アートは生きている。

森は生きている
 

見えない世界がつながっている。

 

もけこさんと自分の感じているものが、世界の端でつながり、融合している予感。

別々のフィルターで観ているものが、しだいに同じものを観ていると感じられる、答え合わせのような時間。

 

次々に現れる扉を開くカギは、もけこさんが持っていたり、私が持っていたり。

二人で進んでいく冒険の旅のような時間。

 

それが、もけこさんとのセッションだ。

いつまでも尽きることのない物語を、もけこさんは伴走してくださるのだと感じた。

 

***

 

エネルギーアートセッションは、エネルギーアートクリエイター☆フォーチュンクリエイター ももいもけこさんのブログで、こんなふうに紹介されている。

 

~【エネルギーアートセッションとは】

 

あなたの今現在のエネルギーを感じ、受け取ったイメージをそのまま紙に描いていくものです。

描いたアートを元にリーディングして

未来をより自分らしく、ハッピーに進んでいくためのメッセージをお伝えします

  

フェイスブックのプロフィール写真から、お日様の下にいらっしゃるようなイメージがあったので、ズームミーティングが接続され、画面が開いた瞬間、オーロラが揺らめく、美しく妖艶なバーチャル背景で登場したもけこさんに、一瞬、違う部屋に入ってしまったのかと、たじろいだ。


スクリーンショット (451)

 

誰にも明け渡したくない、入ってほしくないという領域が、自分の中にあり、誰もそこにふれないよう、近づけないようにしているのに、道が丸見えになっていく気配を感じたのかもしれない。

もしくは、自分を知ることへの怖れから、しりごみしそうになったのかも。

 

セッションをしていただいてわかったのは、

〈答はその人の中にあること〉

〈ちゃんと知っていること〉

〈世界はサインにあふれていて、導かれていること〉

 

「何かブロックがありそうですね」と言われた。


そのブロックは、ちゃんとアートに現れていた。

私がよく知っているものだった。

 

もけこさんのアートは、感じたエネルギーが、もけこさんというフィルターを通して翻訳され、紙の上に描かれていくのだという。

 

カメラを2台使っておられて、描いている様子が見えるようになっている。

できあがりの形がどうなるのかは、もけこさんにもわかっていないそうだ。

描きながらリーディング。描いてからもリーディング。

言いたいこと、思いついたことを何でも話してくださいとのこと。

 

***


最初に置かれた色は、黄土色みたいに見えた。


スクリーンショット (453)

真ん中に、黄色い丸ができあがる。

おいしそうって思った。

こんがり、焼きたての匂いがしてきそうな、パンケーキ。

すべすべの、あたたかい、陽だまり。

 

そんなことを感じていると、まわりに群青色みたいな色が来た。

スクリーンショット (454)


もう、パンケーキではなくなり、黄色い丸は月みたいに見える。


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「月ではないかもしれないけど、月っぽい光みたいですね」と、もけこさんもおっしゃっていた。

 

青のまわりに、緑が来た。

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あれあれあれ。森みたいになってきた。



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森の夜。

スクリーンショット (460)

 

とてもよく知っている森。

丸は、湖だろうか。湖を照らす月だろうか。

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もけこさんは、私の森のことを知らないので、お話をした。

 

***

 

2015年に、魔法の絵描き屋 木の葉堂のシラサワユウコちゃん(今は、旅する絵描き しらさわゆうこちゃん)と開催した、絵とことばの展示「物語の森」のために、ユウコちゃんが描いたメインテーマのイラストに添えた言葉の世界。

物語の森

 

「立っているのは、森の入り口

迷い込むように導かれて

―――出逢う

あなただけのrecord

光の糸で聴く

そこは、物語の森」

 

その奥に何があるのかもわからない森の入り口。

迷い込むように導かれていく場所で

〈出逢う〉

それは、自分だけのrecord

記憶。感情。願い。ギフト。

 

自分以外の誰も入ってこられない深い場所で、静かに守られている森。

空から舞い降りてきた一筋の光の糸がたどる、レコードの溝のように刻まれた物語が、たたずむ人の耳に届く。

そんな森だ。

 

