地球村研究室

厳しい地球環境制約の中で心豊かに暮らすには?沖永良部島で実践しながら考えたいと思っています!!


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ジャガイモの風よけネット張り、まずは支柱を立てて・・・

生まれて初めての経験… お誕生日ケーキ!!!

書斎机の下の可動式の引き出しをつくりました。取っては先日剪定したミカンの木の枝で・・・ まだまだへたっぴ!

本棚の最上段も一つ増設、少し整理出来ました。

 

 私の誕生日は1月1日、それも午前6時59分と聞いている。産婆さんも御屠蘇を一杯… 元旦早朝から大騒ぎだったらしい。無論、そんなことは何も覚えてはいない、ただ、皆に迷惑を掛けた上に、国民皆で祝って下さるのだからと、誕生日プレゼントをもらったり況してや誕生会など開いてもらった覚えは一切ない。幸せなのか不幸せなのか、子供心にもなんだか腑に落ちない気持ちで何度か元旦を迎えたことは記憶にある。

 ところがである。1月3日、酔庵塾の新年会を我が家酔庵の庭で開催した折、何と「お誕生日ケーキ」なるものをプレゼントされたのである。今年の元旦に65歳になり、晴れて老人の仲間入りをした立場ではあるものの、記憶の限り、生まれて初めての誕生ケーキである。いやいや、何ともお尻がもぞもぞするが、嬉しいものではある。酔庵塾事務局の皆さんに大感謝である。

 1月10日から島を大寒波が襲った。外気温9.3℃! 前代未聞の寒さである。暖房装置の無い我が家は、猫と火鉢だけが頼りであるものの、その魂胆を見透かしているのか、猫はなかなか抱かれようとはしない。昨日(14日)からやっと島らしい天気に戻り始め、今日の日中は24℃、やれやれである。それにしても、益々気候は劣化しているよう思えて仕方ない。

 高校生が始めたサトウキビの搾りかすを肥料に使った無農薬ジャガイモ栽培「ジャッキーファーム」、順調に育ち始め、昨日は風よけのネットを畑に張る作業、さてどんなに立派なじゃがいもが収穫できるのか後1か月ほどの辛抱である。

 今年の正月は、2週間近く島に居られたので、久しぶりに大工仕事。気になっていた書斎の引き出しをつくり、本棚を増設し、少し落ち着いて仕事が出来るようになった気がする… でもまだまだへたっぴ。。。

 

 20年前の1997年12月、京都で第3回気候変動枠組条約締約国会議(COP3)が開催され、京都議定書が採択された。覚えていらっしゃる方も多いと思う。その後、色々な評価がなされたが、それが2015年のCOP21パリ協定につながったことは間違いのないことであり、地球温暖化に対する歴史的な礎であったと思う。

 この20周年を記念して、京都で開催された2つの会議に参加した。一つは「核と鎮魂」であり、二酸化炭素削減のために原子力発電所を動かし、その結果生まれる核廃棄物の処理をどのように考えるかという会議、もう一つは「地球の未来・希望の探求」という会議、地球環境の劣化が進む中、我々の未来をどのように考えるかというものである。どちらもとても重い課題であるが、正面からこのような問いかけをする時代になってきたのかという思いも強くした。世界で唯一原子力爆弾による2度の被爆国であり、第五福竜丸は米国の水爆実験で被爆し、先の東日本大震災では福島第1原子力発電所のメルトダウンによる広範囲の被爆事故を経験した日本。核とどのように向き合うのか、未来の子供たちに何を手渡すのかという視点での議論がもっと興り、世界を先導して欲しいとも思う。

科学者であり、技術者でもある自身の立場からすれば、たとえ原子力発電所が安定稼働できたとしても、その廃棄物である核のゴミは残念ながら現在のテクノロジーでは処理できない。このことが報道されないのはとても不思議である。原子力発電所で使用される核燃料が使用済みになることで放射能は最大約1億倍にもなる。これは、燃料の主要物質であるウラン235が核分裂を起こすことで、数百種にもおよぶ様々な放射性物質(核種)を生み出すことによる。中には放射能が半減するまでの時間が3千万年を超えるものもある。再処理とは、この中からプルトニウムを取り出して再利用できるようにすることであるが、これを燃料に利用する予定の高速増殖炉「もんじゅ」は、1兆円を超すお金を投入しながら、延べ1年も稼働せずに廃炉が決定した。

