「駅に天皇陛下いた...」笑顔の写真、ネット投稿めぐり賛否

Article: http://huff.to/1kDdmgo

とても素敵な笑顔だけれどなー。


幼児が、こんにちわーと、すれ違い様に挨拶して、


なに、このガキ


と、云う睨み付けするようなジジババもいる世で、両陛下は、そう声をかけられたら、足を止めて、腰をかがめて挨拶して下さるだろう。

陛下云々ではなく、豊かに歳を重ねた馥郁たる笑顔の老夫婦の写真としても、正に、ベストショットの笑顔にお見受けするけれどなー。


おらが国の天皇皇后、ステキでしょー♪


と、海外に見せたい一枚だよなー。

王侯貴族が、こんなに優しい笑顔を見せてくれるって、平和な日本と、象徴としての慈愛に溢れた、日本人として誇れる一枚だよー( ´ ▽ ` )ノ

女性は、発熱していようが、入院勧められようが、家族の為に、不調に苛まれた身体でも、買い物したり洗濯したり、食事作ったり、様々に用意をした上で、仕事もこなすけれど、男性は、目の前にあることだけで手一杯だわ、喉元過ぎれば熱さを忘れるだわって、レイヤー薄い人が多いが(近年富に)、それはきっと、体の構造や役割からして違うからなんでしょう。


自分が死んだら、乳を上げられない。腹が減ったと泣く子をあやせない。

身体を壊した年寄りの面倒をみられない。


そんな根源的なことを負って存在している女性だからこそ、戦争に負けて腑抜けになった甲斐性無しの男を蹴り飛ばしながら、戦後の闇市支えて生き抜けた。

女性の根源的バイタリティに勝る存在はいない。

男性産んだのも女性だし。


だから、女のケアが出来ない愚鈍な男なぞ、仕事も出来ないのが多い。


「女護ってなんぼだぞ。せっちゃん護ってなんぼだぞ。本当に優しい男は、いざって時、自分を棄てて女や家族護るんだぞ。優しい男は、強くなくちゃいかんのだぞ」

「いざって時に、掌に必要な金と力乗せて差し出せる男になれよ」


などと、二歳から外濠散歩中、よく道道語っていると、通りすがるサラリーマンや男子大学生にギョッとされたが、そりゃ、そうでしょう。

心と金がなかったら、病院にも行かせて上げられないし、生活も安定しない。

そんな当たり前のことも出来ない下衆に、生まれた時から一緒にいるハルをさせてなるかよ。


耳の異物から鼻水だーだーだったハル四歳は、医師にも耳をいじられるのが嫌いで大騒ぎするのだが、私に見送られて我慢した。

で、昨日、いよいよ最終治療に向かうに当たり、


「ハルが頑張ったら、こばやししゃん、お熱下がる? 元気になる? ハルは頑張るよ」


と、男を見せたそうである。

その治療は、君の鼻水止める為だよ、ハルよ(-_-;)。

で、こばやししゃんは、治療中の発熱だから、大丈夫だよ^_^;


しかし、そうして自分に課して治療に臨み、肘掛を掴んで耐えたハルの男気に、せっちゃんは、愛息に惚れ直したらしい。

よしよし。素朴な顔でも、イイ男に育つ素地があるぞ。

来年からは、慶應の法学部首席卒業の紳士が、防衛大入学に向けてスパルタ指導してくれるって云うしなw

心技体のバランス伴った男になって、せっちゃんに親孝行するのだよ。

こばやししゃんは、君の成人式には生きていないだろうからなぁ。


世に、当たり前の男気が復活すれば、ギスギスしないよ、きっと。


様々なことが整っていない現状で、整えようとしていても、それが見当違いな現状で、女性の社会進出向上と言われても、女工哀史にしか感じないよ。

せめて、富岡製糸場のような、真に近代的なベースを作ってから言えよ、政治家さん。

女が生活の為にキリキリしながら働くのって、ギスギスするばかりなんだよ。


穏やかに、子供を育ててみたかったな。

「自衛隊は戦争する軍隊になりますよ」安倍首相のブレーン・岡崎久彦氏に聞く集団的自衛権


Article: http://huff.to/1kgekiz

現場の人達への風当たりとか勘違いを、本当に矢面に立たない人達が悪化させてどーすんのかなーと思う。


正論も、理想も、自分が体現して実働するなら、言いたい放題、やりたい放題でも、自己責任だから、どんなスタイルでも良いと思う。

でも、どんなに整合性や国際社会の中での体裁や面子の為に、一方の解釈では正義と正当性のある申し様であっても、それが、他者の手や組織を借りて為すべき事柄なら、その人達の人間性や姿勢に通じてしまうところがあるので、真価を問うたり、布教、啓蒙すべき事柄がある時は、殊更謙虚に誠実に腰低く人前に出るべきである。

