朝の連続テレビ小説「なつぞら」第1週~第4週(水曜日まで)の感想です。


最近過度な期待はしないようにしていますが・・・そして世間様的には結構好評のようですが、残念ながら私にとってこのドラマは違和感だらけですしょぼん


だから出来れば楽しく見ている方には読んで頂きたくないです。


(読んでガッカリしたり怒ったり悲しんだりという事がないように・・・。)


オープニングは、昔のアニメを彷彿とさせる絵柄とスピッツの爽やかな歌が好印象ですニコ


女の子が描いたセル画から、キャラクターたちが飛び出してくるところも(ベタではあるけれど)良いですし、転んだ女の子を動物たちが助けて起こすところもメッセージ性があって良いと思います。


世間では松嶋菜々子さんが綺麗すぎるとか、広瀬すずちゃんの茶髪やメイクがどーとか、吉沢亮くんの髪型が・・・などと言われていますが、私が気になっているのはもっと根本的な『ストーリー運びに無理がある』というところです。


多分、好意的に見ている方々も、実はツッコミ処満載だということを薄々感じているんじゃないでしょうか。


例えば、ウッチャンによるナレーションです。


もう初回からずっと違和感です。


それが、「実はあの声の主は、なつの亡くなったお父さんだよ」となりまして・・・。


なるほど!とは思いましたが、どうして最初から『なつのお父さん』だと明かさなかったのでしょうか?


このドラマは、視聴者に疑問を持たせておいて後から「実はこうだったんだよ」と明かすパターンが多いです。


「腑に落ちた」とすっきりする方も多いでしょうけれど、私はなんだかモヤモヤするのです。


それは「時系列を変えただけ」で「見事な伏線」ではないからです。


( ‎『見事な伏線』というのは、藤本有紀さんの「ちりとてちん」やクドカンの「タイガー&ドラゴン」の様なドラマをいうのです。)


最初から時系列で描いていれば、どうしてウッチャンがナレーションなのかも、どうしてなつだけが北海道に連れて来られたのかもそれほど違和感なく見られたはずですし、なつがお兄ちゃんに会いたい気持ちにも深く寄り添えたはずなんです。


なつの気持ちに寄り添えないから、ちびなっちゃんの突然の家出にもポカーンでした。


なつがどこに行ったのか分からないのに家族総出で、幼い明美ちゃんも連れて探しに行くというのも違和感がありました。


あと柴田家の豪華すぎる食卓も。


それは後々、『どうやら柴田家は開拓者の中でも成功者で案外裕福』と分かったので、とっても貧乏な天陽くん家との対比の為にもそれはそれでありかなと思いましたが・・・。


そして『なぜ(なつの)兄妹を引き離したんだろう』というのは最初からずっと引っ掛かっていました。


それも後に、剛男さんが夕見子ちゃんに「なっちゃんを連れて来たのは夕見子のことを考えたからだ」という説明していて、なるほど!そういう事だったのかと一瞬は納得しました。


だけどなつの兄弟は長男と妹2人で、柴田家も長男と妹2人で全く同じ。


夕見子ちゃんのことを思うなら尚のこと、兄妹を引き離すことなんて可哀想で考えられないと思うんです。


その後さらに、なつのお兄さんが剛男さんになつのことを頼んだという場面が言い訳の様に入りましたが・・・。


そもそもの設定を、『お兄ちゃんとはぐれてしまって、なつが一人取り残されていた。なつ一人を置いて帰れないと思った剛男さんがなつを北海道に連れて来た。』という方がスムーズだったと思うんです。


それだとなつがお兄ちゃんに手紙が出せないからでしょうか。


のぶさん(佐々岡信哉=幼いころになつを助けてくれた男の子)が、なつからの手紙を読んでくれていてなつを迎えに来るためにその設定が必要だったのでしょうか。


『お兄ちゃんがいなくなった施設に手紙を送り続けるなつ』というのも不思議な話です。


施設ではいい迷惑でしょう。(^^;)


それと、剛男さんが養子という弱い立場でありながら、誰の断りもなくなつを北海道に連れて来たというのも違和感がありました。


この時代には家長制度が当たり前でしたでしょうし、柴田家で一番権力があるのは泰樹おじいちゃんのはずです。


だけどこのドラマでは、この泰樹おじいちゃんが柴田家の誰からも大して恐れられていないし、敬われていません。


一応大きな顔をしてはいるけれど、剛男お父さんは泰樹さんのことが苦手というぐらいで、娘の富士子さんは言いたいことを言っているし、孫たちはあまり関わろうとしていません。


