(これだ!)
という一つは、誰にでも必ずあって、
導かれるように
手の中にすっぽり馴染む。
そうしたら、もう手放せない。
屋久杉玉から顕れるもの。
それは、
魂からの手紙。
* * *
〈荒磨きした屋久杉の流木のかけらを、何時間もかけて、紙やすりで磨きながら、1000年以上生きてきた生命とつながる……〉
という「屋久杉玉磨き」に参加した。
決めたのは去年の暮れのことで、3月なんて想像もつかない未来だった。
でも、
まだ始まってさえいない2014年に向けて、はるかに輝く虹の橋が大きく架け渡された気がして、とても高揚したことを覚えている。
あれから、もう三か月。
ところが……。
実際にやってみると、私は「手」を使う作業が、あまり(いや、ほとんど、いや、まったく、ああ、ぜんぜん)好きではないことが判明した。
行く前は、木の声を聴こうとか、宇宙と共鳴するんだとか、ものすごいことを想像していたのに、まったくお恥ずかしい。
たとえば、そのときのブログには、こんなことを書いていた。
千年以上、この地上で天からの光や、雨や、風の声を聴き、大地とつながってきた屋久杉に触れ、てのひらでぬくもりを感じ、その年輪をたどり、木の中に宿る宇宙と深く同化していく……
そのかけらを手の中に包み込んだだけで、打ち寄せる波のように、いろんな波動がやってくるような気がして、いてもたってもいられなくなり、申しこみをしました。
(おおお!)
だけど、私は、手の中の屋久杉玉を、どうしていいのかわからなかったのだ。
紙やすりを渡されたから、磨いてはいたけれど、どこをどう磨くのかもわからなかったし、最初のころは、紙やすりの目が粗いので、手も屋久杉玉も粉まみれ。
木目も形もわからない。何も見えない。くもり硝子を磨くようなやみくもさで、ほとんど途方に暮れていた。
それでも。
そんな私でも、到達点はあるのだ。(できたし!)
屋久杉玉が伝えてきたものは、体験する前に想像していたものとは、まったく次元が違っていた。
「そんなもの」が届けられるとは思いもしなかった。
* * *
気づきのスイッチは、家に帰ってから読んだ(今回のイベントを主宰している)佐藤直哉(なーや)さん のフェイスブックのウォールだった。
同じように屋久杉玉磨きをされたかたが、こんな言葉を残していらした。
たくさんの方が屋久杉を磨きにおいでました。
でも、本当に磨いてるのは…
『心』
なんですよ...
(心)
この文章を読んだとき、
(はっ)
とした。
思わず、磨いてきた屋久杉玉をてのひらに包みこんだ。
(心!)
(もーーーーっ それ、早く言うてーや)
あんなに乱暴にヤスリをかけたり、
何やってんのかわからないとか思ったり、
どこをどうしたらいいのかサッパリわからなかったり、
誘ってくれたNさんに、「もう無理かも」と泣き言を言ったり(笑)
それがぜんぶ、自分の心と向き合う姿勢だったなんて!
(きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ)
「心」を磨くのだと思って向き合っていたなら、もうちょっとヤスリのかけ方がちがったかも!
と悔やまれ、悶絶しそうだった。
ものすごく損をしたような気もしたけれど、よくよく考えてみれば、知っていたからといって変わりようなどなかった。
屋久杉玉に向き合った姿勢は、そのまま、自分の心と向き合う姿勢だ。
わたしは、自分の心に対して、ちゃんと向き合う用意はできていないし、怖いし嫌だ。
粗雑にしか扱えなかったことも、まったくもってそのとおり。
自分の心のケアは適当にごまかして、大切にしていない。
そのことをふまえて、思い返してみれば……
ほかの参加者の皆さんは、それは愛おしそうに磨いていらした。
Nさんに至っては、ゆっくり大事に向き合いたいと言って、故意(恋?)に仕上げたくないらしく、丁寧に磨いていらした。
終わりにしないで、ずっと磨いていてもいいと、本気で言っていることがわかったし、屋久杉玉を抱きしめて頬ずりしそうな勢いで、イキイキと楽しそうに飛び回っている姿は、妖精みたいだった。
それがNさんの「心」に向き合う姿勢だとしたら、とてもうなづける。
会場に並んだ、たくさんの屋久杉玉は、心。
磨き方は人それぞれ。
心の持ち主が、どのような磨き方をしたとしても、手の中に届く真実は変わらない。
こんな私にも、屋久杉玉はたくさんのメッセージを運んでくれた。
魂からの手紙。
* * *
Cafe NAKAOを訪れる時は、いつも雨。
雨は、幾重にも覆われたヴェールをはがしていく滴なのかも。
* * *
二階にあがると、テープルの上に屋久杉玉のマンダラが不思議な世界を創っていた。
この中から好きなものを選んでいいと言われても、マンダラの世界を崩しそうで、なかなか手が出せない。
テーブルのまわりに集まった人の声は、「ブローチにしたい」とか「ペンダントにしたい」とか、さまざま。
長い枝のようなものは、かんざしにできるそうだ。
私には、何かを創ろうという積極的なプランもなかった。
それでも、
(これだ!)
