考がジャマをするので、ぜんぶ、カードに訊いてみようと思った。

 

「か」

 

(なるほどーーー)

「る」

 

(わー。やはり、ら行かー)

 

ひいているうちに、この子の持っている潜在的を、もっと知りたくなり、せっかくなので、7音ひくことに。

 

「せ」「か」「る」「た」「め」「も」「ほ」

 

だんだん、わかってきた。

せっかくの、りゅうの子の誕生日なので、ひめカードの祝福も受けようと思い、ひめ神さまにも尋ねてみる。

 

「あまてらすおおみかみ」

 

 

(日)

 

 

宇宙からもと思い、スターコードアストロオラクルにも尋ねてみる。

 

「ヴェスタ」

 

 

(かまどの火)

(暖炉の火)

(中心の火)

(内なる神殿の聖なる火を抱く)

 

やはり、「ひ」だったのか…… という思い。

 

最初に「ピコ」という響きがやってきて、りゅうの子と対面したときに、「ちがう!」と思ったのは、名前のことだまのレイヤーが「ちがう」というワーニングだったとわかる。

 

最初に私が感じた「ピコ」という響きは、伝令的な、水星的な、素早く、軽い、瞬時にアイデアが降りてくるような、いろんなところに飛んでいき、往き来して交流を図るような、ちょこまかとしたものだった。点滅する光のような。

 

ところが、りゅうの子どもは、「日」と「火」を持っていた。

それは、自分の中心の火であり、不動不屈の火であり、わかちあう火であり、ともに創造する仲間と、世界を照らす火であり、太陽。

 

名前のことだま®では、濁点や半濁点は、「力が2倍」とされている。

「ぴ」は「ひ」よりも、さらに強い力で、燃えて、照らす。

 

(すごいなー)

 

まだ、子どもだけどね。

りゅうの子どもの名前は、「ぴこ」

 

たくさんの力を秘め、名前を呼ぶ人のことだまスイッチを押す。

 

◆この子とやっていくこと

 

Osho禅タロットに尋ねてみる。

 

 

火3 「体験している」

大アルカナ1 「存在」

水7 「投影」

火6 「成功」

水3 「祝祭」

水エース 「流れのままに行く」

虹3 「アウトサイダー」

大アルカナ11 「突破」

大アルカナ15 「条件付け」

水ナイト 「信頼」

 

自分の存在を知る。

本当の自分をみる。
本来の自分を生きる。

自分を信頼して飛ぶ。

 

(そういうことかーーーー)
 

そして、そして!

このブログを書くために、「エルマーのぼうけん」を検索していたら、びっくりすることに、3月23日から、明石市文化博物館で、「エルマーのぼうけん展」が開催されることを知る。

 

 

すでに、東京では展覧会が終了していて、展示の様子なども知ることができ、実際に物語の中に入っていくような展示もあり、今から楽しみでたまらない。

 

奇しくも、毎月1枚、対話して絵を描いていただいている、野村佳代さんから、2月のセッションの絵を受け取ったのも、同日。

 

 

(火が燃えていて、シンクロ)

 

たくさんの応援を受けて、2月の誕生月を終え、春分に向けて、エネルギーを整えている。

 

年度末で仕事が繁忙すぎて、今は仕事のことしかできないけれど、還暦に向けての助走期間を、流れに乗って、楽しみます!

 

ぴこといっしょに。

 

***

 

真理さん ありがとうございます。

最後まで読んでくれたみなさま、ありがとうございます。

 

浜田えみな

 

ぴこに初めてあった日のこと。つづき書けていません!

 

 

エルマーのぼうけん展

 

 

 

真理さんご夫妻のアート工房