父の介護で、夫と子どもたちと離れて、実家に単身赴任して、もうすぐ4年。
かわいい子どもと離れて、どうして認知症の父と二人で暮らさなければならないのか? と思うのだけれど、同居を始めたときは、母がまだ闘病中で、認知症の父の暴言暴力から守らねばならず、当座の着替えだけを持って、カバン一つで実家に来たのに、すでに4年。
いつのころからか、毎週利用している生協のチラシに、ランチプランがあることに気がつき、お互いに、別居生活をねぎらうために、夫が予約してくれるようになった。
(迎賓館なんて、かっこよすぎる)
須磨離宮公園のすぐ近くにあったなんて、25年前には気づきもしなかった。
「ねぇねぇ、須磨離宮って、誰のための施設? 天皇?」
「ちがうやろ。皇族の誰かちゃう?」
「いつの時代まで使ってたのかな?」
「…………」
というわけで、今は公園となっている施設が、いったいいつまで、誰のために使われていたのか、まったく無恥だった私たち。
調べてみたら、「武庫離宮」という名称で、天皇陛下がお泊りになるための別荘として、大正3年に造営され、昭和45年の神戸大空襲で主要建物が焼失するまで、大正天皇や、昭和天皇(皇太子として)も、お泊りになっていたとのこと。
どのような御殿だったのだろう。(ぐぐって確認しました)
今は、バラと噴水の庭園があるところ一体に、離宮施設があったようだ。
まずは迎賓館へ。
最寄り駅は幾つかあるけれど、私たちはJR沿線に住んでいるので、「JR須磨」を利用。
JR須磨は、電車を降りたら、すぐに海に飛び込めるという、駅の階段を下りたら、すぐに砂浜が広がっている、信じがたいロケーション。
海で遊ぶ時間はないので、急いで、反対側のタクシー乗り場へ。
(もう若くないので、タクシー使います)
迎賓館に続く門の入り口では、タクシーを止められて、予約名を確認された。
予約をしていないと、入れないようになっていることを知って、びっくり。
重厚なエントランス。向かって右側の大理石の色が違うのは、阪神淡路大震災の時にヒビが入って修復したからとのこと。
大正モダンなたたずまい。趣向を凝らしたステンドグラスが、目を楽しませてくれる。
定刻まで、ウェイティングルームで待機。
お上りさんのように、うろうろパチパチ。
席に通され、テーブルセッティングにわくわく。
オーダーしているのは、リーズナブルなランチコースを、さらに生協の割引価格で利用したもの。
10月1日からアルコールがOKになり、食前酒として運ばれてきたのは、見た目は同じに見えるけれど、夫のはアルコールを使ったカクテルで、私のはショウガを使ったノンアルコールジュース。
前菜は彩が美しくて、テンションあがります。
夫は肉料理、私は魚料理をチョイス。
おいしくて、がんがん食べてしまいます。
パンはおかわり自由。
デザートもフルーツたっぷりで、ムースもおいしくて、コーヒーはおかわり自由。
焼き菓子もついていて、こんなに贅沢な空間で、こんなにゆったり食事ができて、しかも、希望すれば、館内を案内してくれるサービスまでついていて、至れり尽くせりだった。
この日のランチの私たちの話題は、
・定年まで働く気がしなくなった
・定年後、旅行するなら、どこに行きたいか
・定年後に何をして食べていくか
(何をやって食べていくの?)
私たちが席に着いたときに、すでに前菜を食べていた女性二人は、私たちがデザートを食べ始めたとき、まだ、メインのおさらをつついていて、とにかく、食べるよりも、話が尽きないようで、おしゃべり三昧。とても楽しそうだった。
私たちが、焼き菓子を食べているときに、ようやく、メインのお皿がさげられ、デザートが運ばれてきた……
「な、なんで食べへんねん?」
と、夫が言うので、テーブルをみると、目の前のデザートは、そのままで、二人とも、手を膝の上においたまま、マシンガントーク。
(ええっ 食べないの???)
食べてしまってから、ゆっくりしてても、怒られない感じだけどなあ…… と思いながら、私も、夫じゃなくて、久しぶりに会う友達だったら、似たような感じかもしれないと思った。
どんな人たちがランチをしているかというと……
私たちのまわりは、男性3人のテーブルと、おしゃべり三昧の女性2日のテーブルと、私たちより少し年齢が上のような、セレブなご夫妻のテーブル。
奥様が、めっちゃおしゃれなワンピースを着ていらして、髪の毛もきれいにセットされてて、ご主人はラフなポロシャツだけど、それが、とってもいい感じなのだ。
どう見ても、奥様のほうが背が高そうなのだけど、楚々として控えめで、超美人。
お二人で立ったら、絵になるだろうなあという感じで、とっても素敵で、みとれてしまった。
食事が終わり、会計をすますと、施設案内をしてくださる。
2階にあがると、結婚式の披露宴のセットがしつらえてあり、壮観だった。
欄間に鳳凰の透かし彫りがあり、鳳凰の間と呼ばれているとのこと。
昔は、畳敷きだったそうだ。
今は、マンションが建ってしまったけれど、昔は、海まで見晴らせたとのこと。
座ったときの目線に水平線が来るように、畳敷きの床が少し上げてあったそうだ。
海が見える畳敷きの大広間。壮観だったことだろう。
当時の写真が飾られていた。
1階には、当時のメインダイニングがVIPルームとなっていて、カモメのステンドグラスが素敵だった。
ランチ後は、隣接する須磨離宮公園へ。(明日につづく)
浜田えみな
#100日ブログの回第8期 に参加【3/100】
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(追記)
期間限定で、何日か経ったら、画像は消す予定だけど、こっそり書きます。
これまで、止めていたもの、やっていないことを、何か一つやるという課題をいただいたからです。
(そんなものあるかなあ……)
と思っていたけど、あることに気がつきました。
昨日の投稿に引き続き、家族の話題です。
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昨日の投稿で、夫と私は、お互いを呼ぶときは、お父さんお母さんとしてではなく、子どもたちの前でも、名前を呼びあっていることを書いた。
子どもたちに対しては、お父さんであり、お母さんであり、そういう顔をしていると思う。
だけど、自分が、お母さんのときに、子どもに対して、どんな顔をしているのか、見たことがない。
夫が、お父さんのときにどんな顔をしているのかもだ。
そんなことは、意識したこともなかったのだけど、今年の1月にそれを見た。
(びっくりした)
前述したように、私は認知症の父の介護のため、実家に単身赴任中で、夫と子供たちとは別居していて、自宅に届いた私宛の郵便や荷物は、夫が持ってきてくれる。
夫がこちらに来ているときに、長女とラインで話すことがあり、理由は忘れたけど、スクリーンショットを撮った。
それを見て、びっくりしたのだ。
夫が、めっちゃ優しそうな顔をしているから(笑)
私も夫も、長女を見ている。
長女に話しかけているときは、こういう顔をしているのだ、と思った。
いつも、こんなに優しそうな顔をしているわけではないと思うけれど、
(お父さんとお母さんの顔)
なかなか、いいな。
(2021.1)
浜田えみな






