という一つは、誰にでも必ずあって、導かれるように手の中にすっぽり馴染む。
そうしたら、もう手放せない。
香り。
重さ。
色。
かたち。
木目。
気配。
オンリーワンは、まっすぐに飛びこんでくる。
だって、それは
魂からの手紙。
***
最初に、なーやさんから「屋久杉玉磨き」の行程について説明があった。
選んだ屋久杉玉を、0次元から6次元までの7枚の紙やすり で磨くのだという。
(0次元から6次元!!)
次元を超えるときは、厳しい「なーやチェック」があり、合格した人だけが次の紙やすりをもらえる。それは、ドキドキの瞬間。
どんどん変わっていくので、写真を撮っておいたらいいと言われて記録したものの、
〈同じ角度で統一する〉
という基本的なことを失念したので、比べようもないバラバラな画像になった。
緻密なことができない性格なので許して。
まずは磨く前。
荒削りしたノミ?のあとがのこり、表面がデコボコしてなめらかではない。この状態から、0次元の粗い紙やすりで、全体を剥いていく感じだと教えていただいた。
前述したように、私は全く向き合う姿勢を持っていなかったので、この時点のキーワードは、
やみくも・むちゃくちゃ・わけわかめ。
屋久杉玉磨きが宿題だったら、リタイヤしている。
0次元クリアの状態。
ノミの跡は取れたかな? という状態。
1次元クリアの状態
2次元クリアの状態
チェックの時、なーやさんに
「ハートが出てる!」
と言われ、ちょっとヤル気に(笑)
屋久杉玉が「心」だとは意識しなかったけれど、何かどこか、自分へのメッセージとリンクしていると気づきはじめた。
シェアタイム
参加者は何人くらいいたのだろう?
Cafe NAKAOのリビングで、座布団やクッションを敷き、車座になって三々五々、向き合って磨いていた。
途中で一度、お互いの屋久杉玉をまわしあって磨くというシェアタイムがあった。
隣の人の手から受け取った瞬間、それぞれの屋久杉玉のもつエネルギーが違うことに気づいたし、自分の屋久杉玉が、いっしょにいた人たちの手によって磨かれていくことが、とても嬉しかった。
お昼は、扶美さんのお心づくしの根野菜たっぷりの豚汁と、味わい深い、まんまるおむすび。
食後のお茶まで煎れてくださった。
3次元クリアの状態
「ハートが最後まで残るかどうか。残らなくても、それはそれでいい」
と言われたとき、自分の手の中にある屋久杉玉に、生命の層があることがイメージできた。
「磨く」ということは、「深い層が顕れてくること」であり、「深い場所に降りていくこと」。
どうなっていくのか、何が出てくるのか、ドキドキしていた。
4次元クリアの状態
ペンダントにする孔をあけてもらった。
「6だね!」と言われてビックリ。
確かに数字の「6」
(6って何?)
6と言えば、「666」の「オーメン」しか思い浮かばない浜田。
でも、数秘では、別の意味があるはずなので、家に帰ったら調べようと思いながら、磨く。
数字が出てきたことで、屋久杉玉のもつメッセージ性について、受け取ろうというアンテナがビンビン。
木目の流れも、いろんなものに視えてくる。
最初から白っぽくて、「ここは光るよ!」と言われていた木目のところは、「博多の女」という九州のお土産のお菓子にソックリ。
でも、「かぐや姫」の話をしながら磨いていたので、なんだか、かぐや姫が入っていた竹のようにも見えてきて、
(私がこの地球に生まれてきた使命について、伝えようとしているのではないか?)
