マンダレイの番人62 | えみゆきのブログ

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涼風真世さんのファンです。
パロディ小説を書いています

夕方、薄暗くなる頃、書斎の電話が鳴った。

私は、書斎の外で待っていた。マキシムは一人で妻の電話を受けたいだろうと思ったのだ。

誰かに話すことができるまで、ここで待っているつもりだった。

マキシムはすぐに出てきた。どこか夢見るようにぼうっとしている。

「フランク、レベッカは子宮がんだった。あと6週間の命だと本人に言ったそうだ」

信じられない話だった。子宮がん!レベッカが病気!




その時、私は階段の上に人の気配を感じた。衝撃と悲しみがここまで伝わってくる・・・。ダニーだ。

「それでは、レベッカは・・・自殺だったのですね」

「ああ、そういうことになる」

マキシムは茫然としたまま、書斎に戻った。




階段の上から物音が聞こえた。うす暗いその方を見ると、ダニーが崩れ落ちて手すりにすがっていた。大きな目に浮かぶ涙を薄日が光らせている。

全身に悲しさが詰まって、息もできないようだ。




可哀そうなダニー、耐えるんだ!レベッカは自分で死んだんだ。誰のせいでもない。そして、この屋敷にもレベッカは、もういないよ。




本当は・・・自殺だと私は信じていたわけではなかった。死の病に罹って、自殺するレベッカではない。マキシムへの疑い消えない。

しかし・・・、ダニーのためには「病気を苦にして自殺」が一番良い結論だと、私はとっさに考えたのだ。

だから、聞き耳を立てているダニーに向かって、「自殺」と強調したのだ。




マキシムは、しばらく茫然自失の状態で書斎にいたが、その後は居間で私とすごした。

思いがけない結果に、マキシムの口調はだんだんと陽気になっていく。

「自分の妻ながら、彼女は強い人だよ。私は、助かった。彼女と結婚して本当に良かった」

マキシムのそんな態度は、私をいらつかせる。

強かったと言うならレベッカだろう。ただ、レベッカの強さはマンダレイを守ることに注がれ、君はその強さに圧倒されたんだ。

自分を守ってくれる強さは都合がいいだけだ。君の秘密を、レベッカの死に関する秘密を世間から守ってくれる妻・・・。




夜中に列車が着くので駅まで、奥様を迎えに行くと言うマキシムに、付き合って起きている気は無かった。

このところの騒ぎで仕事が貯まっているからと、私は裏門脇の事務所に戻った。

考えるのはダニーのことばかりだ。




これから彼女はどうするのだろう。たぶん・・・、マンダレイを去って行くのでは。

もう、ダニーが必死に保っていた屋敷に、レベッカはいない。レベッカの面影は消えた。

私の疑惑が正しいとしたら、ダニーにとって、レベッカの肉体はマキシムによって殺され、レベッカの魂は彼の新しい妻が殺したことになる。

ダニーがここにいられるはずがない。おそらく・・・レベッカの故郷に戻るだろう。ダンヴァースの家でレベッカの思い出に浸りながら、暮らすのだろうか。




ダニーは、年金が付いている。贅沢をしなければ充分暮らしていける。私は管理人だ。従業員の給料や年金を把握しているから分かる。

できらば、時々、ダニーの家を訪ねていければ・・・。レベッカの思い出話をするんだ。そして後10年位したら私は引退し、大叔母の残してくれた家に住もう。

ダニーと隣人として、死ぬまで関われる。



それは、ささやかだが、楽しい夢だった。私のパークアベニューは愛するダニーの側なんだ。レベッカしか愛さないダニーを見守るだけの愛・・・。

それだけで十分だと、幸せな気分のまま、私はいつの間にかディスクに頭をのせて、眠ってしまった。

夜中に、目をさました。夢の中でダニーが星空を見つめていた。うっとりと、星と話していた。

「レベッカ、会えるのね」と。




私も星空を見上げたい。外に出て見ると、降るような星空だった。新月の夜だった。

マンダレイの屋敷は、星たちに照らされて静かに眠っている。

もう、マキシムは駅に向かって行ったのだろうか。




炎が上がった。真っ赤な炎が屋敷から!次へ