「千年もってくれ」と無心になって祈りながら、建造物をささえる木に、一本一本、穴をうがち、和釘をうちこみ、五百年後、千年後を見据えた仕事にたずさわった 宮大工 西岡常一棟梁の声が、どんなときも、離れない。→ ブログ記事 「船出」


 何百年も、芽を出す機会を待ち、千年ものあいだ、常に競争に勝ちつづけ、必要な養分を求めて根を張り、日の光を求めて伸びつづけた檜。千年、勝ちつづけ、生きぬいた檜は、さらに千年、建造物を支え、歴史をになう。
千年の護りを形にするために、宮大工は、育った環境を視、樹を視、適材適所に采配して、「生きぬいた」エネルギーを、構造のなかに「祈り」で封じこめ、ひとの魂と自然を融合させてきた。


 千年の命。千年の祈り。千年の護り。何千もの、魂。


 樹のもつ壮大なことだまに想いをはせ、空を感じ、風を感じ、雨を感じ、大地を感じ、文章にして、ブログに書き、コトバにして、ひとにつたえながら、

(千年を生きた檜とは、いったい、どんな樹なのだろう……)

と思っていた。地面に立っている樹を見たい。日本では、もう見れないかもしれないと。


五百年、生きぬいた樹に逢えた- 夢のようだ。
五百年、空と大地につながり、循環しつづけたエネルギーがうずまく土地。そこに、今、自分が立っている。自分の足が、ついている。


樹齢五百年の楠が育つ土地のエネルギーを足裏で感じる。
小雨が降っていたので、幹を抱えて、その鼓動を聴いてみることはできなかったが、樹皮にふれてみた。楠の実は、直径一センチにも満たない、ブルーベリーみたいな丸い粒だ。それが、こんなに太い幹になる。五百年以上、この地で、空と大地をつなぎ、ひとびとを護ってきた。


拝殿の前で、鈴を鳴らす。見上げると、けっこう大きな鈴だった。鳴らすときは、いつも、ちょっと緊張する。

(鳴らなかったら、どうしよう……)

などと思うのだ。


「わたしはここにいますよ」

という、神様への呼びかけ。ご挨拶。さらに、鈴の音は、ひとの中にある悪いものを祓うという。心を澄みきらせ、「す」の状態にする。拍手の音も同様。二拍手したあとは、何もかんがえずに、三秒。この空白の「ま」のいっときに、神様の心が、入ってくるのだという。


 だから、何も考えてはいけないのだそうだ。そして、からだを持たない神様のかわりに、自分を使ってもらうために、祈る。人のためにできること、役にたつことのために、わたしのからだを使ってくださいと。我欲の祈りはしない。(四十歳を越えてる人は特に(笑))


 参道は産道。鳥居から出ることは、生まれること。新しい「使命」をいただいた、新しい自分。
 どんな使命をいただけただろうか。


 樹に逢えた。樹に触れた。大きな楠が、三本もあった。二本は、拝殿を支えるように、となりあっていた。

 二本ならんで、一緒に生き抜いてきた樹。競争しながらも、一緒に、五百年。ひとりぼっちじゃなく、五百年。

 そのことが、たまらなく、うれしかった。こみあげるものを、おさえられなかった。


 わたしをここに連れてきてくれたのは、和歌山のセラピスト みほさん。
 いったい、何が、みほさんを動かしたのだろう。大阪の、ほとんど京都や奈良よりの地域に住むわたしを、和歌山のイベントに誘ってくれた。
 ぜったい行こうと思ったのだ。その気持ちに応えて。
 

 紀ノ川は、和歌山に住むみほさんも、初めて訪れる土地だという。わたしにとっては、「き」の学びが、二人三脚で現れたような、いや、三人四脚、いや、うーん、とにかく、大きな大きなギフトだった。


 すべて、つながっている……   


 ギフトの話、つづきます! 
                            浜田えみな


紀ノ川 伊久比売神社 樹齢五百年の楠の画像

ぜひ、見てください! → メインブログの 「樹に逢えた」