風が吹くとき、
(だれかとだれかが、つながっている)
(だれかと何かが、つながっている)
(何かと何かが、つながっている)
だから、こんなに、気持ちがいいんだ。
* * *
SEWING GALLERY
山のふもとの終着駅から、土手や川や桜の並木や畑や田んぼや住宅街を抜けて、宿場町として栄えた枚方の駅へ向かう京阪交野線に、「星ヶ丘」というきれいな名前の駅がある。
改札を出て、坂をのぼって左に折れると、突き当りが門だ。
星ヶ丘学園 星ヶ丘洋裁学校
門は開いていた。
(入っていいのだろうか?)
(ギャラリーはどこだろう?)
(ここかな?)
靴箱があって、スリッパに履き替える。
廊下が続いている。
(この部屋でいいのかな?)
(一室だけかな?)
(次の部屋にもあるのかな?)
* * *
うまれるまえとしんだあと
何も描かれていない木目のキャンパスが並んでいて。
天井からは、和紙のきれはしのようなものが、モビールのように揺れていて。
窓には詩のような言葉が貼りつけてあって。
テーブルの上には枯葉と土の入ったシャーレがあって。
壁に貼られた落ち葉の写真のコピーのようなものがあって。
何かが縫ってある布地が波打つように置かれていて。
毛糸の輪っかがぐるりと教室に横たわっていて。
だけど、何も聞こえなかった。
風も時間も止まったように。
(……)
一周しても。
二周しても。
(……)
カモミール
三周目に、カモミールの花を切っていた人が戻ってきた。
あんまりきれいなカモミールだったので、嬉しくて話しかけると、そのあたりに咲いているものを摘んできたと言う。
(ハーブ園ではなく?)
教えられた方向に走っていった。
地面に咲いているカモミールを、初めて見た。
ドライハーブでさえ、ポットの中で、ぽんぽんにふくらんで、まるまると輝く黄色い花芯が、ひざしを集めて揺れていた。
園長先生×AKOさんのお話会
アーティストのAKOさんと星ヶ丘学園の園長先生のお話会を聴くという目的がなかったら……。
わたしは二周して、カモミールの花を見て、そのままギャラリーを出たと思う。
カフェでお茶を飲んで、何もわからなかった自分に卑屈になり、アーティストさんたちの世界は敷居が高いと感じ、すべてをなかったことにしていたと思う。
ギャラリーに戻ると、ずいぶん人が増えていた。
さっきから、ちっても時間が経たない。
時間を間違えて、1時間早く家を出てしまったのだろうか? と思って、腕の時計をよく見たら、リューズがどこかに引っかかったらしく、本当に時間が止まっていた。
リューズを戻すと、秒針が刻み始めた。
ギャラリー内の、思い思いの場所に腰かける人たち。
どこからか、細長い板が出てきて、それを椅子の間に渡すと、ベンチができた。
そのまま地べたに座る人もいる。
とても仲良しに見える、AKOさんと園長先生。
「風が自分の中を通りぬけていくような感じがしたので、何か展示がしたかった
震災があって、死について考えることがあった
死ぬってどういう意味があるのかなーって思ったときに……」
AKOさんの、こんな言葉で、お話会が始まった。
展示作品について、ひとつひとつ、丁寧に想いを語ってくれた。
(以下、聞き書きしたAKOさんの言葉の断片。「」内は、作品のタイトルではなく、見えたままの形状)
「5枚の木のパネル」
木のパネル
フレームだけ。何に見えますか?
水面に見えるという人がいました。
意味をつけるとしたら、
木のパネル・木目の流れ・切られて死んでいる……
他者が意味をつけている。見る人が意味をつける。
木は何も意味をもっていない。
横に並んでいるのは、風を表したかった
風の流れが自分の流れのように思った
実は、キャンパスが張ってあったのをはがしたんです。
絵を描いていたけど気にいらなくてはがしたら、このほうが合うのかもしれないと思った。
「渡辺ゆりさんの詩」(朗読)
ときどきは
おだやかさに満ちて
空気の一部のようになり
光のひと色のようになり
わたしさえ透明になった
私さえいなかった
「土と木の実と枯葉」
目には見えない命
葉っぱが重なって人生が重なる
死んだ枯葉
生きてるものと死んでいるものが共存している
生まれるものは死んだものの力によって生まれる
死は無駄じゃないって言い聞かせたかった
「天井からぶらさがっている白いもの」
何だと思いますか?