と思えてきた。
5次元クリアの状態
手の中で、屋久杉玉は全く別の顔になった。磨いているのに潤っていく感じ。何もつけていないのにどんどんツヤが出てくる。
0次元では、「ヤスリで削っている」という感覚だったのに、5次元になると、まさに「磨く」。
6次元クリアの状態
椿油塗布
麻布で磨いてできあがり!
完成
いったい、なんの形だろう? オカリナ?
てのひらにすっぽり納まる。
年輪が一年に一本ずつできるのだとしたら、てのひらの中には、数えきれないほどの年月が納まっている。
年輪のうねりが、その年の気候や大気の流れの中で伸びゆく軌跡を表しているとしたら、なんとたくさんのドラマがそこにあるのだろう。
「そこだけが浮かび上がるよ」
と言われていた白い光のまわりを、幾つもの白い筋がとりかこんでいる。
引きこまれていきそうな曲線は、銀河の星雲のように今も光速で回転を続けているようだった。
みんな、とても嬉しそうだ。
どの人の手の中にある屋久杉玉も、深い層から現れでたメッセージをたたえている。
さまざまなかたち。
さまざまな光。
さまざまな色。
さまざまな響き。
集めた屋久杉玉を、なーやさんがきれいに並べてくれた。
記念撮影。
穴をあけた屋久杉玉を吊るす麻やヘンプの紐もプレゼントしてくださるというので、合うものを選んだ。マクラメ編みをされているYさんが、魔法のようにアジャスター機能を持つ結び目を作ってくださった。
職人技でかっこいい。
* * *
第二部は、なーやさんのクリスタルボールと、有本紀さんのピアノヒーリング。
「前が空いているから、どうぞ」
と言われたので、YさんとNさんと浜田の三人で、かぶりつきの場所に座ったら、
「さすが大阪の人。北海道では、いくらどうぞと言っても、本当に座る人はいない」
と、紀さんに突っ込まれた(笑)
ほんとうに、ピアノの真ん前。
先日、個人セッションを受けた位置よりも近い!(笑)
床に腰をおろして目をとじる。
磨いたばかりの屋久杉玉は、ピアノとクリスタルボールの響きをしみこませるために、そっと手のひらにつつみこんでいた。
屋久杉玉が、この日のことを忘れないように。
いつでも蘇るように。
コンサートは、それぞれのソロ演奏のあと、お二人のコラボ演奏となった。
紀さんのピアノの調べは、例えていうなら蒼い月の光がそそぐ湖面の、波のまたたきや陰影。
幻想的なタッチが、聴く人の鍵盤を叩いていく。
耳からでなく全身に、表層ではなく深部に、打鍵される響きが共鳴していく。
そして、なーやさん。
クリスタルボウルのライブ演奏は初めてだった。
どうやって音を出すのかも知らなかったので、間近で観てびっくりした。
布を巻き付けた棒のようなもので、ボウルのふちをなぞるようにまわすだけで、振動が始まり、音が響きだしたからだ。
最初は低音のもの。
心地よいうなりのリズムの中に、さえずりが始まる。
(そうか)
鳴らせなかった天河の五十鈴は、きっと、こんなふうに振動して鳴るのだ。
なーやさんの演奏は、とても静かで、どんどん鎮静していく。
静かなゆらぎの中で、波立つものがフラットになっていく。
コラボ演奏のときは、なんだかもう何も……。
ただ、その場にいて……、
響きの中にいて……、
屋久杉玉をにぎりしめていた。
そして、なぜか、隣に座っていたYさんの名前のことだまを
(伝えなきゃ)
と思っていた。
* * *
自分なりに、心や身体のメンテナンスをしているつもりでも、なんだかワケのわからないものに巻き込まれてしまうことがある。
どうしてだかわからないモヤモヤや、ザワザワに取りつかれてしまう。
ほんとうの原因は巧妙に隠されていて、真実の声は耳に入らず、モヤモヤとザワザワのストラグルから抜け出せなっていく。
わたしは、まさに、そんな感じだった。
一緒に屋久杉玉を磨いていた人からも、途中まで一緒に帰ったKさんからも、
「少し何もしないで休んだほうがいいよ」
とアドバイスされた。
だけど、すでに今、なんにも「やっていない」のだ。
何かをやっている実感がない。
出歩く用事はあったとしても、仕事や家のことや自分の楽しみのためであり、しゃかりきになって頑張っているものなどないから、
(どうやって何もしないでいたらいいのだろう?)
