地球村研究室

地球村研究室

厳しい地球環境制約の中で心豊かに暮らすには?沖永良部島で実践しながら考えたいと思っています!!

  酔庵塾の米つくり部でお米を作り始めて今年で3年目、題して「酔庵米」。今年はジャンボタニシに部分的にやられて発育に凸凹はあったもののおいしいお米が取れました。もちろん無農薬、湧水100%栽培、有機肥料を使って、稲架天日干しです! まだまだ売れるほどの量は収穫できませんが、米つくり部の貴子部長は「来年は作付け面積を2倍・・・」などと申しております。部長の提案で今年は2つの子供園に10㎏づつを寄付させて頂きました。給食1週間分ほどの量でしかありませんが、早速「おいしかった!」との連絡を頂いたようです。

  水と土から一粒のお米(モミ)から500粒ものお米がとれるなんて、やっぱりすごい! たった6粒のお米でお茶碗一杯のお米に生まれ変わるなんて本当にマジックです。自然ってすごいな! 来年も3月の田植えが楽しみです。

 

  コロナ禍で日本経済は大きな打撃を受けている。実質GDPは年率換算で27.8%(4-6月)減で、リーマンショックの17.8%を超えて戦後最大である。GDPの過半を占める個人消費は外食や旅行などのサービス業を中心に急減、過去最悪の落ち込みを示し、完全失業者と休業者を加えた不完全雇用率は11.5%、非労働人口として4月に労働市場から退出した人を含めると12.6%にも達するという、無論戦後最大の失業者数である。特に失業者の多くが、サービス業を中心とした労働集約的なところに集中しており、製造業に打撃が大きく及んだリーマン時に比べると雇用回復にも時間がかかる。さらに失業者の1/3は観光業(6月)である。

   多くのメディアではインバウンド(訪日外国人)の急減が大きな問題のように取り扱っているが、いくつか別の視点もあるようだ。確かに訪日外国人数は1月は昨年並みの266万人だったものが4月2900人、5月1700人、6月2600人と昨年比99,9%の減少である。一方市場としては、観光業28兆円のうちインバウンドは17%の4.8兆円、日本から海外旅行などで海外市場に出てゆくお金が約3兆円なので、差し引き26.2兆円は日本人観光者が創った市場である。これを取り戻すことが大事だと星野リゾート代表の星野さんが提唱しているのがマイクロ・ツーリズム(ご近所旅)だ。コロナ禍で他県をまたいで観光が出来ない今、地元のおいしいものやすてきな場所の再発見が出来れば、観光産業が事業者だけのものではなくて、みんなが参加できて楽しめるものに変わっていくはずだという提案である。こういう観光から26.2兆円を取り戻す足場をつくろうというのは素晴らしいと思う。

  ただ大事な点は、人は『非日常』を楽しむために観光するということである。今まで当たり前に見えていた地元の景色が違って見えたり、日々当たり前に頂いていた食材が予想もしなかった料理に変身したり、あるいは初めて知る地元の歴史の中に非日常を見つけ出すということもあろう。その工夫が無ければ、マイクロ・ツーリズムは成功しない。

  今回のコロナ禍で沖永良部島でも多くのサービス業の方々が大変な努力の中で島人に島の素敵を提供する企画を展開している。島人御婦人グループが、あるいは家族で島のホテルへ泊まり、旨い食事をとり、夜通し盛り上がったとか、子供たちが初めてケービング(地底探検)をして感動のあまり泣き出してしまったとか・・・ ホテル宿泊、ダイビング、SAP,魚釣り、ケービング、エコツアー・・・非日常なのである。そんな中、さらにすごい企画が進行中である。小学校の修学旅行を従来の沖縄ではなく島内に変更しようというのだ。『ちゃーま(ちょっと)旅』という企画だ。マイクロ・ツーリズムよりもっと小さいナノ(マイクロの1/1000)・ツーリズムともいえる。

 持続可能な島つくりには2本の柱が必要である。一つは自足、エネルギーも食も学びも経済も出来る限り自足すること、そしてもう一つの柱は、島自慢できる島人を増やすことである。島自慢が出来れば、島はもっと憧れの島になる。それはわかっていても、多くの島人は昔は良かったと言い続け、子供たちは自然と人が素敵と言いながらそれを深くは理解できていない。10分間島の素敵を話せる子どもはほとんどいないのが現実だ。しかし、修学旅行は良い、皆で議論しながら島の非日常を探す、島の魅力を再発見することで島のアイデンティティーを確立することにもなろう。島を誇りに想い、島自慢できる子供たちが大人になったら… 島は間違いなく島人にとっても島外の人にとっても憧れの島になり、少子化、高齢化、人口減少など、過去の語り草になっているのだと思う。

  大変なコロナ禍ではある、でもそこから学ぶことも沢山ある。元に戻すのではなく、新しいアイデアが苦労している人たちからふつふつと湧き上がってくることに大きな感動を覚えるのは私だけではあるまい。ちなみに『ちゃーま(Charma)』とは、英語でスパークリングワインつくりのことである。小さな泡が湧きたつように、次々と新しいアイデアに包まれたいと思う。

