みみより日和


電車に乗り、空を見上げ、
風に吹かれ、山を見て、
川を見て、滝を見て、
人と出逢い、
食べたり、笑ったり、ねそべったり、
そんなすべてが、
治癒力を引きだすということ。


気づいても気づかなくても、
癒えている。
明日からの活力を蓄えている。


そんな一日を過ごすこと。


*    *    *


目次


◆犬鳴渓谷 ~蛇が飛ぶ!~
◆七宝瀧寺 ~護摩祈祷~
◆犬鳴山温泉 ~曼荼羅~
◆導かれていく


*    *    *


◆犬鳴渓谷 ~蛇が飛ぶ!~


さあ、いよいよ犬鳴渓谷へ。


不要な荷物をフロントで預かってもらい、身軽になって紀泉閣を出る。抜けるような空の青さだ。


みみより日和


来た時に上ってきた坂を下って、犬鳴川沿いの道を目指す。遊歩道もない木立の中の道は意外に車の通行量が多くて、ぼんやり歩いていると危険。


バス停まで戻ると、川沿いに温泉宿が連なっている。バーベキュー場や、バンガロー施設などもあり、森の中でワイワイやっている光景は、とても楽しそうだった。お泊りもいい感じ。
一の橋を渡ると、木漏れ日の中、参道の入り口があった。



みみより日和


犬鳴山(いぬなきやま)とは?


そういう山があるのではなく、犬鳴渓谷を中心とする山域全体の総称で、修験道の開祖・役行者(えんのぎょうじゃ)によって661年(!)に開山された修験道の修業の場で、【日本最古】の霊場だそうだ。
また、山域にある真言宗犬鳴派の本山・七宝瀧寺(しっぽうりゅうじ)は山号を「いぬなきさん」と言い、地元の人たちは、「いぬなきやま」と「いぬなきさん」を、きちんと使い分けていると何かで読んだ。


(なるほど)

そういえば、「比叡山延暦寺」や「高野山金剛峰寺」など、地名が併せて表記されていると思っていたけれど、「山号」だったのだと、今頃わかった。
山岳信仰の対象となる山は、「○○やま」ではなく「○○さん」と呼ばれているのでわかると、出雲大社のボランティアガイドのおじさんが話していた。



みみより日和


「総門これより霊域」と掘り込んである。


(霊域!! これから霊域に入る!!)


「両開の滝 一五〇米 山門 三八〇米 本堂 九五〇米」


(……)


この山の道を「950メートル」というのが、どのくらいのものなのか、想像もつかない。
まだ、入口だ。


みみより日和

こんな森の中を進むなんて、心が躍る。



みみより日和

渓流に降りている人や、水遊びをしている家族連れの姿も多かった。


両開の滝。(→ まだ150地点)


みみより日和


「両開」とは、真言密教の「胎蔵界」と「金剛界」のことだそうだ。
どちらがどういうものなのかは、説明を読んでもよくわからない(汗)


参道は、いたるところに紙垂が張ってあり、大きな岩や祠や御堂が現れ、行者尊が祀られている。
街灯のようなものは見まわしても見当たらず、日が暮れてくると、かなり霊妙な雰囲気に包まれると想像する。
ひとりではなく、みんなで来てよかった。

そのとき、


「あ! !!」
「へびへび!!」
「ほんまや!」


くーちゃんの声に振り返ると、左わきの木立の斜面を、ものすごい勢いで下ってくる細い鎌首が見えた。
その前方を、ぴょいぴょい飛び上がりながら、必死で逃げていく獲物。


「なに?」
「かえる?」
「こおろぎ?」


「蛇、飛んでない?」
「飛んでる飛んでる!」
「浮いてるよねーっ ぜったい!!」


そもそも、蛇は「地面をにょろにょろ這う」というイメージだったけれど、このときは獲物の動きをとらえ、高くもたげた鎌首は、一瞬たりとも地面におりることなく、恐ろしい速さで獲物に迫っている。


