いろんなポーズがとれそうだと思うけれど、自分ではどうしていいかわからず、ほとんど、案山子。

それでも、逃げだしたくならず、最後まで楽しい気持ちでいられたのは、べるさんの力量だと思う。

 

撮影してもらいながら、セッションのような時間だと、感じていた。

交歓のような時間だとも。

 

つながりあえてる、とわかる。

そう感じさせてもらえる。

心地よさ。

 

〈浄化であり、ヒーリングであり、魂を、のびのびと羽ばたかせてくれる場〉

 

(本文より)

 

◆撮影まで

◆たどりつけない!

◆いよいよ撮影

◆宇宙の応援

◆べるさんを撮りたい

 

**********

 

◆撮影まで

 

べるさんの関西撮影会は、2020年12月末に開催が決まっていた。

ところが、感染拡大防止の観点から、府県をまたがる移動の自粛が叫ばれているときで、直前に中止となった。

 

「ぜったいに、来てくださいね。楽しみに待っています」と約束をした。

 

その約束が、1年9か月ぶりに、叶う。

 

当時、撮影会用に買ったシャツは、袖を通さないまま、ハンガーにつるされている。

着てみたが、

 

(なぜ、このようなものを買ったのだろう?)

 

と、首をかしげてしまうほどの違和感。

 

(その服を着て撮影してもらおうと思った自分のことが、もう思い出せない)

 

写真を撮っていただくって、すごく大事な記録だったのだと、あらためて思う。

 

***

 

先日、昨年の5月に受けた、とある講座の課題で撮影した5分間のプレゼン動画を発見し、文章ではキャッチできないたくさんのものが、声やしぐさや表情から伝わってきて、そのときの自分が「大切」にしていたものや、それを「伝えよう」とするひたむきさや、はっとするほどの「初々しさ」に胸をつかれ、今の自分と比較して「成長が感じられるもの」「変わってはいけないもの」の両方を感じ、特に後者に気づいて、感銘を受けたことを投稿した。

 

 

 

写真も同じだと思う。

そのときにしか、映らないものがある。

 

撮影会が予定されていた「2020年12月」は、「スピリチュアルプロフェッショナル養成コース10期」の講座が終わり、「LAS式ソウルコーチ養成コース0期」の受講を決意した節目の時。

 

その後、「2021年1月~6月」までLASソウルコーチを学び、「10月」に認定をいただき、グラウンディングで繋がる世界を意識するようになり、「12月」潜在意識にアクセスする「Kanaiプレートアート」に出逢ったことから、必要な扉がひらきはじめ、新たな学びの出逢いがあり、今年の春ごろからは、「カバラの夢見」というイメージワークの世界にいざなわれている。

 

ライフワークとして研鑽を続けている「名前のことだま®」「ひめカード」でのセッションとあわせて、どんどん浄化と開花がはじまっている。

 

今、大きな転機の途中にいることを感じている。

自分から漏れ出ているものが、ずいぶん変わっていると思う。

これから、もっと変わっていくプロセスにいることも。

 

***

 

今回の撮影は、館内写真撮影OKのホテルモントレ大阪で行われた。

 

ホテルのたたずまいは、古いヨーロッパの館のよう。

チャベルのある中庭、シンデレラが降りてきそうなカーペット敷きのらせん階段、王子さまと手をとりあってみつめあうのにふさわしい階段、趣のあるランプが灯る、レトロ感満載な廊下。

 

(映画のセットみたい)

 

べるさんが告知投稿で載せていた撮影スポットの画像を見て、

 

(こんなにゴージャスなところで、いったい、どんな服装で写真を撮ってもらったらいいのだろう?)

 

と、自分がいる世界と違いすぎて、しりごみする気持ちが生れる。

 

手持ちの服を思い浮かべても、合うものがない。

最近、着るようになり、すごく楽だった服装(白シャツにデニム)は、カジュアルで場違いすぎる。

 

(何を着たらいいのーーー!?)