「深い森の中に、光がさしている」

「でも、ここだよと言わなければ、誰でもが行けない場所」

 

当時の気持ちが、リアルに蘇る。

ユウコちゃんと私のことばの世界が、そういう場所でありたいと、心から願ったこと。

展示した絵とことばが、訪れた人にとっての「ここだよ」という場所に行く、入り口になればと願ったこと。

その人にしか聞こえない光の物語が、どうぞ届きますようにと、願ったこと。

 

2015年の12月に、その森は星ヶ丘の地に実在して、そのあとは心の中にある。

 

***

 

この森には、湖があり、湖面は月の光を映して、いつも静かだった。

ところが。

 

今年の1月にレイキヒーリングをしていただいた時、森に変化が訪れた。

その静かな湖が、いつのまにか、ほかほかと湯気のあがる温泉になったのだ。

そして、森の動物たちが、次から次へと入りに来て、楽しそうにしている。

 

(わたしの静かな湖に!)

 

みんながあまりに楽しそうなので、気づいたら、私も裸のままで温泉に飛び込んでいた。

ずっと深く、底のほうまでもぐって、温泉でぽかぽか癒されて、水族館のラッコみたいにくるくる泳ぎ回って、楽しいーー。気持ちいいーー。リアルな体感あふれる、不思議なビジョン。

 

もけこさんに、そんなお話をした。

これまで話したことのないような言葉が自分の口から出て驚いた。

 

「湖は私なんですけど、湖という私の中に、人間の私が裸で入って、わりと深かったんですけど、底のほうまで潜って、泳いで遊んで、温泉があたたかくて、気持ちよくて……」

 

みたいな。

 

(え。湖って私やったんや)と思った。

 

私の中に、ぞろぞろと次から次へとやってきて、白い湯気がゆらゆらゆれる中で、気持ちよさそうに笑っている動物たちは、私のことなどおかまいなしで、気づかいも遠慮もなかったけれど、ちっともイヤじゃなかったし、むしろ笑ってしまって、なんだかもう、どうにでもなれという気分だったこと。

 

もけこさんから、

 

「浜田さんは、こういうものになりたいと、自分が確信したものが決まると早い。やると決めたら、みんなから助けてもらえる。流れに乗ることがすごく大事。でも、それが潜在意識にあり、自覚できるまでに時間と経験が必要なタイプ。決まるまでに時間がかかるけれど、願うと引き寄せがある」

 

というようなことを言われて、自分のこれまでの人生をふりかえると、確かにそのとおりだと感じる。

 

おだてられて調子に乗ると、誰も止められないし、すごく大それたことでも平気でやる。

願ったことが叶う。

 

(引き寄せやったんや)と思った。

 

本当に欲しいと思ったものは、引き寄せている。

 

***

 
スクリーンショット (463)

 

「頭で考えていることと、ハートで感じていることに、ギャップがちょっとあるなと感じる」

「真ん中にすごく明るい色がある。本当の望み、こうありたいという姿のベースの色」

「そのまわりに、冷静さを感じる色がある。グリーンが森。森は、秘めておきたいものを守ってくれる場所。隠してくれる場所」

「癒すグリーン。守ってくれるグリーン」

「誰も殻だと気づかない。以外と殻」

 

もけこさんが暴いてくださった森の秘密。

森は「殻」というふうに言われて、なるほど、そうだったのかという想い。

 

もけこさんは、こんなふうにも言ってくださった。
 

「いつでもオープンでいればいいのではなく、殻に護られていることが必要な時があって、それは、〈生まれたばかりの感情を育てるとき〉。芽生えたばかりの想いは、強い風が吹くと弱い。大切な想いを育てていく時期には必要だけど、それが過ぎるとカタチを変えていく。殻が厚いからといって、自分を出せないと思うことはない」

 

それを聴いて、OSHO禅タロットの先生がおっしゃる〈卵の殻論〉を思い出した。

 

〈卵の殻は、中身が柔らかな黄身と白身の時は、成長するまで守ってくれる大切なものだけど、ヒヨコになって生まれようとした瞬間、自分を覆う邪魔なものになる。破らないと出られない〉

 