斜面の草に隠れて見えなかったけれど、その下半分にあるはず胴体は、どんな動きをしていたのだろう?
飛ぶような速さで移動している。のたのたと地面を這っているようには思えなかった。
その前方を、トランポリンのように跳躍しながら逃げている獲物とは、移動できる距離の差は歴然で、みるみる差が縮まっていく。


「あ!」×3


ちょうど陰にかくれて、その瞬間は見えなかったが……


(食いつかれた……)


もう、跳びあがって逃げる獲物はいない。
静寂に、声も出せない。


「しっぽ」
「どこ?」
「そこそこ」


蛇を見つけたのもくーちゃんで、しっぽを見つけたのもくーちゃん。
わたしは、獲物を追いかけ飛んでる蛇の、ものすごい形相は鮮明に目に焼付いたけれど、草や落ちた小枝にまぎれた蛇は保護色そのもので、まったく見分けがつかない。
くーちゃんが何度も場所を指さしてくれるのに、まだわからなくて、ものすごく近づいて、ようやくわかった。


「動き出した!」


斑模様のゴムホースが、ゆるゆると後退していく。


「バックできるんやね」
「顔出てくるかな?」
「観たい!」


みんなで、ゆるやかにくねる胴体を見守っていると……
頭部が出てきた。


「なんかくわえてる!」


口もとに、「何か」がはみだしているのだった。
近寄って観察したいけれど、さきほどの「弾丸みたいな疾走」が鮮明にこびりついているので、怖くて近づけない。
飛びかかってきたら怖いので、いつでも下がれるように及び腰になりながら、消えていく蛇の姿が見えなくなるまで動けなかった。


「蛇やったね」
「うん」
「蛇って、神様のお使い やんね」
「うん」
「すごい」


蛇が神使とされるのは、古代インドの川の神、水神様である弁財天様だ。
技芸の神様と言われる弁財天様のお使いの蛇がお姿を現してくれたことで、みんなの気分が高揚する。
しかも、


(獲物を、みるみる追い詰め、食べた(!))


その速さ。正確さ。
わたしたちは、「蛇が飛ぶ」のを観た。


(機を逃すな)


てんこちゃんも、くーちゃんも、わたしも、まさに今、通り過ぎようとするチャンスの神様の前髪を、つかむ時なのだと、わかった。

それは、とても、至福な甘美であるはず。
ジューシーでおいしいごちそうのように。

ぺろぺろりん♪


◆七宝瀧寺 ~護摩祈祷~



みみより日和


山門。

なんと趣のある!! 「瑞龍門」と書いてある。


(まんが日本昔話みたいーーーっ)


旅の者かお使いの小僧さんになった気分。
絵本では、この先には山姥がいる(笑)


新種のテーマパークか、映画のセットの中を歩いているようだ。
ここで、桃源郷が現れたとしても、驚かない。



みみより日和


それはそうと、
あんなに晴れていたのに、日が陰ってきた。
てんこちゃんによると、七宝瀧寺まで、まだ、やっと半分だそうだ。


(マジ!?)


ここからの道も、不動明王の祠とか、お稲荷さんとか、犬鳴山の由来となった「義犬の墓」だとか、観音様だとか、なんとか大明神とか、赤い幟がはためく鳥居など、右にも左にもいろんなものがあって、一つ一つお詣りしていたら、とても時間が足りない。目礼だけで先を急いだ。


犬鳴山は、四十八の滝と四十八の行者場がある霊域だという。
修験道の修業というものが、どういうものなのか想像もつかないけれど、あたり一帯の「気」は静謐で、ふと、気づけば、心が鎮まっているのだった……。


ようやく開けたところには、人の手が入り、整備され、ひときわ大きな「身代わり不動明王」の像がそびえ立っていて、圧巻だ。

まずは先を急ぎ、本堂、そして、行者の滝へ。



みみより日和


滝行をするときの補助となるロープのようなものが見える。この日の水量はそんなに多くなかったけれど、高さもあるし、何よりシャワーより強い水流など浴びたことがない身には、よほどしっかりとした精神力で臨まないと、滝行は無理だろうと思う。