現代ならこういう家族がいても全く違和感がないけれど、時代を考えると柴田家の家族関係の希薄さにはかなりの違和感があります。


泰樹さんとなつの仲の良さだけに注目すれば、微笑ましい家族関係と思えるのかもしれませんが。


泰樹おじいちゃんはなつを溺愛しているけれど、他の孫には何の関心もない様なのでちょっと可哀想です。


おじいちゃんが広い心で見守っているのはなつだけに見えます。


夕見子ちゃんが労働が嫌いなのは子供の頃からブレていないしなんとなく分かります。


(お父さん譲り?)


でも幼い妹の明美ちゃんに炊事を押し付けて自分は本を読んでいるのというのはあり得ないし、それをきちんと叱らない家族もどうかと思います。


特に泰樹さんは叱りそうなキャラクターじゃないですか?


どうしてそこまで自分の孫に関心がないのでしょうか???


子供時代は、なつがやっと学校に通わせてもらえることになった時、クラスメートに意地悪なことを言われて夕見子ちゃんが怒る場面がありました。


なつの代わりに怒る夕見子ちゃんが可愛かったです。


それがなつに全く伝わっていない様子が微笑ましくて、これから2人の関係が良好になるのだとホッとしましたニコニコ


だけど夕見子ちゃんは、なつがお兄ちゃんに手紙を書いていることを知って「あんたの本心が知りたい」とか言い出して、結局2人の関係は壁が出来たままの様です。


高校生になってもドライな夕見子ちゃん、なんだかんだでなつのことを心配していて、なつが演劇をやることになったのも「自分の為なら応援する」と本質を突いていたところは良かったですニコニコ


なつはあり得ないぐらいのびのびしている様に見えるけれどやはり柴田家への遠慮はあって、酪農の仕事も楽しいと言いながら恩返しと思っている様ですが、なつの『自己犠牲の精神』が夕見子ちゃんにはちゃんと見えているんですね。


話は戻りますが、意地悪な同級生のおかげで(笑)なつは天陽くんと仲良くなれました。


そんな天陽くんはど貧乏。


国の政策によるもので、恐らくその犠牲者の数は多かったと思われます。


なつは泰樹おじいちゃんに泣きついて何とかして欲しいと頼みましたが断られてしまい、「嘘つき!!」と言い放ちました。


色んなことを諦めて生きてきたなつが、泰樹おじいちゃんに甘える(怒りをぶつける)ことが出来たという良いシーンだったと思います。


・・・思うんですけどあせる


世話になりっぱなしで優しくしてもらっている泰樹おじいちゃんを本気で「嘘つき!」となじる姿が尋常じゃない気がして、ここも激しい違和感を抱きましたガーン


その後の「おじいちゃん大好き!!」の場面は感動するよりも、「なつってジジイキラーだよなぁ」と思ってしまったのでした。(^^;)


それは私がひねくれているからだけではなく、一応理由があるのです。


幼少期のなつが、可哀想なおばあさんをだまして芋をもらうという場面がありました。


生きるために仕方がなかった事ですが、この時の芋の奪い方がすごくて・・・びっくり


あそこまで酷い感じに描く必要があったんでしょうかねガーン


子供時代で一番印象に残ってしまいましたガーン


自分を狡いとは思わず、自然に大人を懐柔することを覚えたなつという印象があまりに強くて、富士子さんの前で泣いて見せたりおじいちゃんに怒ってみたりというのも、一体どこまでが本当なのか分からなくなってしまったのです。


柴田家で一番権力を持っている泰樹おじいちゃんに取り入ることが、生きる上で一番重要ですからね。


もちろんこんな私でもドラマを素直に見ている部分もあり、雪月での泰樹おじいさんとの交流など微笑ましくも感じていましたが。


泰樹おじいちゃんがなつに「無理に笑う事も謝ることもない」「堂々と生きろ」と言った場面はとても良かったですし。


この雪月、柴田家がサバサバしているのでちょっとした癒しスポットになっていますが、先ほど書いた「なつ捜索に家族総出」もそうですし、学校の先生がなつに演劇を勧めるのになぜかこのお店を利用したりと何かと不自然に出てきます。


そして、とよさんたちが何かを誤解して話が進むというのはお決まりのパターンなんですかね?


