直感の衝動を信じて動く。
その先に答えがある。
* * *
(駅という場所は、なんて誘惑的なんだろう)
たくさんの行先表示を冠した電車が行き交う。
思わず、目的地をそれて、別の電車に乗ってしまいたい!という衝動が、むくむくと起きる。
駅のアナウンスに混じる遠い地名を聴くと、そのまま別の路線に乗り換えてしまいたい!と、激しく思う。
車内の吊り広告が、さらに旅気分に拍車をかける。
終点まで乗るだけで行けるのだと、はるか遠い日にそこに行ったときの思い出がよみがえる。
(どんどん乗り継いでいけば、どこまでだって行けるんだ!)
そんな誘惑と闘っていたから……
(行きたくなった)
どうしても行くと決めて、帰りの電車を途中で降りた。
今日、行くつもりなどなかったから、名前も場所もうろ覚えのカフェに。
(世界的な絵本作家だから、きっと、駅に案内の掲示があるにちがいない)
(訪れる人が多いだろうから、駅の人も知っているに違いない)
(誰かに聞けばわかるだろう)
というわけで、友だちのウェブサイトで書かれていた「谷口さんのカフェ」に行くことにしたのだった。
「谷口さん」が誰なのかもわからなかったけれど、「アップルケーキ」がおいしくて、そこはギャラリーカフェで、絵本の原画が展示してあるようだったから、きっと「谷口さん」は絵本作家だ。
(どこにあるのだろう?)
〈四条畷 谷口 カフェ〉と、キーをたたけば、ちゃんと出てきた。
谷口さんは、フランスやイタリアで絵本が出版されていて、海外の子どもたちともワークショップなどを開催している国際的な絵本作家だった。
(そんなひとのギャラリーカフェが沿線の四条畷に!)
駅からも近い。
(いつか行こう)
そう思っていたけれど、まさか、その日が今日だったとは(!)
まっすぐ改札に行く。若い女性の駅員さんだ(喜)。
期待をこめて。おそるおそる。
「あの……。“谷口さんのカフェ”って、どのあたりですか?」
「? 谷口さん?」
「絵本作家……さんの……ギャラリーと……カフェ……みたいなんですけど……」
「近くに目印になる建物とかありますか?」
「……インターネットで一度、地図を見ただけなので……よくわからないんです。今日、行くつもりではなかったので……調べていなくて……」
「……」
(その無言は)
「あの……。みなさんから、尋ねられたり……しないですか?」
「はい」
(がーーーーん)
と思ったら、
「ちょっと待っててくださいね」
と、パソコンに向かってくれた。
(すごい! ネットで調べてくれるんだ!)
きっと、
〈四条畷 谷口 カフェ〉
と入力したにちがいない(笑)
わたしが見たのと同じウェブサイトが出てきてるんだろうなあ…… と、駅員さんの親切に、じーんと感動していた。
「四条畷神社の鳥居横だそうです」
「四条畷神社?」
(四条畷に神社があるなんて! それは、どこに??)
すると、きちんと印刷された「四条畷駅 周辺地図」をとりだして、赤ボールペンで四条畷神社に印をつけてくれた。
「名前は……なんていうお店ですか?」
「ずー……ろ……??」
(そうそう、たしか一度では覚えられないカタカナの名前だった!)
駅員さんは、もう一度、パソコン画面を確認しにいってくれて、地図の余白に赤ボールペンで書いてくれた。
〈Zoologique〉
* * *
実際にその場に来てみると、「鳥居横」ではなく、鳥居のむこうだった。
……すなわち、そこは参道??
駅の改札で「四条畷神社」に赤丸をつけられたときから、
(先に参拝!)
と思っていた。
りっぱな鳥居と、山に向かってまっすぐに伸びる参道を見たら、
(ぜったい参拝!)
と思わずにはいられない。
鳥居をくぐると、谷口さんのお店だ。
(かわいい!!)
ところが中には、ものすごくたくさんの人がいた。
しかも制服を着た学生のような男の子がたくさん!
