みみより日和  ← Sさんの折鶴


書いていれば会える。
発信していれば届く。
願いにも、想いにも。


かつて「ねじ」だった。
あの熱くて強くて無防備で
粗野で無垢で
がむしゃらでひたむきな、
大きな「ねじ」のエネルギーで、
この世に生まれてきたのだ。



*    *    *



目次


◆Sさん
◆銀河の家
◆囲む会
◆宇宙の鼓動と「ねじ」
◆次回は発刊記念セミナー


*    *    *



◆Sさん



「空気が違う。普通、空気は壁や天井や床で止まって中まで入り込まないはずなのに、この空気は壁を通り越して外まで繋がっている。自分達の体の中も外も通り抜けて水の中や空気もなくなった空の上まで通じているみたいだ。こんな空気、普段は感じないけど、心地よくてこの方が自然に思える。」


「自分が自分を突き飛ばしているような、自分が自分に突き飛ばされているような、なんだか自分と相手の境目が見付からない。痛くもないし、不快感もない。」


「私、始めた頃、頭と胸であなたの話を聞いてたけど、このごろお腹と腰で聞いてる!肉体の足は床の上だけど、エネルギーの足は床の下にある!以前は足も腰にも感覚がなかったと、今なら判る。で、こんな風にして聞くと、同じ言葉でも意味が違って聞こえるんです。」


「その雰囲気に包まれていると、今の自分の生き様が、ぱっとはっきりして、なぜ今の自分なのか自覚できて、不満や嘆きが消え、しあわせに包まれる。
別に、借金が消えるわけでも、病気が消えるわけでもないけれど、なんだか感謝の気持ちが湧き上がってきて、心が洗われるみたいだ!」


「お茶とか居合をしていると、外だけ見ていた目が、自分の内側の向きかえり、内側から周りを見るようになる」


「自分の思い込みが吹っ飛んで、好き嫌い、優劣の二極が消えて、比較より、今あるものの原因が見えてくる。」


「目を開けたままだと舌だけで味わってるけど、目を閉じると体中の細胞全部で味わってる。」

「目を開けてると舌の先だけで味わうけど、目を閉じると舌の付け根から口蓋全部に味が広がって口蓋から体全体に味が広がる感じ。」


「じっとして喋るか、黙って感じるかどちらかに一つだったけれど、今は体の中を感じながら話すことができる。」


「自然か不自然か、本物か偽物かだけしか判断できなかったけれど、いつどこでどのように繋がりが切れるか自然に戻れるか具体的な判断が出来るようになった。」


*    *    *



上記は、折り紙と煎茶道と居合を、ヨーロッパで紹介している日本人女性・Sさんに、お弟子さんたちが語った言葉として紹介されていた。



(どのようなお稽古で、このような場が創れるのだろうか?)



日本人の表現方法とは違う、外国人の感性が選択する言葉のストレートな表現は、強いリアリティで迫ってきた。
歴史も文化も慣習も違うヨーロッパで、こういう境地を導きだすお稽古をしているというSさんに惹かれた。



(会いたい)
(会って話をしたい)



Sさんは、ご自身のことを、このような言葉で書かれていた。



折り紙と煎茶道と居合を、ヨーロッパで紹介しています。言葉以外のものを通じて、体とその場の空気を異次元につなげるコツを紹介しています。
、お茶と居合に、子供の頃感じた、何か大切なものを思い出せそうというか、体がそれを必要としている、という感じで、続けています


***


大人になって、子供の頃楽しかったことを思い出して再開するのも、大切なプロセスで、失っていた時期こそが貴重な時間なのかも知れません。


***


西洋に移った頃、まだほとんど言葉がわからず、日本人も避けていたため、言葉以前の感覚世界を楽しめました。人それぞれ、個性があり、嘘か本気か、表面的か、心がこもっているか、犬や猫など、動物の個性、一本一本の木々の個性まで・・・何を欲しているか、早くこの場を離れたいのか・・・居合を習う人が持っている木刀や居合刀も、その人それぞれの気を発していて、持ち主が誰か、触るだけで解っていました。
まだ言葉を話せない乳児や幼児は、このように周りの雰囲気を受け取っているのかな?と思ったものです。

