本性見えますよね、つれづれに語ることには。

https://mobile.twitter.com/ka39976/status/481010232802287616

人間性なんて、そうそう変わらないものです。

この女性を女性の代表に祭り上げたり、擁護した軽率な輩は、反省して欲しいですね。

騒動の直後に、こーゆーネタに事欠かないなんた、下品過ぎる。

これで都議会議員になれるなら、引退した国会議員のおぢーちゃん、おばーちゃんにボランティアで議会回して貰った方が、余程有意義だわ。

東京都の予算、外国では国家予算の域なのに、この程度の輩達に預けていると、都民は認識を新たにした方が宜しくないか?


この女性議員に向けられたヤジに憤慨した、善良なる、裏も経歴も調べなかった愚鈍な人達は、いい面の皮だし、その人達は、この人の発言を諌める権利がある。

見過ごすなら、有権者を舐め腐っている都議に、月額報酬100万円を献上している、おめでたい人達なんでしょうね。


軽々しく女性の権利を語るんでないわ!

目くらましされるんでないわ!

塩村都議「少しほっと」…ヤジ発言謝罪され(読売新聞) - Y!ニュース

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140623-00050081-yom-soci


「こばやちたんは、こうしたネタに噛み付くかと思ってたら、全然だったね」

と、何人からか頂きました。
うーんとね。
喧嘩の為所と仕様が違うってトコですかね。
私なら、議員辞職まで追い込みますし、思想まで炙りだして社会的に抹殺しなければ、喧嘩の落とし前にしませんね。

私も晩婚でしたし、子供に恵まれないで、残念に思っていますし、そうした立場から云えば、

「うるせーよ。余計なお世話だぜ。社会制度に期待と安心がなくて、育児に悩む目の前の家庭もフォロー出来ねー能無し地方議員が、チ⚪︎カスみてーなヤジ飛ばすな」

と、云うのは簡単なんですよ。
でも、すかさず、このヤジに異議ありと云うと、塩村議員の擁護に立つに過ぎないのですよ。
別れた男から1500万円せしめただの、数々の男性軽視発言をやらかしてきた人に、私は、女性の代表として闘いますなんて云われても、いや、一緒にされたくないんですけどって思ってしまう訳です。

大体、あの場で、この発言に噛みつか無い、他の女性議員や、所属政党の議員がオカシイではないですか。
本気であり得ぬと断罪するなら、議会運営を停めてでも抗議するべく、議長席に飛んで行く人がいなかったことが、彼女への評価と、都議会全体の見識の低さの証明でしょう。
海外メディアにまで遺憾に思うとインタビュー受けて、一頻り沈静化した時、人物像を根掘り葉掘りやられて、過去の失言をどう言い訳するのか、党として、どう取り繕うのか、そこまで考えてない浅はかさに、眩暈がしました。
若気の至りと云うには、非常識過ぎる数々の驕った発言があり過ぎです。

ってなことを考えて、彼女が過去を断ち切ってカラーを変えるには、どうしたら効果的であったかと考えると、

党がインタビューの一括管理。
議会議長への不信任案提出。
発言者が名乗り出るまで、声紋鑑定結果が出るまで、政党として議会出席の拒否。
被疑者不詳での、名誉毀損による被害届の提出。
塩村文夏氏の、質問趣意書の開示と、これまでの政治活動の開示。
支援団体からの見舞い文や支援文を開示。または、インタビューへのお願い。
海外メディアへの対応は、日本の未整備な女性の社会進出の事例と、そこを改善する為の取り組みと、彼女の思想と活動を、文書で返信。

を、一気呵成にやり切ったら、政党としての力量と、彼女への政党としての支援状態、そして、彼女への期待が伺えて、好感度が上がったと思われる。

マザーテレサに対して、そんなヤジ飛ばしたら、多分、発言者は暗殺されたろうし、彼女を旗頭にして、女性への性差別発言は糾弾するに相応しいだろう。
だが、若気の至りの失言の数々を爆弾で抱えている人は、表から引っ込め、なんと云うヤジが、女性への侮辱であったかだけをクローズアップした方が、より、政治的に成功しただろうし、発言者を辞職に追い込めただろうし、議会からの謝罪も深く貰えたろうし、こんな後味の悪い逃がし方はしなかった筈だ。

