意外な場所に、誰もが押し黙った客間に、笑い声が響いた。
「レベッカは、こどもができたんだよ。もちろん亭主の子じゃない。俺の子だ。それで、マキシム!あんたが殺したんだ」
最後は怒鳴り声になっていた。
ファベールの推理は一番、自然なことに思えた。ただし、ファベールの子でもないはず。最後の半年間、彼が来てもすぐに金を渡され、帰されていた。
いや、今は誰の子かが問題じゃない。レベッカの妊娠が本当ならマキシムに、強い殺害動機ができてしまう。
この時、この場にいた者はどんな想いだったのだろう。
主人夫妻は恐ろしかっただろう。ジュリアン大佐はまずい展開に舌打ちしていたに違いない。
私は、ダニーのことを考えていた。ダニーがレベッカの妊娠に気付かないなんてあるだろうかと。どんな、レベッカの変化にも気付いていたのに。
その頃、病気ではないかと、盛んに心配していた・・・。あっ、病気・・・だったのだろうか、まさか!
ダニーは存在を消していた。産婦人科と聞いて驚いてはいたが、すぐにいつもの無表情になり、私は何も読み取れなかった。
とにかく事実を確かめなければならない。明日、ロンドンで詳しい話を聞くことになった。
出発は午前8時、ジュリアン大佐と奥様が警察と行く。
マンダレイの運命は明日に託された。
奥様は午前8時発の列車でロンドンに向かった。
屋敷の中は落ち着きなかった。召使たちは昨夜の出来事を知らないが、何となく奥様がマンダレイの運命を決することで外出したのだと感づいていた。
それに、模様替えをした屋敷の中は寛げず、いたたまれない気持ちにさせる。皆、どこか不安な気持ちのまま、その日を過ごしていた。
マキシムは意外なことに、イライラしていなかった。
「たぶん、妊娠していたのだろう。きっと、疑われるんだろうな」
「いや、決まったわけではないよ。レベッカの勘違いだったのかもしれないじゃないか。それなら、君に動機は無くなるよ」
私が、違う可能性を示しても、マキシムは首を振る。
「もしかして、体が悪くて行ったのかもしれないし・・・」
「あいつが病気?あんなに元気だったのに?それに行ったのは産婦人科だ」
そうだった。ダニーが病気かと心配していたが、病気なら内科が最初だ。やはり、妊娠していたのか・・・。
ダニーの姿は見えなかった。レベッカが装飾を施した美しいマンダレイの屋敷が醜く変わった姿を見たくないのだろう。
きっと、レベッカの部屋にいるに違いない。そこだけが、レベッカの影が見えるところだから。
ダニーはレベッカの妊娠をどう思っているのだろう。いや、レベッカの死因をどう考えているのだろう。
もし、事故でなかったとしたら、誰かに殺されたとしたら、ダニーは憎しみの化身となるに違いない。その犯人を彼女は一生憎み通して生きるだろう。もしかしたら、復讐に走るかもしれない。
妊娠して殺されたとしたら、動機があるのはマキシムと相手の男・・・。
たぶん、ダニーはマキシムを疑っている。
ああ、神様、どうかレベッカは妊娠していなかったと言う電話がきますように!次へ