 

赤もなんだかなあ。

青もなんだかなあ。

黒もちがう。

柄物もちがう。

ぼんやりした色は似合わないし。

パステルカラーなんて無理だし。

 

というわけで、考えた結果、似合っているかどうかは別として、「今、着たい色」をチョイス。

 

今年の春ごろから、ドはまりしている「ビビッドなオレンジ色」の、だっぽりしたシャツに決定。

撮影が終わったら、会社に行くので、着替えのシャツ(アイボリー)を持参する。

オレンジ色と白で、雰囲気を変えて、撮影していただくことにする。

 

(トップスはあるけど、パンツは?)

(靴もない!)

(白いスニーカー欲しかったんだけどなあ)
(買っておけばよかった~)

 

まさか、こんなに突然、関西撮影会が決まるなんて思いもしなかったので、なんの準備もできていない。

 

「べるさんにお会いしたい!」

 

という気持ちだけで、申込みをしたものだから、前日の朝、送られてきた「事前アンケート」の内容を見て、フリーズした。

 

(使用目的?)
(イメージ?)

(当日の服装!)

 

たしかに、事前に共有しておくことは、とっても大切。

私自身が意識しているかどうかも。

 

使用目的は、「プロフィール写真 SNS等の投稿」と書いた。

 

イメージは、「明るく元気・活動的・ポジティブな感じ いっしょに話をしたくなるような感じ 

ちょっとカッコよくて、きれいな感じ 男性性と女性性のバランスがとれている感じ」などと、欲張っていっぱい書いた。

 

当日の服装は「透け感のあるオレンジ色のシャツ+白のタンクトップ+黒のパンツ+スニーカー & 着替え用のアイボリーのシャツ」と書いた。

 

◆たどりつけない!

 

私は、障害レベルの方向オンチで、結婚して26年になるが、夫の実家に行く道が、いまだに不確か

 

弁明させてもらうと、最寄り駅がいくつもあり、行く道も何通りもあり、公園を通っていったり、近くのお寺のお墓のお詣りを先にしたり、お店に寄って買い物をしたりするので、そのときどきで、降車駅や、経路が変わる。

 

いつも誰かの後ろをついていくから、何も考えずに歩いていて、いざ、一人で行こうと思うと、駅からの最短コースがシュミレーションできない。

何度も行っている夫の実家でさえ、そんな状態なので、初めて行く場所は、その限りではない。

 

ホテルモントレ大阪は、口コミを見ても、場所がわかりにくいと書いている人が多く、たいへんハードルが高い。

 

経路も、「地上から行く方法」と、「地下から行く方法」があり、地図をみても、どちらなのかよくわからない。

ずっと大阪に住んでいるのに、一度も行ったことのないゾーン。

 

地図も何枚も用意したし、事前の案内動画も見たのに、なぜか当日、〈JR大阪駅からではなく、北新地駅からでも大丈夫〉だと思ってしまう。

方向オンチな人というのは、逆のほう、間違っている方に引き寄せられる法則があるので、直感で行動しては、ぜったいにダメなのに。

 

このときも例外ではなく、どんなに時間がかかっても、10分以内に到着できるはずなのに、まだ、大阪駅の近くにいることに焦りを感じて、そのまま地下通路を進めばよかったのに、少しでも早く行こうと思って、途中で地上にあがってしまった。

 

(ここはどこ?)

 

どちらに行けばいいかわからないので、もう一度、地下に降りて、コーヒーショップのお兄さんに地図を見せて尋ね、ふたたび地上へ。

 

方向はわかったが、大きな道路に行く手をはばまれる。

向かい側に渡りたいのに、とてつもなく信号が長くて、いつまでたっても渡れない。

あきらめて、進行方向に進みつつ、車の切れ目をねらって横断したら、中央分離帯のところで、信号が変わり、いきなり交通量が増えて進めなくなる。

 

(きゃー――)

 

と思いながら、道路の真ん中で立ち往生になり、もう汗だく。

シャツを脱いで、タンクトップ一枚になる。

 

(なにやってんだか)

 

と思いながら、がんがん歩く。

額から汗が湧きだしている。

 

(何か月ぶりかに、パウダーをはたいてきたのに!)

(何年ぶりかわからないくらいに、ドライヤーを使ったのに!)

(だいなし!!)

 

ホテルがあると思われるエリアに向かい、そびえたつヨーロッパ調のホテルモントレのくすんだ黄色の外観が見えたときの安堵感!