どんなに努力しても、好き嫌いはあるし、万人に好かれるなんて云うのは幻想である。

そこまで神経を使うのは無駄も多い。

実際、コミニケーションをそもそも放棄して好戦的に持論を押し付ける輩に対しては、無駄と断言出来る。

けれど、外交官は、大使は、王様と揶揄されるような物腰で、歴史観と価値観を根刮ぎ変えるような議論を振りかざしてはいけないよな~と、放送を見ていて、いたたまれなくてテレビを消してしまった_| ̄|○

まして、現役でもなく、顧問と云いながら、法人組織と違って責任は問われない人は、持論を表明する時、世論にどう影響するかを鑑みねばならない。

何故なら、槍玉に、矢面立つ人や組織への評価や理解度に影響するからである。


だいたい、自衛官の頭の上で議論が飛び交っているのに、機からは軍事化を、彼らこそが扇動しているかのように云う、思考が不自由な部類に攻撃されるような申し様をしないで欲しい。

仮に関わるとしても、現地での活動に支障がないようにと願ってのことだろうし、命張っている人が自衛もままならないなんて、そもそも歪んでいるのだから、当然の要望ではないかと。

{2139E59C-EBA6-4234-9575-9BF7EFDA7D7F:01}

権威を得た人の有り様が、その対象の象徴とされることがある。

腰は低い位で丁度良い。


かまってかまって持て成して

下へも置かぬ扱いして

だってエライんだもん


と、やらなくても、人間性が尊い人は、自然と扱われ様に不自由はない筈である。

ただ、サービス業の人は、


面倒臭そう(~_~;)