下に降り、滝壺まで進むことができるので、きれいな水に手を浸し、近くから滝を見上げる。


みみより日和


霊山より流れ落ちる滝の水に打たれ、流し去り浄化できたらと思うものは、たくさんある。
日本人にとって、水の流れとは、とても美しく清らかで力を持つもの。


禊とは、なんと美しい言葉だろうか。


本堂に戻って、展示物やお札やお守りなどを眺めていると、背に「犬鳴山」と染め抜いた黒い法被を着衣した住職さん?のような人が、どこから来たのかと話しかけてくださった。


「浜田温泉倶楽部の栄えある第一回目の活動です!!」


などとは、まさか言えないので(笑)、それぞれの居住地と、温泉入浴付きランチコースで来たことを告げた。


「どこの温泉?」
「紀泉閣っていうところです」
「そこは、うちと一番仲がいいとこですわ。そこの温泉は、浴槽が蓮の花びらになってて、曼荼羅を表してるんです。でも、その浴槽はどちらか一方しかないから、女湯やったか男湯やったか覚えてへんけど」


少しダミ声の気さくなおじさん(住職?)だ。
そういえば、紀泉閣のホームページで、花の形の浴槽を観た覚えがある。女湯と男湯は入れ替わると書いてあったから、今日がその蓮の形のお風呂かどうかはわからない。


「ぜったい、そのお風呂に入れる気がする」


きっぱり断言したのは、くーちゃんだ。さすが、浜田温泉倶楽部の女神さま(笑)


「修験道体験というのは、予約制なんですか?」
「そう。毎月一回。今からやったら10月13日。空きがあったら申しこめるよ」


尚も話を伺うと、体験者には厳しいことは言わず、優しく指導してもらえるので、初心者でも大丈夫だそうだ。
まずは、その御山と自分が合っているかを体験するためのもので、合えば修業を続ければよいとのこと。なかには毎月やってくる人もいるそうだ。


「今、滝を観て来たんですが、高さもあるし、狭い場所だし、滝の力も強そうだし、落ちたりする人はいないのですか?」
「それは、落ちないように、こちらが万全な指導をせなあかんわな。でも、その人の精神力にブレがあると危ないときもある」
「そうですよね……」


ふと見ると、拝所の中に大きく燃え上がる炎影が見えた。

「あっ! あれは何ですか?」
「あれは、護摩壇。うちの目玉やんか」


(護摩?)


「あっちに周って観たらいい」


炎のゆらめきに魅かれ、拝所の正面へ。
ちょうど、小さな赤ちゃんを抱いた若いパパとママが、誘導されて中に入るところだった。
どうやら、「護摩祈祷」というものらしい。


密教の修法で、不動明王の前に壇を築き、火炉を設けてヌルデの木などを燃やして、煩悩を焼却し、併せて、さまざまな祈願をすると書いてある。


読経の声と大太鼓のリズムがからみあって腹に響く。そこに生き物のように燃え上がる炎の動き。
信じられないほど高く昇る炎の中に、さまざまなものを見てとることができるかもしれない。
護摩壇の脇の椅子に、パパとママと赤ちゃんは座っている。


(すごい。かぶりつきだ)


自分たちのためだけの読経。
自分たちのためだけの太鼓。
自分たちのためだけの炎。


まさに、二度と同じゆらめきは顕れない。
ものすごい修業をした導師様が、自分のためだけに祈祷してくださる「場」。


(なんていう贅沢なんだろう……)


ものすごいパフォーマンスだ。

音と光。
自分のためだけの舞台。
自分のためだけのミュージカル。


(すごいーーーーっ)


よくよく考えれば、神社でのパーソナルな祈祷は、結婚式や子どものお宮参りで経験済みだ。
読経にしても、法事や告別式で経験済みのはずなのに、それらは、あたりまえすぎて、こんな実感(感動)がなかった。


(炎の力)


なのだと思う。

立ち昇る炎のゆらめきが、自分だけのパーソナルな場に降りてくるものだとわかったとき、震えるような感動を覚えた。


するとまた……

中年の御夫婦が護摩祈祷を申しこまれ、次の祈祷が始まった。


読経の声と太鼓の音と、生き物のように動く炎のショーに魅入ってしまう。


(やっぱりすごい)


いったい、金額はいくらくらいなのだろう?
2~3万?


