文章は、
乗り物のようで、楽器のようで、
織物のようで、映写機のようで、
壮大で限りない可能性を秘めた、
大切な宝物だ
* * *
「法事をするから、予定あけといてね」
「はーい」
義母から電話があったのは、一か月ほど前だ。
「てんちゃん、今日って、誰の法事?」
「しらん」
「おばあちゃんかなあ。おじいちゃんは、もう弔いあげしたって言ってへんかった?」
「そんなん、覚えてへん」
「浜田家でするねんから、お義母さんのほうの法事とちゃうもんな」
というわけで、今朝、てんちゃんの実家に行って、仏壇の前で手を合わせるまで、今日が誰の法事なのか、わかっていなかった。
尋ねるまでもなく、仏壇の前に座ると、きっちり張り紙がしてあった。
九月二十五日に亡くなった義祖母の十七回忌と、義祖父の二十五回忌。ともに享年八十歳とある。戒名も書いてあったけど、読めない。
「これ、誰つくったん?」
「知らん」
「お義父さんかなー。えらいなー。パソコン打たはってんな。七十七歳やのに、すごいやんねーっ」
今回は、お坊さまは呼ばないという。なんでも、二代目になってから、
「ええことないのよ~」(お義母さん談)
だそうだ。
お経が下手。気持ちがこもってない。声がよくない。説法がない。やる気がない……etc……
要するに、「徳」が感じられないということなんだろう。
お義母さんも、お義父さんも、信仰に厚い人なので、よほど腹にすえかねることがあったのだと思う。
家族であげればいいのだ。みんなで声をそろえて。
どこで区切っていいかわからなくて、ひとりだけ外れたり、繰りかえしの回数をまちがえたりして、ぐちゃぐちゃになっても、みんなで笑いころげて。
家族や親戚一同が集まり、少しくらいの波風はあっても、これまで元気で生きてきて、今日も生き、明日も生きていく。
やる気のない、お坊様にイライラするより、よっぽどいい。お義母さんが、こんな英断をするとは。
ちなみに、リクトは、般若心経がうまい。意味はわかっていないと思うけど、声がいい。ちょっと聞き惚れる。お坊さんになればいいかも。
『月刊 おくやみ』 の特集
“どうせなら美声に逝かされたい! 全国美声坊主図鑑”
にとりあげてもらえるかもしれない。
リクトの般若心経デビューは、今年の四月に母方の祖父が亡くなったときだ。
子どもは耳がいいのか、リズムもすぐにつかむし、迷いがないし、何より、まだ十二歳。「煩悩」のようなものがないので、にごりがなく、響きがよいのだろう。リクトの般若心経だったら、何回でも聴きたい。
ちなみに、みんなが、リクトの美声に驚いて何度もリクエストしたので、恥ずかしがって、やってくれなくなった。声変わりをしたら、もう聴けなくなるなあ。
わたしの父方の祖父は、寺は持たなかったが、修行をしてお坊さんになっていたというから(こんなことを、祖父の法事の集まりで知ったのだ)、リクトも素質はあるのかもしれない。
* * *
宮木あや子さんの『セレモニー黒真珠』という小説を少し前に読んだ。
葬儀会社で働く、かなり「ワケあり」な三人の従業員の心のヒダと、とりまく人間模様を、コミカルでパワフルな文体で、シニカルに、アンニュイに、ひたむきに、ハートフルに、時には残忍に、すれすれのところをえぐりながら、檜にノミを入れるような職人技で精緻に浮きぼりにしていく連作短編集だ。
三人のことが、すがるように、祈るように好きになる。
今、本が手元にないので、レビューは書けないけれど、作中に出てきた『月刊 おくやみ』が、頭を離れなくて困った。
『月刊 おくやみ』という名前は、宮木あや子さんのフィクションだろうけど、どんな業界にも、専門誌はある。モデルになった月刊誌があるはずだ。
(ほんまは、どんな名称なんやろう?)