結局のところ再処理をしても使い道がないプルトニウムを日本はすでに47トンも保有している。日本以外の再処理を実施している国は、すべて核兵器を保有(プルトニウムを利用する核爆弾には1発当たり2-4㎏のプルトニウムが必要)しているが、無論日本ではそれは許されない。

ともあれ、再処理しようとしまいと多くの核種は分離できず、溶けたガラスの中に封じ込めて地下に埋めようというのが現在の最先端技術なのである(これさえ技術は確立していない)。これを処理というにはあまりに恥ずかしいが、それしか道がないのである。現在、日本にある使用済核燃料は1万8千トン以上で、原子力発電所の燃料プールと六ケ所村の保管スペースはすでに貯蔵容量の80%以上が埋まっており、原子力発電所が順次稼働を開始すれば、数年後には満杯になる、どうするのか?

少し核の話に寄りすぎてしまったが、今一度整理してみよう。『経済成長のためにはエネルギーが必要で、一方、地球環境を考えると大量の二酸化炭素を放出する火力発電所に依存出来ない、だから、原子力発電所を稼働させる』というのが、政府の主張である。しかしすでに述べたように、核廃棄物は現在の科学技術ではリサイクルどころか安全に分離処理すらできない。原子力発電所稼働の是非以前にこのような問題があることを再度認識する必要があるだろう。

日本に比べ経済成長率3倍の国ドイツは2020年までに電力総消費量を10%削減する(2008年比)計画である。悔しいが、国家としてエネルギー消費の削減と経済成長を両立させることを発信している国も現にある。子や孫に手渡すべきものは何か、豊かであるとはどういう意味なのか、ローカルでやれることは何なのか、あたらしい年を迎え再考する必要があるだろう。

 

 

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 2018年、あたらしい年が始まりました。沖永良部島の元旦は21℃、風もなくとても穏やかでした。12月は出張が続き、28日に島に戻ってからは庭や畑の草刈り、木々の剪定、キッチンの掃除… 書斎や倉庫の掃除までは手が回りませんでしたが、何とか気持ちよく新しい年を迎えることが出来ました。

 みかん(シークワーサー)の木の剪定、まだたくさんの実がついています。移住してきたパティシエご家族、ご近所にミカン狩りして頂きました・

 

 誕生日には沢山のメッセージをありがとうございました。1月1日で65歳になりました。『65歳』、不思議な数字です。年金がもらえる年、サラリーマンなら延長雇用終了の年・・・・社会から『老人』のお墨付きを頂く歳のように思います。

 なんだか気持ち良いです、公認:老人になった『65歳』 石田秀輝(笑・・・)、心は多情な18歳なんだけれど・・・・(大笑)

 今年も楽しいことをたくさんやろう! 皆さんと!! 

 あたらしい年が素敵な年になりますように!!

 朝寝坊して、朝日は拝めませんでしたが、とてもきれいな夕日でした。

 どうか、今年も素敵な年でありますように! 楽しいこと、一杯やりましょう!!

 
1,2月の上京予定です。(今年は、20日/月在島が目標です!)
 
1月16-22日 東京、 豊岡、 仙台
1月25-29日 京都、 東京、 仙台
2月19-27日 東京、 京都、 倉敷、 東京
 
 

 

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川島織物セルコン 応接室にて

今上天皇が御行幸の折、お座りになった席だそうです。

 (どうやったらこの写真を90度回転させられる? 誰か教えてください(苦笑))

 

 12月のはじめ、京都の老舗『川島織物セルコン』へ書家の木積凛穂さん、中・高校時代の同級生H女史、そして織物大好きの我がパートナー亜子と4人で伺わせて頂いた。社長の山口さんはINAX時代の同期で、そもそもそのご縁が切っ掛けで2年前に初めて伺わせて頂いて以来、色々な方をご案内している。その理由はただ一つ『美しい』からである。気の遠くなるような繊細な手作業から生み出される織物は、歴史を土台としながら日々進化しているからなのか、何時間見ていても飽きるこのない不思議な世界である。ものつくりの一つの原点であるこの『織』の世界を、最先端技術者をはじめ是非多くの方に見て頂きたいと勝手にいろいろな方を御連れしている。ひょっとして、川島さんにはご負担をお掛けしているかも…(笑)

