青空のゆくえ

お金が乗り物に見えてきた。
エネルギーを載せた乗り物。


いただいた瞬間に、
その人がロケット噴射する。
同じ分だけ、
自分もロケット噴射で飛んでいく。


ゆきたかった場所へ。


*    *    *


人生そのものをサポートするエネルギーの総称「タマラ」の創始者である 加藤憲子さん に会いたくて、ワークショップに参加した。


本当は、翌日開催される「アクセスハートコミュニケーション」を受講したかったのだけど、予定があって無理だったからだ。しかし、なぜ「お金」?

「お金」のワークショップなんて、以前なら絶対に受けようと思わなかっただろう。


そもそも、私は「お金」がなんなのかよくわからない。


仕事をしているから、お給料は毎月入ってくる。子どもも小さいし、旅行も行かないし、ブランドにも興味がないし、自分を飾ることもしない。欲しいものがないから、生活費以外のお金を使うことはあまりない。お小遣いがたまったら講座を受ける。


そもそも、お金を使うことに罪悪感がある。
そして、お金をもらうと悲しくなる。


現金は、ことだまの鑑定をしたり、ワークショップで講師をしたときに初めて受け取ったけれど、どんなに喜んでもらえて、自分でも感謝の気持ちでいっぱいになる鑑定をしても、差し出されたお金を受け取ったとたん、ものすごく気持ちがダウンした。


自分がすごく「卑しい」ことをしているような、「辱められた」ような、そんな気持ちになった。


依頼してくれた人の真剣なまなざしや、涙や、笑顔や、深いおじぎのこちら側で、自分がお札を手にした事実を、自分自身が、受け止めきれないのだ。


じゃあ、もらわなかったらいいのか? と言えば、別のやるせなさがあると思う。
それでは、額が多くて恥ずかしいのか? 
それとも、少なすぎて怒っているのか?
そうかもしれないし、違うのかもしれない。


強いていえば「お金に換えられないもの」を「お金に換えた」という事実。
魂を切り売りしているような、取り返しのつかない罪を犯してしまった気分になる。


なぜだろう?

そんな、たいそうな鑑定をしてないだろー と言われるかもしれないけれど、そういう気持ちから抜け出せない。
だから、わたしは、積極的に鑑定をしないのだろうし、プロのものかきにもなろうとしないのだろう。


鑑定をすることは好きだけど、お金をいただく瞬間は、どこかへ消えてしまいたくなる。

原稿も、本ができるのは嬉しいけれど、お金に換算された瞬間、ものすごくへこむと思う。額の多寡に関係なく。


きれいごとだと思う。こんなことを言っているのは。


だけど、わたしの中で「お金」がネガティブなのは、何故だろう? 
「お金」は何と結びついているのだろう?


「タマラ」と「お金」は全く結びつかなかったけれど、加藤さんに会える機会は少ないので、参加した。


*    *    *


「お金は“まわるエネルギー”を持っています」
「汚いとか、悪いとか思うのは、人間が勝手につけたイメージです。お金は、社会、自分をまわすものです」
「いろんなエネルギーの中で、出て行って戻ってくるエネルギーを持つものは、お金だけです」


冒頭で、加藤さんがおっしゃった。


*    *    *


お金のワークをした。
ふだん使っているお財布を使う。そのお財布に入る額で、自分が入ってきたらいいなと思う額を願う。実現のエネルギーを集める……


ワークの手順がいくつかある。とても簡単だ。


誰に教えてもかまわないと言われた。
だけど、口伝でしか伝えられないのだそうだ。紙に印刷したり、ブログに書いたものでは効果がないのだという。


人から人へ伝えたとき、動きが出ると、加藤さんはおっしゃった。

なので、ブログでは書けないけれど、私と会う機会がある人は、いつでも声をかけてください。


ワークの中で、「実現のエネルギーを集める」というところがある。

右手を上に向けて、てのひらをくぼませて、そこにエネルギーを「集める」、「集まってくる」、好きなほうのイメージを持つようにと言われた。


目をとじてイメージしていると、どんどん集まってくる。
てのひらには乗り切らないくらいと思う間もなく、ずんずん浸透していき、いつまでもどこまでも集まってくる。いつやめたらいいのかわからなくて、まだまだ集めていたら、初めて会った加藤さんに名指しで呼ばれた。


「林さん、浜田さん、そろそろ手をおろしてください」


(え?)


と思って、目を開けると、みんな、手をおろして、ちゃんとスタンバイしていた。
わたしと、林洋子さんだけが、まだまだエネルギーを集めている最中だったらしい。


「すみません! いっぱい集めていました……」


どれだけ集めるっちゅうねん(笑) 
でも、洋子さんもそうだったというのが嬉しかった。
洋子さんは、夏に大阪でサトルアロマ講座を開いていただいた、大好きな先生だ。


願った額がどのように還るかは、人によってさまざまだそうだ。へそくりを見つけた人もいるらしい。お金で還るとは限らないとおっしゃられた。


お金はまわるエネルギーを持っている。
社会、自分を動かすもの。


講座の始めに加藤さんがおっしゃったことを、帰宅して即座に悟った。

わたしに還ったものは、動くエネルギーだった。


*    *    *


家に戻ると、ことだまの鑑定依頼が来ていた。
翌日の朝には電話が鳴った。
イベント鑑定の話が生まれつつある。


イベントは、過去に二回出たけれど、私が伝えたいことは十分や二十分では伝えられないと気づいたから、もうやらないと決めていた。
それよりも、名前のことだまを知りたいと思う人に、時間をかけて丁寧に伝えたいと思っている。

イベントは、もうしないので……と、断ろうとした瞬間、「場」をいただくということの幸運と、そのかけがえのない価値に気付いた。

世の中には、望んだだけでは手に入らないものがある。それが今、自分に用意されようとしているのだ。
これは、逃してはいけない。


さっそく、自分で動かなければならないことが、幾つも持ちあがった。


企画書。イベント用の鑑定メニュー。チラシづくり。告知文。打ち合わせ。


私が自分の財布に「入ってきたらいいな」と願ったのは、十万円だった。
最初、三十万にしようと思ったけれど、「財布に入るだけ」というルールがあったので、三十枚も入らないかもしれないと思い直して、十万にしたのだ。


(十万にしてよかった)


と、心の底から思った。

十万円がポンと入ってくるのではなく、十万円分、働かなくてはならないのだから。
十万円のエネルギーが、私をまわそうと動き始めている。


十万円動くとはどういうことだろうか?
たとえば、鑑定は五十分五千円でやっているので、十万円だと二十人だ。
二十人も鑑定するなんて!! (おーまいがー)
イベントだと、千円とか二千円なので、いったい、何人???????

三十万にしないで、本当によかった……。


エネルギーだ。
「まわるエネルギー」


気づくと、お金が、エネルギーを載せた乗り物に見えてきた。
お金をいただくことは、卑しいことでも、辱めをうけることでもなく、エネルギーをまわすもの。


いただいた分、その人にエネルギーが還るとしたら……
いただいた分、その人が前にすすむのだとしたら……


わたしはもう、お金をもらうのがイヤではないかもしれない。
なんだか、すごく、もらいたくなってきた。

エネルギーをまわすことができるのだ。


いただいた瞬間に、その人が、その人の行きたかったところに、ロケット噴射してゆきそうな気になった。
自分も同じ分だけ、ロケット噴射で飛んでいけそうな気になった。


もらいたい!


*    *    *


ワーク後半の内容と、実現のエネルギー・タマラのことは、明日に続く


浜田えみな