と、見て取ると、サッサと持て成して、事無きを得ようとして、面倒臭い人を、より面倒臭い勘違いな人にさせてしまう傾向がある。


時には、どんなに偉くても、偉くなっても、お尻ペンペンする人がいないと、いけないんでしょうねw

また、本当に偉い人は、そうした、自分に対して辛辣に注意をしてくれるご意見番を置いておく。


取り巻きは、ご本尊の表れであるから。

「すきやばし次郎」批判に反論。お客さんは神様ではない。



これはもう、語弊を恐れずに云うなれば、


育ちの違い

社会性で培った意識の違い


が、如実に出る論争。


店が客を育て

客が店を育てる


その呼応関係を体感した蓄積がないと、


凛然


も、


高飛車


と、なる。

しかし、そこに勤めたから自分も一流と、虎の威を借る狐と化した、勘違いなサービスは目も当てられない。

何度か、


「このテーブルに、あの人間を付けるな」


と、やったことがある。

そんな輩は論外だが、客のグレードを読み切れない店が増えているのも事実。

外食企業と鼻息荒く、様々な業態を展開しても、サービスマンの青臭さやガサツさが目に付く。


仕事で知ってるだけの人


が、


身銭を切って贔屓になる人


が、何処を見て好もしく思うか、嘆息するかは、分かり難いようだ。

オペレーション重視で、システムで理論武装し、疑問を呈する客の声に、この素人がと裏で舌打ちする。

御多分に洩れず、そうした中間管理職がいる会社はバンケット頼みの経営を余儀無くすることになり、何件もアドバイジングに乗り込んで行った。

店側にも問題がある。


“人”を育てない、品格を育てられない、外食の現場が多過ぎる。


不当な厨房のパワハラに、下半身の問題。

厨房と接客の意識の乖離。

仲間内、同業意識で固まる排他主義。

タカリ飯。

経費は小遣いで、在庫管理も甘いから、使い込みは日常茶飯事。

出入りの業者への不遜で非礼な態度など。


そして同音異義で、


「この業界は特殊だから」


と、嘯く割りに、満足しなかった店舗にその場で注意もせぬのに、出てから悪口雑言するケツの穴の小ささ。

 胸糞悪くて、中途半端な店で食事することが、どんどん出来なくなって行った(元から無駄な外食しないけど)。

安心してお邪魔出来る店にしか行かなくなる。

自分の嗅覚を信じるしかなくなる。


勿論、そうした会社や店ばかりではない。

師弟関係、お客様との繋がりで、本当に、愛情と敬意を持ち寄る、素晴らしい人間関係を築く場所は存在する。


大事にされれば、大事にしようと思う。

感謝されれば、もっと喜んで貰おうと思う。



ありがとう



が飛び交って入れば、きっとそこは、守り守られる人達がいる証拠。


客を育てられる店が減ったのが、外食の楽しみを減少させたとも云える。


と、同時に、居住まいを正して食事に行く清々しさを知らずに育った、テーブルマナー以前に、TPOも弁えない悪辣な子供が増えたのも、そうした店を死滅させた要因だろう。


バブル以降、店を育てる客が、少なくなった。


ファミレスで騒ぎまくり、フリードリンクへと何度も落ち着きなく往来する子供の姿に、貧民街のシェルターを見る思いだ。

この業態も、こんな無様な環境になるなんて、始めた会社や人は、思いもしなかったろう。


サービスは、安くしてくれることやオマケを付けてくれること


と云う、さもしい、誤った価値観に席巻された現代では、確かに格差社会は明確となったろう。



贔屓の店で、贔屓の職人に、幾ら金を使ってやろうか


そうした旦那衆や富裕層がいたから、


こんなに気遣い頂いたのだから、何か一品、お好きなものを。もしくは、お留守番されている小さなお子様に。


と、店はケアして来た。

ホスピタリティである。


サービス=隷属で、強要されて発生したことではない。

そうした関係を知らぬ者が、そこだけを見て、自分にもと、ヨダレを垂らして要求する。

みっともないことこの上ない。


多分、今回、わざわざ批判記事を上げた人と、擁護する人とでは、ずっと平行線を辿るだろう。


でも、すきやばし次郎に限らず、愚直に仕事をして来た職人を批判する人は、自分の仕事への評価に不満が高い人ではないだろうか。

認められている人は、他者の価値観を批判しないものだ。





まあ、気軽に行ける店ではありませんよねw

私はコンサルで成果を上げたお礼に、お連れ頂いたことがあります。

この空間と職人を維持する為には、相応の金は必要だよなーと、ほへー( ゚д゚)と、恐縮しながら頂いたw

そして思う訳です。


「ここに迎えて貰えるに値する人間になろう」


と。

贅沢は、自分へのご褒美だと思うのですが、分不相応だと、やはり居心地は悪い。

亡父や父代りの紳士達やクライアントに連れられ、あらゆる贅沢な場所へお邪魔した。

仕事に着手するまでは、父へのもてなしのおこぼれに預かっていたから、ただただ素晴らしいサービスを堪能していただけだった。だが、仕事に就いて、父に連れられた場所、父が口にしていたワイン、ブランデーの金額を知り、


「それに加えて、私の学費に一人暮らしの費用に、家族の生活費、社員の食い扶持に、愛人の家庭まで面倒みてと………お父さん、幾ら稼いでたーっ?!Σ(・□・;)!?」


となり、自分の足元を見た時に、奮起した次第です。


ひとかどの人に、認められる人間になろう(ひとかどの人になるって言わないあたり、宰相、隙間産業気質w)。


そう思った。

私は女性だから、エスコート頂く側だから、ホストに恥をかかせまいと、自分を高めようと、可能な限り努力した。


だから、背伸びするお店は、きちんと存在して欲しい。

TPOに合わせて、楽しむお店はあって欲しい。


きっとこの論争は、生き方の表れなのだと思う。

四歳児ハル。もじもじ練習。

http://youtu.be/6B45QUOnjJ4


まずは字をなぞらせる。

大好きな人の名前を読みながらだと、楽しそうに書いてくれる。

そこから広げればいい。


と、お受験教室のサポートやっていた時、私は先生でもアシスタントでもなかったが、落ちこぼれそうだった幼児が気になってやったら、メキメキ能力開花した。

その子はやはり、好きがいっぱいの子だった。

関連付が一番覚える。

何事もそうぢゃないかな。


子供を見ていると、人間育てていると認識すると、絶対、人材育成に繋がることがある。


だから、子育てを真面目に(教育パパ、ママやるのではなく、子供を自分の子だからと云うような先入観なく見て、人格を育てているってことね)やっている保護者の方の仕事が伸びるのは、当たり前のことなのかもしれない。


四歳児ハル。もじもじ練習。


まずは字をなぞらせる。

大好きな人の名前を読みながらだと、楽しそうに書いてくれる。

そこから広げればいい。


と、お受験教室のサポートやっていた時、私は先生でもアシスタントでもなかったが、落ちこぼれそうだった幼児が気になってやったら、メキメキ能力開花した。

その子はやはり、好きがいっぱいの子だった。

関連付が一番覚える。

何事もそうぢゃないかな。


子供を見ていると、人間育てていると認識すると、絶対、人材育成に繋がることがある。


だから、子育てを真面目に(教育パパ、ママやるのではなく、子供を自分の子だからと云うような先入観なく見て、人格を育てているってことね)やっている保護者の方の仕事が伸びるのは、当たり前のことなのかもしれない。



子育てしていて辛くなったら、

人材教育中と捉えてみよう。


人間として許されることかの是非を問える

社会性の是非を問える


子供はいつまでも子供ではないのだから。