ご報告など

テーマ:
「そんでさ…社員寮の屋上でタバコ吸いながら…コイントスしたのよ。『表なら続ける』『裏なら辞める』って」
「結果は…」
「『裏』だった」
「じゃあ…」
「うん。辞めてないんだ」
二人して脱力したように笑った。おーちゃんとの付き合いはかれこれ15年近くになる。中1の春、遠藤と大島で席が前後だった。同じ野球部に入った。高校も一緒に野球をやった。

「大学までおーちゃんと一緒とはな」
「腐れ縁だな。でも上京して大学で友達出来なくてもえんちゃんがいるから安心だわ」

流石に大学では会う頻度は減ったがそれでも時折定例報告会と称した謎の近況報告をお互いしていた。

就職してめっきり会わなくなり連絡もほとんどしなくなった。一度新橋のSL広場前で同僚らしき連中とへべれけになったおーちゃんに偶然会ったのが2年前だったか。別次元にいるような気がして声はかけなかった。

おーちゃんはとにかく良い奴だった。温厚で誰にでも優しくて、無理なお願いをされても断れなくて、お人好し過ぎて騙されやすくて。たぶんおーちゃんを嫌いな奴はいなかった。僕はそんな風に生きられるおーちゃんが羨ましかった。


不定期の定例報告会は深夜まで続いた。
「結局辞める勇気もないんだからな…笑ってくれよ」
「いや、そのエピソードもおーちゃんらしいよ」
おーちゃんは不意に真っ赤な顔をあげて言った。
「全然話変わるけどさ、同じ大学行くってなったとき、えんちゃんが『バンドやろうぜ』って声かけてくれたじゃん。おれ、全然楽器弾けないから断ったけどさ、未だに後悔してんだよね」
「いやいや、修羅の道だよ。見ればわかるでしょ」
そこそこのハウスメーカーの営業マンになったおーちゃんに対して僕はややブラックな会社に勤めながらバンドをしていた。気づいたら27だった。ヤバいよ。カートだったら死んでるし。

酔っぱらっていたのもあるだろう。おーちゃんの物言いから見下しているようなニュアンスを感じとりモヤッとしてしまった。「お前に何がわかるんだよ」と言いかけてやめた。

社会一般的なイニシエーションを経なかった僕はいつまでも大人になれない気がした。接待ゴルフも、バーベキューも、異業種交流会も、行ったことがない。土日はほとんどスタジオかライブだった。


最後におーちゃんに会ってから1年以上経ったある日、見知らぬ番号からの着信があった。
「大島さんからご紹介頂きました」
突然の電話にびっくりしたが、なんてことはない外資の保険屋だった。勝手に電話番号を教えておいて連絡も寄越さないのはちょっと気になったが、おーちゃんの手前、話だけは聞くことにした。

上滑りな会話が続いた。遺す人もいないのだから保険なんてそもそも興味はない。その男は僕が見込みなしとわかると話題を変えた。「大島さん、実は今度一緒に働くんです」

何のためのコイントスだったんだ…。おーちゃんの性格で外資の保険はマズいだろ。


1年後におーちゃんと飲んだ。
「いや、でもね、ホントにウチはいい商品扱ってるし。あとね、すげー稼げるんだよ。先輩とかキャッシュでマンション買ってたわ」
オーダーのスーツや高級時計を、着こなせているとは言い難いおーちゃんは、あまり見たことがない興奮した口ぶりだった。
「ごめんな。契約も協力出来なくて」
「いやいや、いいってことよ。あ、今日俺が持つわ。経費で落とせるし」
「いや、そりゃ助かるけど…」
おーちゃんは店員を強い口調で呼びつけた。

「ご馳走さま。あのさ、おーちゃん、変わったよな」
「服装とか?まぁそれなりにいいもの着ないとお客さん受け悪いからね」
いや、そうじゃなくてさ。なぁ、おーちゃん、何でそんな…。