と思ったら、3千円・5千円・1万円~ と書かれていた。


(さんぜんえーーーーーーーーん???????)


うそみたいーーーーーーっ
やってもらいたいーーーーーーーーっ


くーちゃんも、ちょっと乗り気で、時間があれば申し込んでしまいそうだったけれど、時計を見ると既に四時!!!


(きゃーーーーーーっ)


というわけで、名残惜しくも下山。


「修験者体験、おもしろそう」
「護摩祈祷も、そんなに安いんやったら、“なんかの時”には、やってもらおう」
「一万円のやつ」


“なんかの時”ってなんや? って感じですけど、“なんかの時”です(笑)


「くーちゃん、来月、修験者体験申しこんでたりして」
「えーーっ」
「でも、11月は、ちょっと寒いよね」
「やっぱ、わたしたちは、“自分から進んで滝に入りたくなるような季節”でないと……」
「ほんとほんと。夏やったら気持ちよさそう」
「来年の夏は、みんなで修験者体験に!」


◆犬鳴山温泉 ~曼荼羅~


落ちかけた陽のやわらかい光がそそぐ霊域。


みみより日和


みみより日和


どこだっただろう?

ふと、空気の温度が変わった。

もわっとした熱気が肌に寄せてきたのだ。

門があった場所でも、祠があった場所でもない。
帰り道を急いで、ずんずん歩いていたら、ある境で……


今まで包まれていた世界が、別の領域だったことを知らされた瞬間だった。

はっと思った。
戻って、その感覚を確かめたい気もするけれど、


(時間がないーーーーっ!!!)


急げ!



みみより日和


*    *    *


紀泉閣に到着した時が既に16:30頃。予定時間を1時間オーバー。バスの時間まで1時間10分。


(何をしていたのか?)


予定になかったもの、それは、てんこちゃんの「やわらぎ会」 (笑)


山を下りてきて汗だくだったし、温泉でバテても困るので、先に水分補給しておくことにする。
フロントで預けていた荷物を出してくれた受付の人に、ウェルカムドリンクのチケットを指し出し、どこで使えるかを訪ねたら、隣のロビーラウンジだと教えてくれた。

席について、メニューを眺めていたら、いそいそとカウンターに登場したのが、フロントにいた受付の人だったので、思わず吹きだした。


あるときは受付。あるときはカフェのマスター。


飲み物を囲んで三人で向かう合うと、急いでいることなど忘れて、まったりくつろいでしまって、気づいた時には既に16:55!!


(きゃーーーーーーっ)


17:30には着替えおわって、ここを出ないといけないのに?????


化粧は落とさない→すっぴんでは帰れない。
髪も洗わない→乾かす時間がない。

ただ、入る!


(えーーーーーーーっ) 
(温泉倶楽部なのにーーーーーーーーーーーー??????)


紀泉閣は地形上、道路側にあるフロントは1階のようなのに表示上は5階になっていて、温泉は2階だった。
エレベーターのボタンを押す。


今日の女湯は、どんなお風呂だろうか?
曼荼羅の浴槽に入れるだろうか?


服を脱衣カゴに脱ぎいれ、扉を開けると、そこには白い花びらが咲いていた。


(やったーーーーっ)


たぶん、これが蓮の花の形を模した曼荼羅浴槽(だと信じる)。

曼荼羅とは、真言密教の寺院に行くと、掛け軸などでよく見られる尊勝曼荼羅図のことだと思う。
大日如来のまわりにぐるぐると仏の姿が配されているものだ。


花びらの一つに場所に身体を沈め、ふと、


(この場所は、どんな力を持つ仏様が配されているのだろうか?)