(修学旅行???)
こんなに混雑していては、ゆっくり「アップルケーキ」が食べられない(泣)
参拝して戻ってきたらすいているだろうか?
そんなことを想いながら、Zoologiqueに、しばしの別れを告げ、遠くに見える山をめざして歩きはじめた。
(遠い!)
地図で見ると、ほんのすぐそこなのに。
略図なので、鳥居から神社までの距離は正確な縮尺ではないのだろう(泣)
(遠い!)
しかも、やっと二の鳥居に到着したと思ったら、そびえるような急な石段!!
(そのときは必死で登ったのでわからなかったけれど、あとで調べると100段あると書かれていた)
(……)
とても、清涼な空気につつまれた静かな境内だった。
拝殿の前の鳥居は神明鳥居といって、鎮座100周年のおり、伊勢神宮から贈られたものだという。
この神社は楠木正成の息子、正行と、ともに南北朝時代、南朝方として四条畷の戦いで敗死した楠木一族の二十四人の将士が祀られているという。
(なぜ、ここに導かれたのだろう?)
そんなことを思いながら境内を見わたし、拝殿の左手を見ると、御妣(みおや)神社とあった。
賢母の誉れ高い女性の鑑、正行の母・久子が祀られてあり、子育ての大神として崇められているとのこと。
(子育ての大神!)
きっとこれにちがいない。
無になって拝礼した。
* * *
Zoologiqueに戻ると、先ほど
〈なんで、こんなところに修学旅行生が?(しかも男ばかり!)〉
と思い込んで回避した集団が店の前に出ていた。
(わー まだいた!)
不思議なことに、一様の大きなマチの白い袋が幾つも直置きされている。
よく見れば、高校生などではなく、りっぱな社会人。
(引き出物???)
(何かのプレゼン???)
店の中には、まだ黒服の人影があり、出てくるのを待ってから入ろうかと迷っていると、集団の中から「タニグー」だか「タニぶー」だかと呼ぶ声が聴こえてきた。
(たにぐー?)
(谷口?)
もしや、何かイベント???
まさか、本人???
店の中から出てきた黒服の数名。
(たにぐーは誰?)
とっさに、谷口氏とおぼしき人物を、すれちがいざまに、しっかり見た。
(本人なのだろうか?)
店内にプロフィール写真のパネルがあったので、近づいてじっくり見る。
服装や髪形が違うので、それだけでは確信が持てなかったけれど、店内にいたお客さんの中に、感激のあまり涙ぐみながら、友人に、マシンガンのように語りつづける人たちがいたので、
(わあ、本人だったんだ!)
とわかった。
耳をダンボにするまでもなく聴こえてきた会話によると、感極まって話し続けるおしゃれでかわいい彼女は、絵を描いているのだという。
谷口さんのファンで、たまたま店を訪れているところに、どやどやとうるさい集団が入っていたので、(なにごと!?)と思っていたら、本人だったということで(!)、突然のサプライズの大きさに、あとからあとからこみあげてくる思いをマシンガントークしたあと、最後はカフェの席で放心していた。
切れ目なく続く支離滅裂なセリフが落ち着いたあとの静寂。
彼女の感激の大きさと深さが伝わってきて、わたしまでドキドキした。
(とつぜん、省吾に会えたとしたら……)
(!!!!!)
* * *
レジの向こうにいた気さくで品がよく親切でニコニコしているお店の人(この人は誰?)の話によると、
〈本日は、谷口さんの友だちの結婚式があり、二次会までの空き時間に、同級生たちが店を観に来た〉
とのことだった。
(四条畷の結婚式場????)
「この近くに結婚式場があるのですか?」
「いえいえ、大阪から、わざわざ店を観るために、みんなで電車に乗ってやってきてくれたんですよ」
「谷口さんは、ふだんは、東京に住んでいるのですか?」
「この近くです」
「え! 四条畷に???」
「はい」
(えーーーーーーーっ 地元在住?????)