上手く言葉に出来なかった。


その後ちょくちょくおーちゃんから会おうというメールが来たが、最後に会った日のことを思い出すとどうにも気が乗らなかった。

しばらく月日は経って、僕は相変わらずフルタイムで働きながらバンドをしていた。転職もせず、仕事も辞めず、バンドも辞めていなかった。

おーちゃんから電話がかかってきた。出ようか迷ったが何回目かのコールで出た。
「久しぶり」の挨拶もそこそこに切羽詰まった口調だった。
「頼むよ、誰か紹介してくれよ。あの時奢っただろ?勿論えんちゃんでもいいぜ。掛け捨てのショボいやつでもいいからさ」
「おーちゃんさ…」
それ以上言葉が出てこなかった。何やってんのかな。清貧が至高だなんて思ってないよ、でも、おーちゃん、おかしいよ。
頭の中でぐるぐると思考を巡らせる間もおーちゃんは喋り続ける。兄弟でも、親戚でも、会社の部下でも…。
「おーちゃんさ、俺保険入る気ないし、人を金蔓みたいに扱う奴に紹介なんてしたくないよ。もう会う気もしないよ!!」
強い口調で言ってしまった。微かに舌打ちが聞こえて電話は切れた。


違うんだ。おーちゃんはちょっとおかしくなってるだけで、会ってちゃんと話せば今の自分の異常さに気づいてまた元のおーちゃんに戻ってくれるんだ。

何故だか涙が出てきた。ボロアパートにたどり着いた僕は財布から10円を取り出した。

表が出たらおーちゃんに電話してちゃんと話そう。裏が出たら…そういうことだったんだろう。トスをする。

恐る恐る右手を外し、左手の甲に乗った10円を見ると表だった。


僕は電話もしなかったし、二度とおーちゃんと会わなかった。



Emily likes tennis
秋のGIG
10/6(土)新宿motion(40分4バンド)
喃語/まっくら学芸会/Green milk from planet orange
11/4(日)大塚YOIMACHI(サーキットイベント)

ご報告など

テーマ:
快音と共に鋭いライナー性の打球がセンターを襲った。でも大丈夫、Sちゃんの正面だ。

現実味を帯びてきた「甲子園」にスタンドにいたわたしの胸は高鳴った。この試合に勝てばセンバツに出られるかもしれない。

しかし次の瞬間、球場は歓声と悲鳴が混じった異様な空気に包まれた。


「結局、野球部に入るのはSちゃんだけか」

中学の野球部から当時県下一の進学校に5人が行った。しかし4番打者はラグビー、エースはテニス、私は軟式、もう一人は帰宅部とGLAYもびっくりのそれぞれの交差点を歩んでいた。そんな中、鉄壁の正二塁手のSちゃんだけが硬式野球部の門を叩いた。意外だった。野球部を引退した時は「高校まで続けるかわかんないなー」などと話していたからだ。

それぞれの全きなる思春期は過ぎていった。Sちゃんは毎日夜遅くまで白球を追いかけていた。わたしはと言うと部活を途中で辞め、自転車圏内で3店舗あるブックオフを毎週ローテーションする日々を送っていた。

わたしはギターを買って、毎日弾いていた。Sちゃんはしぶとい打撃が買われて遂にレギュラーになり、外野にコンバートされた。そして秋の大会で珍しく野球部は勝ち進んでいった。すごいよ、友達が甲子園に出るかもしれない。因みにクラスの隣の席の根岸君はクリーンナップを務めていた。その隣でわたしは箸にも棒にもかからない暗い歌詞を考えていた。バンドを組む友達はいなかった。


信じられない光景だった。

Sちゃんが落球したのだ。タイムリーエラー。逆転。あまりにも痛すぎる。

十数年ぶりに決まりかけていた甲子園の切符は、はらりと掌からこぼれてしまった。

あの時Sちゃんがどう感じたか、わからない。

どこか遠い存在になった気がして、話しかけづらかった。学校ですれ違っても、何となく会釈するだけだった。


進学して、成人式で言葉を交わしたかどうか。まともに話すのは10年ぶりになる。

その後国立大を出て、一流企業に就職したSちゃんが関西から東京に転勤になった。久しぶりに会おうとMが声をかけてくれた。Mは大学もわたしと一緒で最初にハードコアバンドのベースを務めた好人物である。


