「夢にロックをかけない」 (ことば・村松恒平)
今、わたしは、ちょっと「自由」だ。
作品と自分を切り離せた。
これは、ものすごいことだ。
ものすごく軽くなった。
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今回は、第十号 「設計図の応用」 を読んで感じたことです。
文中 【 斜体 】 で表示されている箇所は、 「GOLD2012」 本文中の言葉です。
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基礎をやったものだけに応用ができる。
基礎をやったものだけが自由にできる。
基礎をやらないと編みだせない。
基礎をやらないと動き出せない。
基礎をやらないと羽ばたけない。
こんな思いにずっととらわれていた。
基(もと)と礎(いしずえ)という字のとおり、基礎を固めずに行うことは、土台をつくらずに築くこと。不安定で形成力のないことに思えた。
信頼を、自分ではなく、型や枠に求めていたのだ。
だから、
【表現は自由から始めるのが正しい】
【自由というのは、だんだんなるものではなく、本来の姿です。今すぐなるのです】
というメールマガジンの言葉を読んでも、わかるようでいてわからなかった。
そもそも「自由」という言葉が、自分の中で少しも動き出さないのだ。
創造する力のある人、表現する勢いのある人、あふれる才がとめどなくほとばしりでる人にとっては、 【基礎をしっかりやる】 ことが伸びやかな個性を奪い、 【人を鎖に縛り付けようという根性】 に思われるのかもしれないけれど、
「自由にどうぞ」
と言われて、どうしていいかわからない人のほうが多いのではないだろうか?
好きなように打っていいよと言われるより、十回素振りを教えてもらってからのほうが、私は安定したプレイができる。
基礎は、先人が試行錯誤の末に見つけてくれた近道であり、道しるべではないのだろうか?
「型の文化」の中で隙間をぬって芽吹いてゆく自由の在り方が、日本人のもつ奥義に思える。
これは、家元制度や師範制度に仕組まれたワナなのだろうか?
そうではなく、
本来、型は精神統一しやすい「場」のカタチであり、力を集める「アンテナ」ではないだろうか?
達人には不要だが、凡人には必要だ。
そして、真の「基礎」とは、それなくしては成り立たない「原点」のことではないだろうか?
その礎の心を極めていれば、作法や型はいらない。年齢も経験も関係ない。
同様に、作法や型がなぞられていても、礎の心がなければ、なんの意味もなさない。
【初期衝動】 の心。
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スイッチはいつ押されるのかわからない。
メールマガジンを読んでも、動き出すことができなかったわたしが、村松さんのセミナーで、
「水をやるだけで育ってゆくものがある」
という言葉を耳にして、
(出せるものがあるなら出そう)
「30ドル」というゲームは、自分と作品が「別物」だという感覚を私にくれた。
わたしと作品は切り離されている。
だから、どんどん出せる。
筆文字を書いても、絵を描いても、作品は作品。私は私。
作品は自分ではないのだから、どんどん作って、どんどん出せる。
今まで、作品と自分を切り離せなかったから、苦しかったのだとわかった。
【設計図】とはなんだろう?
創造物の設計図。
作品を創ろうとした初期衝動。
祈りであり願いでありレシピ。
設計図を見ても、誰にも同じようには再現できない。それがオリジナリティであり、ブランドだ。
わたしは、自分の設計図をもっている。
それは、誰にも真似できない。
* * *
ここにきて、「自由になる」ということが、わかりかけてきた。
昨年末、メールマガジンを購読しようかどうか躊躇していた私は、なんとバカだったのだろう。
「自由になること」と「書くこと」は、まったく別のことだと思っていた。
自由になることが、創造につながるなんて思いもしなかった。
今、わたしは、ちょっと「自由」だ。
基礎も習っていない筆文字を人にプレゼントできるくらいに。
それをブログで公開するくらいに。
作品と自分を切り離せた。これは、ものすごいことだ。ものすごく軽くなった。
次は何を切り離せるだろう? わくわくする。
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「夢にロックをかけない」
先日のセミナー後の懇親会の席でのお話で、受講者のSさんの心に残った言葉だそうだ。
村松さんのセリフは
「夢にロックをかけちゃうともう動かせないし、それしか見えなくなって他の可能性がなくなるからね」
そして、今回のメールマガジンの冒頭で、村松さんはこんなふうに書いてくださった。
このメルマガの目的は知識を増やすことではなく、行動と心を縛っているさまざまな「ロックを解除すること」です。
それは、「自由になる」こと。
浜田えみな
今回のギフト
・設計図は初期衝動
・自分の設計図
・作品と自分を切り離せた
