果てしなくまたたく
銀河の流れを、
光のしぶきを浴びながら、
無敵な気持ちで
漕ぎ出していくような気持ち
* * *
「あること」にとらわれていた私の目に留まった一枚の水彩画。
それは、宮沢賢治が描いたものだった。
会期の残りは二日。
そのどちらにも外せない用があり、展示を観に行くことはできなかった。
それなのに、あきらめていた宮沢賢治が、思いもかけない別の場所に現れた。
そこには、とらわれていた「あること」の答えがあり、次々に飛びだす言葉は、すべて数珠つなぎになっていた……
そして、一番おしまいのキーワードは、このブログを書いている途中に飛び込んできた。
全てが一つになった。
そして、また、新しい数珠がつながっていく……。
無敵な気持ちで、漕ぎ出していく力をもらった記録。
◆宮沢賢治の水彩画
◆ブログを読めない人に届く言葉とは
◆和泉市久保惣記念美術館
◆チェリスト・吉川よしひろ氏と宮沢賢治
◆耳の聴こえない人のための演奏
◆チェリスト・吉川よしひろ氏の想い
◆セロ弾きのゴーシュ
◆星めぐりの歌
* * *
◆宮沢賢治の水彩画
宮沢賢治の展覧会が開催されていることを知り、詳しい開催情報を見ようと、添付されていたURLをクリックすると、賢治の手帳の「雨ニモマケズ」の文字がとびこんできた。
肉筆のもつ、とてつもない力。
そして、描かれた一枚の水彩画の画像から目が離せなくなった。
宮沢賢治の描いた水彩画があるなんて、初めて知った。
どうしても原画を観に行きたくなった。
(なぜ、今、宮沢賢治なのか?)
宮沢賢治と聞いて思い浮かぶのは、
「雨ニモマケズ」と「永訣の朝」
いくつかの童話。
独特なオノマトペ。
何度試みても、物語世界に入ってゆけなくて、最後まで読んだ記憶のない「銀河鉄道の夜」
小学2年生の担任の先生から教えてもらった「星めぐりの歌」の歌詞と星座。星の色。
赤と青。
(何を今、わたしはこんなに観に行きたいと欲しているのだろう?)
会期終了までの残りの二日には、既に外せない予定があった。姫路まで観に行くことはできない。
(この「直感」は、どうすればいいのだろう?)
手当たりしだい、「宮沢賢治」を検索して、関する記述を読んでみた。
五枚の水彩画の画像を探し、実際に展示を観た人のコメントなどを読んだ。
(どこに答えがあるのだろう?)
(キーワードは何だろう?)
宮沢賢治なのか?
水彩画なのか?
色なのか?
現物を見なければ受け取れないものなのか?
それとも、そこからひもといていった先に、答があるのか?
文字の情報からは何もピンとこなかった。
(絵の前に立てば湧き出すのだろうか?)
混ざり合って溶け合う水彩絵の具の色合いが、心のモヤモヤを晴らしたり、落ち着かせたり、ひらいたり、むすんだり、いろんな作用をするのだろうか?。
水と色との一度限りの不思議な出会い。にじみ。融合。拡がり。
そこに何を見出し、遠く波紋のように運ばれていくのか。
(わたしの心を占めていることの答えが……)
(そこに?)
◆ブログを読めない人に届く言葉とは
二年半ほど前に「だいじとたいせつの違い」について、ブログで照会をかけたときに、コメントをくださったことがきっかけで、メールなどのやりとりをするようになった人がいる。
年はずっと下で、住む場所も離れていて、実際に会ったことはないけれど、彼女からの、まっすぐなメッセージは、どんなときも前に進む力をくれた。
その彼女が、記憶に関する部分に障害を持ち、文字を読もうとすると頭痛がしたり、視力が閉じてしまって読めなくなるということを、つい最近、彼女のブログの文章から知った。
「文字の読めないわたしには、彼女のブログ(みみより日和)は読めないけれど、それでも届く言葉がある」
こんなふうな言葉で、浜田のブログを紹介してくれていたからだ。
(読めない?)
知らなかったから、いつも長いメールを送っていた。
わたしのブログは、さらに長い。
読もうとすると困難の生じる彼女に、どんなふうに言葉は届いていたのだろう?
調子のいい時は、長く読み進むことができたのだろうか?
たちこめた雲に隠れる文章の中で、切れ間からのぞく一筋の光のように、くっきりと浮かび上がる言葉があったのだろうか?
それは、いったい……
どんな言葉だというのだろう?
頭痛をこらえて、閉じていく視界と視力に鞭打って、読もうとしてくれる人がいるとわかっていたなら、わたしは何を書いただろう?
メールを送ることなど、できただろうか?