 3年目の酔庵米、タニシの被害を受けながらも順調に育ち7月末に稲刈り、小さな子供たちも鎌を持って一生懸命に手伝ってくれ、1週間干して8月初めに脱穀! 今年も立派なお米が取れました。まだ食べてはいないけれど・・・今年もきっとおいしいに違いない!! それにしても、毎年不思議、一粒の種籾から500粒ほどのお米がとれる、御茶碗一杯およそ3000粒だから、種籾たった6粒・・・太陽の光と水と土、自然の大きな循環だけでこれほどまでに効率的にものつくりが出来るとは、今年もあらためて感動! もう一つ発見、夏は強烈な紫外線と元気な虫たちにやられるため野菜つくりは無理だと思っていました、御近所さんからもそれは常識だと島に居て教えられました。ところが、特定の種類のレタスは何とも元気に育つことを発見。バジルなどのハーブ類とレタス、ひょっとしてもっと可能性のある野菜があるやもしれぬと、秘かに実験を始めました。これもずっと島に居て、毎日水やりが出来る環境だからこその発見です。コロナのお陰!? 

もう一つ、庭の山を削ってワインセラーをつくろうと、少し山削りを始めました。どうなることか? 詳細な計画は無いものの乞うご期待??!! そのうちご報告します。

                      

 「自身の無知について、そして不確実性の下で行動しなければならないという重圧について、これほど多くを学んだことはかつてなかった。」哲学者J. ハーバマスの言葉である。コロナ禍は、まさに想定外であったがとても重要なことを学んだことも事実である。

 2015年12月、世界約200ヶ国が合意してパリ協定が成立し、翌16年11月に発効された。世界の平均気温の上昇を産業革命前に比べて2℃未満に抑え、出来れば1.5℃未満に抑えることを目的とした画期的な合意である。そのためには21世紀末までのなるべく早い時期に温室効果ガスを実質的にゼロにすること、つまり「脱炭素」を長期目標として定めた。何故2℃なのか、2℃を超えると気候崩壊(温室効果ガスの排出を抑えても、気候の暴走を止められなくなる)が起こる可能性が高くなるからである。ところが、2018年10月には、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が緊急記者会見を行い、1.5℃と2℃では人類に与える影響が大きく異なり、1.5℃に抑えるべきで、そのためには、温室効果ガスの排出を2030年までに半減、2050年にはゼロにしなければならないと報告した。さらに翌19年9月の国連気候アクションサミットでグテーレス事務局長は2050年ゼロでは不十分でありもっと早期にゼロを達成しなければならないと言った。

 日本も多面的な努力を重ねているが、2018年時点で15年に比べて6%の削減がやっとで、とても2030年半減には及ばない。一方、EUは昨年12月にグリーンディール政策を打ち出した。その柱ともいえるサーキュラー・エコノミー(CE:循環経済)とは、2050年温室効果ガス排出ゼロを目指し、従来の「資源を採掘して」「作って」「捨てる」という直線型経済システムのなかで活用されることなく「廃棄」されていた部品や原材料などを新たな「資源」と捉え、廃棄物を出すことなく資源を循環させ、食の循環も組み込んだ経済の仕組みである。環境負荷と経済成長をデカップリング(分離)させ、持続可能な成長を実現するための新たな経済成長政策モデルとして世界中で注目を集めている。

 さて、今回のコロナ禍で学んだ最も大きなことの一つに「行動変容」がある。三密を避ける暮らしである。その結果、17%もの温室効果ガスが削減され、米・英国では30%、日本も恐らく同程度の削減が起こった。米国や中国では青空が戻り、ベニス運河の水は底が見えるほどに透明になった。CEのような高度の政策を実行したからではない。我々自身がコロナ禍という制約の中で、自らの意思で行動を変えた結果、従来の努力では達成できなかったハードルを易々と超えたのである。残念ながら、今回は我慢というネガティブな制約での行動変容であったが、これを楽しみに変えることが出来たら、2030年温室効果ガス半減もそれほど難しいことでは無いのかもしれないと思い始めた。

三密を避け、テレ・ワークという新しい仕事の仕方を取り入れ、豊かな自然の生きる地方で暮らし、通勤のラッシュアワーも関係なく、自分や家族で生活のリズムを創り上げ、自然の中でのびのびと子供たちも育つ。科学技術や政策だけに頼るのではなく、我々自身がそんな暮らし方に移行できれば、それほど無理をしなくても目標が達成できる可能性もあるのだ。

 地球環境問題のリスクは、気候変動だけでなく生物多様性も極めて大きな課題である。この40年間で地球上の脊椎動物は半減し、昆虫はこの27年間で75%がいなくなった。天才物理学者アインシュタインは「ハチがいなくなれば4年以内に人間もいなくなる」と言った。昆虫がいなくなれば、受粉が出来ず、食用植物の80%近くを失うことになるからだ。今回のコロナ禍では残念ながら生物多様性にとっての効果は時間が短く、明確にはならなかったが、間違いなく良い影響を与えているはずだ。