気になるので、さっそく検索キーをたたいてみた。
まずは、『月刊 おくやみ』で。……ありませんでした。
「葬儀業界 月刊誌」で検索する。……あった!
『月刊 フューネラルビジネス』
『隔月刊 Sogi』
『月刊 仏事』
『セレモニー黒真珠』の中にも、あらためて知る葬儀業界の内情などが描写されていて、驚くことが多かった。業界誌には、いったい、どんなことが載っているのだろう? クリックひとつで閲覧できた。バックナンバーや特集記事も紹介されている。
ちなみに、『仏事』9月最新号の内容は……、
“特別企画 仏壇店の店舗差別化戦略 仏壇の価値を増す店舗づくり”と見出しがある。
Ⅰ「仏壇店」をギャラリーに変え仏壇を作人としてプロデュース、高級オリジナル仏壇を主力として販売… ㈱○○鳳凰堂
Ⅱフロア毎に異なった陳列方法を行い、顧客を飽きさせない仏壇店づくりを目指す… ぶつだん○○
Ⅲ金仏壇の暖色を生かした店内カラーと手書きのポップを多用し、入店しやすい仏壇店を作り上げる…△△蓮華堂
Ⅳ家具調仏壇の顧客層に応じインターネット集客にコストを集中、伝統仏壇からの買い替え需要をつかむ …㈱□□ ギャラリー○○
すごいコピーだ。誰かに話したい!
「顧客を飽きさせない仏壇店づくり」
「入店しやすい仏壇店」
「伝統仏壇からの買い替え需要」
読みたい。見たい。手にとりたい。どこかのセレモニーホールに潜入してみようか。
学生のころから、『月刊 おくやみ』 を愛読していたという「セレモニー黒真珠」(葬儀会社)の従業員 木崎の気持ちが、わかるというものだ。
熱いエネルギー。
どんな業界にも、企画があり、戦略があり、改善と、たゆみない努力とサービス精神が必要なのだ。
『仏事』は、仏事・供養業界を対象にした業界誌で、寺院、葬儀、葬祭、仏壇、仏具、墓地、墓石等の各種業界を取り上げているという。
目次を眺めていると、本当に読みたくなる記事で満載だった。
たとえば、バックナンバーの記事内容をひろうと…
・仏壇店の売り上げを伸ばすための実務マニュアル(⇒実務マニュアルときた!)
・もっと売れる陳列と演出の技術(⇒仏壇仏具の?)
・いいお墓サポートデスクだより 洒落たストーン日記 (⇒洒落た墓石日記?)
・5.5万円の低価格と郵パックでの納骨可の永代供養堂を設立、全国から無縁仏をなくすことを目指す(⇒ゆ、郵パックって……)
・今月の感動法話(⇒ああ、拝聴したい。声のいいお坊様だいすき)
『Sogi』 は、葬祭業に関する専門誌。
ここのサイトは、項目別総索引のデータベースがしっかりしていて、よく研究されている。見出しを眺めるだけで、興味深々。
・霊柩車のすべて(⇒霊柩車のデザインって? いったいどこのメーカーが作っているの?)
・柩のすべて(⇒ピンからキリまで。素材は何? 専門の業者があるの?)
・葬儀の司会 ○○氏に聞く(⇒葬儀の司会の奥義とはー?)
・葬儀演出はどこまで許されるか(⇒どこまでって、どこまで?)
・葬儀におけるサービスとは?(⇒心づかいとサービスの境界線って、たとえば?)
・粗供養の世界(⇒粗供養カタログのこと?)
・院内感染と遺体取扱(⇒そうか、こんなことも)
・見てわかる死後の手続き(⇒知りたいです!)
・葬儀式の演出を考える 音/管楽器の生演奏/染物/花/色/香/照明/喪服(⇒ニーズに応えて… ってやつですね)
・知っておきたい「位牌」の知識(⇒知りません。位牌ってなんのため?)
