13年間ありがとうございました。
昨日、13年間、毎週続けてきたエアロビクスのクラスを卒業しました。
デビューしたクラスでもあり、そして最後に卒業したクラス。
これでスポーツクラブでのレギュラーレッスンはすべてなくなりました。
何から書いていいのかな・・・。
大切な出来事なだけに、感情がそのまま出てしまっていいのか悪いのか。
でも今感じていることは素直な想いなので書き綴ります。
あっ、きっと長くなるのでこの辺でやめていただいても結構です(笑)
ココは大井町にあるJR東日本スポーツが経営するジェクサー大井町フィットネスクラブ(JX)
私がエアロビクスの養成コースを卒業して、
初めてオーディションを受け、レッスンを持つようになったクラブ。
ここJXでした。
ここのオーディションだけは、今でもどんなコンビネーションをしたか覚えているほど
考えて、練習して、緊張して、のぞみました。
もちろん合格!(こんなところで自信過剰?)
養成コースのころからこれは天職だと思ってましたから(笑)
はじめは小さなBスタジオで、新人インストラクターに興味のある
ちょっと批評好き、からかい好きな人たちが受ける中、いつも緊張しながら頑張っていました。
初々しかったな・・・。
ここJXでは当時、花形のカリスマインストラクターが沢山いたので、
その方たちのスキルについていくために相当勉強しました。
というのも、私が卒業した養成コースはオーセンティックなもので
それはそれでとても気持ちのいい流れるようなスタイルだったのですが
いわゆる流行りのスタイルは全く勉強していなかったからです。
オーディションの時点で
「ブレイクダウンしてなんとか・・・」
「シンメトリーでなんとか・・・」
「4×8コンビネーションを2ブロックでなんとか・・・」
なんのことだかさっぱり!
通常半年で終える養成コースも一人残って1年半くらい勉強させてもらってたかな・・・
そんなちょっと自信がある中での玉砕・・・。
なので自分のレッスン以外の日も毎日何レッスンも先輩たちのクラスを受けにいきました。
そして、そんなカリスマインストラクターたちが代行を出すと、
怖いもの知らずの私は全部引き受けてました。
というより、怖いものにチャレンジしないとうまくならない!と思っていたので
プレッシャーのかかる代行をあえて受けていました。
どう考えてもカリスマたちのレッスンを普段受けているメンバーさんたちを
満足させられるワケがないです!
あんな時の緊張感、たまらないですね。
でも度胸だけはあったので(基本なんとかなるだろうと考えるタイプ)
そんな天と地のスキル差があったのにもかかわらず
毎回笑顔で堂々とやった覚えがあります。
そして23時の営業時間を過ぎてからはスタジオを借りて
真っ暗の中練習させてもらったり、
当時のスタッフは同じく時間外にトレーニングをしていたので
そこで私はトレーニングについてかなりマニアックに教えてもらいました。
多分それは今すごく生きていると思います。
そんな日が毎日。
全然苦でもなくすごく楽しく!
そう、天職だと思い込んでいたから。
そんな風にJXを利用させてもらっていたのでお客さんとは毎日顔を合わすわけです。
だからここには新人のころの私を知っている人がたくさん。
そして段々とスキルアップしてくると、レッスンの本数も多くなり、
JXでは週に4本ほどクラスを担当させてもらっていた時期もありました。
その頃からのお客さんも今までずっとずっと続けてくださってたわけです。
そのうちエアロビクスだけでなく、ステップ(踏み台昇降)もマスターして
全盛期は他クラブ合わせて週に25本くらい。
月に100本くらいクラスをもっていました。
(オール有酸素です、痩せていたわけですね~)
毎日何か所も重い荷物持って移動して、何度もシャワー浴びて。
プラス毎日家の鏡の前で振付を考えて。
振付が出来上がらずそのまま寝てしまい、夢でうなされるなんて日常。
夢の中身は音がかからないとか、かかっても歌謡曲だったりとか、
ステップ台の高さが1メートルあってどんなに頑張っても昇れないとかね(笑)
それが今では早めにクラブに到着して10分くらいで振りつけるようになってました。
人って成長するものなんですね~。
そんな頃、もっとスキルアップしたくてNYへ毎年行くようになりました。
アメリカのフィットネスは日本の数年先をいっていますから。
そしてある年、マンハッタンにある最先端のクラブに意気揚々と行ったら
エアロビクスのレッスンがスケジュール表から1本もなくなっていたんです!
