村松恒平という恒星に吸い寄せられ、
そのまわりを、それぞれの軌道で周っている。
公転周期も速度も違う。
一瞬で見えなくなってしまう人もいれば、
しばらく一緒に周れる人もいる。
いつでも視界のどこかに姿が見える人もいれば、
今どのあたりにいるのか、
気配も感じられない人もいる。
だけど、あの一瞬、場を共有できた。
同じ「村松系」の星なのだ。
* * *
◆人生を変えた言葉
先日、とある講座で「人生を変えた言葉はありますか?」と訊かれ、
(そんなのありすぎて選べない……)
と思いつつ、即答したのは、どんなときにも私を支えてくれた
「文章で表現可能なオリジナリティを持っている」
という、かつての文章修業の師 水城ゆうさんからの言葉だ。
言われたのは二十年近く前で、そのときは、このことがどのくらい大きなことなのかも、オリジナリティが何なのかも、まったくわかっていなかった。
最近やっと、
人はみんな違うこと、
その人だけのオリジナリティを表現するための方法は、いろいろあること、
わたしの場合は、それを一番ライブに取り出せるのが文章なのだ
と、しみじみ思えるようになった。
最初から見抜いて太鼓判を押してくれた師の言葉があったから、何があっても、書くことから離れなかったのだと思う。今も。これからも。
このことがキッカケとなり、そのほかの「自分を支える言葉」も、思い返すようになった。
たとえば。
村松恒平先生との出会いは、「文章学校」というウェブサイトを見つけたことだ。
検索キーは「小説のテーマとは」(恥)
ほんの一年前だ。
そのとき、
「十年前に村松先生に出会っていたら、私は創作をやめずに続けていたかもしれない」
と思うほど、村松先生の数々の言葉は響き、心にしみた。創作を離れたことが、取り返しのつかないことのように思えた。焦燥感でいっぱいになった。
今、出会ったのだから、今からやればいいと思えた。
著作を読み、ますます、村松恒平という人に魅かれた。
だけど、東京にいる先生とは会えるはずもなく、添削してもらう作品もなく、大阪でゼミが開催されるわけもなく……。
できることは、メールマガジンの登録をして、配信されるものを読むことだけ?
それなのに、一号も受け取っていないのに、終刊してしまう(!)
……
だけど、そのおかげで、わたしは今、この場所にいる。
新しく始まったメールマガジン「GOLD2012」は、有料だけど、 「銀河の家」というコミュニティサイトが併設されている。
たくさんの掲示板が作られ、会員同士、相互コミュニケーションが取れる。村松先生ともダイレクトにやりとりができる。
来年1月末までの期間限定なので、表向きは新規申込はクローズしているけれど、村松先生にメールすれば、いつでも購読開始できる。
現在は「リビング」「イベント」「GOLD2012」「茶の間」「個室」などの部屋が作られていて、メールマガジンを読んで思うことや、アートや身近な話題、雑談などなんでも書きこめるし、イベントについて公開会議もできる。申請すれば自分の部屋を持て、お客様をもてなすことができる。
その中で、最初はおそるおそる(笑)、今では、イベント会議室の宇宙嵐の浜田。
人って、変わる。
そんなことができるようになったのは、村松先生の、この言葉のおかげだ。
「それは、いつごろのことだろう?」
ほかの人には、なんということのない言葉だと思う。
だけど、わたしにとっては、どんなときにも勇気を奮い立たせることができる魔法の言葉だ。
この言葉を思い出すたび、そのときのブレーキとなっている状況が、
「それは、いつのわたしだろう? もう、そんなわたしはいない。だからできる」
という思いに塗り替わり、どんなことでも、まっさらの自分で臨む気持ちになれる。
もう、かつてのダメダメな自分はいないのだとエンジンがかかる。
* * *
この言葉は、今年の一月に村松先生がツイッターで
「関西ツアーに出ます!」
とつぶやいたのを、「銀河の家」の掲示板で教えてくれた人がいて、
(これを逃したら、もう村松先生が大阪に来ることはない!)