 木積さんとは今回2度目、先回伺った折、ひょんなことから彼女の書が織物でどこまで再現されるのだろうか?等と話していたところ、「やってみましょう!」ということに。早速彼女の京都のアトリエで打ち合わせが行われ、具体的な進め方が決まったとのこと。今回、その試作品が丁度出来上がり、合わせて見せて頂いた。文字は篆書(てんしょ)の『宝』という文字、何と墨の滲みまでが見事に再現された織物を見せて頂き、改めて驚かされた。それは、書のコピーではなく、あたらしい物語である。何とも驚くほどの表現力ではある。御許可を頂き、改めてこのコラムで作品が紹介出来ればと思う。

 ともあれ、今回は4人組で、何と4時間もご関係の方々を引き回してしまった。きっと大変なご迷惑をお掛けしたのではと思うが、織物文化館の展示もリニューアルされていて、とても充実した時間を頂いた。心から感謝である。無論そのあと先斗町で傾けた杯は、4人の心と体の隅々まで満たしてくれた。

 

11月28-29日、帆船日本丸IIで、日本のこれからを考える会議が行われた。初めての日本丸乗船だったが、あらゆるところが磨き上げられ、船歴34年とは思えぬ美しさである。12月9日から二ヵ月かけてのハワイへの航海訓練が控えている直前にもかかわらず、船長以下多くのクルーの御配慮には頭の下がる思いがした。会議には、日本を代表する錚々たる経営者や色々な専門家が集まり、主にAI(人工知能)を主題にしたこれからのものつくりについて深い議論が行われた。

AIに関しては過去にも何度かのブームがあったが、今回はやはり何かが大きく変わる予感がある。それはAIが「目」を持ったからである。自分の目で色々なものを認識できるようになろうとしているのだ。自分の目で見て何度も繰り返し学習することで進化してゆく、そのうち、料理でも部屋の片付けでも自分で考え処理することが何ら不思議ではない時代を迎えることが予感できる。生命史で言えば5億4千万年前のカンブリア紀、突然のように種の大爆発が起こり、現在の生物の原点となる門のほとんどがこの時代に発生した。何故か?いろいろな説があるが、やはり『目』を持ったことが大きな原因だったろう。

さて、このような素晴らしい発明が人類にとってどのような意味があるのか?熱い議論が交わされたが、一つ大きな視点が欠けているのではないかと思った。会議でもその部分を指摘させて頂き、議論されたのだが、どうやら、多くの方にそもそも欠けている視点のようだった。それは「利便への定義」である。AIを含め、テクノロジーの多くは、我々に利便性という豊かさをもたらす。洗濯機の登場が母の手をあかぎれから開放し、冷蔵庫は食の安全だけでなく作り置きという新しい文化を提供した。確かに、「利便性」は過酷な労働を解放し、安全を担保するものであるが、一方では「行き過ぎた利便性」は善ではなく、悪にもなる。自動運転の車は安全かもしれないが、車の運転を楽しみたい人から見れば、いらぬお世話である。AIの進化で生まれる自動調理器は、おふくろの味を奪うかもしれない。

 

この、『善なる利便性』と『悪なる行き過ぎた利便性』の境界はどこにあるのか?これを考えない一方的な利便性の追求は、間違いなく多くの人にストレスを与える。すでに、過剰な利便性故にそれを利用するユーザーが「テクノロジーに支配されている」というストレスを持ち、多くのクレームになっていることも明らかになっている。安全を考えるとすべての車が自動運転になるべきなのか? そのほかの選択肢をユーザーには与えないのか?それが今問われているのである。 

虫たちは常に今置かれた(自然)環境をメモリーとしてその範囲で行動する。その結果、持続的な社会を創出しているが、人間は理想的な空間を勝手に仮想し、それに合うように自然を改変た。山を削り、海を埋め立て、地下からエネルギーや資源を掘り出し、高層ビルの群れをつくった。結果として、それが地球環境問題を起こし自分で自分の首を絞めている。人は、ちょっとした不自由さや不便さを自分の知恵やスキルで克服することで達成感や充実感を得ることが出来ることを忘れてはならぬ。

安全はもちろん重要である、だが、過剰な安全は安心感も奪うのである。人はテクノロジーに使われるのではなく、テクノロジーを使うことで、安心できるのである。常に『テクノロジーは文化の僕(しもべ)』でなくてはならない、無論その前提として『政治や経済は文化の僕である』ことが前提である。

 

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