衝撃でした・・・というかガッカリ・・・
そして、それにかわるレッスンがヨガとピラティス、
スピニング(自転車)とマーシャルアーツ(格闘技)
だったんですね。
そこで興味を持ったのがピラティスでした。
2003年のことです。
ヨガには偏見があって、なんだか宗教っぽく、オウム真理教の影響もあったのかな・・・
それで日本にブームが来る前にと取ったのがピラティスです。
そして予想通りヨガとピラティスのブームがきました。
当時、日本では今の様にピラティスの養成コースがたくさんあったわけではなく
たったひとつだけ。
たまたま出会いがあり、
NYからピラティス氏の愛弟子のまたお弟子さんという外国人の方が来日していて
直接指導で徹底的に養成してくださいました。
それは厳しかったし、細かかったぁ・・・今では感謝ですが。
もともと、エアロビクスのインストラクターとしても、
パーソナルトレーナーとしても活動していたので
このピラティスエクササイズがどれだけカラダの根源に影響を及ぼすかを実感したときに
これは沢山の人に伝えるべき!と思ったんだと思います。
そんな二大ブームのときに聞かれることはいつも同じ。
『ピラティスとヨガってどう違うんですか?』
私はピラティスしか知らず、そうなるとどうしてもピラティスについてだけ詳しくお話することになりますよね。
そしてよく知らないヨガについて適当な回答をしてしまう・・・
これが嫌で、すぐに全米ヨガアライアンスを取得しにまた養成コースに行くことになりました。
そして、この2本の柱が今の私を支えることになります。
そんなときにある仕事の依頼が。
それがラグビートップリーグ日本IBMビックブルーでした。
選手・スタッフ合わせ約50名くらいです。
緊張の極限で訪問したわけですが、不思議ですね。
こうしてグループレッスンに慣れていた私はみなさんの前に立つと
自然に言葉が出てくるし、まったく緊張しません。
それより興味は、ラグビーというコンタクトスポーツをする選手たちのカラダがどれだけ強いかと
楽しみにレッスンしてみると。
うなり声が・・・(笑)
思いのほか、未開拓の部分でした。
これがきっかけでトップアスリートの 『体幹』 を意識しはじめました。
そしてもっとスポーツの世界にこのピラティスを広めたい!
と思うようになり、その想いがラグビー日本代表へと繋がっていったわけです。
そしてご縁からプロ野球の世界へ。
そんなとき、その経験を本にしてみないかとアプローチが。
でも本を書くなんて考えてもいませんでしたし、
話があったときは全く無理!と思っていました。
でも、信頼するライターの方に相談したところ
「今の時代、出版社からお話をもらうことは光栄だよ、
フリーで活動しているなら尚更、名刺代わりになる信頼を得るものになるから
emiちゃん是非やりなさい」 と言われ
信頼する人の言葉です、即やることを決意しました。
それが昨年泣きながら書き上げた
『スポーツに効く!体幹トレーニング~アスリートピラティス~』です。
内容が内容なだけにプレッシャーは半端ありませんでした。
でも、今の自分はもう人に伝える立場なのかもしれないという責任感と、
沢山の方にご協力いただいたお陰で、無事出版となりました。
ライターの方の言った通りでした。
本はひとつの信頼されるきっかけとなり、それからはトレーナー向けのセミナー、
また企業様からのオファーも沢山いただくことになり、
そして何より嬉しいことに沢山のトップアスリートたちが取り入れてくれることになりました。
こうした経緯があり、だんだんシフトしていく自分がいます。
こうして読んでいただいているとおわかりになるように
私の原点はエアロビクスです。
そしてそれを見守り、励まし、応援し続けてくださったお客さんたちが
今の私を築いてくださいました。
なので、このエアロビクスのレギュラークラスはなんとしても継続したい思いでいっぱい。
でも現実はこれからのフィットネスを次世代に伝えていかなくてはならない立場になってきて。
毎週レギュラーの固定が厳しくなり・・・
このクラスを辞めるかどうかは1年以上悩みました。
普段なんとかなるだろう的な私がここまで悩むことは他にはありませんでした。
ですから苦渋の決断でした。
今から3週間前のレッスン。
みなさんに3月末で辞めることを告知しなくてはならない日。
レッスン前に泣きたくなる気持ちでした。(泣いてたけど・・・苦笑)
この決断がいいのか悪かったのか正直わかりません。
でも今の私の頭ではこの結論しかでませんでした。
そして昨日。
ラストレッスン。
泣くかと思いましたが・・・
あの元気なテンションで終盤を迎え、とても泣けませんでした、あはは・・・。
でもこの大きな花束を見たときには大粒の涙が出そうになったけど我慢できた!
このクラスの本橋のキャラというのはです。
間違えてもみんなのせいにするし、
コンビネーションを忘れてもみんなのせいにするし、
そのクセ、誰かが間違えれば名指しだし、
まぁ、極悪なインストラクターなわけです。
それでも毎週毎週楽しみにしてくださったみなさんがいて、
笑顔でお疲れさまを言い、ハイタッチして。
昨日は70名のいつものメンバーが来てくれて
温かく『これからの活躍を応援するよ~』と送り出してくれました。
・・・・。
今になって涙出てきた。
本当にみんなありがとう。
ありがとうございました。
みんな大好きです。
これらもずっと。
そしてここでいさぎよく
「エアロ引退」宣言を。
するかと思いきや・・・
ここまで書いておきながら
未練が残り、また1年JXに登録いたしました。あはっ。
「エアロ復活」
イベントでみなさんに会いにいきます☆
ということで、今後ともどうぞよろしくお願いいたします!
プッシュアップは絶対やめないで。
みんなでうなりながら続けてきたんだし、やらなくなったらすぐ出来なくなるから。
ふぁいと!
いただいた花束お部屋に飾らせてもらいました。トマちゃん素敵に生けてくれてありがとう。
毎週火曜日の2010.
みんなに会える、一体感を味わえる大好きな時間でした。
成長させてくれて本当にありがとう。
本橋恵美
私から最後にどうしても花束を渡したかった人がこの方。
お掃除の大西さん。
ほんっとに古いお付き合い。
いつも声をかけてくれました。
そのたった一言が全精力を使い果たした私の心にどれだけ響いたか。
閉館時間まで頑張って(いつも先に帰ってごめんね)
小さなカラダで、ご年配なのに重いもの持って・・・。
ずっと元気でいてくださいね☆
本当にありがとうございました。
みんな大西さんがバスタオルを運んでいたら手伝ってあげてね!!!よろしく!
E3





