わが姉 | パン大好き♪スィーツ大好き♪のブタブロ

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脳内メーカーでは周りがすべて「食」中身はすべて「休」の
ぐうたらブタコです・・・

パン好きが高じて脱サラし、パンの専門学校へ通い卒業。

パンの勉強を続けながら、義肢装具士として復職。

私しか歩めない人生を、しっかりと踏みしめて歩きます。

私には一つ年上の姉がいます。


今日、偶然にも姉の事を会社の同僚に話していたのですが、

まず姉のことを紹介するに当たって、

一言目は「変な姉」と言ってしまうのです。(悪いね、姉)


「変な、ってどんな?」と必ず聞き返されるのですが、

なんと表現していいのか困り、「その辺にいないキャラ」としか言えません。


これまで29年間生きてきましたが、姉と同じようなキャラクターの人に

出会ったことがありません。


私と同じ遺伝子が組み込まれている事は確かですが、

姉と私が姉妹だと見抜ける人は、今となっては皆無だと思います。


私が17歳、姉が18歳の時、私達は別々に暮らし始めました。


それまではよく喧嘩をし、姉の「内弁慶」が炸裂していたため、

私の中の姉のイメージは、威張る姿が一番強く残りました。


後から知ったことですが、姉よりも私の体の方が大きいことが

姉の中でコンプレックスとなり、「妹に対して威張る」という行動によって

バランスを保っていたようです。


母が少し心配するほど、姉は私を踏み台として利用したり、

(高いところの物を取る時は私が踏み台になっていた)

姉妹で色違いの物をもらっても、姉が先に好きな色を取ってしまいました。


離れて暮らし始めてから10年以上経ち、

お互いに社会人になり、姉は結婚し・・・


私が知っている「人見知りでえばりんぼうな姉」はどこかへいき、

誰とでもすぐに仲良くなって、周りに好かれる姉になっていました。


司法書士という仕事に就きながら、全く法律家には見えない(と思う)。


姉が書くブログにはファンが多く、私のこともたまに書いてくれています。


私が「これからのこと」という過去の闘病生活の事を書いた時、それを読んで

「知らなかった」とわざわざ電話してきてくれました。


そして記事 にしてくれました。


たくさんの方のコメントに、私への励ましのメッセージが書かれていました。


みなさん、本当にありがとうございます。


姉のブログの読者の方なら、姉の「変」な部分がだいぶ分かると思いますが、

私はそんな姉の事を、愛情をこめて「変な姉」と紹介しています。


前は「下品な姉」と紹介していたので、マシになったと自負しています。


私の体の痛みよりも、もっと壮絶な辛さを経験している人ですが、

凹んでも、周りの人に支えてもらいながら、

明るくわが道を歩き続ける姉は立派だと思います。



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