家に戻ってきて、手探りの子育て。

授乳とか、ねんねとか、生活リズムとか、なれない日々で、なんかどんどん病んでいくのがわかった。
何より夜に寝れないっていうのが一番自分の中できつかったみたい。
加えて、わかんないことだらけで、泣く、泣く、ギャン泣く。
オムツ超綺麗にしても
部屋の温度快適にしても
お乳をあげても
ゲップさせても

ギャン泣きあせる

こっちが泣きたいっ。
しかもお乳加えさせても最初くわえるのにちょっとすると乳首を離してイヤーって泣く。
何してもないてしまってどうしていいのかわかんなくて、
ぷちおにごめんね、わかんないよーどうしていいのか?ごめんね。
って毎晩ないていた。
そしたら主人が私に向かって
『そんな情緒不安定な状態でぷちおを抱っこするな!いつ落とすかわからない!いつ首閉めるかわからない!』と。

最初何を言われているのかわかんなくて。
でも私の涙はどんどんあふれてきて。わたしがぷちおの首を?
ぷちおを殺す?
そんな風に思われていたの?

いろんな気持ちが交差して、わけがわからなくなって、ぷちおを抱いたまま大泣き。

プチお渡せ!と主人に言われても首をふるだけしかできなかった。


声を振り絞って、
わたしはぷちおを殺さない。可愛くて仕方ないのに。どうしてあげていいのかわかんなくて、困るけども、この子を殺そうなんて一度も思ったことない。

と泣きながら訴えました。

だって、あんなに痛くて、辛くて、しんどい思いをしてやっと会えたぷちおを手にかけるなんて。しかも、主人がわたしをそんな風にみていたなんて。

何もかもが真っ暗になりました。


その後、我に帰った主人は、ごめん強く言いすぎた。
と誤ってくれましたが。

ぷちおが泣く度に、わたしはぶちおを殺さないからって思うようになって涙が止まらなくなってしまいました。

主人にはなんでそんなになくねんと言われました。
あんたの言葉がつきささっとんねん!とも言えず。わたしはここから2週間、闇の中をさまようことになりました。

もともと、うつやパニックをもっていて、妊娠がわかるまで坑うつ剤や安定剤を飲んでた。
妊娠がわかって、その薬は良くないってわかっていたから飲まなくなって、妊娠中もかなり不安定になってた。
産後も母乳育児を希望やったから薬は飲めないまま。
それでもかわいいぷちおのためならがんばれる、いや頑張らなくちゃって思ってた。

その後、わたしはすこしダークサイドに染まってしまいます。

無事に退院!
いったん家に戻り、実家に向かうための準備と荷物をまとめる。
そう!里帰りってやつです。
床上げ予定の1ヶ月の間、実家にお世話になるのです。実家の方が涼しいと思うし。
家から実家まで約1時間。出る前にお乳を飲ませていざ出発。
車の揺れ、赤ちゃんすきなんだなーっと。起きてもスヤスヤと寝ちゃう。気持ちいいのかな?

実家についてガサガサと荷物を下ろして寝床を確保、、、。
したのだけれども、
ここで寝てねーって布団とか用意されているスペースにネズミのフンやらゴミやら蜘蛛の巣やら。
実家は昔ながらの古ーい家。もちろん隙間風バンザイ。虫もブンブン。
それでも、新生児の赤ちゃん連れて帰るんだからある程度は掃除してスペース確保してくるてると思うやん!
ネズミが走ると煤が落ちる。
徐々にイライラ。
夜中に赤ちゃんの授乳で起きたときも、母はお風呂にも入らずテレビつけっぱで爆睡。
え?手伝ってくれる気も無しかよ?

昼間はみんな仕事にでていて誰もいない。お昼は冷蔵庫のやつ勝手にあさってねーって言われたからみたら、賞味期限切れたものばっかり。
私の中で何かがプツンときれた。

波だがどばどばっとでて止まらなくなったのです。
なぜ赤ちゃんいてるのにこんなきたないの?なんでわからない私にアドバイスとかくれないの?昼間一人とか無理!不安!怖い!

泣きながら主人に帰りたい!連れて帰って!!と電話していました。
母にももう無理!配慮なさすぎ!って泣きながら伝えました。

その日に主人が来てくれて、とりあえずもう一晩一緒に止まって来れて帰ることになりました。
2泊3日。
それが限界でした。

母は掃除頑張りますってゆうてくれたんだけど、
そのあと、
古い家やから建て替えが決まっていて、来年取り壊しの予定がなんやかんやで10月に立て替えになったらしく、壊す前に掃除になったらしく、綺麗にする掃除ではなくて、いるものいらないものを分ける掃除になっていてとてもじゃないけど帰れる状態ではないみたいです。
結局帰れなかったということらしい。

