古事記の序文に出会ったときの感動は忘れない。

あのすごい万葉仮名の羅列の中に、
「伝えたい」というパッションを感じ、
千三百年前の人々が親しく近いものになった。
日本はことだまの国。
「日本人」を離れたくない。


文字のなかった時代の生活には、もう戻れない。
文字により失ったものはなんだろう?


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今回は、第12号 「バリで起きていること、そして新しき経済学の夢想」 を読んで感じたことです。
文中 【 斜体 】 で表示されている箇所は、「GOLD2012」 本文中の言葉です。


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今回のメールマガジンは、読めば読むほど、「日本」に還っていく。
日本という土地、日本の神様、日本のことば、日本の文字、日本の自然、日本の文化……

意識の底から「日本人」が起ち昇っていく。
村松さんは、冒頭から、日本を離れて暮らす手立てをあれこれと準備されているというのに。


徒歩なら何日もかかるような距離を、乗り物を使って、わたしたちは移動する。
郵便なら何日もかかるような場所でも、電話を使って、わたしたちは瞬時につながる。
手作業で行っていた何十倍もの速さで、日常の生活をこなす。


そして、浮いた時間。何を手にしたのだろうか?
悩みが生まれただけだとしたら、あまりにも無為だ。


労働とはなんだろう? 仕事とはなんだろう?
「働く」という字は、人が動くと書く。日本人が作った国字だ。「はた」というのは、何かが動き出す音。「労」は、いたわり、ねぎらうこと。いたわり、ねぎらうために動き出す。それが労働。

日本人にとって、仕事とは 【 神に仕える事 】。
辛いことや苦しいことや、懲役や罰ではなく、生きている証であり、駆動力であり、生活に根付いた歓びそのものだ。しなければならないのではなく、したくてたまらなくなる。させていただきたくなる。


日本の神様は働いている。
田植えをしたり、機織りをしたり、民のために国を興しているようすが古事記などに描かれている。

日本人は、八百万の神様とともに生きてきた。生活の場のあちこちで、神々の守りを感じながら生きてきた。古いおうちに行くと、家の中のあちこちに神さまが祀られている。

神様とともに生きることが「働くこと」であり、歓びだった。西洋の労働に対する考え方とは大きく異なる。

わたしは、日本人であることを嬉しく思う。


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メールマガジンの中で、村松さんが敬愛するという神秘思想家 G.I.グルジェフ氏の世界観のことが書かれていた。


【 人の中にはエネルギーの予備タンクがあり、このタンクのエネルギーは日常のタンクを空にしないと利用できない。それがつながったときに新しい元気が供給される 】


この言葉を読んで、「その人がつながっている固有のマグマ」のことを思いだした。
やはり、あるのだ。呼び方はちがっても、からだの中にエネルギー源が。


「予備のタンクは日常のタンクを完全に空にしないと利用できない」ことから、グルジェフ氏はクライアントに苦行を課し、精も根も尽き果てるような状況を作って、新しいエネルギーとつながることのできる「内的開発」を行うという。

このことを読んだとき、過酷な状況、制限された状況において開花する日本の文化を思った。

四季のある日本の風土の中で、日本の人々は自然環境のさまざまな移ろいを受け取り、解する繊細な感覚を身に着けている。


たとえば、茶、鼠、紺色しか着用を許されない時代背景の中で、四十八茶・百鼠と言われるほどの色合いが生まれ、すべてに趣深い名前があり、見分けることができたように。


以前、津軽地方の「こぎん刺し」という刺し子のことを知る機会があった。
厳しい寒さで綿の栽培ができない東北地方では、農民が木綿を着ることは江戸時代には禁止されていたから、農民たちは、自分たちで栽培できる麻を、たいへんな手間かけて皮を裂いて糸にし、機で織りあげて布にした。


だけど、麻布は、重い物を背負う肩や背中がすりきれやすい上、凍てつく風の吹きすさぶ厳しい寒さを防ぐことはできない。そこで、糸で布目をびっしりと刺すことで、補強と保温効果を高めたのだ。ひとさし、ひとさし、想いをこめて。


津軽の女性は、五歳から刺し子を習い覚えると書いてあった。雪に覆われ、農作業のできない冬の間、代々、その家の女から女へと伝えられていく技術なのだ。語りつがれたもの、受けつがれたものは、こぎん刺しの技術だけではない。嫁入りのときには、自分で刺した着物を数枚、持参したという。生家から出て、新しい家に入り、女性として生きていくうえで必要な知恵とたくましさも、刺し目とともに、伝わり、受け継がれたのだろう。


言いたいことがあっても、口に出すことも許されず、耐え忍ぶことばかりの寒冷な農村の女性が、一心に刺しては返す布目模様は、制約の中で課せられたものでありながら、創意工夫のまま、美しいもの、新しいもの、癒されるもの、支えとなり、だれにも邪魔されない自分の世界を創りあげることの自由さを、彼女たちに与えたのだろうと思う。


また、限られた音のなかで心情を伝える歌や俳句。
同じ空、同じ花、同じ月を見て、どれだけ趣深く、ほかの人とは違った視点で、月並みでない思いを伝えられるかに、全身全霊をそそいだ古の人々。たった一音もおろそかにできない、切々とした思いを、あますところなく正確に伝えたいという願い。オリジナリティの発露だ。