すでに1℃以上温度は上がった、残された時間はあまり無い。未来の子供たちに「心豊かな暮らし」を手渡すためにも、喫緊の課題である気候変動と生物多様性の劣化修復に我々が自ら暮らし方を変えることによって貢献できることを示したいと思う。コロナ以前に戻るのではなく、コロナ禍をバネにして「暮らし方のか・た・ち」を変えることが未来へのバトンなのだ。

 コロナの影響ですべてのイベントが中止になり、予定した寄港地にも移動できず、3か月近く沖永良部島に停泊を余儀なくされていた海洋流出プラスチック調査船「Race for Water」が、やっと出航した。航海には5名のクルーが必要だが、現在は2名、出入国の厳しい制限で補充も出来ず、何と酔庵塾事務局・沖永良部島観光協会事務局長がクルーとして乗り込んでの出発だ。当日朝は、島でお世話になった方々を乗せて2時間ほどのクルージングサービスの時間も頂いた。これから奄美、鹿児島を経由して東京へ向かう予定だ。

 

 61日にはRace for Water財団のマルコ・シメオーニ氏とZERI財団のグンター・パウリ氏による『海と地域を蘇らせる プラスチック革命』(日本語)も出版された。

 

 

6月16日に世界競争力ランキング(IMD)が発表された。日本は2年連続して順位を下げ、63カ国中34位だ。1990年前後には1位だった日本はどこへ行ったのかと思う。特に、政府の財政、企業の経営体質や生産性は最下位に近く教育や基本的なインフラ整備も大きく評価を落としている。政府は、「一億総活躍社会の実現」を柱に「働き方改革」を進めているが残念ながら成果につながっているとは言い難い。日本のサラリーマンは年間2000時間働き、EUでは1500時間、加えて残業無しなのに何故日本の経済成長率はEUの半分にも届かないのだろうか。日本の生産性の悪さは給与が低いからだとか、相変わらずものづくりに拘り過ぎているからなど、いくつもの議論がされているが、コロナ禍で新しい可能性も見えてきたように思う。

 今回のコロナ禍で何を学ぶことができるのか、3月末から2ヶ月間、沢山の方に協力を 頂きヒアリングや議論を重ね「コロナ禍で学ぶ2030年の心豊かな暮らし方のかたちを考える」として報告書を纏めた。その中で最も大きな収穫はテレ・ワークという働き方が生み出した新しい価値である。ワークは会社、ライフは家という足場からワークとライフが同じ家という新たな足場を生み出し、地域依存の意識も生まれた(自然・コミュニティー(ご近所さん)・お互い様)、一方では、田舎はそもそも家を足場とする暮らしのかたちが基本であり、テレワークが都市と田舎を結ぶ共通の視座を生み出し,両者の境界は希薄になった。これからは、物価の高い東京に居る必要はないと考える経営者やサラリーマンが急速に増えてゆくことは間違いないように思う。

 「仕事」という部分に限れば、テレ・ワークが自分のやっている仕事の意味を改めて考えさせ、最も効率的な方法や時間の使い方を自分で考えるという価値を与えたとも言える。ドイツの哲学者ヘーゲルは「人類は究極的な目的(自由の理念の実現)に向かって進歩し続ける」と言ったが、個(人)で(自由に)仕事をデザインするという価値を学んだ、あるいは、横並びを良しとしてきた文化に警鐘を鳴らしたとも言えよう。

 無論そのためには、個(少し広く解釈すれば、個人、家族、関係者、小さな企業、小さな行政)として、色々なことをデザインできる能力を持たねばならない。会社に行って、何となく8時間を過ごし、仕事をした気分になっていたコロナ前とは全く違う価値観である。その能力を鍛えるためには、自分のペース、自分に合った学び方や場所、必要に応じて必要な人の力を借りながら、人に力を貸しながら、年齢や立場を超えて個で学びをデザインすることが求められる。同様に個で暮らしをデザインする必要も出てくる。仕事や暮らしの場は家族や地域や自然とともに成長を続けることが求められるからである。

その中からどんな仕事のかたちがデザインされるのだろう。自分の得意とする分野をさらに深く考え、学べば、一つの会社に帰属するという概念は無くなる。何枚もの名刺をもって働くというイメージである。当然、定年という概念もなくなる。個人的には高齢者という言葉自体早く失くして欲しいと思っているのだが、基本的には一生働く、休みたければ勝手に休む、それもデザインなのだ。多くの医者が健康寿命を延ばすには働くのが一番というが、まさに、そんな時代がすぐ目の前に拡がっている。

 島の多くのお爺やお婆は、笑顔いっぱいで一生働いている。田舎の1次産業はすでに未来の働き方を先行しているのだ。これからは、田舎暮らしを求めるサラリーマンが多く生まれるだろう。そこには、123次産業の境界はない。皆が暮らしも学びも仕事もデザインするのだ。

 今回のコロナ禍で世界の温室効果ガス発生量は17%(米英日では30%)も減った。地球環境のことを考え、我慢することなく心豊かに暮らすには、こんな暮らし方のかたちが、とてつもなく大きな力になるような気がしてきた。そんな人たちを島は受け入れられるのか、我々も新しいデザインを描いておかなくては・・・・