と思った。もちろん、まったく知識がない。

顧問のてんこちゃんの一声で、紀泉閣に決めたけれど、七宝瀧寺とつながりがあったとは驚きだ。
また、あの時刻に訪れたから、気さくな住職?さんがいて、話を聴くことができた。
その時刻には、護摩祈祷を頼む人が二組もいて、密教の護摩焚きを間近で観ることができた。
しかも、三千円バージョンと、五千円バージョンを続けて。


わたしは、この年齢になるまで、護摩焚きを観たことがなかった。
寺院での祈祷など考えたこともなかった。
それなのに、この日は、小さな命を愛おしげに抱き、その健やかな成長を神仏と共に祈願するご家族の姿に、はからずも出逢うことができた。


お宮参りの慣習は、自分でも経験があるので知っていたけれど、同様に護摩祈祷という形で、おごそかな場でこうべを垂れる若いご夫婦の姿に、とても感銘を受けた。


日本は、いたるところに神様や仏様がいて、祈りがあり、愛があり、結ばれて、護られている。

火があり、水がある。


炎を観ていて、その火を消すのは水だと気づき、しかしまた、水は炎で温められ、人を癒す温泉の温度を得ていると気づいた。


地球深く燃えているマグマの火。
温泉の温かさは、マグマの熱なんだ。


*    *    *


せっかくなので、露天風呂のほうにも出てみた。
二階なので、渓流の流れは見えないけれど、山の緑が見えて気持ちがいい。
三人で頭だけ出して、いい気持ち……


などと、ゆっくりのんびりしている時間は、ないないないっ!!!


あわてて、露天風呂からあがり、大急ぎで着替えて、荷物をまとめ、フロントで支払をする。


「わたし、先に行って、バスが来たら止めておきます!」


くーちゃんが斥候のような勢いで駈け出していった。
てんこちゃんと私もすぐに追いかけたつもりだったけれど、長い坂のどこにも、くーちゃんの姿が見えない。


「えーーーっ もう行ってしまったん???」
「めっちゃ、早いーーーっ!!!」


てんこちゃんと私は、へろへろになって走り続けた。下り坂でよかった。
ちょうど、道の向こうから、ロータリーに入ってくるバスが見えてホッとする。


(間に合ったー)


バスに乗り込むと、三人分の座席が、ちゃんと残っていた。座れてよかった。
走り出したバス……。

ふと前の座席のくーちゃんを見ると、「大阪駅を通って帰るから」と、コンパクトを出して、ぱふぱふとお化粧直し。


(“オトメ”ですーーー)


隣のてんこちゃんは、すっぴんでも、シミなしツヤツヤモチモチ肌。
もともと、子どもみたいな健康美肌の持ち主である上、顔も髪もザブザブ洗っていたから、温泉パワーでぴかぴかだ。
とても、そんなマネはできない浜田は、ぐちゃぐちゃだけど、気にしない。


てんこちゃんは、スマホを操作して朝の鳳凰の画像をとりだし、くーちゃんに自慢している(笑)
例のアルバムもカバンから登場し、歓声をあげたくーちゃんはデータでもらう約束をしていた。


30分ほどで日根野駅に到着。
バスを降りたら、本数の少ない阪和線がホームに入ってくるのが見えた。


ダッシュダッシュ!


