塩見由佳さん「Body を発動するワークショップ 〜偉大なるhealingと輝く生命力〜」を体験しました!

 

たくさんのイメージワークで、自分の身体を伸縮自在に体験する。

実際の肉体では起こりえないことが、イメージの世界では、瞬時に起こり、その体感は、ほんものだ。

 

目を閉じて、ドリームボディを体験し、目を開けて、現実のからだに戻ってくる。

 

(自分のからだが、ちょうどいいと気づく)

(このからだでやることを成すために、生まれてきたとわかる)

(このからだで願い、歩き、受容し、生み出し、育むと)

 

「私の耳は何を聴くのか」という問いに、ドリームボディは、「いのち」だと応えた。

 

(いのち)

(鼓動)

 

(本文より)

 

*********

 

ワークショップの趣旨を、由佳さんはこんなふうに伝えてくださっている。

 

「(前略)

わたし達は、この世界に降りるとき明確な意図と共にこの身体を持ちました。

 

それはとてもクリアでピュアでパワフルで「このことを成し遂げるんだ!」という意のままにそのエネルギーを肉体に宿してやって来ました。


 ところが、わたし達は人生における様々な経験の中でハートが固く閉ざされていき、外側と内側 表現(行動)とハートの声がチグハグになり身体の各パーツの連携も悪くバラバラになって本来のエネルギーのままに存在出来ていないということが多くあります。

 

(中略)

 

Bodyを発動するワークショップでは潜在意識の言語であるイメージを使って内側でバラバラになってしまったものを統合していきます。

 

それは自分自身が知っている「身体」とは全く別の「身体」を手に入れたような生まれ変わるような体験になるかも知れません。

 

(後略)」

 

「意図を持って、この身体に宿った」という記憶。
「魂の目的と行動が繋がっているのか」という問い。

 

ここ数年、それらを抱き続けている私に、

 

「統合」

 

という言葉が、まっすぐ届く。

**********

 

たくさんのイメージワークで、自分の身体を伸縮自在に体験する。

実際の肉体では起こりえないことが、イメージの世界では、瞬時に起こり、その体感は、ほんものだ。

 

目を閉じて、ドリームボディを体験し、目を開けて、現実のからだに戻ってくる。

 

(自分のからだが、ちょうどいいと気づく)

(このからだでやることを成すために、生まれてきたとわかる)

(このからだで願い、歩き、受容し、生み出し、育むと)

 

「私の耳は何を聴くのか」という問いに、ドリームボディは、「いのち」だと応えた。

 

(いのち)

(鼓動)


(私の鼻は何を嗅ぐのか)

(私の喉は何を通すのか)

(私の口は何を話すのか)

(私の目は何を見るのか)

(私の手は何をするのか)

(私の足は何をするのか)

 

ドリームボディでいると、思考よりも早く、直感のメッセージが訪れる。

それは、時にとっぴょうしもなく、何よりも真実だ。

 

後半で、骨と関節に意識を向け、違和感や身体が訴えていること聴いて、必要な手当をする…… というようなワークがあり、「ギックリ腰」の渦中だった私は、由佳さんの誘導の声を聴きながら、ていねいに身体をスキャンする。

 

治そうと思って、あたためたり、マッサージをしたり、ツボ押しをしたり、ストレッチをしたりしていたけれど、

 

(そういえば、よりそっていなかった)

 

と感じ、痛いところに近づいてみた。

腰は、泣いている。めそめそと。

仙骨はびしょぬれ。

 

(泣いているのね)

 

と言って、いっしょにいた。

『イナンナの冥界下り』というシュメール神話で、冥界で泣いているエレシュキガルによりそった精霊たちのように。

 

なぜ、腰が泣いているのかはわからないけど、ワークが終わったあと、いっしょにいようという気づきをもらった。

 

そのことをシェアすると、その先に誘導してくださり、ギックリ腰となっている腰に近づいていくけれど、泣いている気配が伝わってくるだけで、明確なものは見えない。

すると、

 

「その中にいるのは、何歳のころのえみなさんですか」

 

と言われて、

(えっ そうなんですか!?)