自分はその家で住んでいたのだけれども、こんなに神経質になるなんて思っても見なかった。

自分ちがきたなすぎて里帰り失敗とか恥ずかしい。


出産したのが金曜の朝だったので、私が居てた産院では初産婦さん6日の入院だったので木曜日までの入院でした。
初日は朝方出産。縫ってもらう。陣痛室で安静だったので、お昼ごはんは陣痛室で主人と食べました。主人は外にお弁当かいにいってました。
私のところにもご飯が運ばれてきたのですが、その日のちゅうしょはハッシュドビーフ。ちょっと、いや、だいぶ濃い(笑)
安定剤と軽い麻酔がまだ少し残っている私。ふわふわするし、なんか胃が気持ち悪い。一口食べて気持ち悪さ倍増してすぐにごちそうさま。
時間おけば食べれると思うよと助産師さんに言ってもらう。
それから部屋に戻る前に自分でトイレに行き尿を出す!という大仕事が待っていた。
ここで、貧血ひどい人はもう少し休まないとダメだし、トイレで尿だせてやっとお部屋でゆっくりできるのです。
が!!しかし!!
トイレで何時ものように出そうとするも。
出ない!
尿意はあってしたくて仕方ないのに出ない?!
とりあえず拭こうとすると、おしもがびっくりするぐらい腫れていてモコモコしてるっ!!
かなりの衝撃が走りました。
助産師さんに出ないですと伝えると、稀に出なくなる人がいてるとのこと。時間が経てば自分で尿出せるからとその場はまた管を入れて排尿。
恥ずかしかった。ほんまに。
なんか、思い切りいきむし、赤ちゃん上がっていた期間も長かったから、膀胱が圧迫されて麻痺してる人がいたり、傷に当たるとしみるかもという精神的なものから出なくなる人がいてるらしい。
したくなったらナースコールしてね。と言われて車椅子でお部屋に戻る。

ベットに横になっても、おしも痛いし、腰もいたい。寝返りが打てない。
なんだこのダメージは??

その後も尿意の度にナースコールして、トイレに入ってもよおそうとするがでない。その度に管をいれる。

流石に夜中にいちいちナースコールも大変やと思うし、バルーンいれましょうか?と生まれて初めて管をつけたまま寝ることに。
でも、起きなくて良かったからおしもてきには良かったかも。

おしっこで安くするための点滴を続けたおかげか、次の日の管を抜いた次のおしっこで、チョロチョロやけどでた!
それがすごい自信になり、その後はなんとか自分で排尿することができた!

自分で排尿できたら、お昼から授乳行こうねと言われていたのでやっと赤ちゃんを抱っこできる。
出産当日は私が安静だったから添い乳といって生まれて始めてのママの乳首を吸わせてくれるってやつしかしてないのです。

始めての授乳。
始めてのオムツ変え。
最初は想像通り、おっぱいから母乳はにじむが、赤ちゃんも吸うの下手くそ、私も吸わせるの下手くそで飲ませれなくて、吸わせる練習して人工ミルクを与える。3~4時間の授乳なんだけど、2日目はまったく出ない。
3日目に産院のサービスでアロママッサージができて、それをしてもらったゆうがたから、母乳の出がよくなった!マッサージすごい(笑)
でも、そのマッサージのおかげで、おっぱいもびっくりするぐらい張った!カチカチになった(笑)
助産師さんにお乳のマッサージもしてもらって授乳。その時にはもう人工ミルクはほぼ足さなくてもいけるぐらいに。
次に困ったのは乳首が切れる。乳輪から吸って欲しいのだけれども、なんせおちょぼ口で吸うぷちお。乳首だけすごい力で吸われて真っ赤になった乳首。これが半端なく痛い(笑)
乳頭保護器をつけたり、搾乳したり試行錯誤しながらなんとか乗り越える。でもいたいもんは痛い(笑)
入院中ってもっとゆっくりできると思っていたのに、退院指導、沐浴指導、調整ミルク指導にお食事会、時間になるとお乳をあげにいって、やっとねれると思ったら来客。まったく休まらない(笑)
しまいには、絵美嘉さん疲れてるからと助産師さんがマッサージしにきてくれる始末。
今思えば、もっともっと妊婦の時にゆーーっくりすれば良かった。
退院後もっとハードな日々が待っているとはこの時は知らず。
おしもの腫れは少しずつ引いてはきていたけども、痛さに代わりはなく。
時間薬だねと言われる始末。
頑張れってことだね。

主人にすごく嬉しいメールももらいました。
今日は可愛いぷちおを産んでくれてほんまにありがとう。これからもお互い支え合って頑張って行こう。
って。ぷちおをまちにまっていた主人からもらえた言葉が嬉しくてないてしまった。

退院までには母乳だけで問題ないぐらい出るようになりました。
女の体ってすごい!

でも抱っこで立つ度におしもは痛い。

胎盤を手を突っ込んでとってるから、感染症予防に私の消毒にまた1週間後にいかなくちゃいけないのだが、無事に退院できました。