受け取ったものを
どこまで深く入れて返していくか


ハートで書いたものはハートに伝わる
頭で書いたものは頭に伝わる
魂で書いたものは魂に伝わる


変換機能を味わうのが表現の喜び


(~村松先生のお言葉より)


*    *    *


村松セミナー恒例の「30ドル」というゲームをした。


〈掘削(くっさく)〉だと、村松先生はおっしゃった。
温泉や油田など、掘り当てるまでは、なかなか出ないけど、いったん「脈」に到達すると、あとは勢いよくあふれ出し、噴出し続ける。最初が出ると、あとは一気に、もう止まらない。そんな「風穴を開ける」ゲームだと。


たしかに。
開けていただいた。


「30ドル」は、言葉を売買するゲーム。


最初に10ドル紙幣3枚と、メモの束を支給されるので、メンバーを見て、「買ってもらえそうな」言葉を考えて売りに行く。
言葉を見た人は、その言葉を10ドルで買うかどうかを決め、いらないときは、ひと言「ノー」という。理由は説明しない。
最初は2分以内に言葉を考えて、とにかく売りにいく。考えすぎると動けなくなる。考えに考えて出したものを断られると、落ち込んでしまうので、そうならないよう、直感を大切に。
言葉があふれ出る風穴があくまで、とにかく書く。とにかく出す。


今回、世話人をした関係で参加者は、ほとんど知人(笑)、面識のないかたでもメールのやりとりをしたりして、バックグラウンドを知っていたせいもあり、7枚書いて6枚(全員に)売れた。


(えーーーーーーーーーーーーーーーーーっ)


「30ドル」は、制限時間30分。もしくは誰かが全員に売ってしまったら終了なのだ。


「先生、わたし、まだ言葉を買っていませんー(涙) みんな売りに来てくれませんー(泣)」


「30ドル」は、自分の言葉が売れるのも嬉しいけれど、言葉をもらう楽しみのほうが勝る。


(欲しい欲しい欲しい)

(自分では気づくことのできないジャストナウな言葉が欲しいーーーっ)


わがままを聞いてもらって、ルールを変更して、制限時間まで延長してもらった(^^)

わたしも言葉を買うことができて幸せいっぱい。

ゲームのあとは自己紹介タイム。

【名前・表現に関わる活動・なぜここに来たか・何枚買って何枚売れたか・買った言葉を読み上げる・ゲームの感想】を一人ずつ発表。 


発表を聴きながら、気づいたことがあった。


その人が読み上げる「買った言葉」は、みんなが、その人に「売りにいった言葉」だ。
その人を見て、その人を想って、その人が望んでいると感じて、贈った言葉だ。
それが、本当に、さまざまなのだ。


(うまいこと言うなあ~)
(そうそう! そのとおり!)
(へぇぇ……)
(えぇっ???)
(どこからそんな表現が!!!)
(意外―。こういうことが、この人に響くのかぁ……)


などなど。

同じ人を同じ場所で同じだけの時間、言葉をかわすこともなく眺めて、交信しあう情報がこんなに違う!


自分には考え付かなかった角度から、その人に光が当たっていく。
自分には見えなかったものを見ている人がいる。
その人は、どれも嬉しそうに抱きしめている。


発表を聞くうちに、細い三日月が、どんどん光り輝くフルムーンに満ちていった。


(なぜ、光を当てることができるのだろう? なぜ、見えるのだろう?)


メモを読み返していて、不意に気づいた。


(持っているからだ。知っているからだ)


人は、知っている言葉でしか語れない。
プレゼントした言葉は、自分自身が既に持っているか。目標にしているか。なんらかの形で意識しているものだ。


(……)


売った言葉を書きだしてみた。


「はっぱの裏にも光をあてる人です」
「その人の欲しいと思っている物語を届けられる人です」
「その人のSOSを感じて、コトバで助けに行けるレスキュー隊長です」
「誰の中にもある“子ども”の部分が求めている物語をつむいでいく人です」
「誰よりも言葉とおともだち」
「こわしてみてもいいんです」


(わたしが持っているもの?)
(意識しているもの?)


たしかに。
こうだったらいいなと思うことばかりだ。そういう人だと言われたら、嬉しくなることばかりだ。そうなりたいと願っていることばかりだ。

目の前にいる人が持っているもののなかで、同じ部分が共鳴するのだ。

買ってもらえた言葉は、わたしから離れていった言葉。
既に自分が満たしているか、今は必要ないもの。
だとしたら……


(買ってもらえなかった言葉は?)


返品ではなく、
「わたしよりも、あなたに必要な言葉だよ」
と、プレゼントされた葉なのだ。


目の前の人の中に見つけ、共鳴した言葉のうち、その人じゃなく、わたしに必要な言葉。


*    *    *


一つだけ売れなかった言葉がある。それは


「コトバで音楽を奏でられる人です」


その人を眺めていて、浮かんできた言葉なのに、なんでやろう?と、内心、とても悔しかったのだけど(笑)、その人よりも、わたしに必要なのだと、わかった。


(コトバで音楽を奏でる)


これが、わたしが意識していくメッセージなのだと。
たしかに最近、音楽づいている(笑)


「コトバの指圧師」から「コトバの奏者」に。


ちなみに、リベンジで贈った言葉は、


「こわしてみてもいいんです」


このメッセージも、その人を見ていて、強く強く伝わってきた。
シェアのとき、「まさに、今、そのことについて考えていた」と喜んでくださった。ジャストな言葉を贈れて嬉しかった。
言葉は必要な人のところに、ちゃんと届く。


