二人目妊娠後期、里帰り中におやっと思ったことの備忘録 φ(.. ) 

33週0日目
BPD:34w4d
FL:35w0d
推定体重:2211g

イチョウイチョウイチョウ


2年前に生まれた第1子は38週5日で出産に至ったが、その前に子宮頸管無力症により緊急入院&子宮頸管縫縮術(マクドナルド法)を受けている。産休に入った直後、32週5日目の健診日のことだった。
現在妊娠中の第2子は33週0日目。本日健診に行ってきたのだが、ああ、今回は入院にならずに33週を越えることができたんだなぁと感慨深い。それもこれも、前回の経験を踏まえ19週の時点で予防的にシロッカー手術を受けたこと、そして妊娠後期に入った28週から自主的に安静生活を送っていたことが大きいと思う。
それでも私はハイリスク妊婦。積極的に安静にしていたことも虚しく、29週の健診で子宮頸管の短縮を指摘され、入院の可能性と自宅絶対安静を告げられてしまった。以降33週の今日まで毎週産科に通い、その間の自宅安静は解除されることがなかった。

そんな経過を辿ったため、32週から予定していた里帰りを急遽30週からに繰り上げし、さらには実家にて私が面倒をみるはずだった現在1歳児である長男も、実家近くの保育園に預けることにした。
走り回る、そしてまだまだ抱っこして欲しい年頃である長男の面倒を一日みるのは、ハイリスク妊婦にとって至難の業である。というかそんな生活環境が担当医にバレたら「自宅安静の意味わかってますか?」とキレられ入院させられることは目に見えている。担当医は怖い。この前の診察の待ち時間では、その1時間ほどの間に二人の妊婦が入院を告げられているのを見てしまった。絶対に厳しい、いや、早産にさせないことに命をかけている人だ。

大事なのは、自宅絶対安静=入院時とほぼ同じ生活環境を保たなくてはいけないということ。
幸いにして入院経験のある私には、それがどういうものかわかる。違うのは内服薬か点滴管理かくらい。言うなれば食事とトイレ以外は横になっていること、風呂厳禁、シャワーは数日に1回しか浴びてはならないのだ。
……夏じゃなくて良かった。

長男の保育園への送り迎えは、私の母が仕事へ行くついでにやってくれることになった。
この保育園も無認可保育園ではあるものの、運良く見つけることができてよかったと思う。もちろん最初は認可保育園狙いで手続きをした。しかし里帰り中の3ヶ月だけだというのに自治体を介さなくてはならないところが面倒くさく、また普段住んでいる自宅と実家の自治体が違うため二つの自治体とやりとりをする必要がありさらに面倒くさく、選考期間があるのも煩わしく(いつ合否の連絡が来るかわからない)、加えて実家がある市の認可保育園は曜日や時間で融通が利かない仕組みだったため、もう無認可保育園バンザイ!!! という気持ちで申し込んだ。
当然見学にも行った。29週の健診で自宅安静を指示されていたが、30週の診察へ向かうついでに「ついでだからいいよね!」の精神で保育園見学は実行した。
園庭がないなどの無認可である所以はわかったが、預かり時間や曜日の融通は神がかっているし、1歳から5歳までの縦割り保育は年上が大好きな息子にはむしろ好ましい環境に思え、その日のうちに鼻息粗めにお願いします!!! と申し込みをしたのだった。

そうしてもろもろの手続きを済ませ、30週からの里帰り生活が本格的にスタートした。
慣れ親しんだ実家に私の父、母、私、息子の四人。始まった保育園には、繰り返しになるが母が息子を送り迎えしてくれる。
里帰りで甘えることになるとはいえ、両親は共にまだ仕事をしている。60代前半の母はフルタイム、65歳を迎えた父も、国家資格を利用して週4の勤務を続けていた。


イチョウイチョウイチョウ


さて、そんな私の両親であるが、末っ子の私が未就学児であるとき母はパートタイム、就学する頃には正式にフルタイムとなった、当時としては少数派にあった共働き家庭だった。
家計は苦しかったわけではない。実際、父の会社の社宅に住む同僚家族たちはほぼ専業主婦家庭だった。ただ私の母の負けん気が強く、もろもろに備えておくに越したことはないという性格と、それに耐えうるバイタリティがあっただけだ。本人は仕事したくないとしか言わないが、娘の私が思うに、仕事や仕事をしている自分が好きという感覚もあっただろう。

地元を出た大学以降、幼少期の生活を友人に話すと、私はよく「寂しくなかった?」と言われたものである。
しかし、幼かった当時の私はそんなことは微塵も思っていなかった。父はもちろん母の帰りまで遅く、冷蔵庫に入れてあった夕食をレンチンしたり、渡された夕食代で兄と二人だけでラーメンを食べに行ったりする日がしょっちゅうあってもだ。むしろ、一人だけキャリアウーマンのような雰囲気で町内会の集いに現れ、友人たちに「えみりのお母さんかっこいいよね」と言われていた母のことを、私は誇らしく思っていた。
だからこそ、進学し、職を得て、子供を産み育てながら働くことを女性が求められてしまう現代を、同世代の女友達に比べて私はすんなり受け入れられたのだと思う。母の背を見てきた私にとって、女が働きながら家事育児をすることはあまりにも当たり前だった。