 

ところが、近づいても、まったく、建物からウェルカムな感じがない

正面玄関的なものがない。

駐車場への出入り口があるだけで、通用口というか、搬入口というか。

 

(どこから入るの?)

 

守衛のおじさんに、「ホテルの入口はどこですか?」と尋ねると、「何の用事?」と言われ、(え? なんでそんなこと訊かれるの?)と思いながら、「友達が泊まっているので、ロビーで待ち合わせを……」というと、「ええっ お客さん!?」と驚かれ、こっちがびっくりだ。

 

(客じゃなかったら、私は何者なの?)

(バイト? 業者?)

 

というわけで、どうやら、お客さん用ではない出入口に、のこのこ迷い込んでいた私は、ようやく、ロビーに向かうエレベーターの前にたどりつく。

 

(汗が!!)

 

立ち止まると、一気に汗が噴き出してくる。

 

(やめてー――っ)

(どうしようー――っ)

 

ホテルモントレ大阪のロビーは、8階にあり、エレベーターに乗る前に電話をすることになっていたので、とりいそぎ、連絡をする。

 

(暑い暑い暑い!)

 

8階で扉が開いたら、心の準備をするまもなく、べるさんが立っていて、びっくり!

 

(えー―――っ!)

(えー―――っ!)

(えー―――っ!)

 

初めてお会いするのに、私は、タンクトップ一枚で、〈他人さまには見せられない、たくましい二の腕〉がむきだしで、しかも汗だくで、

 

(えー―――っ!)

(えー―――っ!)
(えー―――っ!)

 

でも、暑くて、シャツなんて着れないし、汗は流れ落ちているし、

 

(どうしたらいいのー―――)

 

…………

 

みかねた、やさしいべるさんが、

 

「少し、涼みましょうか」

「はい……」

 

汗がとまらず、撮影できる状態ではない私。

「少しは涼しいでしょうから」と、べるさんが宿泊しているお部屋に入れてくださった。

 

(ひょえ~)

 

初対面なのに、タンクトップ1枚で、汗だくで、挨拶より先に遅刻の言い訳をして、お部屋にまで入れていただいて、もう、さんざんなのだった。

 

(初対面なのに!)

 

◆いよいよ撮影

 

「どこで撮影を?」

「それでは、外に行きましょうか」

 

べるさんの後ろに続いて外に出ると、そこは、回廊に囲まれ、石造りのチャペルがそびえる中庭だった。

 

 

見上げると、チャペルの屋根と客室棟が作るフレームに、青空と雲が見える。

パラソル付きのテーブルとイスがある。

花が咲いている。

 

路上は、歩くだけで汗がしたたる暑さなのに、高層の庭園は別世界のように、心地よい風が吹いている。

 

(それだけで、気持ちが凪いでいく)

 

「ちょっと、座ってみましょうか」という、べるさんの声で、荷物を置き、いそいそと、カフェのテラス席のような椅子に腰かける。

 

「手とか、どうしたらいいですか? 足は?」

 

わからないことだらけだ。

 

べるさんのカメラバックからは、いろんな小物が飛び出してくる

微細な変化をのがすまいと、何度もシャッターを切ってくださる

 

(非日常な空間にありながら、心地よい音楽のようで、ちっとも緊張しないでいられることの不思議)

(風の中で。静かなひかりの中で)

 

「かわいい!」

「きれい!」

「アイドルみたい!」

 

などと連発しながら、「ほら!」と、ニコニコしながら見せてくださる画像は、同じ場所で同じポーズで撮影しているのに、光も色も艶も、どれもちがっていて、べるさんがいろいろと操作されていることがわかる。

 

指示されるままに、笑ったり、上をみたり、横を向いたり。

顔は、なんとなく自分がどんな表情をしているか想像できるけれど、身体は、ぜんぜんダメだ。

今、どんなふうに立っているのかもわからない。

 

あげた手がどうなっているか、曲げた足がどうなっているか。

角度も全体のバランスも、イメージできない。

 

(だから、からだと仲良しになると決めたんだった)

 

と、思い出したけど、間に合わない。

 

「背筋を伸ばして」と言われて、

 

(背筋って、どうやって伸ばすんだっけ?)