笑いの場面を入れたいのでしょうけれど、正直あまり面白くないです。


ちびなっちゃんが、孫の夕見子ちゃんと間違えられてオロオロする場面はちょっとかわいかったですけどにひひ


先生が雪月に行ったのは、あのお店で天陽くんの絵を見る為だったみたいですね。


先生は今回の舞台の背景美術は『なんか違うんだよなぁ』という理由で美術部には頼まず、雪月に飾られていた天陽くんの絵を気に入って天陽くんに全面的に任せると言いました。


しかし、、、あの絵がすでに亡くなった巨匠の絵だとか、舞台美術なんか頼めない人だったらどうするつもりだったのでしょう。


もう最初っから天陽くんに頼むことが前提で、すごい無理矢理に感じました。


でも天陽くんだって自分の家の仕事がたくさんあるでしょうし。


これで演劇部の部員が天陽くんの家のことを手伝って、代わりに絵を描くというならまだ分かるんですけどね。


しかも見学に来た天陽くんは絵を描かずにずっと練習を見ているだけの様な???(^^;)


天陽くんをなつに関わらせたいだけですよね。


どんだけ暇なんですか、天陽くんは。


なつも『家のことを一生懸命手伝う良い子』みたいに描かれていますけど、牛の出産で逆子を救ったからと仕事を免除されて天陽くんに会いに行ったり。


(これ、なつが大活躍でしたけど、これまでは子牛が逆子で産まれてすでに息をしていなかった場合は、開拓者の泰樹さんでさえも助けられなかったってことなんでしょうか???)


日曜日だからと雪月に行ったり。


(酪農に休みの日はないのでは?)


農協に行ったり。


そしてまた天陽くんの家に行って絵を描いたり牛乳のテイスティングをしたりとなんだか自由にやっています。(^^;)


演劇部への入部もかなり無理矢理な話で、これって農協問題じゃなくて先生の個人的好みというか・・・。


例えば演劇部は強豪だけれど、先生の指導が厳しいことでも有名で最近は入部希望者が少ないから、雪次郎と先生が可愛いなつを演劇部に入れて入部希望者を増やそうと画策したなどという背景があった方が納得出来ました。


家の揉め事を先生に相談したら、それがどうして演劇で解決しようとなるのでしょう???


先生の演技指導が本格的(?)というのもハテナハテナです。


ど素人にろくに指導もしないでダメ出しばかりして、あれじゃあなつが逆ギレして「やめます!」と言ったら終わりでしょう。


「白蛇伝説」が農協問題を直接的に扱ったストーリーではなかったことは良かったです。


(「あさが来た」の「白蛇さん」のオマージュにはニヤリとしましたにひひ


この農協問題ですが、これもモヤモヤすることの一つです。


大体、高校生編が始まってからずっと「農協問題」で飽き飽きしているのはもちろんなんですけど、話が整理されていないんですよね。


この演劇から行くとどうも「嘘のデータで買い叩くメーカーが悪い」「おじいちゃんが悪い」と一方的に決めつけている様なのですが、本当にそうでしょうか?


共済という考えで、小さい酪農家も救ってあげましょうよという話なら、最初から泰樹さんにそう言って説得すればいいだけの話だと思いますし。


乳業メーカーはそんなに悪いんですか???


こっそりお金をもらって、「汚いことはやめましょうよ!!」と、いかにも泰樹さんが悪者みたいに描かれていましたけど。


良質の牛乳を作って高値で売るというのは悪い事とは思えません。


なつは農協に話を聞きに行ったけれど、泰樹さんの言い分は聞いていないんですよね。


それでどうして泰樹さんが悪いと結論付けることが出来るのでしょう?


泰樹さんが悪いのならきちんと分かるように描いてほしいのですが、泰樹さんは悪くない・農協も悪くないみたいなまま演劇に突入で、泰樹さんを説得する流れになっているから違和感だらけなんです。


泰樹さんが賛成しないと農協が機能しないというのも、、、しばた牧場ってそこまでの大牧場でしたっけ?目


(牛舎が増えても従業員は2人のままの様ですが…。)


泰樹さんには、開拓者をまとめる力があるからという事でしょうか。


オンジみたいに『口が悪くて偏屈なおじいさん』と思っていたけれど、天陽くんの家の土地を開拓するときには泰樹さんが人を集めたから、そういう力を持っている人という設定なんでしょうね・・・。


(家族には敬われていないけれど。(^^;))


それから食卓で何度か農協問題を取り上げて、不穏な空気になりました。


泰樹さんが食欲がないと部屋にこもった時に、普通のヒロインだったらおにぎりとお茶をこっそり持って行くと思うんですけど、このヒロインは周りに愛されるばかりで周りへの配慮が足りないみたいで・・・。


『大好きなおじいちゃん』だったら心配じゃないんでしょうか?


