しっかり地に足がついて、ゆさぶられない感覚
ブレても戻れる


軸が通ることは、存在が確立すること
ここにいてもいいと、肯定されること
ここにいることが、ゆるがないこと

自分を感じられること
自分を信じられること


それがある限り、何があっても大丈夫


*    *    *


「りっくん、どうやった?」
「いい感じ」
「ホント!!」


リクトのロルフィング二回目。
一回目は、縮んで硬くなっているお腹の筋肉を、柔軟に、バネのように使うことを教えてもらった(はず)。ドッジボールのシーズンに入る前に、リクトをもう少しなんとかしてやりたかった。自分のからだが「自分のもの」であることを、「感じて」ほしかった。


PTA活動があったので、てんちゃんに連れていってもらった。てんちゃんは、アロマにもクラニオにもタッチフォーヘルスにも関心がない。ロルフィングもなんのことかわかっていない。わたしもうまく説明できないので、


「ブログを読んで」


と言ってある(笑)。

関心もないけれど、反対もしない。クラニオに連れていってもらったこともある。先生にいろいろ訊いてきてほしいのに、終われば、さっさと帰ってくる。


二人が戻ってくるのを待ちかまえて、玄関に走っていく。リクトは、ニコニコだ。鼻の穴がふくらんでいる。


「いい感じって、どんな感じ?」
「なんか、ビシっとする感じ。伸びたような感じ」
「どこが?」
「背中が。身長が伸びたような感じ」


スイスイと、廊下を歩いて、リビングのほうへ行く。

てんちゃんにも聞いてみる。


「りっくん、いい感じやの?」
「うん。そうらしいよ。自分で言うてた。めっちゃ長かったで。二時間くらいやってもらってた」
「へぇぇ~。よかったなあ~」


ふたたび、リクトのそばへ。

「りっくん、先生、どんなことしてくれたの?」
「足とか、頭とか、おなかとか」
「どんなふうに?」
「△■※×…」(説明できないらしい)

(は? もっと教えてーや)


でも、「いい感じ!」 らしい。それで充分だ。
「いい感じ!」 の顔をしている)


*    *    *


翌日十月十日は、練習試合だった。
これで、バンバン、アタックが決まって、大活躍したらすごいけど、残念ながら、そんなことはない(笑)


自分よりあとから入ってきた女の子がキャプテンだし、まだ一年目の五年生にも背番号を抜かされている。
このあいだは、一度試合に出ただけで、あまりに無様なプレーをするので、ゼッケンを外されて、ずっとベンチだった。リクトの代わりにコートに入って、活躍しているのは、三年生の男の子だ。
リクトは、六年生。あと半年しかプレーできないのに、来年も再来年も、その翌年もできる子に試合を奪われて、


(悔しくないのかなあ。一度は一番のゼッケンを付けたこともあるのに)


小学校三年生の時に始めたので、もう四年近くやっているけれど、それはもう、ぜんぜん、ダメだ。


そもそも、身体能力に長けているわけでもなく、不器用で、球技なんか苦手のリクトが、どうして、ドッジボールなんてやっているのだろう? 


ドッジボールのうまい子は、みんな、「肉食動物」の目をしている。瞬発力もあって、動体視力もあって、闘志がみなぎっている。


リクトは、「草食動物」とも言えない子だ。
草食動物でも、キリンやゾウは襲われたら反撃して、ライオンを負かすと思うけど、そういうのではなくて、反撃もせず、どうぞと自分から首をさしだしそうな、がぶりとかみつかれても逃げないような、悲しげに眼を開けたまま、首と食いちぎられている、名前も覚えていない、サバンナのドキュメントに出てくる、なんか、そういう動物みたいだ。ふがいない。


(ぽよよーん)


五分しかない試合の一番最初で、どうやったら、そんな気の抜けた顔ができるのか教えてもらいたい。五年生のころは、よく第一球目で当てられていた。本当に、一発目だ。そのまま外野に出たら、あとはずっと立っているだけ。


(そんなの、つまらないだろう?)


ぽよよーんとしているから、ねらわれるのだ。
まだ、プレーも始まってない「一発目にねらわれる」というのは、「顔」で判断されているということだ。
悔しくないのか? リクト。


てんちゃんと二人で、

「取れなくてもいいから、“ぜったい取るぞ!” っていう顔をしなさい!」

と、何度も言った。技術がないなら、顔だけでも強い顔をしろと。効果はあまりなかったけれど(笑)


リクトの怒られる定番は、


・最初に当たる 
・大事なときに当たる 
・絶対勝つぞという気合が感じられない


そのほかにもたくさんある。六年生になってからは、自分のことだけじゃなく、チームのことを考えなければいけない。コートの士気が下がらないよう、どんな苦境でも巻き返して逆転できる、


「ぜったい取るぞ! ぜったい勝つぞ!」


の空気を、作りだしていかなくてはならない。チームを一つにまとめる能力が要求される。

……リクトは、まったく、そういう器ではない。
ないのだけど、がんばらないと、下の子たちはついてこない。信頼を失う。リクトなんか、いなくてもよくなる。チームにおける自分の居場所は、自分で作らなければならない。


毎日休まず練習に行って、「勝っても負けても元気で楽しく仲良しドッジ」というようなチームではない。伝統も実績もあり、全国大会を目指すクラブチームだ。
リクトのような子が入るチームではなかったのに、よく知らずに入団してしまった。