と、釈然としなかった。
でも、たしかに、ザワザワとした「焦燥感」が止まらず、イエローカードのようなものが、ずっと点滅している。
これは、何に由来するのか?
* * *
帰りの電車の中で、ふと、屋久杉玉が
(耳のかたちだ!)
と気づいた。
白い光の木目は、「博多の女」でも「かぐや姫」でもなく、「耳の穴」に見えてきた。
今年の自分のテーマは、漢字で表すと「聴」だったので、
(すごいやん!)
と思った。
それならば、まず「自分の声」を聴いてみようと思った。
「耳」をてのひらに乗せて眺めていたら、不思議なことに、モヤモヤとザワザワの正体が響いてきた。
襲っていた「焦燥感」は、 「書いていない」ことだった。
欲しいのは、「休息」ではなく「書く時間」だった。
そのことがわかったら、対処法も視えてきて、とてもスッキリした気持ちになれた。
家に帰ると、気になる「6」のメッセージの解明だ。
もしかしたら「9」かもしれないとも思いつつ、本棚の奥から数秘のテキストをひっぱりだした。
(数秘のテキスト!)
そんなものも、あるのだ。
数秘術がローマ字変換だと知り、ことだまのエネルギーと重なるものがある! と思って、学びたくなった。
ところが、数字へのトラウマは鉄壁のように強固で、まったく展開できないまま御蔵入りになった。
(今、役に立つとは!)
数秘は旧姓で見るので、「6」というナンバーに記憶はなかったけれど、結婚後の氏名のディスティニーナンバーが「6」で、浜田えみなのソウルナンバーが「9」だった。
(何が書かれているんだろう?)
おおざっぱに書くと
6は、上向きの△と下向きの▽が重なった六芒星。愛と調和。ハーモニー。
9は、△が3つで三位一体の本質がさらに強化され、愛と癒しと感情解放。受容性。
実際の本文は、もっと長くて、素敵なことがいっぱい書いてある。
ネットで検索すればわかるけれど、数秘をひもとかれる先生のレクチャーは、奥深く、丁寧で細かだ。
文章を読んでいるだけで癒される。
読みはじめたら、「6」と「9」だけでは終われない。
一気にぜんぶ読んだ。
数秘術は名前だから、名前のことだまと同じく「使命」が封印されている。
屋久杉玉に浮かび上がった数字が導いてくれたのは、
〈数秘による自分の使命のファイルをもう一度読み返すこと〉
過去に一度は読んだはずなのに、記憶に残っていなかった。
そのときには受け取れなくて忘れていたことや、ピンとこないので記憶にも残っていなかったこと……。
それが、「今」のタイミングで目にしたとき、あまりにも最近の自分の状況にあてはまることや、直面している問題への的確な対処となることにつながっているので、驚いた。
(なんてすごい)
そして、なーやさんのFBで見つけた、
「磨いているのは『心』です」
というメッセージを読んだとき、
(屋久杉玉は「魂からの手紙」なんだ)
とわかった。
使命を生きるために、この世に生まれてきたのに、産声を上げた瞬間に、全てを忘れてしまう私たちへのナビゲーション。
「生きるために生まれてきたのに!」
という、映画『かぐや姫』の叫びも、ここにつながっていたのだとわかる。
屋久杉玉磨きに参加される人の中には、
〈屋久島への片道切符を手にしたい〉
という人が多い。
屋久島という場所が、その人にとって
〈魂からの手紙が届けられる場所〉
という予感に満ちているからだと思う。
それは屋久島だけに限らない。
北海道であっても、沖縄であっても、信州であっても。
海でも、山でも、渓流でも。
その人を突き動かしていく衝動は、魂からの手紙を受け取る「時と場所」を教えていると思う。
見上げる空の色として。
浮かぶ雲の形として。
だれかの言葉として。
たとえばアロマ。
たとえばオーラソーマ。
たとえばタロットカード。
たとえば編み物。
屋久杉玉。
クリスタルボール。
ピアノヒーリング。
いろんなときに、いろんな場所で届けられる手紙。
屋久杉玉から生まれてきた造形。数字。
秘められた魂からの手紙を、受け取ることができたのは、心と身体に浸透したクリスタルボールとピアノヒーリングの調べだ。
参加された皆さんの屋久杉玉には、どんなメッセージが浮かびでているのだろうか。