別の誰かが同じことを話していたら
「それって、すごいやん」
と言うと思う。
耳の聞こえない人から、
「あなたの演奏が好きだ」
と言われた演奏家がいたら、心から賞賛すると思う。
だけどわたしは、一筋の光に映し出される文章がどれなのかがわからない。
雲に隠れた部分との見分けがつかない。
切れ間からのぞく言葉だけを宝物のようにして、ブログを読み続けてくれた人がいると知って……
知らなかったときならともかく、知った今、これから何を書けばいいのか?
……
「サナギどろどろ」だ。
イモムシのままでは、蛹になれない。イモムシのままでは、蝶になれない。
すべての結合を融解して再構築をはかる。
サナギは動けない。
蝶になるから。
今まであたりまえだと思っていたことに、次々に槌が入る。
本当に、今年は改革と変革の年だと思う。
◆和泉市久保惣記念美術館
宮沢賢治の水彩画を観に行けない「外せない事情」は、和泉府中で行われた法事だった。
すべてが終わって、会席膳をいただきながら、
「このあたりに、山惣(やまそう)美術館というのがあってな」
と、お義父さんが言うので、
「やまそう? 久保惣(くぼそう)のことですか?」
「おお、それそれ、久保惣美術館! あれ、知ってるの!?」
(関西の美術館で私の知らないところはありません! とは、もちろん言わず、)
「名前だけです。有名ですよね。収蔵品もすごいし、一度行ってみたかったんですけど、場所が南のほうだし、バスでしか行けなかったような気がして、行きそびれたままで……。そういえば、和泉市ですよね! この近くなんですか?」
ということで、希望者は行くことに。
喪服姿のまま、義父母と義妹で、メモリアルホールからタクシーで美術館を訪れた。
入館すると、併設された音楽ホールで開催されるチェロのコンサートの整理券を配付していた。
(美術館でチェロ!)
* * *
和泉市久保惣記念美術館のたたずまいは、趣と品格がある。
国宝や重要文化財を多数収蔵しているため、展示室のクオリティも高い。光も湿度も、作品を保護するために最適な環境に守られている。
広い敷地には、新館と本館、市民ギャラリー、市民ホール、茶室などがあり、睡蓮の浮かぶ池もある。一帯を包む空気が穏やかで、時間の流れもゆるやかだ。
きちんと整備された庭園を進んでいると、大阪府内にいるのに、どこか遠くに旅行に来ているような、ふだんの生活から切り離された非現実感で、不思議な高揚感に包まれた。
◆チェリスト・吉川よしひろ氏と宮沢賢治
新館から、京都の路地のような小路を通って、音楽ホールに向かう。
整理券を見せて中に入ると、ほとんど満席だった。次々に人が入ってくる。
席について、天井を見上げると、きれいなオーバル型が広がり、オルゴールの小箱にもぐりこんだような気持ちになった。
演奏は、吉川(きっかわ)よしひろさん というチェリストだった。
単独でチェロの演奏を聴くのは初めてだ。
よく知っているクラシックの曲や、日本の曲など、音楽演奏に縁のない人たちにも親しみやすいプログラムが続く。
何曲目だっただろう?
吉川さんは、自分が一番大切にしている曲を今から演奏するとおっしゃった。
そして、いきなり飛び出した「宮沢賢治」の名前。
(宮沢賢治!)
吉川さんが、大切にしている曲は、宮沢賢治の「星めぐりの歌」だという。
吉川さんは、宮沢賢治のことが、とても特別なようだった。
演奏のあとで「雨ニモマケズ」の詩を、賢治の口調で(東北弁で)朗読するという。吉川さんご自身は山形県の出身だそうだ。
チェロリストのライブで、東北弁の雨ニモマケズの朗読があるなんて、誰が思うだろう?
宮沢賢治の名前が出てきただけでも驚いていたのに、
「僕はこの曲を、耳の聞こえない人たちのための映画の上映会の最後に演奏しました」
という言葉が聞こえ……
(えーーーーーーーっ!)
◆耳の聴こえない人のための演奏
(「耳の聞こえない人たち」の前で演奏!)
まさか、本当に、そういう演奏をした人がいたとは!
その人が目の前にいるとは!
その演奏を、今、聴くことができるとは!
星めぐりの歌のメロディ。
小学校2年生の教室で歌ったきり、歌うことも耳にすることもなかったのに、歌詞もメロディも覚えていた。
星座の形も。星の色も。
よみがえる。
(宮沢賢治は、ここにつながるのか)
演奏の余韻の中、
「雨ニモマケズの詩は、きれいな標準語で書いてあるけれど、実際の賢治の言葉は、違うと思うんだよね」
と言って、本場のズーズー弁で、吉川さんが熱唱(朗読)してくださった「雨ニモマケズ」の言葉を、ひとつひとつかみしめながら、押し寄せる波に打たれていた。
前の晩に手当たり次第に読んだ、宮沢賢治のエピソードや、シルエットや、覚えている「永訣の朝」の詩とともに。
* * *
法事がなければ、姫路に行くのにと思っていた。
会席を早めに切り上げて、一人で姫路に向かおうかと思っていた。
だけど、答えは、姫路文学館ではなく和泉市久保惣記念美術館にあった。
法事がなければ和泉市には来なかった。
お義父さんと話をしなければ、久保惣記念美術館には来なかった。
その日でなければ、チェロのコンサートはなかった。
お義母さんがコンサートを聴こうと言ってくれたから聴けた。
ジャズチェリストの口から、宮沢賢治の名前が飛び出した。
「耳の聞こえない人たちの前で演奏した」という、「星めぐりの歌」は思い出の歌だった。
初めて、作文や日記をほめてくれた先生だ。
チェロの音色に運ばれてくるもの。
(チェロ?)
