青空のゆくえ

この約束を守れなかったら、
わたしは自分のことを

信じるよりどころをなくしてしまう。


絶対に外してはいけない要があるとしたら、
今がそのときだと思った。


この約束を守ることができれば、
次の大きな約束を守る自分を
信じることができる。


*    *    *


十一月九日(水)午後二時~ ボダイジュカフェで、五人そろっての最終ミーティングが行われた。

先月までの二回のミーティングでは、駅からの道が暑くて汗だくで、メニューを開くなり、冷たいスカッシュ類をオーダーしていたのに、いつのまにか季節がうつりすぎ、ようやく名物のラテアートに遭遇できた。


カエルが、まきさんのカフェラテ。ウサギが、浜田のカプチーノ。ほっこりアートを添えてもらえるのは、この二種類。


(バリエーションはどのくらいあるのだろう?)
 
あなたに訪れるほっこりのあたたかさを、ぜひ、てのひらに受けとってください。「癒しの五語展」で。


*    *    *


前日のブログの最後に


「一章分だけでも、見本を持っていきたい」


と書いたとき、まだ原稿は出来ていなかった。時間もないし、眠いし、できるかどうか、わからなかった。


だけど。


(これは絶対、書かなければならない)


と思った。


この約束を守れなかったら、わたしは自分のことを信じるよりどころをなくしてしまう。
絶対に外してはいけない要があるとしたら、今がそのときだと思った。
この約束を守ることができれば、次の大きな約束を守る自分を信じることができる。
だから、ぜったいに、一章分、完成させなければならない。


(どの章にしよう??)


八割できていたのは第一章。ほとんど決まっていたのに、通勤電車の中で、新しいキーワードが浮かんできた。その路線を採用するなら、最初から書き直しになる。
すぐに結論が出なかったので、第一章はスキップ。


最初に原稿が完成したのは、第二章だった。


その二千字程度の物語を、A4縦書き・三段組・ページ枠線で、コラム記事のような体裁にレイアウトし、完成品に近い形式でプリントアウトした見本を、ボダイジュカフェの展示場所に置いてみた。

小さすぎないか? 文字は読めるか? 紙の色は? 額に入れなくてもよいか? この作風でよいか? 


*    *    *


まだ推敲前だったので、大幅に変更するかもしれない。みんなに読んでもらうには不十分だったから、原稿は、すぐにしまいこんでしまったのだけど、たまたま、となりに座っていた、きゃらめるさんが読んでくださった。


二千字というのは、その場で読んでもらうには、けっこう長い。原稿を目で追ってくださるきゃらめるさんの隣で、その気配を感じながら


(原稿をその場で読んでもらうのは初めてだ)


と気づいた。


傷つきたくなかったり、プライドが邪魔したり、苦手だったり、逃げまわったままでいることは、山のようにある。でも、ある日、越えている自分に気づく。

きゃらめるさんは、ほめ上手なので、持ち前のあたたかさで、おだててくださり、さらに前に進む勇気をくれたのだった。


それになんといっても、弾みがつく。

たとえ一章分でも、体裁が整ったものができたという実績が、もたらす効果は大きかった。


(やればできるんだ)


という自信。


(今ならできそう)


という予感。


帰宅後、スキップした第一章に着手した。
調子づいているものだから、当初の原稿をあっさり切りすて、新しく浮かんだキーワードをベースに、一から書き直した。あっというまに、第一章、第二章ができた。


のだけれど。


第一章を書きなおしたものだから、第二章のトーンが合わなくなった。


(書きなおし?)


*    *    *


つい、このあいだまで、文章は、言葉をよった縦糸と横糸でつむぐ織物のようだと感じ、その風合いが文章表現の趣だと思っていた。だけど、文章は編み物に似ていると思うようになった。


ゲージ スワッチ モチーフ 


第一章を大幅に変えたら、第二章が合わなくなったこと。


それは、ゲージが変わったのだ。

新しいゲージを使うなら、古いゲージで編んだ部分は、ほどかなくてはならない。

毛糸をほどくことは、文章をデリートすることに似ている。
ほどくのは一瞬。デリートも一瞬。だけど、一本の糸が残る。糸は、スタートとゴールだ。

スタートは必ずゴールにつづいている。


編み物と文筆をイメージするようになって、作業がとても楽しくなった。

必ずゴールにつながっている。


浜田えみな