ドイツ語が話せるようになり、説明を始めてから、感受性を失ってしまいました。


***


5年来、フランスで、お茶のセミナーをしていて、言葉が出来ないので、心が伝わってきます。先方も、私が言葉を解せないいことを了解していて、会話を期待せず、雰囲気を楽しんでいます。共振している人と、鈍感な人とのコントラストは、はっきりしています。響き合える人が一人でも居ると、意識は済んで、部屋の雰囲気が澄み、身体は自動的に癒されます。


言葉を習えば、ドイツ語圏のように、元の木阿弥になってしまいそうで、今のまま、続けています。


***


わだかまりが無い時は、自転車で森の小道を走ると、風が、身体全体を吹き抜け通り過ぎていくけれど、考え事をしていると、身体が風を受けながら走り抜けていきます。


*    *    *



Sさんが日本にお住まいなら、遠くても会いに行っただろう。


話を伺いたかったし、体験ができるなら、折り紙も煎茶道も居合のお稽古もしてみたいと思った。
でも、Sさんは遠くドイツにお住まいだった。どちらかというと、日本での全てを棄てる形で。


さて、浜田はSさんのこのような文章を、どこで、目にしたのか?



◆銀河の家



それは、村松恒平先生のメールマガジン「GOLD2012」の購読者で創られたSNS「銀河の家」だった。


銀河の家では、メールマガジンが発刊されるたびに、メンバーによる感想や質問が書きこまれ、村松先生がそれに応えてくださったり、メンバー間の交歓が持たれていた。


上記に引用した言葉は、村松先生のメールマガジンのさまざまな号の感想として、Sさんが書きこんでいたものだ。

その元となったメールマガジンで、村松先生はどのようなことを書かれていたのだろう?
タイトルをあげると



第1号 「ふと浮かんだことの値打ちについて」
第2号 「精神世界と言われる領域について」
第3号 「僕の言葉の工房を公開する」
第4号 「パントマイムと「ないもの」としての精神」
第5号 「物質と精神、半々の世界/世界の始まり/現代哲学の批判」
第6号 「悲しい色やね  大阪ホテルのネット事情と疎外のこと」
第7号 「物質・生命・精神」
第8号 「生命力/犠牲/フリーメイソン/進化」
第9号 「形成力と生きた設計図」
第10号 「設計図の応用」
第11号 「SBA概論」
第12号 「バリで起きていること、そして新しき経済学の夢想」
第13号 「象徴の力と身体の多層性について」
第14号 「言葉以前の感覚について」
……(以下省略)



1年間の期間限定で、月に2~3回発行され、現在、第25号まで発刊されている。

メールマガジンとしては、一回あたりの文章量はかなり多い上、画期的な仕掛けも多く施されていたため(村松先生いわく“多焦点の文章”とのこと)、画面で読むだけでは全貌が視えず、わたしなどはプリントアウトして何度も読んだ。



「銀河の家」では、メールマガジンについての談義のほかに、雑談部屋やイベント開催の部屋があり、申請すれば自分の個室ももらえた。
テーマを掲げて、来訪したお客さんをおもてなしするのだ。

Sさんも「自然体と道」という個室を持っておられて、そこでは、村松先生のメールマガジンの内容と離れて、Sさんとお話することができた。



アロマセラピーやオステオパシーなどの勉強をして、「ボディ・マインド・スピリッツ」について考える機会が多く、ヨガやロルフィングのセッションを通じて、身体の中心線や重力について体感した経験があった私は、Sさんの言葉に共振することが多かった。



(それを創りだす「場」を共有したい!)



