LAS式ソウルコーチ認定試験に向けて研鑽中、ライフワークである名前のことだま🄬、やまとことば50音カード、日本神話12柱のひめ神カード、OSHO禅タロットカードも、仲間とともに研鑽中の浜田えみなです。
神戸迎賓館でランチをしたときのことを投稿してから、2週間。
神戸迎賓館を出て訪れた、須磨離宮公園~須磨海岸のことを、すぐに書くつもりが、LAS式ソウルコーチ認定試験のための50回のセッションのふりかえりレポートに追われて、書けないままでいる。
書かないでいるとどうなるかというと、熟成していく。
シンクロが起きたり、別のものと結びついたり。
それでも書かずにいると、発酵していく。
なんだかもう、当初書くつもりだった世界観とは変わってきて、別の物語が始まりそうになる。
それでも書かずにいると、脳内のぬか床のようなカオスの中で、簡単には取り出せないところに紛れ込んでいく。
十年ほど前、文章表現の師匠、村松恒平先生が、メールマガジンで、意識の下の層のことを【半意識】及び【引き出し】、それを活用することを【糠漬けの原理】と表現されているのを読んだ。
ここに、いろいろな素材を入れておくと、いい塩梅に発酵しておいしくなるというのだ。
それ以来、私の「ものかき悩」は「ぬか床化」している。
「ねかせ箱」みたいなもので、しょっちゅう、何かが入っている。
完成した原稿を入れて、翌日以降、クリアな頭で読み直したり。
伝えたいのだけど、どうしてもまとまらないテーマを入れておいたり。
ぬか床に、野菜の切れ端を放りこむように。
「欲しいもの」も。「願い」も。「祈り」も。「種」も。
シンクロニシティは、この「ぬか床」が、引きよせているのだと思う。
ぬか床にある限り、熟成中だ。
(2011..6に描いたもの)
ということで、ぬか床に漬けっぱなしだった「須磨離宮公園~須磨海岸」が、どのように変容するかを、読んでくださる人は、続きを。
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【迎賓館から須磨離宮公園に行く】
迎賓館から、須磨離宮公園は、地図で見ると隣だ。
(すぐやん)
と、思いそうになるけど、めっちゃ坂。
迎賓館も山の上に建てられているから、須磨離宮公園に行くには、一度、坂を下り、道路を渡って、正門でチケットを買ってから、再び、坂をあがることになる。
ゆるやかだけど、長いので、けっこうキツイ坂。
両側は山で、木々の枝に抱かれ、何かの内側を進んでいくような道だ。
武庫離宮があったときは、「馬車道」と呼ばれていて、ここから、御殿へと向かったのだそうだ。
それにしても、長い。暑い。
(こんなんやったっけ!?)
25年前にも、同じように登ったはずなのに、記憶がまったくない。
若いし、デートだし、さくさく上ったのだろうと思われる。
ようやく、坂が終わり、
(きっと、あそこをくぐれば、庭園が広がっているにちがいない!)
というエリアに到着した。
頭の中には、パンフレットに載っている、ベルサイユ宮殿のような、欧風庭園に、花がいっぱいに咲き、滝と噴水が踊っている、夢のような光景が生まれている!
しかし……
(こんなんやったっけ!?)
(花がない!)
花が咲いていない庭園というのは、噴水があっても、さびしいものだと感じた。
しかも、上からは、真夏のような太陽。
落胆が大きく、テラスまで行き、全景を眺める気力が出ず、先に植物園に行くことにした。
(帰宅してからわかったが、テラスの向こう側のほうが、実はおもしろそうだった)
植物園に向かう道で、一見、何も咲いていないように見えるバラ園で、咲いているバラを幾つか見つけ、気に入ったものを写真に撮った。
植物園までの道は、人工的な庭園とは趣が異なり、素朴で地味な里山の風景。
驚いたのは、桜が咲いていたことだ。
「ジュウガツザクラ」と書いてあった。
そういう品種らしい。花は小さ目で八重、ほとんど白に近いのに、蕾はくっきりとしたピンクで、とても清楚だった。
桜は、山にいる「さの神様」が、里に下りて幸せを振りまいていることを教える花だという。
桜に出逢えただけで、心の中にあかりが灯る。
さらに進むと、突然、目の前に広がるのは、交通量の多い大きな道路で、
(なんで、こんなものがここに?)
と驚くのだが、植物園は、この道路の向こう側だ。
分断されているので、いったん下まで降りて、連絡橋を渡るらしい。
(どうして、こんな構造になっているの?)
