みんな、自分で決めて、生まれてきた
* * *
「りっくん、おたんじょうび、おめでとーっ」
「お、そやそや、今日、誕生日やった。おたんじょうび、おめでとー」
「おにいちゃん、おたんじょうび、おめでとーっ」
一番最後に起きたリクトがリビングに入ってくると、家族みんなからの、おめでとうの嵐。頭をかいて、めちゃめちゃ嬉しそうなリクト。
しかし、誕生日メニューは何も考えていないのだった。ケーキの予約もしていないのだった。誕生日プレゼントも、まだ買っていないのだった。ただ、七夕。ただ、誕生日。木曜日。
七夕かざりは、コツメが作った。みんなの短冊も用意してくれた。いろとりどりのおりがみを展開し、
「好きな色えらんで!」
それを三枚おろしに… いや、三等分にしてくれたので、一人九枚(も)!
夕べは、一時間ごとに
「書いた~?」
「まだ」
「書いた~?」
「あとで」
「書いた~?」
「朝までに書いとく」
で、夜中の一時すぎに、やっと書いた。時計を見ると、とっくに日付がかわっている。
織姫と彦星が出会うのって、いったい、何時なんだー?? 外は土砂降り。
短冊を前にしたものの、とりたてて、願いごとが思い浮かばない。
幸せなのだろうか? 停滞しているのだろうか?
毎月、新月になるとアファメーションを「十項目」書いていた去年のことを思うと、「停滞」しているような気がする。手にしていないものは、去年と同じくらいあるのに、願いごとが浮かばないということは、それに向かうエネルギーや、欲するエネルギーがないのだろう。
子どもたちのことなら、すぐに願いごとが浮かぶ。
リクトはドッジボールの大会があるし、コツメもピアノの発表会がある。二枚ずつ書いて、四枚クリア。家族全体のことで二枚クリア。自分のことを、なんとか三枚。うち、二枚は、こっそりデスクマットの下に。非公開(笑)
* * *
「コツメ、おはよう! おかあさん、昨日、書いたから、かざってきて」
朝、できあがった短冊を、コツメにつけてもらった。
てんちゃんが、背筋をのばして食卓でなにやら書いているので、笑ってしまった。コツメに、ノルマの短冊を書かされているのだ。なかなか、まじめに書いている。宿題をやってこなくて、朝の会の前に必死でやってる小学生みたいだ。
「おかあさん、おにいちゃんは、おりがみ一枚全部に書いてんねん」
それは、もはや短冊ではなく、なんというか……。すかさず、夫が
「ひとり寄せ書きやな」
たしかに、「色紙」だ。
「さいきん、“おひとりさま”はやってるもんねぇ」
このあいだにも、ファックスがピーヒョロロだし、電話がプルルル。子どもの誕生日の朝はにぎやかだ。
リクトやコツメが、もっと小さいころは、出勤前で時間がないのに、どうしても撮りたくて、プレゼントの包みを開けるようすをホームビデオにおさめていた。
ところが! なんということでしょう。プレゼントがないなんて!!
(だって、まだ決められへん って言うねんもん)
* * *
「ケーキ、どこで買う?」
「マルがいい? いろいろがいい?」
(おかあさんは、いろいろがいいなあ~)
「マル!」
「えぇぇー コツメ、いろいろがいいー」
(おかあさんも!)
「マル!」
「ロールケーキがいい? ふつうのがいい?」
「どっちでもいい」
(あら!)
