青空のゆくえ


見上げる空に今日があるなら、
それは明日につづいている。


*    *    *

 


青空のゆくえ


声がきこえてくる。
語りかけだったり、つぶやきだったり、おしゃべりだったり。
楽しそうだったり、心配そうだったり、あこがれだったり、決意だったり。
声のきこえる写真。 

~きゃらめるさん~



青空のゆくえ


応援したくなる。見守りたくなる。
一緒に笑ったり、歌ったり、歩いたり、
スキップしたり、手をつないだり、乾杯したり。
一枚、一枚のストーリーが、語りかけてくる。
物語のある写真。 
~makiさん~


“進め。前へ。まっすぐ進め”

画面は静止しているのに、ものすごい牽引力を感じた。
写っていないものの気配が起ち昇ってくる写真。
~Dimaさん~


空と風。
広がりと疾走感とロマンチシズム。
けっしてブレない自分の軸を感じさせてくれる写真。

~あん吉さん~


四人展 ~それぞれのSCENE~

(ギャラリー hana*輪)


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五語展を一緒に開催したゼロアーティスト仲間のきゃらめるさんとmakiさんの写真展に行ってきた。

パネルのプロフィールを見て初めて知ったのだけど、きゃらめるさんは、小学校のときから写真が好きで、写真関係の会社に勤めていたこともあるそうだ。
一眼レフのカメラを使いこなすきゃらめるさんの、今回は携帯カメラでの写真展示。


黒 赤 緑 青 ターコイズ 白 光 …
きゃらめるさんの写真は、くっきりと色がきれいだ。
ちりばめられた写真の前に立つと……


声が聞こえてくる。


それは、語りかけだったり、つぶやきだったり、おしゃべりだったり。
楽しそうだったり、心配そうだったり、あこがれだったり、決意だったり。


きゃらめるさんは、きっと、被写体の前に立つとき……、ファインダーをのぞくとき……、シャッターを切るとき……、ずっと対話しているのだと思う。

そのつぶやきが、そのまま、画面に転写されている。そんな気がした。


レコードを、草の葉で再生するような、文字にできないさざめきが、風のように、波のように、遠くなり、近くなり、寄せては返す。


声の聞こえる写真。



青空のゆくえ

“あしたはわからない。いま、咲きます”

というメッセージが好きだ。
 
“風のはじまるばしょ”

というのも。

ああ、わたしもその場所に立ちたい。生まれたての風に、手をかざして笑いかけたい。


“こんなにも背伸びしたって、それでも今日しか見えない”

このメッセージが印象深かった。


背伸びができるって、ちゃんと足が地についているということだ。
見上げる空に今日があるなら、それは明日につづいている。


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makiさんの写真は、「つながり」がテーマ。


壁ではなく、すきまから光が射し込む白く塗られた板に、紐とクリップでディスプレイされた正方形のフォト。コルクボードにレイアウトされたスナップ。季節を映す花。


“生きている。いっしょうけんめい、生きている”


そんなメッセージが心に浮かんできた。

喜怒哀楽のパズルピースを、こぼれ落ちるほどにかかえて、毎日、誠実に生きている。

背伸びしない、等身大の、ありのままの、普段着のまなざしに映るあれこれ。
応援したくなる。見守りたくなる。

一緒に笑ったり、歌ったり、歩いたり、スキップしたり、手をつないだり、乾杯したり。

一枚、一枚のストーリーが、語りかけてくる。


物語のある写真。


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Dimaさんの展示作品は、徳島県吉野川で行われるシラスウナギの漁の写真だった。

光に集まってくるシラスウナギ(ウナギの稚魚)を網で捕獲するため、真冬の朔の大潮の日に行われるとキャプションに書かれていた。
百隻以上も漁の船が出るという。

強い水銀灯の光は写真の中では幻想的な緑色に発光し、吉野川の水面は夜明け前の雲海のように静謐さをたたえている。


“進め。前へ。まっすぐ進め”


そんな声が聞こえてきた。


画面は静止しているのに、ものすごい牽引力を感じた。
それは、月の力だろうか。潮の力だろうか。昇りつめてきた稚魚たちの力だろうか。


Dimaさんの写真は、写っていないものの気配を感じる。
見えていない水面下の世界。上方に広がる月のない空の気配。


わたしは、「問いかけ」を持つ写真が好きだ。

カメラマンは、なぜ、写真を撮るのだろうか?
問いを持ったとき? 答えを得たとき?


わたしは、以前、油絵を描いていた。
言葉を重ねるように色を重ね、その調和を楽しみながら、長い時間をかけて描いていた。文章と同じだ。
書きながら、描きながら、答えを見つけていた。


写真は、瞬間を切り取るものだ。問いも、答えも、全ての経過を切り取ることができる。

わたしが、その前から動けなくなるのは、「問い」をもつ写真だ。
写真家にとっての答えが、わたしにとっての問いかけとなることもある。


Dimaさんがあまりにも上手なので、停止している船を撮っているかのように錯覚を受けてしまったけれど、実際の漁では、とても早い動きなのだそうだ。


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あん吉さんとはお話ができなくて、とても残念だ。
展示作品は、基地の演習光景を撮った写真なのだろうか。


空と風。
広がりと疾走感とロマンチシズム。

とても壮大で、広大で、大きなうねりの中にもまれても、けっしてブレない自分の軸を感じさせてくれる写真だった。


(作品の前に人がいたので、お二人の展示風景は撮れなかった)


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夕刻から始まったお茶会にも参加したので、ギャラリーオーナー marinさんのお話も聴かせていただいた。
ギャラリーを経営する人の話を聴くのは初めてだ。


二年前、銀座の画廊から、marinさんに届いた一通のメールが、今、この場所につながっている。
それは、投稿されたmarinさんの動物たちの絵を観て、銀座の画廊で展示をしないかというオファーだった。


銀座の画廊で展示


経費は負担するから展示させてほしいというものではなかったから、搬送料や展示料、交通費などの多額の経費がかかる。

突然、舞い込んできた一筋の道を、進むべきかどうか、いろんな人に相談したという。

marinさんは決断し、一週間の展示会で、かけがえのないものを得た。一緒にグループ展をした九人のメンバーそれぞれに、新しい扉が拓けた。


画廊のオーナーは、毎週、毎週、扉が開かれる瞬間を目にすることができる。
その若く熱い躍動のエネルギーにふれることができる。
迷いもとまどいも希望も喜びも自信も。
その場所から。


(年をとったら、画廊のオーナーになろう)


marinさんはそう決めた。
決めたら物件に出会ってしまった。年はとっていないのに(笑)

で、始めることにしたという。
この決断。「機」を見ぬく直感を持つ人だけが進める「道」がある。


hana*輪は、大阪市営地下鉄谷町線 平野駅から徒歩一分。

本業は、その道二十年のエステティシャンで、エステルームも併設されていた。ハンドマッサージは、ワンコインだ(二十分)。ギャラリーに絵を観にきて、心もからだもほぐせる。
フェイシャルが専門だけど、顔だけでなく全身サポートで、心とからだへのケアをしてくれる。
ゴッドハンドだそうだ。


この日も、画廊を訪れた乳幼児のおかあさんに、ハンドマッサージを施されていた。
描かれる絵も、とても、やさしい。


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見上げる空に今日があるなら、それは明日につづいている。
空を見て。

今、見上げた空を信じて。


浜田えみな


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