禅タロットの「受容性 RECEPTIVITY」は、
水(感情)のクイーンだ。
月明かりに照らされたようなロイヤルペールブルーの静かな海から、
全裸の女性が、空いっぱいに両手をのばして浮かびあがっているようすが、
描かれている。
首から上の、顔や頭がある部分(点滅しつづけるシグナルのように、
わたしたちがとらわれている「思考」の部分)は、
青いロータスの花に置きかわり、
全世界、全宇宙から、おりてくる全てのものを受けとって、
すみずみにまで循環させ、
夜明け間近の白んだ空と海に、無限の交歓を投げかけている。
このカードのキーは、「受容」
描かれた女性には「頭部」がないので、思考にじゃまされず、
その純粋な受容をさまたげるものが、なにもない。
疑問も、判断も、選別も、攻撃も、かけひきも。
どんな期待も要求もなく、ただ、受けいれる。
まるで、通路のように。まるで袋のように。
もうひとつのキーは、「聴く」
「聴く」とは、受け身であること、自分を完全に忘れることだと、
このカードは伝えている。
自分を忘れ、すべてを聴くことに集中したとき、
その能動性と積極性は、あらゆるものを受容し、
めざす高みに到達することが可能になる。
それは、「女性的」なもの。
「女性的」なものとは、受精であり、子宮であり、出産であり、母性だ。
* * *
妊娠・出産・授乳のとき、わたしには、「頭」はなかったと思う。
どうして、女性は、まったく、別の細胞を、
自分のなかに受けいれることができるのだろう?
練習もテストもなしに、いきなりぶっつけ本番で。
どうして、あんなにダイナミックなからだの変化を、
なんの抵抗もなく、受けいれることができるのだろう?
「(ゆ)ちゃんは、えらいなあ。
おれは、自分の中に別の生き物がいると思うだけで、発狂しそうになる」
と、最初のころ、夫が、こわごわ、言ったことがある(笑)
疑問も、判断も、選別も、攻撃も、かけひきも、期待も、要求もなく、
あたえられたすべてを受けとり、循環させ、
愛と祈りだけで、待つことができるのは、「女性性」
「受け身のときに扉がひらかれる」というこのカードそのままだ。
このカードのメッセージは、
頭で考えることをやめ、すべてを解きはなって、ただ「聴く」。
リラックスして「聴く」。
そのとき、扉がひらく……
「コミュニケーション」のカードだ。
聴くべきものは何?
コミュニケイトするものは何?
カードをひいたひとには、ちゃんと、わかっている。
* * *
「う」のことだま
母音でもある、あ行のことだま。
あ行は、「基本のことだま」を呼ばれ、
すべての元になる大切なことだまだ。
うくすつぬふむゆるん…
う段のことだますべてに通ずるはたらきとなる。
「受容性」のカードを見たとき、「う」のことだまを思いだした。
カードに描かれた海。
「う」のことだまも、「海」の意味がある。
あらゆるものが、海から生まれ、海に還る。
生みだすためには、受けいれることが必要。
鵜呑み、鵜飼の鵜も、すべてを、いったん呑みこんで、外にだす動き。
「素直になりましょう」というメッセージでもある。
そして、「うんうん」と「聴く」ことで、
相手のよいものを、引きだしていく。
うけいれて、浄化し、熟成して、生みだすはたらき。
ことだま教師の山下先生から、
「うのことだまのはたらきは、女性のからだに似ています」
と教えていただいた。
女性は、生まれながらにして、「う」のはたらきを持っているのだと。
「女性性」とは、受けいれたものを、生みだしていくはたらき。
うなづいて、聴く。うんうんと、受けいれる。
愛と祈りだけで、何ヶ月も、誕生を待った、あのときのように、
素直で満たされた気持ちになって。
受けいれたものは、浄化して、熟成して、出していく。
出さないと、苦しくなる。
「受容性」のカードは、その調和がとれた美しいハーモニー。
* * *
なんで泣いていたの?
ドッジボールの試合。
きいたらいやがるだろうと思うから、きかないけど
本当は、教えてもらわないと、わからない
くやしかったの? なさけなかったの?
なんで泣いたの?
自分が、いちばん、わかってるよねって、
こういうときだけ、あなたをおとなにして、にげてしまう。
いやなきもちにさせても、よりそいたいのに。
ちかづけない。
いつのまにか、自分のきもちを
ちゃんと、もってる横顔に。
うじうじ考えていたら、
「おかあさん、歯」
ぬけた歯を、うれしそうに、もってきてくれた。
わたしは、あなたのお母さんなんだね。
* * *
(ゆ)