すべりこみで間に合い(っていうか、走る走る!)、驚異的な連絡のよさで最短時間で大阪市内へ戻ってきた。

くーちゃんと浜田がダッシュできたのは、やわらぎ師・てんこちゃんのハンドパワーのおかげだ。


(いやー ホントに、盛りだくさんで楽しい一日だった)


◆導かれていく


「お宮参り、よかったね~」
「二組も出逢ったもんね」
「おじいちゃん、嬉しそうやったね」

「ふだんは、おらへんかもしれへんけど、お宮参りの祈祷のときは、ぜったい、神様、降りてくるよね」
「気配が残ってたよね!!!」
「らっきーーーーーーーっ」


「ランチもおいしかったよね」
「お部屋がよかったね」
「てんこちゃんの施術、めっちゃ癒された」
「食堂で食べてたら、ぜったいあの流れになってへんもんね」
「二時間半もくつろいだ」
「ありがとーーーーーっ」×2


「渓谷もよかったよね」
「蛇、観たもんな」
「神様やんな」
「すごい」
「飛んでたよねー!」
「仕留めて食べてたし」


「お寺の人、おもしろかったね」
「護摩焚きもすごかったね」
「あんなん、観られへんよねーっ」
「頼んでくれて、ありがとうーーーーって感じ」
「今日は、祈祷の日やってんな」


「帰りの山の中で、突然、温度が変わったよね?」
「うんうん!」
「そこからは下界!って感じした」
「あんなに変わるもんやねんなー」
「びっくりした」
「気づけてうれしい」


「温泉も、蓮のおふろやったね」
「さすが、くーちゃんの“念”パワー」
「めっちゃ、時間なかったけど」


そう。


〈 時 間 が な か っ た 〉


温泉倶楽部なのに、温泉滞在時間が〈30分!〉
いや、たぶんそれ以下(爆)


(なんでなんでなんでーーー?)


温泉に入りたいから温泉倶楽部を発足した……はず。
温泉は、ゆっくり入るもの……のはず。

ずぶずぶ鼻先までお湯にうずめて、手も足もお湯の中でなじんで揺れて、ほとほとほとびて、たゆたゆたゆたう。気持ちよくて寝ちゃうくらい……のはず。

水と親和していく感覚に、ひたひたひたって、ただ無心になりたかった……はず。
修復したり修正したり結び目をほどいて結わえていくように。じっくり、じんわりと。そういうのを、感じてみたかった……はず。


みみより日和

が。が。が。
ががががが。


(30分以下?????????)
(着替えも含めて、30分??????)


これは、どういうことなのだろうか?


(たぶん)


浜田温泉倶楽部は、


(温泉に行く倶楽部ではなくて、その活動そのものが「温泉」)


ということなのだろう。


電車に乗り、空を見上げ、風に吹かれ、山を見て、川を見て、滝を見て、人と出逢い、食べたり、笑ったり、ねそべったり、そんなすべてが、治癒力を引きだすということ。


気づいても気づかなくても、癒えている。明日からの活力を蓄えている。
そんな一日を過ごすこと。


(やられた)
(気づかされてしまった)

(一回目にして)


って感じです。ホント(笑)

でも、それが、私が望んでいたことなんだなあって思う。

というわけで、温泉に行く活動は、これで終わりです。


*    *    *


……なわけないーーーっ!


次回、浜田温泉倶楽部の活動は、10月14日(祝)開催です。
顧問のてんこちゃん、〈部員〉のくーちゃんとともに、


「武田尾温泉 ~廃線跡ハイキング~」


に行きます。


「武田尾 廃線跡ハイキング」で検索すると、いろんな人の数々のレポートがヒットしますので、興味のあるかたは、閲覧してみてください。


めっちゃおもしろそう。
BGMは「スタンドバイミー」で!!


詳細は、近日中にご案内します。懐中電灯必携です。お弁当食べるので、敷物も!


浜田温泉倶楽部 部長 浜田えみな


お知らせ

やわらぎ師 てんこちゃん 明日、10月6日 癒しスタジアム 出展です。
お友だちのエンジェリックセラピスト にゃあさんとブースをシェアしています。
ブース№121です。→ ★★★


お友だちのエンジェルガイダンス・カウンセラー ゆちちゃんのブースはこちらです。→ ★★★


天川村に連れていってくださったjunpyさんも出展されてます。→ ★★★


お時間あったら、たくさん体験してみてください。明日も素晴らしい一日を。