(シラサワユウコさん画)
今ここ(の大切なもの)」に気づき続ける。
「今ここ(の大切なもの)」につながり続ける。
丁寧に共感する。
まず自己共感。そして相手。
受け取るときも、さしだすときも。
伝えるとは、
その人の大切なものを
結晶化してさしだすこと。
* * *
水城ゆうさんのブログを読みにいくと、まるでオラクルカードのように、自分に必要なメッセージに出会える。
今回、最新であがっていた記事は、「文章がうまくなりたい」という言葉で始まっていた。
(うまい、とはどういうことか?)
記事の中では、まず「技術」と「表現」について書かれていて、それが、とてもわかりやすかった。
技術は出来不出来を数値化したり、優劣をつけることができ、だれでも習得して「うまく」なることができる。
でも、それは表現とは違う。
(なるほど……)
と思いながら、さらに読み進んでいくと、
表現は「伝える」ことだから
という言葉が目に飛び込んできて、天啓が降りてきたような気がした。
水城さんの記事は「現代朗読」で「伝わる」ものについて例をあげて書かれていた。
~朗読を聴いたとき、オーディエンスが「どんなお話なのか」を理解するだけでなく、その読み手がどのような人間であり、いまこの瞬間どのような「(身体もこころも含め)動き」をしているのかが伝わることをめざす。
それをもって「きみ、うまいね」ということがある。~
これは、どんな表現にでも置き換えることができる。
文章を読んだとき、読み手が「どんなお話なのか」を理解するだけでなく、その書き手がどのような人間であり、いまこの瞬間どのような「(身体もこころも含め)動き」をしているのかが伝わること。
このことを自分は求めていたのだなとわかる。
自分のことが好きでもなく「変わりたい」と思っていた二十年前でさえ、文章表現をしながら、 「ありのままの自分」をわかってもらおうとしていた。
文章の「どんな切れ端」を読んでも、「これは浜田えみなの文章だ」とわかるものを書きたいと思っていた。
「たとえ、いつ、どこで目にしても、筆名が変わっていたとしても、文章を読んだら、浜田さんが書いたとわかると思う」
と、ある人に言われて、とても嬉しかったのだ。そうありたいと自負していた。
その反面、文章以外については「自分を変えたい」と思っていたのだから、不思議なものだと思う。
表現をする人は、どんなに謙虚に見えても、自分を知ってほしいと叫んでいる。
自分だけが知っている輝きを伝えたい、わかってほしいと願っている。
かつての文章表現の師匠の言葉は、いついただいても、水のようにしみわたり、流れを持つ。
さらに、「共感的コミュニケーション」というラベルの記事が気になったので、読んでみた。
* * *
その一連の記事を読み、決めたこと。
「今ここ」に気づき続ける。
「今ここ」につながりつづける。
丁寧に共感する。
まず自己共感。そして相手。
受け取るときも、さしだすときも。
何に気づくのか? どこにつながるのか?
「大切にしているもの」
今、自分が大切にしているものは何か?
今、相手が大切にしているものは何か?
今、自分に必要としているものは何か?
今、相手が必要としているものは何か?
コミュニケーションがうまくいかないのは、どちらかがおざなりになっている。
双方が同時に満たされることがなかったとしても、それぞれが大切にしていることを認めることで、自分も相手も大切に尊重できる。
このことを
(やってみよう!)
と思えて、とても嬉しくなった。
いままで、「相手のよいところを探そう」というワークは何度もやった。
でも、初対面の人から受ける「よいところ」「素敵なところ」は、自分の場合も含めて、「作ったもの」であることが多い。
TPOだったり、役割だったり。仕事だったり。
そんな「作った自分」をほめられても、本当の自分は喜ばない。
(本当の私は嫌われる。本当の自分を出したら、みんな離れていく)
そんなふうにおびえるだけだろう。
上手にプロテクトされた外枠をくぐって、見え隠れする「本来のその人らしさ」を見つけて素敵だと感じることは、ある程度、関係性をもたないと発見しにくい。
だけど、「大切なもの」だったとしたら?
(この人の大切なものはなんだろう?)
それを全力で探しに行く!
この発想は、わたしをとても勇気づけてくれた。
宝さがしの冒険のようにワクワクする。見つけたときに嬉しくなる。
自分も相手も幸せになる。
大切なものを偽る人はいない。
「今ここ(の大切なもの)」に気づき続ける。
「今ここ(の大切なもの)」につながり続ける。
丁寧に共感する。
まず自己共感。そして相手。
受け取るときも、さしだすときも。
大切なものにつながっていると、あたたかい。
大切なものにつながっていると、疲れない。
大切なものにつながっていると、やさしくなれる。
大切なものにつながっていると、力が湧いてくる。
大切なものとつながりつづけよう。
そんなことを決めた日に、「しらちゃんの物語の朗読とともちゃんの歌の会」があったのだ。
この日は、しらちゃんの「描き下ろし」体験もあった。
“その人の大切なもののイメージを描きます!” という……。
「えみなさんの大切なものはなんですか?」
とふいに聞かれて、口ごもると
「ことば?」
と聞き返してくれたので、(ああ、そうだ!)と思った。
しらちゃんが描いてくれた、わたしのことばたち。
伝えるとは、その人の大切なものを結晶化してさしだすこと。
わたしは、その結晶を言葉で創る。
浜田えみな
(追記)
この日の出来事は、追って書きます~
水城ゆうさんのブログ『水の反映』 → 朗読が上手くなる」とはどういうことか
