ほかの人が知らない控えめな魅力を、
ずっと見ている人の
まなざしだけがとらえることができる。
* * *
「てんちゃん、大根の花、見たことある?」
「ないかもしれんけど、知ってると思う。白い花やろ?」
「うん。でも、このあたりでは見ないよね。だって、大根として食べたら、花は見られへんもんな」
「うん。なんで、急にそんなこと言うの?」
「“筆メッセージ”に応募したから」
ここで、「“筆メッセージ”って何?」と聞いてこないのが、てんちゃんだ。
中断することなく会話はつづく。
「オレ、キャベツの花、見たことある」
「なんで? そんなの見たことない」
「学校のキャベツは、食べるためじゃなくて、アオムシの観察のために育ててるねん。放ったらかしにしてたら、そのまま、花咲いてる」
「えーーー??? どうやって咲くの? あんなに固く巻いてるのに。どこから咲くの?」
「巻いてるのが開いてきて、にゅーって伸びてくるねん。ほんま、そこだけ見たら、菜の花と一緒やで」
「菜の花? どんなふうに咲くのかわからへん。ちょっと出して」
仕事をしていたのか、ゲームをしていたのかは不明だけど、パソコンに向かっていたてんちゃんに「キャベツの花」を検索させる。
(あーーーーーっ)
ホントに、キャベツの巻がゆるんで、にゅーいと突き出しているのは、菜の花みたいな黄色い花だった。
(すげーーーーっ)
「ハクサイは?」
「……。見たことない」
「調べて」
(おおお)
ハクサイも、菜の花だった。
「アブラナ科やねんな」
「同じ科やったら、同じ花やねんな。そっくりやな。すごいな。キャベツとハクサイは全然ちがうのに」
「アブラナって、アブラとるの?」
「そう」
「菜の花とちがうの?」
「いっしょやろ。ナタネ油やから」
「ほんまやな!」
「食べてしまったら、花が見られへんのって、ほかに何がある? あ、ブロッコリーは? 花咲くのかな?」
「ぜんぶ蕾やろ?」
「咲けへんのちゃう? 満開になったら、怖い」
検索
「カリフラワーは?」
検索
「みんなアブラナ科や!」
不思議なことに、ダイコンもキャベツもハクサイもブロッコリーもカリフラワーも、アブラナ科なのだ。
アブラナ科の野菜はおいしいな。
ふと、ふりだしのキャベツの話が、むくむくと気になってきた。
「キャベツ育てたら、アオムシいてるもんなん?」
「たいてい」
「おらへんかったらどうするの?」
「農家の人からもらう」
「アオムシが、もにょもにょって動いてるのを採るの?」
「アオムシになってしまってたら、たいがい寄生されてて、チョウになるまでに死んでしまうから、卵のときに採るねん」
「卵のときに? そんなん、付いてるのわかるの? どうやって?」
「卵のついたキャベツの葉っぱごと、ちぎって、教室のケースの中に入れる」
「生まれたとき、ちっさい?」
「うん」
「蝶になる?」
「うん」
「どのくらいで?」
「……三週間くらい?」
「それ、何年生でするの?」
「三年」
(え! コツメもやってるの???)
「コツメーっ アオムシの観察した?」
「した」
「どうやって?」
「学校のキャベツの卵を虫めがねで探して採るねん」
「卵あった?」
「うん」
「ちょうちょになった?」
「うん。もんしろちょうと、アゲハチョウ」
(え?)
キャベツにアゲハの子はいないはず。
「なんで、アゲハチョウ? キャベツにアゲハの卵はないやろ?」
「先生が、アゲハチョウも育ててみましょうって言ったら、誰かが持ってきた」
(なるほど)
いいなあ。キャベツに卵さがしに行ったり、卵からアオムシの子がチョウチョになるのを観察したり。小学校って、楽しーっ!!