・初めて業務につく人のために(⇒どんな業務があるのだろう)
・葬儀社の販売促進(⇒『セレモニー黒真珠』でも営業してました)
・葬儀社社員が遺族から受ける「心付け」に対する源泉徴収の要否(⇒へぇぇ…)
…… まだまだつづく。
ここ一年の間に、三度、葬儀があったから、身近に感じるのかもしれない。
祖父・叔母・伯父
婚家が石材店という知人もいる。忘れられないのが、ジョンの墓のエピソード。
「お義父さんは、墓石の字がうまいんよ。お義兄さんの字とは、やっぱり、ぜんぜん格が違う。でも、最近、ペットのお墓の注文が増えてて、お義父さんは、カタカナ、よう彫らはらへんから、お義兄さんが、彫ったはるねん。このあいだ、実家に行ったら、庭に“ジョンの墓”って、彫ってある石が、置いてあった」
* * *
看護師の知人は「エンジェルメイク」の講習会を受けたと話していた。エンジェルメイクとは、「死化粧」のことだという。
家庭で行うときは、手持ちの化粧道具で、簡単におしろいなどをつけ、ほほ紅や口紅をさす程度なのだろうが、プロは、解剖生理をきちんと理解し、口腔の形状の変化や筋肉の衰えによる顔貌の様変わりなどを、詰め物などで補いながら、最期に記憶に焼きつけられる顔を、遺族の気持ちによりそいながら、まごころをこめて仕上げて
いく。
だれのために行うのか。どんな役割を担うのか。遺族の目と心にかなう、死の受容をいざなう、安らかなお顔…
叔母と最期の別れをしたとき、柩で目をとじている顔が、本当にかわいらしかった。紅をさされた表情が、夢見る少女のように愛らしくて、本当に安心な気持ちがした。痛みや苦しみを残した顔をしていたら、どうだっただろう……
“エンジェルメイクは、ご遺族のために行うものなのです” と書かれていた。
* * *
宮木さんの小説を読まなかったら、法事がなかったら、目にすることもなかったフューネラル関連サイトの数々だが、記事を読み、あらためて「文章」について、考えずにはいられなかった。
身内の死に直面した人が読むであろうサイトに、つむがれ、織りなされている文章。
たった五十の音の組み合わせが、読む人の心を思いやり、つかずはなれず、よりそう。
どんなにデリケートなものだとしても、傷つけないようにくるむことができる、やわらかで、なめらかな織物のような風合い…
どんな癒しが連ねてある書物を読むより、「心を尽くす」ということについて、考えさせられた。
文章が伝えることができるもの。さしだすことができるもの。
まだまだ、わたしには、足りないものが、たくさんあると思った。
文章は、乗り物のようで、楽器のようで、織物のようで、映写機のようで、壮大で限りない可能性を秘めた、大切な宝物だ。
* * *
宮木さんの小説のなかで、結ばれた葬儀会社従業員の二人。
彼から彼女への初めてのプレゼントは(通信販売だったのか、特集記事だったのか、よく覚えていないけど)、『月刊 おくやみ』に掲載されていた数珠だった。
わたしも、今、猛烈に、数珠が欲しい。
今年、何度もお通夜と告別式と法事に出て、思った。
きれいな数珠が欲しい。美しい数珠が欲しい。貴賓ただよう数珠がほしい。
数珠が欲しい。数珠がほしい。数珠がほしい。
人は、どんな機会に、どうやって、数珠を手にするのだろう?
社会人になったときなどに、喪服とあわせてそろえるのだろうか。どこで買うのだろう?
リサーチしなければ。
(ああ、また、浜田さんがヘンなことを言ってる……と、思われるかもしれないが)
ちなみに、わたしは、水晶の数珠を母からもらった気がするのだが、なくしてしまってみつからず、短大の入学記念に学校からもらった、おまけみたいな念珠で、あまたの法事をしのいでいるのだった。
よし、大人の女性らしい数珠を持つぞ!
『月刊 おくやみ』 があればいいのにー。
浜田えみな