(え!)
(まさか!)
(このブログを?)
(あんなことも?)
(こんなことも?)
(もしやぜんぶ?)


*    *    *


「うちの長男のお嫁さんは、小説書いてるのよ」


突然、上座のほうから、信じれらないセリフが耳にとびこんできて、お吸い物を吹きそうになった。


ぶったまげーっ


(お、お義母さーん!!!)
(な、なにを……)
(みんな! 今のセリフは、忘れて忘れて!!! 一瞬で忘れて!)
(一切そのことを話題にしないでーっ! お願いだから、ふれないでーっ)


今年のお正月のことだった。
上座から下手まで、いったい何メートルあるのだろう? という長い座卓で、お義父さんの喜寿のお祝いの懐石膳をつついていた。


浜田家は、おめでたいことつづきで、1月末に結婚式を挙げる次男(てんちゃんより二つ年下)が彼女を連れてきていたし、まったくサプライズなことに、五人きょうだい末っ子(てんちゃんより九歳年下)・次女も、初めて彼をつれてきたし、長女家族には六歳と三歳の男女の子どもがいて、うちにはリクトとコツメがいて、三男はひとまわりも年下のかわいいお嫁さんがいて(この夫婦は、この日は欠席)、とにかく、いつでも、全員で何人いるのかすぐには数えられないくらいの賑わいだ。
さらに、この日はニューフェイスが二人! 
しかも次女の彼に会うのは、お義父さんもお義母さんも初めて!! もちろん、わたしたちも初めて!


これは、

(いきなり、自宅の座敷で向いあう緊張感よりは、子どもが走り回っているような、わちゃわちゃとした席で、こっそり浜田家デビューさせたほうがいいだろう)

と、シャイな彼を気づかった次女の作戦だったのだけど、見事にはずれ(そりゃそうだよね)、かわいそうに、五歳年下の彼は、いきなり上座に異動させられ、面接試験みたいに、お義父さんから尋問(いえ、事情聴取、いえ……)されていた。


それは、どう見ても、娘の父親と彼との会話というよりは、町工場に、飛びこみで入ってきた「ノルマ達成必至の新人営業マン」と「社長」の会話にしか見えず、どんな質問にも、終始、ソツのない笑顔で答えている彼のはりついた笑顔に、


(仕事の続きみたいや)
(気の毒に……)
(がんばってや!)


と、援護射撃もしてあげられずに、遠くから気楽に応援(観覧)していたら、いきなり、流れ弾が飛んできたようなモノ。
たぶん、お義母さんは、子どもたち自慢をしたかったのだと思う。
彼がどんな特技を持っていたのかは知らないけれど、話をしているうちに、むくむくと、


(うちの子たちだって!)


と思ったのだ。紹介をかねながら、順番に、それぞれの特技を話していたにちがいない。リクトだって、さほど得意でもないドッジボールのことを言われていたし、コツメなんて、やめたくてしかたないのに、ピアノのことを言われていた。

で、

「うちの長男のお嫁さんは、小説書いてるのよ」


ぶっぶーっ

思わず、顔から火、噴きましたって。
それ、自慢してはるんですか?


(お義母さーんっ)
(結婚してから、一作も書いてませんってー)
(そんな話、十四年間、一度もしなかったやないですかー?)
(なんで、また、いま、このタイミングでー??)
(小説の話なんて、したことありましたっけー???)


もしや、ブログを読まれているのでは? と思って、血の気がひく思い。


(え!)
(まさか!)
(このブログを?)
(あんなことも?)
(こんなことも?)
(もしやぜんぶ?)


そう。浜田家のお義父さんとお義母さんは、あなどれないのだ。
特に、お義父さんは、インターネット大好きで、いろいろと検索しては、


「〇〇(てんちゃん)の名前を入れたら、ずらーっと、いっぱい出てくるな!」


などと、嬉しそうに話していたし、次女が以前の仕事でシドニーから書いていたブログも、マメにチェックしていたし。


(うそまさかそんなもしや)


……怖いので事実確認はしていない。


ただ、
お義母さんの気持ちのなかで、「うちの長男の嫁」(すなわちわたし)は、しっかり、浜田家の子どもの一人として認識されていることが…… なんというか、ほのかにキッパリ伝わってきて、それは、心がポカポカと温かくなるような、とても嬉しいことだった。


また、「小説を書いている」ということが(書いてないけど)、


(へんなこと)
(人様に顔向けできない恥ずかしいこと)


ではなく、お義母さんのなかで十四年間、


(自慢できること)


に位置づけられていたということに、エールをもらった。


(ほんなら、書いたら喜んでくれるんや)


自分の知らないところで、思いも書けない人が応援してくれているというのは、からだの奥底のほうから、ずっしりと湧きあがってくるパワーをもらえる。


*    *    *


では、ここで、『子どもは誰にほめたれたがるか』 という、少し前にてんちゃんが書いた原稿の見出しを拝借しましょう。


『子どもは誰にほめたれたがるか』


1 子どもは「信頼している人」にほめられたい
2 子どもは「大好きな人」にほめられたい
3 子どもは「偉い人」にほめられたい
4 子どもは「思ってもみない人」からほめられたい


*    *    *


大人だってそうだ。


信頼している人にほめられたい。
大好きな人にほめられたい。
偉い人にほめられたい。
思ってもみない人からほめられたい。


信頼している人に認められたい。
大好きな人に認められたい。
偉い人に認められたい。
思ってもみない人から認められたい。


信頼している人にほめられたら嬉しい!
大好きな人にほめられたら嬉しい!
偉い人にほめられたら嬉しい!
思ってもみない人からほめられたら嬉しい!


だから、信頼される人になりたいし、大好きだと思ってもらえる人になりたいし、偉いと思ってもらえる人になりたいし、
素晴らしいものをみつけたら、誰のことでも、ほめていきたい!


*    *    *


と思っているのに、自分に似ているリクトのことになると、ついつい冷静さを失う。
ひとこと言ってしまうと、もう止められなくて、とことん追いつめてしまう。
はっと気づいて、ちまちまフォローする日々。ああ。


だけど、どうやらメモリが小さく、傷つくことも、ひきずることもなくスルー? のリクト(苦笑)
わたしのえぐるような長ゼリフも、最初の一文以下は、たぶん、聞きとれていないようだ。
これは救い? それとも、悩み? 


昨日だって、ドッジボールの試合で、あまりにもふがいないので、相当怒ってしまい、こちらは眠れないほど落ちこんでいるのに、当のリクトは、明け方、寝ながら「爆笑」。
うなされてるのかと思って、ぎょっとして飛びおきたら、鼻にシワをよせて、歯をむきだして笑いころげている。


(は?)


目を疑ったけど、肩をひくつかせて、やっぱり笑っていた。


(ええなあ。楽しそうで)


起きてから尋ねたけど覚えていなかった。いったい、なんの夢を見ていたのだろうな。
よかったね。


浜田えみな