怒っていて、受け取らずにいたから、さびしい。
よけいにさびしい。ずっとさびしい。

さびしくないと思っていたのは、さびしかったからなのだ。

 

そのことに気がついたら、そそがれていたものは、何十年経っても消えていなかった。


うけとらなかったものに、ハートをひらいたら、なだれこんでくる。

あの夜も。あの朝も。あの時も。

                                                                                          

くしなだひめが、教えてくれた。

 

***

 

机の上には、いつもひめ神カードがあり、何かをするときは、必ず引いている。

ひめ神カードは、オラクルカードではなく、誰の中にもある魅力(使っていく力)の象徴。

だから、今、どの力を自分から引き出して、メインで使っていくのかを、教えてもらう。

 

たとえば、12人グループのユニットで、誰をセンターにするかを決めている感じ

 

一昨日、今朝、FBで投稿した〈成仏させるのは『手のような雨』ではなかった〉を書き始めるときに引いたひめ神は、くしなだひめだった。

 

くしなだひめのキーワードは、
 

〈可愛さ〉〈甘える〉〈弱さが強さ〉〈相手の持っている力を引き出す〉〈一緒にチャレンジする〉


などだ。

 

カードを見た瞬間、(????)はてなマークが点滅した。

 

自分にとって、苦手な分野は、脳内シャットダウンが起こるのだと、ふりかえった今、感じている。

 

ひめは知っていた。

 

***

 

最初は違うタイトルで、ちがうテーマで書いていた。

たくさん書いたのにまとまらず、一度寝て、起きてまた、たくさん書いた。

最後の最後に出てきた言葉が、

 

「さびしがり」

 

そのとたん、それまでの文章は、全部不要になった。

長い話を短くしたら「さびしんぼう」だった。 

 

これまでに、スピリチュアル・プロフェッショナル養成コースで、本郷綜海さんから教えていただいたことから、このたびの投稿に関する「境界問題」について考えたことも、「文章を書いて発信すること」は、すでに「ジャイアンリサイタル」だと気づいたことも、「さびしんぼう」にたどりつくための壮大な仕掛け(プロセス)だったのだ。

 

投稿に寄せてくださったコメントを読んでいるとき、ひめ神カードのことを思い出した。

 

(くしなだひめ)

 

くしなだひめの神話を聴いたとき、くしなだひめの両親の名前に、深くうずくものがあった。


アシナヅチテナヅチ


足や手を撫でるようにして愛され、可愛がられて育てられた、くしなだひめ。

なぜ、うずくのか。

 

小さなころ、病気になると、両親がのぞきにきて、あれやこれやと気にかけてくれ、額に手をあてたり、飲み物を持ってきてくれたりと、世話をしてくれるのが、どうにも我慢できなくてイヤだった。

心配そうな顔もイヤだったし、かまわれるのがイヤだった。

声をかけられるとたまらなくなり、布団にもぐって背を向けていた。

 

なぜ、イヤだったのか、とつぜん、わかった。

小さな私は、怒っていたのだ。

 

〈病気のときだけ、そばにこないで〉

〈いつも、みていて。いつもそばにいて〉

 

怒っていて、受け取らずにいたから、さびしい。
よけいにさびしい。ずっとさびしい。

さびしくないと思っていたのは、さびしかったからなのだ。

 

そのことに気がついたら、そそがれていたものは、何十年経っても、消えないでいることがわかった。


うけとらなかったものに、ハートをひらいたら、なだれこんでくる。

あの夜も。あの朝も。あの時も。

                                                                                                                 

くしなだひめが、教えてくれた。

 

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内なるマグマとつながって

〈じぶん温泉かけ流し〉

浜田えみな

#スピプロ10期

 

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