ヒステリックなハエ叩きにより、塩村議員への謝罪を勝ち取っただけとなった。
女性への性差別による発言に対し、議会全体への糾弾は、これで幕引きにされてしまう。

女性として、これ程の屈辱はない。

厚顔無恥な都議会に、一矢報いたなどと思う人がいたらおめでたい。

当人も謝罪を握手して受諾して、安心しましたと手打ちにしている。
握手だ、握手。
握手してしまった。

フザケルナ

である。

ヤジの内容は、絶対に許し難いものである。
しかし、せっかく振り上げた拳を、これで納めたことに、私は憤りを禁じ得ない。
繰り返されてきた女性軽視、女性蔑視に、なんら一石を投じられていない。

これで一先ずの勝ちを得たような思いになっている女性がいるとしたら、私は女性として云いたい。

「そんな安っぽい考えだから、

“だから女は”

と、目先の事柄で誤魔化されてシャンシャンされるのだよ」


カワイソウヨネー!
ヒドーイ!
ミンナデヤッツケヨウ!

って、烏合の衆になってどうするんだね。
だから女は薄っぺらいと言われるのだよ。

武家の女は懐剣を身につけていた。
自身の誇りを護る為。
そして時に、相手の懐に入って刺し違える為。

女には女の闘い方がある。
男社会に物申す時、薄っぺらい同情心や咄嗟のエセ義憤では、今回のように蜥蜴の尻尾を渡されて終わる。
そんな馬鹿にされ方は、もう止めにしないか?

男に見習うことは、まだまだある。
組織の中での闘い方は、女はまだまだ出来ていない。
闘い方を見せてくれる男も少なくなったが、参考事例は男社会の端々にある。
丹念に検証すべきだろう。

日本の女は幼稚だと印象付ただけで終わったな。
残念である。

女性の寿退社、「迷惑」が約4割 「何回も産休取るなら辞めてほしい」との声も



この記事の意図の不明瞭さに問題があるが、無計画な寿退社と出産には、組織としては大きなリスクを負うのは事実です。


迷惑


の、一言で済まされる問題ではないし、ことの本質を思料できない、浅はかな言い回しでしょう。


女性側の職場へのマナーとして、


仕事の引き継ぎの計画化

必要な人材教育

業務の可視化

出産に当たっては、閑散期に向かってバースコントロールを始めると宣言


は、最低限あってしかるべしであると思います。

そうできる女性を、職場は応援するものです。


組織の一員としての責任を果たす姿勢と礼儀が、これまでの寿退社族に足りなかったのは事実として、社会的地位と役割を得てきた現代女性は、このくらいの仁義は切れると知らしめる事が肝要だと思いますし、そうした計画性を持って臨む時代に来ているでしょう。