そんな想いでいっぱいだった。

ドイツにお住まいでは、一生無理だと思っていたSさんと、



(まさか、お会いできるなんて!)



◆囲む会



その訪れは、ブログについた一通のコメントだった。



浜田えみなさま
こんばんは、<銀河の家>で、<S>という名前で投稿していました、ドイツ在住……



(えーーーーーーーーーーーーっ Sさん!??????)



「村松先生を囲む会」開催の記事を先生のツイッターで知り、たまたま帰国中で京都滞在の期間と重なっていたため、メールをくださったのだった。



(Sさんと会える)
(Sさんと会える)
(Sさんと会える)
(Sさんと会える)
(Sさんと会える)



メールが使えないとのことで記されていた携帯電話の番号に、電話の苦手なわたしが、一瞬の躊躇もなくかけていた。



(ひょえーーーーーーーーっ)



*    *    *



書いていれば会える。
発信していれば届く。
願いにも、想いにも。



一生会えないと思っていたドイツにいるSさんと会えるのだから、



日本にいる省吾と会えないはずがない!



省吾に会うための手段は、やはり書くことだと、想いを新たにした2013年の夏の浜田えみな(笑)



*    *    *



急なお誘いにも関わらず、囲む会に集まってくださったメンバー5人は、奇しくも「銀河の家」の住人だった。

ドイツ在住のSさんと日本(……当初の北新地から京阪電車の守口市駅へ変更し、大阪人でも行かないような守口市駅高架下の串揚げ屋!!……)で、歓談する「縁」の不思議を満喫してくださり、本当に喜んでくださったので、世話人としても、高揚感でいっぱいだった。
串揚げも、とてもおいしかった。


実は、村松先生とSさんは、今回の帰国に合わせて、日程を調整され、奈良県の天川村で会うことにされていたらしい(!!)。


村松先生の住む東京から天川村へのアクセスはかなり悪いので、大阪で一泊されることになり、

「17日 大阪に行くことになりました」

というメールが、いきなり浜田のもとに届けられたのだった。



(Sさんが帰国されるのだったら、そのことも教えてーやー!)
(ぷんぷん)



と思うけれど、Sさんは、当初の予定では、国外の外国人だけに販売されている「JR乗り放題」というチケットを使って、日本滞在の間、あちこちをまわる予定でいたそうだ。

ところが、ドイツにその大事なチケットを忘れてしまい、日本での行動が(九州などにも行く予定だったとのこと)大きく制限されることになり、白紙になってしまったので「囲む会」に参加してくださることになったのだ。



村松先生の囲む会を、過去のセミナー受講者だけに配信して、ブログで告知していなければ、Sさんの目に留まることはなかったし、Sさんが「JR乗り放題チケット」を忘れずに持参していれば、日本を縦横無尽に駆けていただろうから、囲む会には参加していただけなかった。



(人と人が出会う)



それは、目に見えない大きな力に作用されているのだと思わずにはいられない。



◆宇宙の鼓動と「ねじ」



村松先生は、SBAで、「ねじ」の動きを通して、肉体的身体と磁気的身体のズレを調整し、軌道を整えることと、自分の軌道を感じることを、わたしたちに教えてくださった。(と浜田は思っている)



この「ねじの動き(=らせん)」は、生命を生み出す動きとして、地球上のさまざまなところで目にすることができる。

それは、宇宙の動きだからだ。


それぞれの星が軌道を持ち、周期を持って自転し、公転している。
遠くから太陽系の動きを早送りで眺めることができるなら、その規則的な「らせん」の動きを追うことができるだろう。



また、わたしたちは、ねじのように旋回しながら、子宮から出て産声をあげた。
出産と潮の満ち引きや月の動きが関係あるということは、宇宙の動きに影響されているということだ。


SBAは、宇宙の鼓動と同期することではないかと、ふと思った。



自分がどのような「ねじ」の動きで、生まれ出てきたのかはわからない。
でも、自分が産んだ子どもの回旋は忘れない。リクトとコツメは全くちがう。



(どうやったら、子どもたちにそれぞれの固有のらせんを伝えられるだろうか?)