(宮沢賢治?)
(セロ?)
宮沢賢治の書いた童話『セロ弾きのゴーシュ』の「セロ」って、「チェロ」のことなのだろうか?
ゴーシュは、チェリストなのか?
◆チェリスト・吉川よしひろ氏の想い
帰宅してから、「耳の聴こえない人たちの前で演奏をした」という吉川よしひろさんのことがどうしても気になり、すぐに調べた。
吉川さんは生まれつき、左耳が聴こえないのだそうだ。
普通の生活をするには、なんの不自由もない。
だけど、音楽学校に行くようになり、聴こえる音域や音量に著しい差があることは、致命的だということを、ほかでもない仲間たちの言葉から思い知らされることになった。
吉川さんのピアニシモは、ほかの人たちのフォルテくらい、音の大きさが違うから、一緒に演奏できないと、アンサンブルを組んでくれる人がいなかったそうだ。
(障がいがある人はプロになれないのか? 音楽をやってはいけないのか?)
その思いが、エフェクターを駆使して同時録音した音源をリピートさせ、ソロでありながら多重な演奏を確立させた独自のスタンディング・チェロ・パフォーマンスを生み、日本で唯一のジャズチェリストとしての吉川さんを誕生させた。
「ほかの人と同じようにできないことでも工夫しだいでオリジナリティになる」
「障がいをもっても夢をあきらめないで」
吉川よしひろさんは、自ら、障がいを持つ人たちの指針になろうと思ったそうだ。
演奏活動のほか、講演活動、知的・重度障がい者施設や老人ホームなどの慰問活動などを展開されているという。
◆セロ弾きのゴーシュ
(セロ弾きのゴーシュは、どんな人だったんだろう?)
あらすじは覚えていたけれど、きちんと読み返してみると、どんな一文さえ、胸に響いた。
たくさんのセリフ。情景。心の変化。登場する動物や人々。
子どものころには文字としてしか読めなかった物語が、文字以上の光の礫となって、降ってくる。
読む人の数だけ、響くテーマが違うだろう。
◆星めぐりの歌
と、ここまで書いていたら、ディスプレーの右下に、新着メールを知らせる表示が出た。
「彼女」からのメッセージだった。
今までのブログを閉じ、次の活動のために新しく始めたブログという。
タイトルを見て、驚いた。
「障害児・ママのためのパステル画教室・千葉市稲毛区」
ブログネームは、
「障害があってもアーティスト!! パステル千葉心絵教室・實方美穂」
プロフィールを見て、思いだした。
そういえば、美穂さんは山形県の出身なのだった(!)
美穂さんのブログの言葉から、数珠つなぎに起きたさまざまな事象は、
「ほかの人と同じようにできないことでも工夫しだいでオリジナリティになる」
「障がいをもっても夢をあきらめないで」
という吉川よしひろさんの言葉を映している「美穂さんのこれからの活動」と「山形県出身」というシンクロニシティで一つの円(縁)になった。
その「“一巡り”の文章」は、こんなに長いけれど、「“星巡り”の演奏」なら無限の想いを届けて運ぶことができる。
美穂さんへの返信には、ただ、吉川よしひろさんの演奏する「星めぐりの歌」を贈ろうと思う。
チェロは、いちばん、人間の声に近い楽器なのだそうだ。
浜田えみな
美穂さんの新しいブログ → ★★★
吉川よしひろさんのチェロ 「星めぐりの歌」 → ★★★
吉川よしひろさんのオフィシャルサイト → ★★★
〈追記〉
何を書いても、書かなくても、
書いたものが読まれても、読まれなくても、
そんなことは、ノープロブレムだ。
夢や目標が、果てしなくまたたく銀河の流れを、
光のしぶきを浴びながら、
無敵な気持ちで漕ぎ出していくような気持ちになった。
美穂さん、ありがとう。
〈さらに追記〉
山形と言えば、土門拳。
土門拳は、わたしにとって、特別な写真家だ。
次の数珠つなぎの始まりは、土門拳!?
ますます無敵な気分。
気がつけば、いつだって、導かれたり、守られたりしている。
つながる先には人との出会いがある。
しあわせだなあと思う。