誰もが公務員や大企業の恵まれた、産休育休にあやかれるものでは無い。

日本の経済を支えている分母は、市井の商店経営の規模が圧倒的なのです。

そして、首都圏は、子供を預ける社会制度が充実してはいない。

愛しい我が子を0歳児から、預けるお金の為に働くと云う、本末転倒な事態も起きている。


子供は天からの授かりもの


それは間違いありません。

でも、可能なら、穏やかに迎えてあげられる時期に、出産と休暇を。

仕事に切りをつけるのにギスギスと余裕なく、苛立ったお母さんのお腹にいる赤ちゃんの居心地を考えてあげて欲しい。

生まれてからすぐに親元から他人の手に委ねられる子供の情緒へのケアを、十二分にして欲しい。

その為に、バースコントロールは必要だと思うのです。

していても、こればかりは着床の時期もあるから、希望通りとはいかない。

でも、そう努力して、仕事を可視化し、他者の手に委ねられるまでに整理された中でなら、対応は効くし、周囲の心得も違う。


環境にばかり万全を求めず、まず、自らの在り様で、こうすると、周囲は応援してくれるよと、示すことも必要でしょう。

後輩はそうした先輩に、次の自分のステップを見ることが出来るし、そうなると、環境の整備が、遅々としたものであっても始まっていく。


風を起こすのは、時代を変えるのは自分。


そうした凛然とした女性こそが、こうしたネタを笑い飛ばせるのでしょう。


感謝と努力と配慮と愛嬌。

そこに結果を伴えば、女性は無敵です( ´ ▽ ` )ノ

先にFacebookにUPした記事


の動画です。
嘉瀬 正貫氏の投稿記事より)

幼い子供を蹴り上げている母親の様子が映っています。

覚悟して、目にして欲しい。
目を背けないで欲しい。

これに目を背けることは、現実に目にした時、無関心を装うことしか出来ないだろうと思う。
だってあり得ない。
幼い子供を蹴り上げる光景が、目の前で繰り広げられるなんて、誰が想像しますか?
驚いて、なかったことにしたいと、記憶へインプットを拒むでしょう。
そのくらい、衝撃的で凄惨です。
でも、だから、覚悟して見て、どう処すべきかと、覚悟を決めましょう。

私は、

「虐待だ! 子供が殺される!」

と、まず叫ぼうと思います。
こうした親は、この行為を虐待と認識していないことが多いのです。

「写真撮って! 警察に電話して!」

と、叫びながら、私も通報しようと決意しました。

内臓破裂や損傷、転がった拍子での打撲で昏睡し、障害を負ったり命を落とすかもしれない。

「誰か助けて!」

子供は心で叫んでいるかもしれない。
倒れた脇を素通りする大人の足元を目にした子供は、絶望を重ねる。

人間不信
恐怖

それが一変して、暴力や殺意に変わることもある。
幼児期の人間不信は、人格形成に大きな影響を与える。
社会生活を滞りなく送れないかもしれない。
犯罪者になるかもしれない。
そのリスクを、腑抜けな大人が、その大人が作る社会が、虐待をする親以上に与えることになる。

無邪気に走ってくる子供を抱きしめてあげたい。

昔の日本は、少し前の日本は、道徳心に溢れ、少しお節介で厄介で、でも、あったかくて、コミュニティ全体で子供を見守っていた。

少しだけお節介になろう。
少しだけ、勇気を持とう。

「おはよう」
「こんにちわ」

挨拶で交わす笑顔が、心をほぐすこともある。

「お手伝いしましょうか?」

そう声をかけやすい社会になるには、誤った個人主義を改め、希薄になった道徳心や礼節を取り戻そう。

「ありがとうございます」
「お世話になります」

言葉は、言霊。
まずは綺麗な言葉を使いましょう。
挨拶しましょう。

愚鈍で不遜で傲慢で、利己的な現代の歪みが、子供命を脅かしていることを、自覚しよう。

https://plus.google.com/106315543440811481524/posts/dWFz6DuBT8c


あっという間の3年。

改めて思う。

人は、一人でなければ強いね。

強くいられるね。

私達、笑っていられたね。


3.11を風化させてはいないよ。


だから言おう。

学生さん。

当たり前に学校行って、卒業出来ると思う傲慢さは、3年前の先輩達を思い返して、諌めて欲しい。

当たり前ではないんだよ。


突然奪われた命があった。

あと少しで卒業だからと、帰省して被災した人、命を落とした人もいる。

2011年は、卒業式は自粛された。


いま、学べることを精一杯に。

いま、やれることを精一杯に。


私達はそうしていた。

だから、笑えた。

弾ける命の存在にも救われた。


当たり前に明日は来ない。





Google+の放置プレイのアルバムを整理しようと見ていたら、見付けた。

時を遡ることは、時に大切だ。