 

と驚く。

身構えるような気持ちが出そうになったけれど、それより早く「3」という数字が飛び出してくる。
 

(3歳の私)

 

ところが、姿を現さない。

 

マインドの私がブロックしているのかもしれないけれど、「3歳」の自分の姿を写している写真を記憶のアルバムから探そうとして、なかなか見つけられず、当時の家族の姿も映像を結ばず、ただ、めそめそ泣いている気配が伝わってくる。

 

左脳が3歳の出来事を思い出そうとしても、何も見えない。

何も出てこない。

 

でも、「腰に口が付いていると想像して、その声を聴いてみましょう」という言葉に、

 

「遊びたい」

 

という声が、マンガの吹き出しみたいな文字付きで、でっかく飛び出してきて、たじろぐ。

 

誰と遊びたいのか、どんなことをして遊びたいのかは、状況がわからず不明だけど、どうやらそれが、今回のギックリ腰の訴えらしい。

 

(3歳の私の!)

(なんと!)

 

そういえば、遊んでいないことに気がつく。

やっていることは、学びとか、目的とか、そういうことのためばかりで。

 

遊びたくて泣いている3歳の子が、腰にいるとは。

 

(なんとなんと!)
 

「その声に耳を傾けること」、「いっしょにいること」を約束する。

 

そして、ワークの中で、小川で耳をとりはずして洗った気持ちよさが忘れられず、腰骨を洗いたくなった。

 

せっかくなので、骨盤も洗う。

仙骨も洗う。カーブに沿って、指できれいにぬぐい、8つの穴もきれいにする。

腰椎もひとつひとつはずして洗う。

すすのようなもの、悪露のようなもの、涙のあとのようなもの、ぜんぶ、流れの中でみそぐ。

 

骨盤は白くツルツルになり、何度も繰り返しているうちに、薄桃色になる。

薄桃色の仙骨。薄桃色の骨盤。

なんだか、潤う。

 

イメージの中で起こることは、とっぴょうしもなく無敵でやさしく、大切で正しく真に必要なこと

 

(痛みを感じたら、その痛みをとろうとするのではなく、いっしょにいること)

(それがどこなのか、量子レベルまで、フォーカスして、感じてみること)

 

聴く。

 

私の耳は、聴けたね。「遊びたい」という声を。

腰の中にいる遊びたがっている3歳の子の声を。

 

 

いっしょにいることを忘れていた。

マッサージしたり、あたためたりして、葬ろうとしていた。

声を消そうとしていた。

せっかく出てきてくれた子を。

 

(遊ぼうね)

 

今回のギックリ腰の原因は、日曜日に感じた、強い「怒り」のせいだと思っていた。

でも、違った。

 

「怒り」を感じたから、ギックリ腰になったのではなく、「怒り」とともに「遊びたい」が出てきて、その子が腰にとどまって泣いているから、根強いギックリ腰になっていたのだ。

 

(遊びたいのね)

 

夢見とは、なんてすごいメッセージを伝えてくれるのだろう。

 

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3歳の子が出現したので、動揺してぶっとんでしまったけれど、塩見由佳さん

 

「Body を発動するワークショップ 〜偉大なるhealingと輝く生命力〜」

 

(自分のからだが、ちょうどいいと気づく)

(このからだでやることを成すために、生まれてきたとわかる)

(このからだで願い、歩き、受容し、生み出し、育むと)

 

「私の耳は何を聴くのか」という問いに、ドリームボディは、「いのち」だと応えた。

 

(いのち)

(鼓動)


(私の鼻は何を嗅ぐのか)

(私の喉は何を通すのか)

(私の口は何を話すのか)

(私の目は何を見るのか)

(私の手は何をするのか)

(私の足は何をするのか)

 

そのことが、体感できます。

おすすめです。

 

開催の詳細は、塩見由佳さんまで。
公式HP 

 

 

浜田えみな