売りに来てくれたのに、「ノー」と言った言葉が、一つだけある。
それは欲しいものだったのに、どうしても受けとれなくて、ものすごい吸引力で向こうに返ってしまった(笑) きっと、わたしよりも、その人に必要なものだったのだ。


*    *    *


初めて参加する人のために、村松先生がゲーム開始前に説明してくださったこと。


「欲しい言葉と欲しくない言葉がある」
「ストライクゾーンがある」
「発信することと受信することを同時にやっている」
「空気を読んで出す。空気を創りだす」


欲しい言葉と欲しくない言葉について、前回のセミナーを受けたときは、自分の軌道にあるかないかだと思っていた。

今回、再び「30ドル」を体験して、「発信と受信を同時にやっている」というのは、どちらが、より必要としているかのアクセスだと感じた。
相手の中にみつけるものが自分の中にあるものだということや、返された言葉が自分へのプレゼントだということも。


「空気を創りだす」というのは、素敵な表現だ。
リターンされた「コトバの奏者」は、わたしの課題だ。


*    *    *


受講してくれたみなさんの感想を、受講時のメモから抜き出してみる。


「その人に対して感じたことを書くと通じないとわかった」
「伝える言葉は、年齢や、その人との関係に左右されることと、「イマコレ(が響く)」というものがあると感じた」
「知らない人に贈るのは難しい」
「漠然と感じたものを、頭で、匂いや雰囲気を表すのがムズカシイ」
「自分が欲しいと思ったことを相手が欲しいとは限らない」
「二回目だけど、最初よりカンがにぶっている。売ってやれと考えすぎて、ムダなエネルギーを使ってしまった」


それぞれの感想に村松先生がコメントを補足する形でシェアリングは続いた。
同様に、ノートにメモしている先生のコメントをまとめる。


「直感で思いついたイメージをどうやって言葉に直すか。学校などでは教えない」
「瞬発力と構成力はちがう」
「針の穴を通すような自動調整をしている」
「だんだんうまくなるものでもない。いろいろ考えてきてもダメだったりする。柔軟に。頭で考えないこと」

村松先生が「30ドル」のまとめとして話してくださったことが、とても心に響いた。

「あやふやなものをつかまえにいく。確かなものをつかまえに行っているけど、実際は、あやふやなものを定着させることに意義がある」
「言葉にならない“もやもや”を“言葉”にして、人とつながる」
「もやもやではつながらない」


みんなが感じているけれど、取り出すことができずにいる“もやもやしたもの”を、くっきりと言葉で定着させることで、


(それを見たかった! それを言ってほしかった!)
(それ、それなんだ!)


と、カタルシスや共感を得られる。
同じことを感じていたのだ!とわかることで、深くつながることができる。


だれよりも ことばとおともだち。
わたしは、そんな子どもだったかもしれない。


そして、今はすっかり忘れて、思いだせもしない あやふやな、その生真面目な子の眼に映っているものが、今、すべての吸引力とつながってる「原風景」であり、「原体験」だと思う。


(そこなんだ!)


と思う。

似ても似つかない景色を見て、物語を読み、多くの体験をしたとしても、心の底からふるえるような衝動は、その場所につながるもの。
求めて癒されないまま大人になってしまった“子ども”の自分が、そこにいるのとしたら、今も、じっとノックの音を待っている。


遊びたい。走りたい。笑いたい。愛されたい。甘えたい。安心したい。泣きたい。


誰の心にもいる“子ども”に手をさしのべる物語を、わたしは読みたいし、彼女は書く人だと思って、言葉を贈った。

そのほかの言葉も、あらためて考えてみると、


(そうなりたい)
(そんなふうにしてほしい)


と、わたし自身が思うことばかりだ。
そして、贈った人たちは、誰よりも、それを叶えてくれそうなのだ。みんな素晴らしい人たち。


(もしかして)
(セミナーの呼びかけ人になると、自分が必要としている人を呼びよせられる???)
(!!!)


(すごーい すごーい すごーい)


絶対そうやわ。めっちゃトクした。


*    *    *


わたしがいただいた言葉は


「たくさん出会って たくさんの花 すてきにいっぱい咲かせていくの。 いろんなお花があるんだ。ぜ~んぶ私は好き」
「内なる感動を一人占めしない わかちあい上手さん」
んをつなげる立役者 あなたと知りあう んな かよし」


くださったかたは、既にこのことを満たしている人なんだと、おひとりおひとりを思い浮かべる。
「やってほしい」と期待されているなら、応えようと思う。
たくさんの出会いに花を咲かせ、感動はブログに書いてわかちあい、セミナーの世話人をして、縁をつなげる(爆)
体験するたびに新しい気づきをくれる「30ドル」 もう次が楽しみになっている(笑)


まだまだ序の口。「30ドル」はウォーミングアップ。醍醐味はこれから。
さらにワークが展開します。「マンダラアート」に「インスピレーションゲーム」
お楽しみに。


浜田えみな(つづく)


※ 文中の 村松先生や受講者のみなさんの言葉は、セミナー時に聞き取ったメモからの抜粋なので、細かい言い回しや、文意がオリジナルな表現とは、違っていることもあります。あくまで、わたしが受け取った内容です。