日本語は、助詞や助動詞が発達し、動詞はさまざまに活用する。一音ちがいで、意味が百八十度変わることもある。奥行やひろがりも変わってくる。それは、中国語を表すために創られた漢字では表すことができない領域。

日本は、ことだまの国だからだ。


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古事記の序文に出会ったときの感動は忘れない。思いだすたびに、力がわいてくる。
どのようにしたら、中国語を書き表すための漢字で、構造が全く違う日本語を書き表すことができるのか?と、編者である太安万侶は悩む。


上古の日本人が話していた言葉も、それによって表される意味も、漢字の〈訓〉だけでは十分に表せない。では、すべてを漢字の〈音〉で表せばいいかというと、それでは長くなりすぎると書いている。


よって、太安万侶は、漢字の音訓を使い分けながら、日本語表記の問題の解決を図ろうとした。漢字の意味ではなく、音だけを借りてあてた部分は、万葉仮名を経て、今のひらがなになった。普段、あたりまえのように音訓まじりの文字を使い、心持を表現することができる。その体系が、千三百年ほど前に生み出されたのだ。


また、万葉集に集められた歌は、万葉仮名と呼ばれる表記で、すべての「ことば」を記している。
どの音もはずせない。どの音も違えられない。 


伝 え た い。


昔の人も同じなんだ。

中国語を表すための漢字を借り、苦労して「やまとことば」を表すスタイルを編み出した。

遺された多くの歌。

万葉集は、中央で権力をもった階級の人々だけでなく、地方の人々が詠んだものも集められている。当時の日本人が心を動かし、伝えたいと感じたものや、景色や、心情などが、そのまま詠まれている。

千三百年ほど前の人々が何を感じ、何を大事にし、何を一音たりとも違えられないとしたのか?

切々たる情熱が、そこにあった。

国の事業や、権力を持つ人の歴史だけではなく、辺境の土地の名もない人々の思いさえ、一音一音がひろい集められ、遺されている。


漢字を重ねて、大意が伝わればいいというものではなく、ひとつひとつの音が、それ抜きではありえないし、別の音では置き換えられない。

省略することなく、音のひびきを、ぜんぶ伝えたい


あのすごい万葉仮名の羅列の中に、「伝えたい」というパッションを感じ、千三百年前の人々が親しく近いものになった。


同じなのだ。


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文章表現をしていると、漢字を使えないことがある。どうしてもニュアンスがちがってしまうからだ。
「山」と書いたら、どんなふうに受け取ってもらってもよいのだけれど、「やま」と書いた場合は違う。
固有の背景をせおい、受け取ってほしいと願う明確な情景があるのだ。


漢字ではあらわせないものを伝えるために、日本人は「仮名」を考案した。
漢字が、目に見える外観や事実、変えることができない状態を表すものであるなら、ひらがなは、目に見えないものや、趣、過程、うつろいなどを伝えるために創られた文字ではないだろうか。
その人固有の思いを映し出すものとして。


漢字以外で表される部分が、日本人にしかない心持なのだと感じる。

国家や国土という意味ではなく、「日本人」を離れたくない。


*    *    *


制限されたことによって生まれ出てくるものがある。
だとしたら、手にいれたことによって失われていったものがあるのだろうか。
……


文字のなかった時代の生活には、もう戻れない。
文字により失ったものはなんだろう?


*    *    *


メールマガジンの中で印象に残った言葉は、


【可動域を動かす】


自分が今、がんじがらめで、にっちもさっちもいかないくらい、ぐるぐるまきに縛り付けられていると感じたとしても、どこかしら動くところがあるのなら、それを手掛かりに「自由」へ続く道が伸びてゆく。


【変えられるのは、自分が今すぐこうする、ということ】
【そして、設計図を変えるのも今なのだ】


(え?)


わたしは、これまでのメールマガジンの中で、「設計図」は「自分に組み込まれた変えることのできない使命」のようなものだと感じていた。


【今、我々は自分の内部の因子と関わることができる】
【設計図という概念は、自分の内部の因子を通じて外部とつながる】
【その関わり方の多様性を生み出す】


(設計図を変えることができる?)


この言葉を読むまで、人は誰でも、唯一無二の、(変えることができない)「約束された軌道」を持っていて、その道をゆくのだと思っていた。

誰もが軌道を持つという、ゆるぎない支え。
輝かしい自分の軌道が目に前に伸びていく。


ところが、それが「変わる」という。


赤い花が咲く種を、黄色い花が咲く種に変えることができるということだろうか?


(……)


それは、自分の軌道が見えることより、高揚することだった。
どきどきする。わくわくする。
変わる。


*    *    *


気になった言葉は、 【無意識】。
なぜこの言葉がひっかかるのかがわからない。だけど気になる。気になっている。


メールマガジンの末尾に、こんな文章があった。


【問いに対して答えが用意されているなら、それは死んだ問いである】


……
この文章を読んだとき、


(生きた答えを持て)


という声がひびいてきた。


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村松さんのメールマガジンを読むと、自分が旅をしているように感じる。
題字のついたチャプターは、駅またはスポット。
旅は、必ず、答えをくれる。


浜田えみな


今回のギフト
・古の日本人が伝えたいと願ったものについて考える。
・手にしたことで失くしたものについて考える。
・可動域に注意を向ける。
・予備タンクのエネルギーを意識する。
・設計図は生きているという意識を持つ。
・生きた答えを出す。
・無意識について考えてみる。