私がここリミニでいつも
のほほーーん
:*:・( ̄∀ ̄)・:*:
としていられるのは、
パエザーニ一家のおかげである。
イタリアとは、
お友達国家。
有力者に知り合いさえいれば、なんとか生きていけるのである。
筆頭は、
93才になるノンノ。

こんなお茶目な車を乗り回す元気なおじいちゃん。
イタリアでは普通、人んちのおじいちゃんをおじいちゃんとは呼ばない。
名前で呼ぶ。
でもノンノはなぜか皆からおじいちゃん、ノンノ、とよばれ親しまれている。
去年最愛の妻を亡くしたが、まだまだ元気だ。
もともと建築関係の仕事で名を馳せていた。
あのムッソリーニの大邸宅も手掛けたそうだ。
2年間ムッソリーニ邸に暮らしていたのがノンノの自慢。
ノンノを慕う友人達も、
その時代の精鋭部隊ばかりで、
日本に縁のある人もいたりして、
彼らの話はかなり、かなーり興味深い。
たとえば船長さん。
いまでこそ、気軽に行き来出来るが、
当時は並大抵のことでは無かっただろう。
息子の代になって、海岸沿いのホテルやレストランの経営に変わったが、
いまでもローマ時代縁のリミニの中心に住まいを構え、
古き、良き時代に思いを馳せている。
あのユリウス・カエサル、
英語的に言うとジュリアス・シーザーが、
“サイはなげられた。”
と言った、ルビコン川近くの街。
この時からローマ帝国は帝政の道を歩み、
飛躍的な発展を遂げたのである。
2000年以上の歴史がある。
そして2008年、
このノンノの孫、
パエザーニ3兄弟が、リミニの街をブイブイ言わせている
ホントは男ばかりの4兄弟だったのだが、、。
去年、長男を亡くしている。
2001年、日本。
当時勤めていた丸の内のレストランから、
愛車“スーパーカブ”で疲れ切って帰宅した直後、
一本の電話が鳴る。
イルデだ。
“エミコ!!助けてちょうだい!!日本食を作らなければいけないの!!お友達いないかしら!?スシよ!サシミよ!!”
初め、何を言っているのか解らなかったが、
パエザーニ3兄弟の長男、クラウディオから依頼を受けたらしい。
その頃から日本食に目をつけていたクラウディオ。
もちろん既に欧米で日本食ブームは来ていたものの、
こんな田舎町でそれを始めたのはすごい。
インターネットで彼のレストランを見てみると、
一糸まとわぬ女性の裸体に海苔巻きが、、、、。
、、、、、、、女体盛り!?
Σ(・ω・ノ)ノ!
なんで海苔巻き!!??
あの画像の真相は今だ触れられずにいるが、
それがパエザーニ一家との交流の始まりだった。
2001年夏期、2003年冬期と、クラウディオのもとで働くことになる。
イルデはパエザーニグループの総料理長に就任。
2003年、chiburdlazを開店。
今ではリミニで一番活気のあるお店、と自負しているが、
同感。(・ω・)/
従業員一人一人の勢いがいい。
次男の率いる系列店のナイトクラブ “COCONUTS”も、
今年、1000人収容出来るダンススペースとレストランスペース増築。
寿司バーも併設し、
暑い夏をおくった。
今や、リミニを訪れる若者で、この店を知らない奴はいない。
そして今年開業の3男率いるSOUVENIR。
ぶちゃけ学生気分の抜けない奴だが、
それでも育ちの良さは争えない。
風格は十分すぎるほどある。
今後、どう化けるか、。
期待しよう。
そんなわけで、この不景気ムードを気にもせず、
躍進中のパエザーニ一家。
我こそは、と言う日本料理又は寿司職人さん、
このブログにご一報を。
暑い夏を、
リミニで過ごしてみませんか!?