わたし自身も、かつては「ねじ」だったのだと、今、これを書きながらわかって、とても嬉しい。

あの熱くて強くて無防備で粗野で無垢でがむしゃらでひたむきな、大きな「ねじ」のエネルギーで、この世に生まれてきたのだ。



◆次回は発刊記念セミナー



「銀河の家」でわたしたちを結びつけたメールマガジン「GOLD2012」をまとめたものが、SBA概論として、年内に書籍となる。


村松先生には、ぜひ、発刊記念セミナーか講演会をしていただきたいと熱くお願いしている。

Sさんにも次回の帰国の時は、絶対に何かセミナーをしていただけたらと切望している。



(願えば、叶う)



Sさんから折鶴をいただいた。


そういえば、「銀河の家」では、こんな書きこみをされていた。



私は3歳から折り紙始めて、50年以上やってるから、体だけ年取った子供です。
ここ20年余り、列車や電車の移動中に、外の景色を見ながら鶴を折っていて、折るのを飽きずに見ている人には差し上げてます。


受け取ると、どんな年代の人も、幼子のような笑顔をみせてくれます。 移動中の列車の中やレストランが我が家のような気分です。



この日にいただいた鶴は、


「ありがとう」「MERCI」 
裏を返すと、
日の丸と「FUKUSHIMA」



の文字のある4センチ×3センチほどの紙片で、開けてみると厚手のトレーシングペーパーに鶴が貼りつけてあり、両端をひらいて中央をあわせると、ハート型になる。



みみより日和


みみより日和

ただの四角い紙が、このような鶴の姿になるなんて、外国人には、さぞアメージングなことだろうと思う。日本人なら、上手下手はあっても、一度ならず折ったことがある鶴が架け橋に。



「手から手へ」
「人から人へ」
「心から心へ」



というタマラさんの言葉を思い出す。



*    *    *



村松先生のメールマガジンを購読した人の中で、銀河の家に登録した人は50人。
今回の一件で、あらためて当時の書きこみを閲覧してみた。



Sさんの書きこみに心魅かれたことは前述したけれど、ほかにも魅力的な書き手がたくさんいる。
銀河の家は、このまま50人だけでしか共有できず、埋もれてしまうのだろうか?

もったいないと思うとともに、今ではもう、「静かな遺跡」なのだろうと感じる。
戻せない時をとどめている銀河の家の記録は、貴重な「場」だと思った。


わたしは、「ものかき体質」なので、メールマガジンを読んで触発されたことについて、リターンエッセイを書いていた。
目的は、



<村松先生のことやメールマガジンのことを知らない人に、購読してもらって、「銀河の家」にお誘いすること>



だったので、SBAセミナーが開催されるようになり、配信期間の残りが少なくなったメールマガジンの購読受付がクローズされたあたりで、モチベーションがダダ下がり(爆)、けっきょく最後まで書かずにやめてしまった。



「いつか」とか「あとで」などと思ったもので、完成したものはない。

残念なことをしたと、後悔している。


初めて読んだときに感じた気持ちは、そのときにしか書けない。もう書けない。
ブログで発信したリターンエッセイは、11回分。

ちょこっとイイコトも書いているかも。(末尾でリンクを掲載します)


村松先生の本編の内容は、ぜひ、発刊される書物を手にとって「遺跡」としてではなく、「船」として動かしたい。「羅針盤」としたい。


SBA体験者、セミナー受講生の皆さんも、多方面からのアプローチで確信に近づいていく概論を読むと、腑に落ちる感覚があるはず。



受け取るSBA わかるSBA 使えるSBA 伝えるSBA

宇宙の鼓動を聴く。



「銀河の家」というネーミングも、今、初めて実感できた。
「軌道」の意味も。
「ねじ」の意味も。



村松先生のSBAは進化中だ。(名称も変更されるとか)

天川村のみたらい渓谷では、龍の気に遭遇し、


「我が背に乗れ」「怖れるな」

の二つの言葉をいただいたと、ツイッターで画像とともに発信されていた。



*    *    *



龍の背に乗った村松先生に、早くお会いしたい。



村松先生や参加者の皆さんに充実した時間を過ごしていただけるよう、大阪にこだわらず、視野を広げて関西での開催場所を物色中!