もけこさんが感じている私の森の中は、あわい感じのエネルギーで、ぽわーんとしていて、どれを育てていきたいかがはっきりしていない感じなのだそうだ。

 

そのビジョンは、すごく腑に落ちた。

まさに今、自分の強み、オリジナリティ、ブランディングについて、考えているところだったからだ。

決めれば強いと言われたことも、思い当たることがたくさんある。

 

そんなことをお話しているうちに、赤い色が入ってきた。

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「浜田さんの森に〈入ってくる人〉だけじゃなく〈出しに来る人〉が来て、ぐいぐいきたら、乗っていってもいいかも」

 

「人かもしれない。出来事かもしれない。でも、森の中にいるわけにはいかない状況になる」

 

森の中に現れた〈赤〉を見ながら、最近、やってきた〈赤いもの〉について考えていた。

 

それは、あるアーティストさんにオーダーしたもので、つい先日、画像を送ってくださったのだが、そのベースが赤とマゼンタ、ピンクなどだったからだ。

 

〈もけこさんのアートには、起きていることが表れている〉

 

手を動かしながら、
 

「ふだん、あまり指を使って描くことはしないのに、今日は指を使って描きなさいという指令が……」

 

と、もけこさんがおっしゃったので、驚いた。

いつも、指をつかって描いていらっしゃると思ったからだ。

 

「チャレンジをしなさい、ということなので、浜田さんにもチャレンジの時期が近づいているのかも」

 

(チャレンジ……?)

 

「あ、赤が広がってきましたね」

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赤は、心の入口の部分に近づき、ノックしてくる、なんらかの気配。

 

「やりたくないときはやらなくていい。やっていいかもと思う、タイミングが大事」

「ノックされたとき、どう感じたか。ノックを聞き逃さないこと。小さな音かもしれない。心の中の若い芽を育てて、タイミングが来たら、外に出る」

 

(ノックが楽しみになってきた!)

 

「2か月後、3か月後、エネルギーアートがどうなっているか。真ん中の黄色は、実際は金色なんですが、これが大きくなっていたり、左下の赤い部分がもっと大きくなっていたりするかも」

 

森は生きている。

本質の輝きを護り、覆っている森の鼓動が聴こえる気がする。


耳をすませていると、

 

「あ、誰かのぞいている!」

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(え?)

 

いきなり、もけこさんは、細いペンで、まんなかの部分に線を入れ始めた。

 

(え、え、えーーーーーーーーっ!)

 

「こんな感じで……。出たがっているのかな? 一人じゃないよ。もう一人いる!」


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(うわぁ)

 

いきなり、森の様相が変わってしまった。

かわいらしくのぞいている二人を、またまた私は、

 

(知っている)

 

と感じた。

 

なぜ、ここに、その子たちがやってくるのかわからないが(笑)

 

「ひとりでがんばっていませんか?」

 

ひとりでがんばらなくていいと、おっしゃってくださるもけこさんのことばは、実生活でも、表現活動でも、これから開いていく新しい扉だと感じた。

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だれかと共に。それは結び。それはご縁。

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「森から出ましょう。出るまではいかないでも、伐採して、風通しをよくしましょうか。森をほっぼっておかないほうがいい」

「思いこみみたいなものを、とっぱらいましょうか。世界はもっとやさしいよ」

「外の世界と繋がっていく。わくわくがアンテナ。わくわくの方向に進んでいく」

「窓から外の世界を見ているように見えませんか? お花畑が広がっている」

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そんなふうに言ってくださった。

 

〈アートが生きている〉

〈森が生きている〉

 

セッションのあいだ、ずっと感じていたことだ。

 

のぞいている子が出現しただけで、森の様相ががらりと変わった。


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もけこさんは、窓から外を見ているようだと、横の世界の広がりを感じてくださった。

私は、不思議だけど、のぞいている子は、上のほうにいる気がした。

 

のぞいている子が来るまでは、高い空の上から、深い森にかこまれた湖を俯瞰している気持ちだった。湖は静かで、それをみているだけ。手も足も出ない。


ところが、視点がかわり、私は、森の中のふかふかの落とし穴みたいなところにいて、穴から出れば一面の光がひろがっているような頭上を見上げている。

 