「まさか、この上?」(店の二階を指さす)
「いえいえ、家は別の場所なんですけど(笑)」
「お店にいらっしゃるのは、めずらしいことなんですか?」
「忙しくないときは、いつもいますよ(笑)」
「えーーーーーーっ そうなんですか?」
「3月中は、ちょっと忙しいみたいですけど、4月になれば……」
(何をするんだろう?)
どうやら、谷口さんは、料理を作ったり、レジをしたり、なんでもしているようだった。
「それは……。ファンの皆さんは、嬉しいでしょうねぇぇ……」
(そこに行けば憧れの作家さんに会えるのだ!)
* * *
わたしは、名前も知らずに電車を降りて、今日はじめて作品を観て、いきなり本人に会えてしまった。
感動の余波が渦巻くギャラリーで、後追いで作品をじっくりみた。
最寄駅の職員だって、その存在を知らなかった。
ほどなく、行列ができるようなスポットになるだろう。
(今は、その前の静けさ)
おしげもなく、原画が展示してあり、まるで美術館みたいだった。
今の展示は、日本の昔話の原画
これは、花咲かじいさんの「ここほれワンワン」のシーン。
名前のことだまの鑑定のとき、「ち」の人には、必ず「ポチ」の話をする。
谷口さんのカフェを教えてくれた友だちが「ち」のことだまの人だったので、思わずパチリ。
写真を撮っても、止める声もない。
店内もオリジナルキャラクターがペインティングされていて、みなさん、パシャパシャ撮っていた。
こんな状態も、あと少しなのだろうか。
BIGになる人は、二次関数みたいに急激に成長していく。
今日の教訓
直感の衝動を信じて動く。
その先に答えがある。
* * *
地元に在住しながら世界に羽ばたいている人のギャラリーに遭遇したことで、〈自分もそうなれる〉とは思わないけれど(笑)、
〈カフェにいたら、とつぜん大好きな人が入ってくる!〉
という現象には、心の底からあやかりたいと思う浜田。(そこー?)
でも、選んだポストカードは、家に帰ってくると、ユウコさんの描いてくれた水彩画に、とてもマッチした。
元気百万倍。
これは、「鉄人形 ピノキオ」という絵本のワンシーンだそうだ。
もちろん、それとは知らずに買った(笑)
店にあるオブジェも、「ブリキのかかし!」だと思ったくせに、表情が妙に気になり、写真を撮ったのだ。
谷口さんの絵本には文字がない。または少ない。
(なんで、文がないのだろう?)
最初は、何かの間違いかと思った。これは絵本ではなく、「画集」なのではないかと。
(谷口さんの絵本はどこにあるのだろう?)
そう思って、店内を探し回った。
どうやら、画集だと思ったものが、やはり絵本だった。
表紙が日本語で書かれていないのは、フランス語に訳されたのではなく、そもそもフランスから依頼されたものだったからだ。
(文字がなくても伝わるもの)
それが、谷口さんのスタイルなのだった。
(伝えるではなく、伝わる)
表現のすべてを字でうめつくす私とは、対極。
写真集でさえ、添えられたキャプションのほうを大事に読んでしまう私とは、対極。
以前のわたしなら、そう感じて興味を失ったかもしれない。
でも、今は少しちがう。
表現者が伝えたいものは、絵でもないし、文字でもないし、写真でもない。
絵や文字や写真になる前の「もの」
そんなことがわかってきた。音楽や舞踏も同じ。
(伝えるではなく、伝わる)
(自分が感じている、そんな「もの」たちを、どうやったら、相手の心のなかに創ることができるのだろうか?)
そのために、人はさまざまな表現をする。
わたしが使っているのは「文字」だけど、ほんとうは、そんなことすら、いらないのかもしれないのだ。
(なんだか、とても効率の悪いことをしているのだろうな)
(なんだか、すごく不自由なことをしているのだろうな)
そう思う。
でも、文字が好き。
浜田えみな