辞めると言ってくれれば、すぐに辞めさせるのに、本人は辞めると言わない。それなら、頑張るのかというと、そうではない。
毎回、毎回、できなくて、悔しくて、怒られて、ベンチに出されて、泣いてばかりだ。

チームに存在する理由を証明できない子は必要ないと言われているのに、がんばることもやめることもしない。
それでは、ダメなのだ。四月から同じことばかり言っている。

ゼッケンを外されることで、「なにくそ!」と這い上がる子もいるけれど、リクトは、そういうタイプではない。といって、落ちこんでダメになるタイプでもない。


プレッシャーで萎縮しているのかと思い、ほめて持ち上げてみたけど、よけいにひどくなった。
けなされても、ほめられても、リクトから


「ぜったい勝つぞ! ぜったい取るぞ!」 


の闘志は起こってこない。何かどこかブレーキがかかっている。

そんな子でいい。植物みたいな子に「肉食動物」になれと言ったって、無理だろう。リクトにはリクトの場所があるはず。だから辞めようと、何度も言った。でも、リクトは、チームにいたいという。

それなら。今のままじゃダメだ。
あと半年。


リクトに笑顔でプレーしてもらいたかった。
そんなに辞めたくないのなら。そんなに好きなのなら。
自分のからだを自由自在に使える感じを、味わってほしかった。


*    *    *


ロルフィングセッションを受けてから、お腹を伸ばすことを意識したり、緊張すると右が開くことを思い出したりして、リクトなりに練習したのだと思う。


でも、試合では、マンガみたいに「劇的にうまくいく」などということはなかった。大事なところで当てられて、外野から戻ってこられないまま試合終了にもなっていたし、アタックも決まっていなかった。お休みの子が多くて、代わりの子がいないから、なんとかベンチには出されなかったけれど。


リクトは、この状態から、どうするつもりだろう? 
ゼッケン一番を取りたいと思っているのだろうか? 
キャプテンになりたいと、思っているのだろうか?
そのために、どうしたらいいのか、考えたりしているのだろうか?
コーチや監督に言われていることが、わかっているのだろうか?


わたしも、てんちゃんも、運動なんてしたことないし、勝ちたいと思ったこともない。そもそも、そういうカテゴリに、自分の身を置いたりしない。だから、リクトに、アドバイスすることができない。ボールの投げかたを教えてやることもできない。


でも、リクトがリクトであることを嬉しく思えるように、助けることはできる。


*    *    *


「リクトは、ちょっと、ふっきれたね」


練習試合の帰り道で、コーチがそばに来てくれた。


「できないのは前と同じだけど、精神的に強くなったね。前だったら、私たちが何か言うだけで、そのことだけで、いっぱいいっぱいになって、すぐ泣いて、泣くだけで終わっていたたけれど、今は、いい意味で、流せるというか、引きずらずに、切り替えができるようになったね」


コーチがそう言ってくれた。


軸が通るというのは、こういうことだと思うのだ。


アタックが決まるとか決まらないとか、ディフェンスができるとかできないとか、そのときの出来不出来で左右されないもの。

しっかり地に足がついて、ゆさぶられない感覚。

ブレても戻れる。


(いい感じ!)


の自分を、リクトは覚えているのだ。


ドッジボールで花が開かなくてもいい。リクトはまだ十二歳だ。
これから、思春期に入り、骨も筋肉も成長していく。その過程で、


(もっともっといい感じ!)


を、どんどん味わってほしい。


自分のからだを知って、からだがつながる宝物の価値に気づいてほしい。
自分を「信頼」することを、リクトの中に、組みこんでほしい。


軸が通ることは、存在が確立すること。ここにいてもいいと肯定されること。ここにいることがゆるがないこと。自分を感じられること。自分を信じられること。
それがある限り、何があっても大丈夫。


そういうものを、わたしはリクトにも、コツメにも、贈りたい。


*    *    *


「リクトくんは…  天然ですか?」


練習試合の空き時間に、突然、五年生のお母さんから話しかけられた。


(てんねん?)


「天然って、その… リクトの言動がってこと?」
「うん」 (にこにこ)
「ぽえ~ってしてるっていう?」
「うん」 (にこにこ)
「そう… かな」 (ははは)
「うちのダンナが、リクトくんのファンなんです。このあいだの試合の送迎で、六年生の選手たちを車に乗せてて、みんなが話しているのを聞いてて…  リクトくん、ええわあって」


練習試合が終わって、駅に着いて点呼しているときに、リクトが突然、歌いはじめた。


「おっさかな、くっわえった、ドラ猫~」


(そろそろ、サザエさんの時間なのかな?)


瞬間的に時計を見る。六時十五分。まだ早い。
「まだ、早いで」と言おうとしたら、引率のお母さんが口々に、


「リクト、今日、日曜日ちゃうで! 月曜日やで」
「時間割、まちがえたら、あかんで!」


(は……)


というリクトの顔!


こっそり隠れて大盛りヤキソバを食べているところを見つかった伊賀のカバ丸(亜月裕さんのコミック)みたいな顔だ。久々にカバ丸なんて、思い出した。はぁぁ… がっくり。


(て・ん・ね・ん?)


と、口パクで、リクトのことを訊いてきたママに指さしたら、大ウケだった(笑)


浜田えみな