と思い、勇気を出して申し込んだ個人セッションで、受けとったものだ。
たくさんの助言をいただいた中で、いつでも何度でも蘇り、前に進む力を与えてくれる再稼動率ナンバー1の言葉。
これは、セッションで村松先生から言われた助言の中に、「リーダーになる」といものがあり、それは自分にはハードルが高いと思ったことに端を発する。
以下、そのときの会話をブログから転載~
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「わたしは、そういう活動的なタイプではないんです」
「それは、いつごろのことだろう?」
(え)
「小さいころからです。今も」
「自分で思いこんでいる性格とは、もう、ちがうんじゃないの?」
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人は変わる。
かつての自分なんて、どんどん脱ぎ捨てればいい。
もう、ちがうのだ。
◆銀河の家
というわけで、4月から3回、大阪での村松先生のセミナーが実現できた。
会場の選定や告知の方法など、セミナー開催のイロハを教えてくれた先輩。
ツイッターや、終刊したメルマガを復活してまで告知してくださった村松先生。
本当に、たくさんの人に支えていただいた。
そして。何よりも大切なのは……
自分だけがやる気になっても、受講してくれる人がいなければ開催できないということだ。
ふりかえってみれば、わたしは受講者の人たちに、本当に恵まれていたなあと感じる。
昔からのファンの人たちもいたし、村松先生のことを全く知らない人もいた。
それでも、こうして同じ銀河に存って、それぞれの軌道に浮かぶ星なのだ。
メールマガジンのコミュニティサイトの名前が「銀河の家」だということに、最初は特に感慨がなかった。壮大すぎて馴染みがなかった。村松先生は宇宙が好きなのかなあと思っただけだ。
だけど、三回、セミナーを実施して、そのネーミングがピタリとはまってきた。
二回目の表現の会で、各自が持参した石を並べてマンダラを作ったとき、まるで銀河を俯瞰しているようだと思った。その石の一つ一つの位置や方向性や存在などが、受講者の光を表しているように思えた。
そして、三回実施する中で、視えてきたことがある。
すべて参加された人もいるし、一度だけの人もいるし、二度参加された人もいる。銀河の家の住人の人もいるし、そうではない人もいる。
マンダラアートで、そのとき、みんなの手で創った世界。
セミナーでの「場」
あれは、
(永い永い旅の軌道の、ほんの一瞬を切り取ったものなのだな)
とわかった。
村松恒平という恒星に吸い寄せられ、そのまわりを、それぞれの軌道で周っている。
公転周期も速度も違う。一瞬で見えなくなってしまう人もいれば、しばらく一緒に周れる人もいる。
いつでも視界のどこかに姿が見える人もいれば、今どのあたりにいるのか、気配も感じられない人もいる。
だけど、あの一瞬、場を共有できた。同じ「村松系」の星なのだ。
◆縦横無尽
村松先生の書かれた言葉によって、「自分の軌道」を意識した人は多いと思う。
それぞれの真実。それぞれの軌道。
必ず自分の軌道がある。
このことを意識に刻み付けた瞬間、それは、ゆるぎない現実になる。
わたしたちは軌道の上。
言葉の力……
「軌道」という言葉を思いだす限り、わたしは、自分の軸をなくさないだろう。
ものを生み出すのは、天地の呼吸だという。天の呼吸とは縦のエネルギー。地の呼吸とは横のエネルギーだ。
縦とは、まず、立つこと。
土台づくり。自分を肯定すること。軸を持つこと。やることを決めること。責任を持つこと。
そして、尊敬、敬意の心で謙虚な姿勢になることによって、上から下へと、ひらめきや気づきがおこる。縦から取り入れたエネルギーは、納得し、受け入れることで、横のエネルギーを産む。
それは、行動。発展。拡がっていく力。
経験する。体験する。がんばってみようと思う。人が喜ぶことをしたくなる。伝えたくなる。
この法則に従う限り、循環は無限に続く。縦横無尽の法則だ。
これは、「名前のことだま」教師の山下弘司先生から教えていただいた。わたしは師匠に恵まれすぎている。
天の呼吸は、日月の呼吸。地の呼吸は潮の干満。宇宙と地球のエネルギーの交差を思うとき、生まれた瞬間の原始呼吸を思う。
村松先生は、いつも、縦のエネルギーをくれる。
一生、だいじに持っていて、いつでも使えるような。
そして、横のエネルギーが生まれていく。
ほかの人にとっても、そうだっただろうか?
9月9日(日)に開催された表現の会のタイトルは、 「天才! 大人のアート塾」
レポートは、明日以降(え?)
前置きが長くてすみません……
浜田えみな
個人セッションのブログ記事 → 「スキマ・スイッチ」
