モンセリーチェへの旅 2 | La vita è breve

La vita è breve

埼玉出身元トラック運転手。27歳で渡伊して料理人に転向。てんやわんやの末、東京フレンチ、医療の現場を経て大分へ移住。このブログは、37ちゃいのワタシがシチリア島で再出発する所から始まる壮大なストーリー。54ちゃいの今、更にてんやわんやである。

さてこの一家、
非常に北イタリアらしい、素敵な家族だ。

イタリア人ってみんなあっけらかんと何でもアリみたいに思われているが、
北の地方のイタリア人は、またちょっと違う。

(自称)照れ屋で引っ込み思案。
世間体を非常に気にする。
この辺は人により温度差がかなりあるが、、、。

“えー!?ブログに私たちのことを!?いやΣ(゚д゚;)、それは困るわ!どうせ(((゜д゜;)))悪いこと書くんでしょ!?え?そんなことない?(*゚ー゚)ゞでも、、。だって、、。”(10分経過)

“神に誓って良いことしか書かない!”
┐( ̄ヘ ̄)┌

“えーーー、、。ならいいかしら、、、。(#⌒∇⌒#)ゞ”


そんなこんなで、写真掲載許可を得た。
ありがとう。ナディア。

父さんのサンドロ、
小柄で口数も少ないが、頼れる一家の大黒柱だ。
二年前のドロミテ渓谷でも、山男ぶりを発揮。




コレは野生のフランボワーズを取ってきたところ。




今年のフランボワーズは時期的に過ぎてしまっていたが、
野生のブルーベリーを見つけてきた。

小振りですっぱくて、
素朴な味わいだった。

“サンドロはね、体は小さいけれど、私にとってはとても大きな人なのよ。”

、母さんのリタ。

魂が抜かれちゃうから、、と、いやがる写真を、
一度だけ許してくれた。




コレは笹舟を折っている所。
完成品がこれ。



花を愛する、素敵なイタリアのマンマ。
もちろんお料理上手。
今年はリクエストに応えて、ロバ料理をふるまってくれた。

食卓にはいつも、庭でとれた新鮮な野菜が並ぶ。
お母さんの料理には、よく花が登場する。





もちろん食べれる。
とても素朴でカワイイカワイイ。

このマチェドニアも庭でとれた果物達。



庭にはニワトリも飼育されていて、
手打ちパスタの卵も自家製だ。



これは自家製のドライトマトとペペロンチーノで
シンプルにいただいた。



この卵がまた異常にうまい。
ゆで卵サイコー!!

こんなモノも見つけた。




食用ホオズキだ。
日本でも市場で手にはいるが、
これは小粒だけれど
比べモノにならないくらい甘くておいしい!

庭にはまだまだ紹介しきれない野菜や果物が沢山実っている。




ここモンセリーチェの近くに、
カンネットスルオッリオという小さな街がある。

2003年にお世話になった3ッ星レストランを思い出す。

Dal Pescatore da Santini.

今では世界的に有名なこの店も、
こんなあたたかいおもてなし料理から始まったのだろう。

このマントヴァのレストランのシェフもナディアさんだ。
天使のような笑顔で迎えてくれる、素敵な女性シェフ。
キッチンでは鬼と化すが。(@Д@;

ある日、ナディアがDal pescatore の起源について語ってくれた。

開店当初、広い庭に大きなテーブル、
裏に流れるオッリオ川でとれたウナギのフリットをどっさり置いて、
みんなワインとこれをつまみながら、
楽しんだそうだ。ワイン

庭で放し飼いのニワトリの卵、
これから名物かぼちゃのトルテッリーニが生まれた。

スイカやメレコットーネのモスタルダも、
みんなここで採れたものだ。
収穫時期には、ご近所さんが集まって、
モスタルダを作る。

当時、彼女が既に嫁いでいたかは知らないが、
そう語るナディアは、懐かしそうで、
少し淋しそうで、
なんだかよく覚えている。

イタリア風ソーセージも、
親戚の家で作っている。
屠殺の日、解体した豚肉のあまりを使って、
煮込み料理が振る舞われる。
なんて名前だったかなあ。
フリ、、、フリテッラ、、、、?
とうもろこしの粉をねったポレンタと食すが、
これがまたうまいんだなあ。
感動した。
薪の釜で、じっくり煮込まれていて、
メラメラうーん。実にうまかった。


あれ?
なんの話してたんだっけ?

そうそう、今はモンセリーチェのナディアの話。
おいしいものの話になると止まらないから困ったモンだ。

北イタリア。
肥沃な大地が生んだ恵み。
人の心も優しくあたたかく育ててくれたらしい。

モンセリーチェのナディア、
そういえばすこし面影にてるかも、、。

ナディアの写真が無いので変わりに今年生まれたベイビイの写真を載せておこう。