心も身体もボロボロでした・・・ | 片岡 恵美子 「旅と仕事と人生と」

片岡 恵美子 「旅と仕事と人生と」

41歳171cm. based in Japan ⇔Paris
起業11年目。
ダイエットアドバイザーで
起業し、養成講座を作り、
全国海外へ展開。
その後、起業コンサルを
メインに活動。
現在はコミュニティ運営。
6歳娘のバイリンガル育児中。

よくお会いした方から、
「生き生きとしていて輝いてますね」
とか「笑顔と華やかさが人を惹き付けますね」
などなど、嬉しいお言葉を
いただくのですが、ここまで来るのに
長いなが~い暗黒時代がありました・・


大学卒業後、大手損保へ就職するも
仕事の過酷さより、ストレスにより
顔中がニキビだらけに、、

学生の頃からかなりの美容フリークで
思春期のころにニキビができた以外は
ニキビとは無縁な肌でした。

しかし、ものの3ヶ月で顔中が真っ赤な
ニキビ・ニキビ・・

漢方を飲んでも美容皮膚科でピーリングや
フォトフェイシャル・レーザー、スキンケアの
見直し、何をしても治らなくそれが一番の
コンプレックスとなり、肌だけでなく、心も
気付いたら病んでいました。

そして
自分の感情もよく分からなくコントロール不可能な
状態に、、
仕事にいくのも苦痛でとにかく我慢して
鬱状態にきくサプリなどを飲んで毎日通勤して
いました。

休みの日も仕事のことから頭から離れなく、
常に不安と恐ろしさでビクビクしていました。

当時の仕事は損保の事故の過失交渉をする
仕事をしていました。
常にクレームや脅し、それらに耐えきれる
精神を持っていませんでした。。


そしていつの間にか段々と人に対しても
恐怖を持つようになります。
自分ができる範囲で親身におひとりおひとりと
接していたつもりが、状況が変わった途端に
人が変わったように強面になる。。

仕事柄、仕方のないことなのですが、人を
信じ、尽くすことが私の中では当たり前だった
ことが一気に崩れていきます。。

もう限界、、と思ったころには
きっと鬱になっていたと思います。
実際病院に行って診察したわけでは
ないので分かりませんが、退職したあとも
自分というものもよく分からず、突然
泣き出したり、気分はいつも曇っていました。


退職して苦痛な環境から抜けれる!
この真っ赤なニキビも消えるだろうと
期待していたものの、それは期待はずれな
結果に・・



ここから今の食スタイルに出会うまでの
約6年間、メンタルの弱さや不安と不満、
そしてニキビとずっと共に生きてきました。


退職後、何をしたいかも分からず、
転々とあらゆる職種を渡り歩きました。

その中でも今でも覚えている面接時に
言われたひと言。

「その顔中のボツボツはいつごろ治るの?」

某アパレル会社で言われました。。
ファンデーションでも隠れないくらい
痛々しいニキビ顔でした。

アパレルはお客様の前に出る仕事。
外見も綺麗じゃなきゃねという
意味合いも含んでいるのだと思いますが、
”いつ治る?”って私にも分からないから
悩んでいるわけで・・と悲しさと悔しい
気持ちでいっぱいでした。


外見も自信をなくし、内面もボロボロ・・

毎日に不安が必ずあって、私の中では
ポジティブという言葉とは無縁な
生活をしていました。

でも、周りからはいつも楽しそうと
言われるのがほとんど。。

一生懸命繕っていたんですね、、

自分で自分を満たす術も満たすこと自体も
知らないため、恋愛においては依存症並に
悪循環なことばかりしていました。

脳と心と身体
すべてがチグハグでアンバランス。

それに気付き改善できたのが
今から3年前。

今となっては過去の自分の
言動、姿を懐かしく思えますが、
ここまでの道のりは決して楽では
なかった。
険しい道のりだったなあと思うのですが
それらがあって今があると確信しています。

順風満帆にきていたら
きっと今の私ではないんだなって。

人生って乗り越えられない出来事は
存在しないとも言うけれど、その渦中に
いるときは、本当にしんどくてしんどくて
もがいてもがいて、どうにか岸にたどり着こうと
必死なんですよね。

でも一筋の光が見えると
その状況も一変する

そういうタイミングって
きちんと用意されているのかなって。

長くなりましたので
続きは次回。






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