みみより日和


このたびのシンクロニシティは、
世阿弥なのか佐渡なのか。


知れば知るほど、魅惑的な島だった。


*    *    *


「なでし子物語」のレビューで、うんうん苦しみながら、長嶋有氏の 「佐渡の三人」 を読んでいた。

新刊が出たら読む! と決めている作家リストがあって、ふと思いだしては図書館で予約して取り寄せている。


長嶋有氏の作品を読むのは、久しぶり。


世阿弥を調べていたら「佐渡」が出てきたので、思わず、寝室に「佐渡の三人」を取りに行って、まじまじと表紙を眺めてしまった。


目を引く題字は、荒木経惟氏。
横から見た佐渡島のシルエットと、俯瞰した輪郭を重ねた装幀が素晴らしい。


(佐渡)


シンクロニシティに驚いた。
「佐渡の三人」については、特にレビューは書かないけれど、長嶋有さんの語感センスは、タダモノではないと、ずっと感じている。


帯に


「脱力してみえますが、実は最高傑作!」


と書いてあるけれど、本当にそのとおりだと思う。


デビュー作を読んだとき、「この作家に会ってみたい!」と、真剣に想ったのだ。
(画像を見るまでの短い間だったけど)


少しだけ書くと、
「佐渡の三人」は、四編の連作短編集で、ひと言で言えば、佐渡へ納骨に行く話だ。
四編中、三編が〈納骨の旅〉なので、実に一冊の中で三人が次々に亡くなっている(!)


最初の話は、主人公(小説家・女)のおばさん(父親の兄の妻)の納骨の旅。

おばさんには夫や息子もいるのに、納骨に行くのは、おばさんの義理の弟と、主人公(その娘)と、その弟だ。


おばさんの家の隣には祖父母(おばさんにとっては舅姑)が住んでいるのだけど、そのとき既に要介護で寝たきりで、その介護をしているのは、息子たちや嫁ではなく、引きこもり(原文ママ)の孫(主人公の弟)。


さらに祖父母のベッドがL字型に置かれている部屋に、介護ヘルパーでやってくるのは、五十歳年下の祖父の愛人(祖母公認)。


このようなシチュエーションを、どう書けば、こんなに軽やかでサクサクした文体に仕上げられるのだろうか?


介護や葬儀や納骨の話が、まったく重くなく、しめっぽくなく、まるで弥次喜多道中のようにコミカルに読めるのは何故?


不可思議としか言いようがない長嶋氏の手腕。


物語には、金山、トキ、順徳天皇の島流し、曽我ひとみさん、ジェンキンスさん、鬼太鼓などが登場する。


世阿弥の島流しや、数多くあるという能舞台については書かれていなかったし、たらい舟も佐渡おけさも出てこなかったけれど、登場人物が三度も佐渡に行くので、全編を読めば、佐渡の歴史や風光、慣習について詳しくなる。


さらに佐渡が暗示するものを見つけだそうとして、まるで観光予定でもあるかのように調べてしまった。

知れば知るほど、魅惑的な島だった。


京からの要人が配流されたことで、都の文化や伝統芸能が受けつがれ、佐渡独自の文化が形成されている。

日蓮ゆかりの寺社仏閣などの史跡や、世阿弥の影響からか能舞台数が多く造られ、現在でも人口あたりの能舞台数は全国一だという。


このたびのシンクロニシティは、世阿弥なのか佐渡なのか。
「佐渡の三人」に、隠れキーワードがあるのだろうか?


ああ、そんなことも、明日になればまた、新しい情報がやってきて、消え去ってしまう。
思い立った足で、すぐに佐渡に向かうくらいでなければ、小さなシンクロなど、行き過ぎてしまう。


(これだけは逃したくない)


そんなアンテナだけは、研ぎ澄ましておく。


ちなみに、もしも佐渡島に行くことがあったら、ご当地ヒーロー「離島戦隊 サドガシマン」グッズをゲットし、佐渡天然ブリカツ丼を食べて、ブリカツくんに遭遇することが裏ミッション(いや、表?)だ。


浜田えみな


「なでしこ物語」のレビュー → ブログ記事  は、書こうと決めてから一週間以上も苦しんだのに(今となっては、どうしてあんなに時間がかかったのか全く不明! 脳みそが朦朧として、どうにも晴れなかったのは、もしや更年期?)、世阿弥つながりのこの記事は、所用時間十数分。


読むほうも、このくらいのほうが楽ですよね(笑)