遠方にお住まいのかたも、観光がてら遊びにきてください。
お会いできる日を心待ちにしています。

ありがとうございます。



浜田えみな



「GOLD2012」リターンエッセイ一覧



「GOLD2012と一号一惠(いちごいちえ)」 → ★★★


今、必要だから、今、とどく。


「一号一惠」 ~投げ飛ばしてくれ~ → ★★★


言葉は光。
さしこんできた、その光に浮かび上がるものは、
生涯、消えない「灯」。

それは「選択」の瞬間。
「信頼」の生まれた瞬間。

言葉が照らすものを、
信じ、選び、受けとり、真実とする喜び。


「一号一惠」 ~村松ビュッフェ~ → ★★★


ヒトがもち、ヒトをとりまき、
ヒトを支える、この「何か」。

わたしが言葉を紡ぎ、物語を織るのは、
この「何か」に向けてなのだと、わかった。


「一号一惠」 ~疎外と補償~ → ★★★


わたしが書くものは、
わたしの心を「補償」している。
そして、誰かの心を「補償」する。

「疎外」されないために。


「一号一惠」 ~種~ → ★★★


種に包括されているもの。
その小さな粒に
プログラミングされている起動スイッチ。
時間。空間。生命。
のぼりたつオーラを鎮めて、
雄弁に沈黙している。


「一号一惠」 ~さなぎ・本能・選択~ → ★★★


本能とは、「今」を生きぬく決断。
過去も未来もなく、
ただ、「今」に必要な、
その一瞬のための行動を決断をする力。


「一号一惠」 ~精神の輪郭~ ★★★


言葉も発せず、目も見えず、
息をしたこともない塊が、
誕生という出口をめざして、

ある方向性をもった運動を、
やみくもにくりかえしながら、調和していく。
全く別の精神をもった熱い生命のエネルギーが、
とまどい、せめぎあい、ぶつかりあう。

そんなすごいものが、
自分の中を通ってきた。


「一号一惠」 ~夢にロックをかけない~ → ★★★


今、わたしは、ちょっと「自由」だ。
作品と自分を切り離せた。
これは、ものすごいことだ。
ものすごく軽くなった。


「一号一惠」 ~本来の軌道~ → ★★★


どれだけ実績や評価を得たとしても、
どこか納得できなかったり、自信がもてない自分。
努力の賜物であっても、達成感や満足感が得られず、
少しも満たされなくて、次の目標を探している自分。

だとしたら、それは、正しい軌道ではないのだ。


「一号一惠」 ~生きた答えを持て~ → ★★★


古事記の序文に出会ったときの感動は忘れない。
あのすごい万葉仮名の羅列の中に、
「伝えたい」というパッションを感じ、
千三百年前の人々が親しく近いものになった。
日本はことだまの国。
「日本人」を離れたくない。

文字のなかった時代の生活には、もう戻れない。
文字により失ったものはなんだろう?


「一号一惠」 ~象徴が導くもの~ → ★★★


イメージする力は、世界を拡大する。
自分を知り、多次元的にデザインする。
未来が拓けていく。

「一号一惠」 ~放し飼いの牧場(まきば)~ → ★★★


言葉で伝わるものなんて、ほんのわずかだ。

とらえどころのない思いをつかまえにいくのは、
心が躍る。

いくつ持てるかで自由になれる。
いくつも放し飼いにして自由になれる。

伝えたいのは、言葉じゃない。
受けとるものも、言葉じゃない。