父はあの世代の男にしては理解のある方だったと思う。
母が出張で家にいないときの家事は父がしていたし、母より帰宅時間が早い日の夕食の準備は父がしていた(もちろんその夕食のクオリティは母の用意するものには劣るが)。

もちろんあの世代の男だ、はじめから理解があったわけではない。
母がフルタイムを始めてから数年間、つまり私が小学生の頃などは、よく母は「何で私ばっかり! これくらいしなさいよ!」とキレ散らかしていた。それに対し、父も「俺だってやってんだろ!」と応戦していた。しかし子供たちの目には一目瞭然だった。母の方が明らかに家事の負担が多い。ゴミ出し程度の父など家事をやっていると言えるものではなかった。それなのに何言ってんだこのオヤジは。
当時、男である兄は沈黙を貫いていたが、女である私は理詰めで母の味方に参戦していた。

とはいえ、そうした夫婦喧嘩を数年重ねた結果、両親の家事負担量は私が中学生の頃にはだいぶ改善され、少なくとも高校生の頃には「父は協力している」と胸を張って言える程になっていた。
家事負担量という言い方をしてしまえばどうしても母の方が手際がいいため大きい。けれども、仕事+家事合計時間はちょっと母の方が多いかな、くらいにはなっていた。


イチョウイチョウイチョウ


そして現在に至る。
子供たちが巣立ち、夫婦二人生活をしていた両親は、帰宅時間の差により平日の夕食準備とゴミ捨ては父が、土日にまとめて行う掃除および手の込んだ料理は母が、洗濯は気付いた方が(私が見る限り母:父=7:3)というバランスで家庭を運営していた。

そこに1歳児を抱えて私が里帰りをしてきた10月半ば、父の買ってきた惣菜を四人で囲んでいたときのことである。母は、職場の介護時短制度を利用すると宣言した。

そんな制度が社会に存在するとは恥ずかしながら初耳だった。育児時短ではなく、介護時短だ。
母曰く、切迫早産の診断が下りている私の介護のために、日々の勤務時間を二時間短縮することができるのだという。その時間分の給料は減ることにはなるが、QOLを考えれば積極的に利用したい。
早い段階からフルタイムで居続けた母は管理職だ。"上司が制度を利用したら部下も利用しやすい"という職場環境改善作用のために、周りからの後押しもあり、時短はすんなり取れた。

保育園の基本契約は12時間。事前の母との相談により6:30〜18:30で契約をしていたのだが、確かにフルタイム+通勤に片道1時間かかる母では迎えの時間はギリギリ。残業とまでいかないちょっとした気の緩みでも容易に超えてしまう制限時間であり、もしそうなってしまった場合には延長料金の850円が発生してしまう。
※もちろん保育料は私の懐から出ているのだが、有難いことに母は気にしてくれている。

なお、この保育園お迎え問題に父を参加させるという選択肢は消えてしまっていた
その前日くらいに、母が遅くなりそうな日は父が代わりに迎えに行けないか、という提案をしたのだが、そのときの父ときたら「俺はできないよー。ベビーカーの使い方分からないし」と否定を重ねるばかりで、それくらい教えると言っても自信が無いと言って拒否。そこにやってみようという精神は微塵も感じられなかったのだ
ここまでやる気のない人に頼むことは難しい。加えて送り迎えには息子の命がかかっている。はっきり言ってうちの父はよくニュースになりがちな孫の面倒を任されたものの見切れなくて迷子にさせたり怪我をさせるタイプの祖父である。
家事であれば「キミならできる!! きっとできる!!」と押し付けるやらせたりすることはできても、こと一対一の育児に関しては任せない方がいいと思ったのだ。子供の命のために。

そして母の提案はこうだ。
・朝6:30に息子(孫)を連れて家を出る。
・7:00前に保育園に預ける。
・始業の8:30までに職場に着く。
・そこから時短で16:00まで働く。
・17:00過ぎくらいに息子(孫)を迎えに行く。
・17:30過ぎくらいに帰宅する。
……ひと昔間なら退職して老後を迎えている年齢である母に、とても申し訳ないスケジュールだ。というのはひとまず置いておいて、母はこれならば保育園と契約した18:30に余裕で間に合うというのである。

そこまで言ってから、母は「私の方が早く帰ってくるから夕食は私が作るよ」と父に向かって思いつきを付け加えた。
父が夕食を買って帰ってきて食卓に並べ終わるのは、およそ19:00。確かに母の方が早い。「そう?」と父も反応を返した。
けれども、このとき私は引っ掛かりを覚えた。