しかも、とても唐突に、子供向けのアスレチック施設があり、家族連れがたくさんいて、遊んでいた。
欧風庭園の世界感とはまったく別の光景なので、とまどう。
(いったいなに?)
スロープにはなっているけれど、アップダウンがきついので、汗だくでベビーカーを押しているお母さんの息が荒い。ちらりと見ると、汗だくだ。
(ベビーカーには、やさしくない場所)
だと思いながら、植物園をめざす。
植物園といっても、品種のプレート表示は、ほとんどなく、普通の里山の風景だ。
小さな温室があるので入ったけれど、今の時期は花が少ないようで、目を見張るものがない。
名前も思い浮かばないものばかり。
(せっかくきたのに、がっかり感満載)
それでも、それなりに人がいる。
「これは知ってる! タビビトの木!」
と、夫が教えてくれ、名前がいい感じなので、ちょっと元気になる。
とにかく暑い日で、特にめぼしいものもなさそうなので、戻ることに。
(これから、海まで行かなくては)
来た道を戻り、噴水広場に到着し、帰りに行ってみようと決めていた、趣のある中門をくぐる。
欧風庭園と、このような和風の門が共存しているところが、武庫離宮と呼ばれていた頃の名残だと感じる。
皇室の別荘地だということに思いをはせれば、この広大な森に抱かれた立地も、うなずける。
空襲で焼けてしまった御殿からは、遠く、須磨の海と紀州の山並みが見渡せたのだろう。
***
【離宮から海へ行く】
「離宮道」と標識に書かれていたので、神社の参道のような気持ちで、お土産屋さんなどがあるにちがいないと思って、歩き始めたのだけど、行けども行けども、住宅ばかりで、何もなかった。
(のど、かわいた!)
(ジェラート、食べたい!)
しかし、何もないのだった。
(海はどこ?)
(駅はどこ?)
離宮道の突き当りから、どちらかの駅に行くとしたら、「須磨海浜公園」か、「須磨」。
どちらも同じくらいの距離だが、海沿いをずっと歩ける「須磨」駅を目指した。
道路から、すぐに砂浜に出られるので、びっくりする。
(海!)
打ち寄せる波の音を、聴きながら歩ける幸せ。
貝殻。
釣りをする人がいる。
ウィンドサーフィンができるスポットがある。
波が寄せる音を聴きながら、ゆるやかに続く海岸線を歩く。
(お店がない!)
(なんか食べたい!)
いや、一軒あった。
海苔ソフトというものを販売していた。
普通のソフトクリームに、ちぎった須磨海苔(名物らしい)を、ちらしたもの。
(ありえない)
(家でもできそう)
(やらないけど)
須磨駅に着いた。
砂浜から階段をあがったら、切符売り場と改札前だというロケーション。
須磨は、歴史的にも名が通り、海水浴場もあるし、観光地だと思っていたのに、砂浜に出現した須磨海苔の販売所以外、お土産屋のようなものが、一軒もなかった。
須磨観光の拠点はどこなのだろう?
海浜水族園か、須磨浦公園のほうかもしれない。
とにかく、子供たちのお土産になるようなものを売っているものが何もなく、しかし、手ぶらで帰るのは無念すぎるので、かなり歩いて見つけた地元のパン屋さんで、カレーパンマンの顔が描かれた、焼きカレーパンを買った。
子供たちは、長男が22歳で、長女は19歳。
それなのに、カレーパンマンのカレーパンを、喜んでくれるんじゃないかと、夫も私も、思ってしまう。
滞在時間は、4時間ほど。
電車に乗ったら、乗り換えなしで自宅最寄り駅まで帰れる。
一本の線路が、続いていると思うと、感慨深い。
一日の出来事を、ふりかえってみる。
大正レトロな迎賓館で、人が人のために心を尽くす、ぬくもりある建築にふれ、料理を食べ、「離宮」というロマンチックな響きの、かつての皇族の別荘地を散策し、波の音を聴きながら、砂浜を歩いた。
せっかくだから、裸足になってみればよかったと、帰りの電車の中で思った。
(砂浜で、アーシング)
仙酔島に宿泊をしたとき、仲間たちと砂浜を往復したことを思い出した。
須磨といえば、能の舞台や、源平の戦いのことが思い浮かぶ。
次は、歴史を勉強してから、史跡を巡る。
浜田えみな
……という感じで、さっさと書きあげておけばよかったのだけど、「ぬか床」に漬かっているあいだに、海岸と離宮の舞台は、新たな引き寄せと気づきで、変容していく。
それは、黒いチューリップみたいな感じがすると思った。
(浜田のぬか床)
つづき、書きますよ。
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