まわりは、つるつるの壁じゃなくて、しっかりのぼっていける形状。

地に足がついている感覚。両手で両壁をつかんで、がしがし上っていくと、わりとたやすく上に出られる、みたいな感覚。


魂が肉体に戻ったように、自分が動き出せる感覚。

 

のぞいている子は、子供たちに見える(笑)

セッションのときには、具体的にお伝えしなかったのだが、4歳と1歳のころ、公園で撮った写真に似ているのだと思う。

キャプチャ



写真立てに入れるときに、丸いフレームを作ったから、いっそう似ている。

子どもたちのことを想うと、ひとりでは感じることのできない、母性が湧き起こってくる。

二人の子どもたちが手招いてくれるなら、どこにでも行けると思う。

 

***

 

アートに加えて、ボイジャータロットを引いてくださった。

最初に見せてくださったのは、「Hunged Manというカード。


スクリーンショット (480)
 

 

(こわいカード?)

 

そう思ったら、

「深堀りをしましょう」
「自分の中の光を見失わないように」


と言ってくださった。

しかも、磔にされたキリストの手の先にともる灯は、カードを逆にすると、光を高く掲げている図になるのだと。

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そのときに、キリストを取り巻く白い輪が、のぞいている子がいた淵と重なった

穴から上に出たとき、この手にある光を世界に掲げることができるのだというビジョン。


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反転するように、地面の下から光の世界へと躍り出ていく感覚

 

それを引き出してくださる、もけこさんのセッションはすごいと思った。

 

「もう一枚は、これ」


Trustというカード。

スクリーンショット (484)
 

 

〈自分を信頼する〉

〈まわりを信頼する〉

 

カードの中には「手」がたくさん。


「手を使いなさい」という指令が来たとおっしゃっていたもけこさん。

「手」は私にとって、癒しであり、祈りであり、祝福であり、すべての感受性の受容器みたいなものだ。

 

このカードの中にも灯があり、灯を掲げるというビジョンをいただいた。

 

セッションが進むにつれ、視点が変わり、気がつけば、魂と肉体が繋がり合っているような感覚。

もけこさんの言葉とアートによって、内側にエネルギーが集まり、湧き起こり、動き出さずにはいられない感覚。

 

アートは生きている。

森は生きている。

 

見えない世界がつながっている。

 

もけこさんと自分の感じているものが、世界の端でつながり、融合している予感。

別々のフィルターで観ているものが、しだいに同じものを観ていると感じられる、答え合わせのような時間。

 

次々に現れる扉を開くカギは、もけこさんが持っていたり、私が持っていたり。

二人で進んでいく冒険の旅のような時間。

 

それが、もけこさんとのセッションだ。

いつまでも尽きることのない物語を、もけこさんは伴走してくださっていると感じた。

 

***

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セッションが終わってから、送ってくださった画像を見てびっくり。

アートは、私のパソコンの画面で観ていたよりも、ずっと鮮やかで明るい色彩。

のぞいている子たちは、ますますかわいく、無邪気で、天真爛漫。

そして、右上の黄色い部分……。

パソコンで観ているときは、光だと思っていたのに、〈雨〉に見えた。

天から静かに舞い降りてくる光の雨。

 

〈知っている〉と思った。

 

どこでだろう? いつだろう? と思っていて、ふいに『手のような雨』という短歌を詠んだときのことを思い出した。

 

ここにも「手」

霊峰 玉置神社の神代杉というご神木だ。

さしのべられた手のような雨を、全身全霊で感じたときのことは、生涯忘れない。


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秘められた森の気配

 

セッションの時間が終わっても、つぎつぎにメッセージが訪れる。

さらに、もけこさんは、描いたエネルギーアートの原画をプレゼントしてくれるのだ。

 

もけこさんが描いてくださった生の波動を感じたとき、何が起こるのか。


 

アートは生きている。

 

もけこさんとのセッションの旅は終わらない。

ありがとうございます。

 

浜田えみな

 

エネルギーアートクリエイター☆フォーチュンクリエイター ももいもけこさんのプロフィールサイト

 

 

 

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