リクトが “どっちでもいい”というのは、決められないのか、めんどうくさいのか、よくわからない。実物を見ても、選べないかもしれない。コツメは、たぶん、“チョコがいいなー” と思ってる。
どっちでもいいなら、いろいろ(なショートケーキ)にして、とも。
* * *
買ってきたロールケーキを見て気づいたが、去年もロールケーキだった。去年は七夕オリジナルのスターフルーツがのせられていた。リクトは、あんまり欲がない。
ブログを見たら、ろうそくが十一本、はためいていて、まぶしい。記事には、リクトが生まれたときのことが書いてあった。まだ、名前がなかった赤ちゃん。⇒ ブログ記事 「はぐはぐぶんぶんぷかぷかはぐっ!」
今年は、十本分の長いの1本と、端数の二本。
十二歳になった。
今日は、朝から、ずっと雨。
帰りの電車で、十二年前の七月七日は、生まれたばかりのリクトと病室にいたのだと思いあたり、まだ、こわくて、どうしたらいいのかわからないし、小さくて動くものには、ちっとも慣れなくて、おっかなびっくりで、狭い病室で、ひたひたと寄せてくる「もう、もどせない」感と、ふいに増幅する心もとなさを思いだして…… その気持ちは、もっと複雑で、当時の日記には、綿々とつづってあるのだけど、育児ノートにぎっしりと小さな字で書きこんであるので、もはや読めない(老眼で)…… あんな初々しく切実な気持ちを、再び、胸に抱く日が、くるのだろうか?
赤ん坊にかぎっていえば、三年後のコツメのときは、センチメンタルなキモチになどならず、羽のように軽い赤ちゃんを片手で抱え、もう片方の手でリクトをじゃらし、保育園のノートをつけたりしていた。
* * *
母親というのは、通路にしか過ぎないのだなあと、最近、思うようになった。
誰から生まれるのかも、どこで生まれるのかも、いつ生まれるのかも、どのように生まれるのかも、ぜんぶ、赤ちゃんが決めている。
リクトは、てんちゃんと私を選び、七月七日を選び、へその緒が巻いていたのだか、なんだか知らないけれど、なかなか生まれてこなくて、時間かせぎをし(笑)、おばあちゃんや、おじいちゃんや、おとうさん、みんながそろっている時間に、生まれてきた。私じゃない。リクトが、決めたのだ。午後二時二十分だった。
「赤ちゃんが、好きなように、生まれてくるんだよ。その子は、みんなに囲まれて、生まれてきたかったんだね」
と、昨年、知りあった助産士さんに言われて、納得した。
コツメが生まれたのは、明け方の四時七分。誰もいなかった。
「お母さんと二人だけが、よかったんだね」
そうなのか。
生まれたとき、みんながそばにいたリクト。
わたしと二人だけだったコツメ。
わたしが決めたのではなく、あの子たちが決めたのだ。
* * *
みんな、自分で決めて、生まれてきた。
母親は、「通路」
「大切なからだを、私のために使ってくれ、この世界に通してくれてありがとう」
そう、思えるようになって、楽になった。
産みの親にもありがとうだし、育ての親にもありがとうだ。顔など見たことなくても、かかわりが薄くても、通路となってくれた人には、ありがとう。
生まれることを決め、どう生まれるかを決め、生きていくことを決めたのは自分。
自分の出生について、親を非難するキモチを持つなんて、私はバカだったなあと思う。母が切迫流産になったのも、促進剤を使って、予定日より一ヶ月早く出産したのも、私が決めたのだ。
(おかあさん、怖い思いをさせて、ごめんなさい。ありがとう)
心の底から、そう思う。
あんなに小さかったリクトが、十二年ぶん、大きくなって、目の前にいる。
リクトに “生まさせられちゃった” んだ(笑)
コツメだって、リクトの妹になることを、自分で選んで追いかけてきたのだ。
なんで、そんな肝心なことを忘れて、ケンカばっかりするのかなあ(笑)
親と自分と子ども。
だれも何も、与えない奪わない及ぼさない。
(通路に使っただけなのに、大切にしてくれて、ありがとう)
親には、そう思えばいいし、
(ただの通路なのに、そばで笑ってくれて、ありがとう)
子どもには、こう思う。
だんなさんには、
(大切にしてくれて、そばにいてくれて、ありがとう)
と、誰よりも、感謝する。
みんな、自分で決めて、生まれてきた。
だから、自分で生きる。
浜田えみな