「何で育児のためにお母さんが時短を使うのに、お父さんが楽することに繋がるの?」



そう発言してから後付けで脳内計算をし、両親に説明した。
「朝の息子の支度のために30分、送り迎えで15分ずつ、帰ってきてからお風呂に入れることで30分、その他ちょっとした相手にしてあげる時間で30分。これで時短分の2時間は使うことになるよ。それなのにお母さんが夕食の準備まで負担するのはおかしくない?」
母は確かにと納得した。「育児のための時短なら育児に使うべきだわな」「それじゃあ今まで通り夕食はお父さんで」
父はこの流れをよくわかっていなかったようだが、翌日「結局夕食は俺が準備するんだっけ?」との質問に私がそうだよと返せば、すんなり受け入れていた。

それで、危うく母が追加で平日の夕食準備を引き受けることはなくなった。


イチョウイチョウイチョウ


恐ろしいのは、私が息子を連れて里帰りしたことで家族全体における孫の育児協力という負担が増えた状態にも関わらず、その育児協力を全く負わない父が自身の家事負担が減ることに疑問を持たなかったこと、そして、育児を全面的に引き受けることになった母が、時短というまやかしのおかげで、父の領域だった平日の夕食準備まで自然に引き受けようとしてしまったことである。
せっかく長年の夫婦喧嘩の末に獲得した父の家事協力を、また無に帰すところだったのだ。
そしてこうなればまた母が「私ばっかり!!」と怒り、父が「お前の方が先に帰ってきてるだろ!!」とか「俺に送り迎え任せられないって言ったのはそっちだろ!!」とか言ってケンカに発展してしまうのは目に見えている。

いくらうちの両親がその世代では少数派の共働きで、なおかつその世代では珍しく家事に協力的な夫であったとはいえ、やはり家事=女がやるものという呪いは根深いのだ。
私は切迫早産により両親に育児負担を掛けてしまっていて申し訳ない立場であるが、この根深い呪いがまた母にかかることを防げて良かったと思ったのだった。






……しかも、母の育児負担は一日二時間どころではなかった。
1歳児には産みの親より育ての親だったらしい。
自宅安静指示をきっちり守り、寝たきりでいる私より、日々送り迎えをしお風呂に入れてあげて抱っこもいっぱいしてあげる母の方に息子は早々になついた真顔真顔真顔

結果として、横になりながらでもできる寝かしつけは私がやる予定だったのに、息子は母の後を追って寝室を脱走するし、母も母で孫に求められれば嬉しさを止められず、まるっと母負担になってしまった。
15分で終わる日もあれば1時間以上かかる日もある寝かしつけに限らず、母が息子を構ってあげなくてはいけない名も無き育児の時間も増えた。
とりあえず17:30ごろに帰ってきてから寝かしつける20:30までの間は、母の育児労働時間と言える。ここに朝の準備と保育園送り迎えの時間が加わるのだ。とても介護時短の二時間では収まらなかった。

自然に家庭内の仕事は母に集まってしまうのだ。尚更父の家事負担分が母に流れるのを阻止できて良かったと思う。
というか早く正産期迎えて出産から回復して母をいたわりたい。


イチョウイチョウイチョウ


余談だが、この実の父が現代感覚で言えばモラハラに引っ掛かっているのではないかと思うことがちょいちょいある。
たとえば、帰宅したときに、自宅安静を守ってソファで横になっていた私に向かって父は

「(シンクに溜まっている洗い物や洗濯物を指し)これくらいやれよ」

と言ってきたことがあった。
「お父さんにはただ怠けているように見えるかもしれないけど、子宮口に負担を掛けないために水平を保つっていう大事なことをしてるんだよ」と説明すれば、ああそうなの?と言って言い返してくることはなかった。

そう言った発言は数回続いたのだが、母から父への注意や、母の私への労り方を間近で見て、父も徐々に理解してくれた。
里帰りで余計ストレス溜まった、里帰りするんじゃなかった! という意見はたびたび見かけるが、我が家に関して言えばとても里帰りに良い環境となった。



……いやいやいや、徐々にでも理解してくれて良かった、ではない。全然良くない。
父は妊娠・出産を何だと思っているんだ。女であれば自動的に軽々しく越えられるものだとでも思っていたのか。協力しようという姿勢はなかったのか。真顔真顔真顔

また、私が実家を出た後、里帰りをするたびに自慢気にこう言いもしていた。

「平日の夕食は俺が用意してるんだよ」

このセリフは父のお気に入りのようで、私が里帰りをするたびに何度も、何度も言うのである。
結婚前はうちの父協力的〜〜と思って賞賛の言葉を送っていたりした私だが、結婚し、当たり前のように家事育児に協力する夫との生活が定着してからはこう思う。

そんなの当たり前です。真顔真顔真顔

もちろんそんな本音は包み隠している。余計なことは言わないに限る。それに、言い方さえ気を付ければすんなり私の意見も聞き入れる父だ、これくらい呑み込むのはどうということはない。
いい父だと思っています。父としてはね。