Yさんの屋久杉玉には、アーチェリーの形が浮かび上がっていた。
エンジェルの翼のようにも見えた。
コンサートの間、私は、ずっとYさんの名前のことだまのことを考えていて、そのエネルギーに満たされていた。
ことだまの音連れは、その名前を呼ぶ人に還る。
わたしの屋久杉玉が、数秘のテキストから使命を確認することをナビゲートしたように、Yさんがご自身の名前のことだまを知ることが、使命の確認というナビゲーションになれば嬉しい。
Yさんの名前の花のことだま(最初の音)は「ゆ」
「ゆ」は「湯・癒・結」の意味を持ち、温泉の働きがあり、ゆっくりと自己治癒力を引きだしていく癒しの力を持っている。
そして、母音の「う」は、入れる動きと出す動きを持つ。
「ゆ」のことだまを持つ人は、
「休養が必要だから温泉に入って癒されるときです」というメッセージと、
「たっぷり休養して快復したから、温泉から出て活動するときです」というメッセージを持っている。
自分がどちらのタイプなのかは、どんどん変わっていくので、そのときに出逢う人の様子で判断する。
Yさんは、今、出逢う人に「温泉に入りなさい」という人です(笑)
なぜならば。
私に、休息が降ってきたからだ。
屋久杉玉磨きで一緒だった人に、「休んだほうがいいよ」と言われつつ、
(だって、キャンセルなんかできないし)
と思っていた浜田に、先方から延期の連絡が入った。
しかも2件続けて(!!)
というわけで、オフになった本日、浜田えみなは書いています。
(わーい)
そして、オフになった瞬間に魂のポテンシャルがあがり、思いもかけないギフトがやってきた。
少し前に受講した林ゆう子さんの「惹き寄せメールワーク」の中で、「この中に入れたことは叶う」という宝箱を作るワークがあった。
そこに入れっぱなしで、入れたことさえ忘れていた願いが、何かのついでのように届いたメールで、いきなり叶っていた。
しゃかりきになって努力して動き回っている時ではなく、休めて嬉しい! というダラダラモードの時に。
この原理はすごい。
もう、覚えた。休息は大事。
「ゆとり」の中に、幸せは舞いこんでくる のだ。
ぜったいに、Yさんの「ゆ(癒し)」のことだまのおかげだと思う。
わたしも本名は「ゆ」のつく名前だけど、休息ではなく
「温泉から出ろーーーーっ!」
という、
〈マグマとつながってエネルギー全噴射!〉
ということだまなので、休息している場合ではない。
私のまわりには、これから何かをやりたい人、自分のマグマとつながって、人のために愛と癒しをそそぎたい人が多く集まってくる。
Yさんも、今、温泉から出るときです。
Yさんのマグマが何なのか?
それは、きっと屋久杉玉に書かれているはず。
浜田は、温泉に入らせてもらいます(笑)
こんなふうに、人との出逢いは、お互いの名前のことだまのプレゼント交換だ。
同じ音を持っていても、その人だけのことだまはオンリーワン。
それを一緒に見つけるために、ことだま師がいる。
というわけで、温泉に行きます。
3月の浜田温泉倶楽部は、「6」にちなんで、鞍馬寺の六芒星! ……ではなくて、
1月「ありま」 2月「なかやま」 だから、「ま」つながりで、「くらま」!
と、ダジャレ好きの顧問が宣言したので、鞍馬温泉です。
3月16日(日) 出町柳集合。
貴船神社~鞍馬寺~鞍馬温泉 になる予定。
時間とルート未定。これから考えます。
ブログで告知する時間はないかもしれないので、参加希望のかたは浜田まで連絡ください。
* * *
なーやさんの屋久杉玉磨きのピュア共鳴ツアーは続きます。
屋久島のカイホー屋のリトリートツアーも魅力満載。
有本紀さんのピアノヒーリングも続きます。
これからも関西を訪れてくださるそうです!
こんなに長々と書いたけど、わたしが言いたいことは、
折に触れて訪れる「魂からの手紙」を、逃さずに受け取ってほしいということです。
たとえ生まれた瞬間に、使命を忘れてしまったとしても、ナビゲーションメッセージは、届いています。
あなたを先回りして、いろんなところに。
そして、あなた自身も、誰かにとってのメッセンジャーです。
浜田えみな