* * *
で。“筆メッセージ”ですけど。
ゼロアーティスト養成講座で同期の、乙女ザムライ作家・木村二段さんのブログに遊びに行ったら、ちょうど応募作品をアップされたときで → 木村二段さんのブログ記事 「おー、こめこめ。その1」
「興味のあるかたは、ぜひどうぞです」
と書いてあったので、募集要項を見に行ったのだ。
農協がやっているコンテストで、トマト・スイカ・ダイコン・米に関する筆文字メッセージを作成する。
二段さんの作品は、本当に洗練されていて、そのままTシャツにして着てまわりたいくらいのセンス。私は筆なんて持ったこともないし、絵も描けない。
でも、どういうわけだか、「大根」には思い出があり、その場でメッセージができた。
できたけれども、応募するには、エンピツ書きの文字を、筆文字にしなければならない。
楷書で書けというなら、いくらでも書くけれど、求められているのは、アートでしょう。
過去の受賞作品を観ても、絵手紙風のものが多かった。
(筆文字!)
(大根の絵!)
ハードル高すぎー。却下。
というわけで、すっかり忘れていたのだけど、昨日、ゼロアーティスト仲間のミーティングがあり、それぞれの活動報告などを聴いているうちに、手ぶらの自分が、ヒシヒシと情けなくもあり、加えて、二段さんが、
「お米ほしいのーっ」
ともだえているのが、かわいくて(笑)
しかも、帰りの電車で途中まで一緒に帰った人の名前が「あや」さんで、
「あやさんは、出会う人に、“直感でひらめいたことを信じて、矢のように動く力”をプレゼントできる人ですよ」
などと、自分で言ったことがリフレインしてきて、
(よーし)
と思って、「矢のように動いて」一気に書いた。
書をされている人は、本当にすごいと思った。
私は、集中力が、ぜんぜんもたなかった。
(何枚書いたかなあ。四枚くらいだろうか?)
大根の絵も描かないといけないし、どれも下絵なし下書きなしのぶっつけ本番一発勝負だから、ぜんぜんダメだった。
絵がうまくいけば、字がダメだし、すべての字に満足できるものを書くなんて無理だった。
絵手紙作家の人はすごいと思う。
* * *
もうひとつ、実感したことがある。
ゼロアーティストのミーティングで、あんとみさんの絵本のラフを見せていただいた。
それだけでも絵本にできそうなほどの完成度なのに、コピー用紙の裏紙に描かれている。
「えーっ これ、裏紙なんですか?」
「ラフだから」
「こんなにすごいのに、もったいない」
「ラフが一番、生き生き書けるんよ」
そう言っておられたことだ。
私は、今回の作品は、コピー用紙に三枚、和紙に一枚書いたのだけど、応募作品にしたのは、コピー用紙に二番目に書いたものだった。
絵もダメだし、気にいらない字もいっぱいある。
でも。
「だいこん」が一番、おいしそうに書けたものがいい。
だから、選んだ。
* * *
大根の花に似ている
と、二十歳のときに言われたことがある。
(大根の花なんて、見たことないってー(笑))
募集要項を読んでいたとき、そのことを思いだした。
消費するわたしたちは、おいしいダイコンは知っているけれど、ダイコンの花は見たことがない。
生産地の人だけが知っていること。ずっと、丹精こめて、生育を見守り、育てている人だけが知っていること。
自分にとって、かけがえのない人というのは、そういうものだと思う。
ほかの人が知らない控えめな魅力を、ずっと見ている人のまなざしだけがとらえることができる。
そんなことを、ダイコンの花のメッセージにしてみた。
のだけれど、応募フォームを記載しながら思った。
(どうも、主催者のコンセプトと違うような気がする……)
まあ、いいや。楽しかったし。
キャベツの花もハクサイの花も見たし、コツメのアオムシ体験も聴けたし。
筆で書く体験もしたし。筆で絵も描いたし!
自分に向いていないということが、きっぱりわかった(笑)
浜田えみな
締切は2月29日なので、まだ、応募できます!
興味のあるかたは、ぜひ!