 

と考えて、ロボットみたいにぎくしゃくする。

 

(いったい、どんな写真ができてくるのだろう)

 

◆宇宙の応援

 

とにかく、べるさんは、ほめほめにほめてくれる

いつもだったら、恥ずかしくて、もじもじして、ボレーで打ち返してしまうような言葉が、ちゃんと浸透していく。

 

(理由は、わかっている)

 

前夜、同じスピプロ仲間のえみちゃん「人生が変わる! チャクラアロマ講座」の体験会に参加して、「3チャクラワーク」を体験したばかりだったから。

 

 

 

 

自分の「ちょっと自慢できること(願望含む)」を宣言すると、みんなから、すごい! すてき! と、どんなことであっても受けとってもらえ、大絶賛され、ほめほめシャワーを浴びまくるという体験をしたので、すっかり免疫ができていて、素直に受け取ることができた。

 

(なんて、タイムリー)

 

「石田ゆり子みたい!」などと言われて、データ画像を見せてもらって、

 

(わーい)

 

って思える、あつかましい自分に拍手。

 

「スタイルいい!」とほめられて、もっと体を整えたい、という気持ちがあふれてくる自分に拍手。

 

(宇宙の応援だなあ)

 

中庭で撮ったあと、再び館内に移動。

 

(シンデレラが駆け下りてきそうな階段)

(フォトウェディング用に使われているとおぼしき空間)

 

いろんなポーズがとれそうだと思うけれど、自分ではどうしていいかわからず、ほとんど、案山子

それでも、逃げだしたくならず、最後まで楽しい気持ちでいられたのは、べるさんの力量だと思う。

 

撮影してもらいながら、セッションのような時間だと、感じていた。

交歓のような時間だとも。

 

つながりあえてる、とわかる。

そう感じさせてもらえる。

心地よさ。

 

◆べるさんを撮りたい

 

〈セッションのような時間だと、感じていた〉と、書いた。

 

それは、撮られていることにより、まとったものがはがれて、磨かれていくという体感でもあるし、安心・安全なホールドスペースの中で、ヒーリングされているという体感でもあるし、

そういう場にいることで、私のほうも、とても繊細にいろいろなものを感じることができて、べるさんが放っている輝きに魅了されているという体感でもある。

 

プロの写真家としてのオーソリティに満ちたまなざしと、ふるまい。

被写体に送り続けてくれる慈愛とエール。

ときどきのぞく、素のお人柄。

私もシャッターを押したいくらいの表情やオーラ。

 

その気持ちは、LAS式ソウルコーチのセッションをしていて、いつも感じることだった。

 

(ご自身の魂とつながっているときの表情)

(写真に撮って、見せてあげたい)

(動画に撮って、エネルギーが変わる瞬間をわかちあいたい)

 

撮影のあいだ、ずっと、そのことを思い出していた。

近くでお話すると、その体感は、もっと顕著になる。

 

写真撮影をお願いしている時間に、自分のスマホで撮影するなんて、ありえないと思ったので、撮影中は自粛していたけれど、撮影が終わって、記念に二人で自撮りしてくださったとき、べるさんの隣に座って、お話していたら、我慢できなくなった。

 

(こんなにかわいくて、すてきなべるさんを、私のスマホに持って帰りたい!)

 

伝えないと後悔すると思ったので、お願いして、撮らせていただいた。

そのくらい、べるさんは、とっても魅力的だったし、そんなことをお願いして、実行するなんて失礼だ、という自制が吹き飛ぶくらい、撮影の時間は、

 

〈浄化であり、ヒーリングであり、魂を、のびのびと羽ばたかせてくれる場〉

 

だったと感じる。

 

 

 

 

(写真を撮影してもらうことを通じて、体験したこと)

 

できあがった写真を、まだ見ていないのに、すでにセッションとして成立していて。

写真を受け取ると、そこから新しい扉がひらいて。

 

(浜田えみな 絶賛進化中)

 

これからも、続いていく道に、祝福の鐘が鳴り響いている。

 

 

べるさん、ありがとうございます。

心からの愛と感謝をこめて。

 

 

 

 

浜田えみな