ちょうちょの羽のつもり
一枚だけの羽
ちょうちょが亡くなってしまって羽が漂っている
見えないものがあるような
「キャンパスのパネル」
サフランで染めた糸で丸く縫いとった穴から光がこぼれている
「写真(モノクロコピー)」
一月にソーイングギャラリーに来たときに撮った。
枯葉の中に緑の葉がも出ているんですけど、
同じ色にすると、
生きているものも、死んでいるものも、対等だなと思って。
「顔のある和紙の箱」
箱の中に綿毛と枯葉が入っている。
二人は眠っているのか死んでいるのかわからない。
眠っているのと死は似ている。
無の時間。
ゼロの透明性。
「縫い取りのある長い布」
これは何だと思いますか?
そう、心電図です。
縫っているときが、落ち着いて、いい時間でした。
生きているものの一部。
「干し草のクッション」
いい匂いと感じたら生きてる。
一つだけカモミールを混ぜたものがある。
甘い匂いがする。
「羊毛のループ」
サフランで染めた羊毛
ところどころ、実や枝がひっかかっている。
人生いろいろあるというメッセージ。
* * *
自然素材をつかったのは戻れるから。
アクリル絵の具をつかって、戻れないものをつかってるのが、嫌になって
今回は戻れるもの……紙、植物、糸……
ここにあるものは、みんな自然に戻るもので創りました
* * *
園長先生のことば
震災、原発の事故のあと、創作をやめるというアーティストさんが増えた
創る 創らない 両極端。
ぼくらの時代は説明しないことがアートだった。
今、こうして、こんなふうに作品の説明をして、創った人の顔が見えるようになった。
この人は、いつも新しいことをしていてびっくりする。
好きな本を尋ねた時に教えてくれた本が
「今日は死ぬのにもってこいの日」という本で……
AKOさんの言葉
作品を創ったあとに出会った本なんです。
アメリカのニューメキシコのネイティブアメリカンの声
時間はどこで生まれるのか
生まれる前と死んだあと
透明な自分がそうじゃないか
死ではなく新しいものに向かっている
* * *
本の中から、AKOさんと園長先生のお気に入りの言葉を朗読
* * *
カモミールティータイム
風
ずっと、風が吹いていた。
天井からぶらさがった白い羽が、いろんなふうにはためいて、風が来たことを教えてくれる。たくさんの風がうずまいては、踊り、まわり、すべり、入ってきては出ていくようすを見せてくれていた。
風のかたちが、たくさんの羽の動きで、浮彫にされていた。
「なぜ風はあるのか」
ふいに、園長先生から問いかけられた。
風は、あるものだった。
(なぜ、あるのか?)
そんなこと、思ったこともなかった。
思ったこともなかったことに、ざわざわしていると、ひとりずつ、そのことについて、話していくことになった。
(以下、みなさんのコメントの聞き書き)
***
風は愛
誰かの気持ちがざわざわしているから吹いてきた
誰かの考えが動くことで吹くのかな
***
風が吹くと立ち止まる
風が吹くと振り返る
どこかをみつめたり
***
風は、運ぶもの
風を感じようって思ったとき
目をつぶる
***
風を作る人がいる
風を感じる
無風でも、うごく
***
自分のことを風通しが悪いと感じてて
でも、人と会うことで風が通る
***
風は海から吹いてくる
風に吹かれていると
大きなものに絶えず守られている気がします
***
ここに展示をしてから
ずっと風が吹いていると感じる
***
風は水の流れと同じ
空間と時間軸
風が吹くと方向と流れができて
空気が流れ
風を感じるときにどこにいるのか
***
風に新しい命をもらう
心地よい風を感じる
風は悪いものもよいものももってくる
もっていってくれる
***
船乗りをしていた
銚子沖で別の船が沈没したときに居合わせた
恐ろしい、命にかかわる風
カタール イラクにいた
サンドストームといって
息ができない風が三日くらい続く
***
風が吹くと、呼ばれている、誘われている気がする
***
知らず知らずのうちに、人は複雑になっているのを
風が吹いて浄化している。
***
明日は明日の風が吹く
***
風が運んでくれるものはいい
* * *
風(浜田)
たまたま、わたしは端っこに座っていたので、自分の番が来るまで、皆さんのコメントを聴いていた。
即座に思いを口にできる人ばかりが、その場にいることに驚いたし、
(こんなに素晴らしいものを聴かせていただけて、なんて素敵な日なんだろう)
と、そればかりくりかえして思っていた。
どの言葉も、はっとするほどの輝きをもって、心に入ってくる。
