幼稚園の年中の頃

 

字が書けるようになって初めて書いた

七夕の短冊に

わたしは嘘の願い事を書いた。

 

 

「セーラーマーズになりたい」

 

 

 

本当は

セーラーマーキュリーになりたかった。

 

優しくて頭がよくて、

水色が似合う亜美ちゃんが好きだった。

 

 

マーズは意地悪で怒りっぽくて嫌いだった。

 

だけどわたしが短冊に

本当は嫌いなマーズと書いたのには理由があった。

 

 

自分は髪が黒いから

マーキュリーにはなりたくてもなれない。

 

 

だから妥協して

セーラーマーズになるしかない。

 

 

4歳なりにそう考えた。

 

でもそれは本当の願い事じゃなかったから

わたしは悲しかった。

 

 

 

他のみんなは

髪色のことなんてなんも気にせず

 

セーラームーンになりたいとか

セーラービーナスになりたいとか

 

本当になりたいものを書いていたのに。

 

わたしもマーキュリーって書けばよかったのに

それができなかった。

 

 

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あれから30年がたって

同じようなことが起こった。

 

 

わたしは本当に心の底から望んでいることを

正直に書くことができなかった。

 

 

それがもし、

自分の努力や行動次第で叶いうる望みなら

書けたと思う。

 

 

なぜならそれは目標だから。

 

 

だけどわたしは

そっちの種類じゃない望みを

言葉にできない。人に言えない。

 

 

あまりにも切実すぎて

叶わないことがこわすぎて。

 

 

もしそれを、わたしの望みとして

外に発表してしまったら

 

もしそれが叶わなかったときに

その先の望みも、芋づる式に消えるのだ。

 

 

わたしはそこまで想像してしまって

想像するのを止められなくて

 

その望みごと、

はじめからなかったことにしてしまう。

 

 

 

そんなところが30年も変わってない。

わたしは。

 

 

 

 

昨日は職員室で残業している夢を見た。

 

そこは本当に不思議な場所で

 

ドロドロに溶けた時間の中を

匍匐前進するような淀みがある。

 

 

漢字ドリルの〇つけをしていたら

 

学年の先生に次の単元のことを相談していたら

 

 

 

あっというまに夜の8時9時を回っている。

 

 

机を並べて仕事をしている他の人たちもまた

そのドロドロに溶けた時間の中にいる。

 

 

「12時間後にまたここに居るねー」

なんて話しながら。

 

 

そこから右足、左足、と順に抜け出すのは

なぜかとてつもなく難しい。

 

 

とくに身近にダラダラ仕事する系の

全然帰らない先生がいると

 

いつのまにか道連れになって

自分も全然帰れない。

 

 

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職員室でドロドロに溶けた時間の正体は

 

生活の時間だ。

 

 

自分のために家でごはんを作ったり

 

なんにもしないを自分に許す時間。

 

 

あとで振り返ると

確かに忙しかったのだけど

 

 

それと同時に

 

あの頃のわたしは、何をあんなに

忙しくしていたんだろう、と思う。

 

 

 

忙しかったわりには

あまり記憶にも残っていない

中身のない時間だから。

 

 

溶かしてしまった時間には

いつもそういう特徴がある。

 

 

ドロドロに溶けた時間の中にいる自分は

 

いつも、心ここにあらず。

 

 


ビンゴ!
と嬉しそうに次々とあがっていく人たちを

まだらに穴の空いたビンゴカードを片手に

横目で見るあの感じは


20代後半の、あの焦燥感によく似ている。



周りがビンゴを終えて

もらった景品で遊びはじめる頃


ようやくわたしのところにも

最初のビンゴがくる。



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人生はビンゴカード。



わたしのカードにある数字は

隣の人のカードにはない。



同じ数字が入っていても

その場所は同じではなくて


その一撃でダブルビンゴが出る人もいれば

それがなんの意味ももたない人もいる。



出てほしい数字だけが出なくて

ずっとビンゴにならないこともある。



リーチだったのと全然違うところで

突然ビンゴが出たりする。



数字があっても

穴が開かずにゲームを終えることもある。



途中でやめたら

出たはずのビンゴに出会えないこともある。



ビンゴがあっても

大きな声で「ビンゴ!!」って言う勇気がなければ

そのまま何も起こらないこともある。



周りの人に背中を押されて

ビンゴ!って言えることもある。



一位であがっても

全然いらない景品だったりする。



自分の後にビンゴした人の景品が

うらやましくなることもある。




たとえ最後までビンゴが出なくても

嘘なく、正直に参加して


楽しかった、と終われたら



いい。



わたしは自分の手元に

たまたま来たカードで



たまたま出た番号に

一喜一憂しながら



ただ


楽しく


遊ぶだけ。