青空のゆくえ


その夢は

ほんとうにやりたい何かを
得ようとすることの
「不安」や「怖れ」や
「羞恥」や「逃避」や
「鎧」ではないのか?


ほんとうに、ほんとうに、
やりたいことなのか?


*    *    *


「なんのためになんていらんねん」 って、ともこちゃんが書いた。


お気に入りの紙屋さんで選んだ、とっておきの大きな紙に書いた。
大きな筆で書いた。
墨をたっぷりつけて書いた。
自分の顔よりも大きな


「なんのためになんていらんねん」


*    *    *


わたしも、ずっと考えていた。
なぜ書いているのだろうか?と。
「書くことが好きなんです」と、なぜ言ってしまうのだろうか? 訊かれもしないのに。


*    *    *


「喜べば喜びごとが喜んで喜び集めて喜びに来る」


ともこちゃんが、嬉しそうに書いた。
わたしは、書くことが喜びだろうか?


*    *    *


ずっと好きだと思っていた。
なぜ、仕事にしないのだろう?
なのに、なぜ書いているのだろう?
なぜ、書きはじめたのだろう?
なぜ、文章なのだろう?


ずっと「なんのために」を探していた。


*    *    *


疑いもしなかった「文章表現」に疑問を持ち始めたのは、ある講座のワークがきっかけだった。
ペアになって、質問されたことに直感で即答しなければならない。
わたしはじっくり考えないと言葉が出ないので、苦手なワークだ。


「将来手に入れたい成果はなんですか?」


少し考えたけど、ワークだから大げさでもいいやと思って、
「おもしろい小説を書いて、みんなが読んでくれて、評価を受けること。ベストセラー作家になること」
と言った。
そうしたら、続けて次の質問。


「それがかなったら、何をしますか?」
(え?)
「その夢がかなったら、どうしますか?」
(えーーーっ?)


「全国を講演してまわる!」


思わず口から出た言葉だった。
ベストセラー作家だから、自分の話をみんなが聴いてくれるだろうと思った。


(みんなが自分の話を待っていてくれる!)
(講演会場が観客でいっぱい!)
(みんなが聴いてくれている!) 
(どんなに気持ちいいだろう!)
 
自分で自分の言葉にビックリした。
そんなことをしたいなんて、一度も考えたことがなかったのに。

でも。
小説が売れてベストセラー作家になって、やりたいことがあるのなら、それこそが「ほんとうにやりたいこと」ではないのか?


(講演をしたらいいのでは? 小説なんて書かずに)
(……)


このことがきっかけで、自分が「ほんとうは何をしたいのか」を探すようになった。
書くことの代わりにしたいものがあるなんて、思いもしなかったから。 
書くことがしたいことではないのなら、いくらやっても成功もないし、満足もない。


わたしは何を隠しているのだろう? 
何の代償にしているのだろう?
出せない思いはなんだろう? 
出したくない感情はなんだろう?


書くことは
ほんとうにやりたい何かを得ようとすることの「不安」や「怖れ」や「羞恥」や「逃避」や「鎧」ではないのか?
ほんとうに、偽りなく、やりたいことが「文章表現」なのか?


ちがう。
ちがうと思った。


でも、それがなんなのか、わからなかった。


*    *    *


ともこちゃんの「筆文字おしゃべり会」で、わかった。
みんなでやった「おなかの人ワーク」で、それがわかった。

今まで、一度も認めたことがなかった「ある感情」。


気づいたら、自分の中にあった。
もう、なじんでいた。
嫌なものでも恥ずかしいものでもなく、困ったものでも苦しいものでもなく、遅れてやってきた友だちみたいに、仲間になっていた。
前からずっとそうだったみたいに、ごく自然に溶けあっていた。

「ある感情」


セッションを受けたわけじゃない。その場にいただけ。
なのに、わかった。


なぜ、わたしが書いているのか。
なぜ、創作をしなくなったのか。
なぜ、ことだまだったのか。
これからどうなるのか。


たぶん、その場にいた人すべてに、その人にとっての何かが起こったはず。


(すごーい)
(みっちゃんって、何者???)


*    *    *


浜田えみな(つづく!)