名前を受け入れることは、
両親の愛を受け入れること。
自分がつながるものを受け入れること。
愛されていることに気づくこと。
自分がつながっている大きな力に気づくこと。
生涯、大丈夫なこと。
* * *
貴重な週末がまた過去に。(ひゅるる~)
二十四時間、展示会の作品にかかりきりになれたらいいけれど、なかなかそうもいかず、夜の時間しか取りくめないから、いっこうに進まない。でも、時間があれば書けるというものでもない(笑)
ゲージが変わったので、第二章、第三章を、ほどいて書き直した。
第三章は、以前にブログで書いた「とんだペペロンチーノ」
の章。
舞台は、百貨店に併設されたミュージアムだ。
(なぜ、百貨店?)
今から二十年近く前、そのミュージアムが発行しているフリーパス(現在は廃止)を購入していた。
全国の同百貨店ミュージアムが出入り自由という特典を利用して、展覧会スケジュールを見ては、大阪店のみならず、近隣の神戸店・京都店にも嬉々として足を運んだ。好きな画家の絵が展示されているときは、何度でも行った。
著名な展覧会が催されることも多いのに、百貨店併設のミュージアムは、駅から近くて交通の便もよく、国立や県立の美術館より敷居が低い。フリーパスを持っていることもあるが、気負わず、一点の絵だけに会いにゲートをくぐることができる。
どうしても、もう一度観たくてたまらなくなり、五分しか時間がないのに、駆けこんだこともある。
いろんな人が訪れる。
絵を観に来たわけではない人も。
時間待ちの人も。
ただ、一人でいたくないだけの人も。
その絵のために、はるばるやってきた人も。
混んでいるときもあるし、フロアに自分しかいないときもある。
時間を選べば、大好きな画家の作品を、誰にも邪魔されずに、かぶりつきで堪能できる。
夢のような空間だ。
そんなときに、視界を横切っていくものについて。
(いつか小説にしたいなあ)
と、思っていた。
まさか、今回、それをモチーフにするとは(笑)
書くと決まれば、さっそく取材に行って、勇気を出して話しかけたりしたかったのだけど、大阪店のミュージアムはしばらく展示の予定はなく、京都店と神戸店も、絵画展示ではなかったので、足を運べず、がっくり。
今も同じ状況かどうかはわからないけれど、記憶を頼りに書いた。
* * *
物語の中の展示会は、実在のもので、今年の夏に岡山の百貨店の画廊で展示されていた画家の絵だ。現在、関東の美術館で新作展が開催されていて、とても観に行きたいのだけど、時間が作れない。東海道沿線なら新幹線に乗ってどこにでも行くけれど、外れているので日帰りできず、やや行きにくい場所なのだ。
でも、美術館のホームページに、今週末にサイン会が開催されるとあったので、ダメもとで問いあわせをしたところ、手紙を書いて送ったら手渡してくださるという。
(きゃー)
想いを届けられるのなら、あとで再現可能なように、岡山で原画を観たときに、もっとしっかり日記に書いておくのだったと猛反省したけれど、もう遅い。
ブログ記事にはしていないので、手書きのダイアリーをめくってみると、印象的だった「タケノコ」と、「二つの柿」の絵を真似たイラストが描いてあるだけなのだ(笑)
そのときは、こんなに気にかかる画家になるとは、思わなかった。
大阪でぜひ、展覧会をしてもらえるよう、心からラブコール。必ず届く手紙に、どんな想いをのせようか。
というわけで、本日はこのあと、ファンレターを書く。久々の手書きレターなので緊張する。
* * *
決定的にこの画家が好きになったのは、インターネットで検索したときに見つけた、とあるギャラリーで開催された二〇〇三年の展覧会の案内記事だった。
画家の名前について書かれていた冒頭の一文が、印象的だった。
画家の名前の「機」という字は、機関車の「機」だと書かれていた。機関士をしていた父親が名づけたのだという。
機関車。
当時、エネルギーの象徴のような駆動力をもつ黒い機関車。
田んぼの中を一本だけ続く線路。山の端に消えるその向こうに、人々は……、子どもたちは……、何をのせ、どんな想いを馳せたのだろう。
子どもの名につけるほど、自分の仕事を愛し、誇りをもっていた父親。
その姿。
少年にとって、機関士の父親は、どんなに誇らしかったことだろう。
父親の誇りが、自分の名前に息づいているのだ。それは、どんなに嬉しいことなんだろう。
そのことだけで、わたしは、その画家が届けようとするものが信頼できると思った。
名前を受け入れることは、両親の愛を受け入れること。
自分がつながるものを受け入れること。
愛されていることに気づくこと。
自分がつながっている大きな力に気づくこと。
生涯、大丈夫なこと。
画家の父親が好きだと思った。
父親を敬う画家が好きだと思った。
晴れの日も雨の日も風の日も雪の日も。
春夏秋冬、奥羽本線を流れる季節の帯を。
人の心を。機関車の鼓動を。
日々、五感のすべてで感じとり、自分の鼓動を重ねあわせ、運びつづけて生涯を終える。
天職というのだろう。うらやましいと思った。
その息子である画家が描く世界には、わたしが求めているものが、きっとあると思った。
画家が二〇〇三年十月の展覧会に寄せて書いた文章の、
「自分の好きな感覚だけを出そう、素直になろう」
「小さい頃から見続けていた風景の、記憶の中に隠れている曖昧な情緒の残像のようなものを一番描きたい」
「自分の中の原風景をまずは見つけよう」
「自分が本当にいたい場所や感覚を絵で再現しているのかもしれません」
という言葉が印象に残っている。
十年近くたった今、その想いは、どうなっているのだろう? 原風景は見つかったのだろうか?
わたしが書きたいもの、再現したいものは、何だろう?
浜田えみな