Sちゃん!片手をあげながら早足で駆け寄る姿を思い浮かべる。向こうはわたしのことを何て呼んでただろうか。

3人の家の中間地点の駅に着くとMとSちゃんがいた。

「Sちゃん!」イメトレ通り駆け寄る。「おお!」そうだ、Sちゃんはわたしを下の名前で呼び捨てにしていたんだった。懐かしいような、気恥ずかしいような感覚。

それから居酒屋で昔話に花を咲かせた。何でだろう。みな同い年のサラリーマンなのに、SちゃんもMも自分よりずっと大人に感じた。
「土日に何やってんの?」
「いや、ずっとバンドやってて、スタジオかライブか大体あるから…」
「へぇ、バンド…そういや高校のときもバンドやりたいとか言ってたな」
別に嫌味でもソラニンの「ま、それもいいじゃん、青春ってカンジで」とか言ってたバンドを辞めたサークル同期でもなく。「バンド」という単語の脳内変換に少し時間がかかるニュアンスだった。

楽しい。だけど何故か胸が締め付けられる様な苦しさと寂寞。隔世の感というか、浦島太郎になってしまったかのような。

「そう言えばあの時…」

しまった、何て不粋なことを…。いい気分が台無しになるに決まってる。

「Sちゃんだけ野球続けてレギュラーになったもんな。カッコよかったよ」

「何だよ突然。男に言われてもね…」

Sちゃんは相変わらずのシニカルなリアクションだった。そうだよ、それでいいんだ。Sちゃんはすごい。大袈裟に言えばヒーローだったんだ。

「いいよな、バンドが趣味で。俺暇だから最近ゴルフ始めたんだ」

違うよ。バンドは趣味なんかじゃない。わたしの趣味はウィキペディアを読むこと。

「ウィキ…いや、おれもスコア酷いけど一応出来るから、今度ラウンドしようよ」

「まじか。ライジングインパクト見せてくれよ」

あれ…大人になったのかな。何だよこの社交辞令みたいな、上滑りな会話は。何なんだよ。


3番ウッドの真芯で捉えた打球は珍しく真っ直ぐ低いライナーでグリーンに向かって飛んでいった。

あの時の打球に似ていた気がした。

「おい、ボーッとしてないで早くいけよ!後ろ詰まってんだから」

上司の声でハッと我に返った。

「すいません…」

なぁ、Sちゃん、おれなかなか大人になれないし、ゴルフよりバンドの方が楽しいよ。


楽しいGIGS
4/1(日)春のYOIMACHI
4/14(土)サイドカー祭@新宿motion
5/13(日)コネクト歌舞伎町FES

ご報告など

テーマ:
16歳だった。男子校の文系クラスには独特の淀んだ空気が漂っていた。

エリートでもないしかと言って完全な落ちこぼれにもなれない。いつの間にか何処にも行けない汚泥のような閉塞感で日々は塗り固められてしまった。

初夏、デリカシーの概念を欠いていた担任が告げた「Hが復学する」と。

誰のことかさっぱりわからなかった。それもそのはず、Hは病気で1年休学していたため、年齢は一つ上だったのだ。

そうしてクラスに加わったHには、教室の入口から一番遠い席があてがわれた。

後に大学でバンドを組むことになったYが言った。「H君さ、何て呼べばいいんだろうね。呼び捨ては失礼だし、先輩って呼んだら嫌味過ぎるし…」私は下の名前から「テッさん」と呼ぼうと提案した。


テッさんと少しだけ話すようになった。彼は実は昔から私が好きだった郷土の菓子の名家の跡継ぎだった。地元の人以外に説明しても「?」しか返ってこない独特のそれは素朴だが深みのある味わいが病みつきになる代物だった。しかしテッさんの店以外はただタレが甘いだけで絶妙な焦げの苦味も深みもなく、全然美味しくなかった。