クラスメートのよっちゃんに対しても、なんだか冷たいし優しさが感じられません。


夕見子ちゃんとも距離を置き、よっちゃんとも熱い友情もなく、「一生懸命ななつ」という設定(?)と結びつかない感じです。


遠慮ばかりで争いごとが嫌いだったちびなっちゃんとも何となく繋がらない気がします。


それと天陽くんの貧乏問題。


「おじいちゃんの嘘つき!!」から泰樹さんが立ち上がって、荒れ果てた天陽くんの家の土地を立派な畑にしてくれました。


でも当時、国の政策で北海道に渡って苦労した人は大勢いたはずで、天陽くんの家だけをみんなが救うのもおかしい気がしましたし、それぞれ生活があるのに無償で手伝ってあげたのかな?とかいろいろモヤモヤしました。


それと貧乏が発覚してからのスピード解決も。


なつと柴田家の絆が丁寧に描かれることなく、天陽くんの家の問題を解決することで爽やかに9年後に飛んでしまいましたが、2週間もあればなつと柴田家の面々の人間関係を描く時間は充分にあったはずなのにと思いました。


それと、農協が天陽くんの家に牛を貸し出しましたが、干し草のことを全く考えていなかったというのもおかしな話だと思いました。


食糧がなくてどうやって牛が育って乳を搾れるというのでしょう???


ついでに、ど貧乏だった山田家ですが、天陽くんのお兄さんは東京の大学に進学したそうでびっくり


これもきっと今後なつが東京に行くときの為の設定なのでしょうけれど、奨学金をもらっていたとしてもお兄さんは東京で仕送りもなしに生活しているという事でしょうか???


天陽くんは高校にも行かせてもらえないのに、お兄さんは東京の大学に進学っていうのも不思議な気がします。


(天陽くんが高校に行く気がなかったと言えばそれまでですが。)


色々書いてきましたが、このドラマの最大の失敗は人気女優の広瀬すずちゃんをヒロインにしたことかもしれないと思っています。


広瀬すずちゃん・吉沢亮くん、美男美女が見られて気分が良いです。(笑)


だけど広瀬すずちゃんの可愛い姿を見たいばかりに、「演劇をさせよう」「浴衣を着せよう」などと関係者が浮足立って、おかしなストーリーになっている様な?


周りの女の子のキャスティングも忖度している様な?


よっちゃんは普通にかわいい同級生で良かったと思うし、夕見子ちゃんは子供の頃はなつよりも美人だという設定だったのだから、あからさまに綺麗な子をキャスティングした方が良かったと思うのです。


(福地桃子ちゃんも可愛いけれど、例えば今田美桜ちゃんみたいな。)


広瀬すずちゃんが可愛いからといって、ヒロインを優遇するストーリーでは逆に彼女への評価が下がると思うんですよね・・・ガーン


一生懸命な女の子は応援したくなるけれど、すでにみんなからちやほやされて大事にされている状態だから、特に応援したいという気持ちになれないのですえー?


あと「まんぷく」の時も思いましたが、容姿をいじって笑いにするのはやめて欲しいですガーン


「来週に続けよ」なんて変なナレーションも何とかして欲しいですえー?


最近amebaTVで「ゲゲゲの女房」を4話ぐらい見たのですが、1つも違和感なく物語に引き込まれました。


気が弱くて存在感の薄い布美枝が切なくて可愛いし、おばさんを心配してキャラメルをあげに行くところなんかも優しい子だなぁと自然に好感が持てました。


民放の連ドラでも、少しの違和感もなく見られるドラマはたくさんあります。


せっかくの朝ドラ100作目なんですから、もうちょっと違和感なく見られるものを作って欲しいです。


以上です。


※あくまで個人の感想ですので、意にそぐわない部分があってもご容赦下さい。(^^;)