詩のように、大切にとりわけて、ずっと忘れずに覚えていたくなる。
本当の言葉で、風が人の心とともにあることを、リアルに教えてくれた。
そのあいだも、窓から入ってきた風は、くるくると何方向にも向きを変えながら、踊り、まわり、片方だけの蝶の羽を揺らして抜けていく。
窓の外を見ると、緑の葉を透かせて、陽射しが舞い降りている。
すべてが息づいている。
静かだった作品たちが、雄弁に語りかけてくる波動のようなものが、皮膚呼吸するように感じられた。
何も描かれていなくて、どう受け止めていいかわからなかった木目のキャンパスは、窓やドアに見えた。
そこから、どこへだって行けると思った。
向こうに広がっているものが予感できた。
天井から、まっすぐおりているだけだった白い切れ端は、今では、風と戯れ、無限のダンスを踊り、風の軌道を教えてくれる標(しるべ)だった。
この標があるから、風がいくつ、どんなふうに入ってきて、どんなふうに遊んでいるのかが、手のとるようにわかる。
枯れて落ちた葉は土に還り、滋養をたたえ、発芽のためのふかふかの土壌になることがわかる。
なんのことなのか、さっぱりわからなかった毛糸のループも、はてない旅路を思わせる。
聞こえなかった声が聴こえはじめた。
風が吹いたから。
(ゲートが開いた)
そう思った。
(さっきまで、鎖されていた)
わたしたちは、全身に、たくさんのゲートを持っていて。
お互いのゲートが開いたとき、通じ合えたと感じるのではないだろうか。
そのとき、風が生まれ、吹いてくるのではないだろうか。
風が吹くとき、
(だれかとだれかが、つながっている)
(だれかと何かが、つながっている)
(何かと何かが、つながっている)
だから、こんなに、気持ちがいいんだ。
自分のゲートから吹く風
自分のゲートに吹きこんでくる風
(自分から生まれ、自分に還ってくる風は、ほかの風とは全くちがう)
だから、こんなに、気持ちがいいんだ。
つぎつぎにゲートがひらいて、目に入るものすべてと、つながっていく。
窓の外の光も。
木々の緑も。
このギャラリーから届く限りの全て。
連鎖がとまらない。
そのたびに、あたらしい風が生まれ、入ってくる。
自分の風に、出逢える場所。
それまでの自分が、どんなに鎖されていたのかが、わかる。
この場所を出れば、つながりあうゲートが途切れて、自分の中から風が吹く感じは、すぐには訪れないかもしれない。
でも、ぜったいに、忘れない。
風が吹くとき。
(だれかとだれかが、つながっている)
(だれかと何かが、つながっている)
(何かと何かが、つながっている)
自分のゲートから吹く風
自分のゲートに吹きこんでくる風
(自分から生まれ、自分に還ってくる風は、ほかの風とは全くちがう)
だから、こんなに、気持ちいいんだ。
SEWING TABLE
草原に遊ぶ風は、生まれたて。
* * *
星ヶ丘の駅から電車に乗って、住宅街や田んぼや桜の並木を抜けて、京阪交野線を降り、乗り換えの駅に向かって歩く道で、木の枝いっぱいに、真っ赤な実が、ちりばめられていた。
思わず、立ち止まって見あげる。
どんなふうに見ても、光を集めて輝くまっかな実は、さくらんぼ。
木になっているのを、はじめて見た。
まっかな、宝石。
浜田えみな
追記
19日(日)はAKOさんと、詩人の渡辺ゆりさんのワークショップがあります。
以下、ギャラリーのインフォメーションから転載します。
5.19(日)14:00...16:00
「こと葉を土にかえす」
あたたかな、土の中で、ひと時、ゆっくり
休めるように、こと葉を土に埋めましょう。
「こと葉を空にかえす」
風にのって、どこまでも自由になれるよう
こと葉を歌にのせて、空へ放ちます。
~ ワークショップについて ~
なんだか、最近、言葉があふれすぎて、
言葉たちが、疲れている気がしませんか?
立ち止まれば、SNSを言葉がどんどん流れてる。
そして、新しい言葉が振り返ることなく生まれてる。
言葉って、そんな簡単なものだったのかな?
あなたの中にしまってきた「ことば」
使いすぎてくたびれた「ことば」
そんな言葉たちを、そっと休ませたり、空に自由にしてあげたいな、と思います。
その「こと葉」が、また、あたらしい命になって元気に生まれるのを創造しながら。
参加費:500円 (お茶・お菓子付)
定員: 10名ほど
予約・お問い合わせ AKO もしくは、ソーイングギャラリー 桂 まで
場所:ソーイングギャラリー 申込み先のリンク → ★
AKOさんのHP → ★★★