高校生の貧相なボキャブラリーでそれを伝えるとテッさんは照れくささと嬉しさが綯交ぜになった笑みを浮かべていた。

病気のこともあり送迎は車だったし、部活も出来なかったテッさんとの関わりはそれほど多くはなかったけど、3年でも同じクラスで席が近く、お互い得意な教科を教えたり、受験生の今考えればくだらない悩みを打ち明けたりもした。


受験が終わった。テッさんは何もわかってない担任の「もっと上を目指せばいいのに」という言葉をよそに、地元の国公立に進み、私は首都圏の別の大学に進んだ。それっきり、連絡をとらなかった。病気は良くなったのだろうか。就職せずに家を継いだのだろうか。ふと思い出すことはあったが「どうせ忘れているだろう」と店に顔を出す勇気もなく、最後に会ってから10年以上が経っていた。


理由あって実家に帰っていた。昼ご飯を親と食べた後、彼の店に寄ろうと父親が提案した。会っても何て話したらいいかわからないしそもそもテッさんが私を覚えているかもわからなかったが、無性にそれが食べたくなり、店に向かった。

名家に相応しい重厚な造りのその店の門をくぐると香ばしく懐かしい匂いが鼻腔をくすぐった。

「テッさん、いや、若旦那、いますか?高校一緒だった…」自分の名前を告げると受付の女性は「若旦那」と言いながら奥へと消えた。

忙しい仕事中に迷惑な客だよな…いっそ立ち去ろうかと考えていると暖簾の奥から「陽ちゃん!!」と目を見開きながらテッさんが現れた。10年前とちっとも変わらない、いや、むしろ少し痩せて、肌もあの頃より調子が良いのだろうか、精悍な顔つきの青年になっていた。

かくいう私はだいぶ太り頭髪は寂しくなり眼鏡になっていた。にしてもよくわかったな。クラスのワンオブゼムに過ぎない自分を。

「久しぶり!!10年ぶりじゃないか!」ヒップホップマナーの如く自然に握手していた。

ずっと会えていなかったことを詫びた。「そんな謝ることじゃないよ。来てくれて本当に嬉しい」職人そのものの出で立ちのテッさんは、カッコよかった。

「病気から復学して、クラスに馴染めなかったどうしようって思ってたら最初に話しかけてくれて、お陰で本当にあの二年間楽しかったんだよ…」テッさんが懐かしそうに話していると、いつの間に隣にはテッさんの母親がいた。「テツは高校の時よくあなたの話をしてたのよ」そんなタマじゃねえよ、買い被るなってと思いながら苦笑いをしていた。私は聖人君子でもないし、憐憫の情で話しかけた訳でもない。正直、何でそうしたのかわからないし思い出せない。ただ、私はテッさんと仲良くなりたかったんだと思う。

「なかやんがこの間来てさ、そうそう、ハギ、結婚したんだってよ!」
テッさんの一言一言が、おぼろげな記憶に輪郭を与え、それと反比例するように緩んだ涙腺から涙が溢れてきた。

「ちょっと仕事の電話が…」慌てて駐車場に逃げて、頬を拭った。どうしようもなかった高校時代が、テッさんにとって意味があったのか。そう思うとよくわからないけど涙が止まらなかった。

「何処行ってたんだ?」怪訝な顔をした父親に「タバコ吸ってた」と告げた。

テッさんは別れ際「バンド、やってるって聞いたよ。スゴいな。あの頃から音楽好きだったもんな。頑張ってな」と言った。何で知ってるんだろう。

「まだバンドやってるんだ」昔の知り合いが言うような「まだそんなことをやってるのか」という呆れたニュアンスはちっともない、まっすぐなその職人の目を、私は直視出来なかった。


家に帰って頬張った、テッさんが作ったそれは昔と変わらず甘くて美味しかった。でもいつもよりほんの少しだけ、苦くてしょっぱい気がした。メガネで矯正したはずの視界がまたボヤけた。



おれはバンドをやってるんだ
11/5(日・祝)大塚 YOIMACHI(サーキットイベント)
1/13(土)新宿motion(自主企画)