「あのぉ~、ドアが開かないんですけど」

ある日の晩、そんな内線がかかってきました。

時は夜の8時頃。

これからがチェックインのピークという素晴らしく忙しい時間帯。

それなのに厄介な電話がきたもんです。

でも、思えばこの電話はこれから始まる事件の

ただの序章でしかありませんでした。


うちのホテルはオープンしてからまだ一年しか経っていない

とても新しいホテルなのです。

つまりは、設備はすべて御歳1歳のベビーちゃん。

まだまだガタがくるお年じゃございません。

まさかドアが開かないなんてことはありえないだろう、

しかも内側から開かないなんてそんな馬鹿な話はないだろう、と

タカをくくっていました。


しかし、電話をくれたのは

オープンして以来週に3日くらいは滞在している

超常連さん。

ドアの開け方を知らないわけはありません。

内鍵のかけかただってもちろん熟知しているわけです。

こちらの説明だって的確に判断してくれるし、

お客さんが狂言をしているとも到底思えません。

これは何か大きな事態になりそうだ・・・。


何度も言いますが、うちのホテルは御歳たったの一歳です。

つまりはルームキーもセキュリティー万全の最新の物、

非接触型の磁器カードを使っています。

もっと端的に言うならば、

機械に詳しくなければ

ただのフロントクラークなんかでは簡単に開かない仕組みになっているんです!!


時すでに夜の8時ということで、

鍵の業者は既にみんな退社をされているのか、電話に出てくれません。

携帯電話に電話しても、もちろん繋がりません。

仕方がなく鍵の救急車に電話をかけるも、

一番早くて9時の到着だと言われました。

1時間もお客さんを閉じ込めておけというのか!?

しかし私たちフロントクラークに出来る事はほぼなし。

仕方がなく彼らの到着を待つことにしました。


何もしないわけにもいかないので、

私が業者とやり取りをしている最中、支配人はお客様の部屋へダッシュ。

ドアをはさんで外から内から様々な事を試したものの、

鍵はまったく反応を示さず、ドアは開く気配がなかったそうです。

そんなドアをはさんでお客様に事情を聞いたところ、

お腹がすいたから外出しようとしたところドアが開かなかったとのこと。

では窓から何か食料を運び入れよう!と目論んだのも束の間、

角部屋だったことから両隣の部屋の窓からは手が届かない。

上の階の客室は既にお客さんが入っていて使えない。

にっちもさっちも行かなくなっていた頃、

時は9時半にしてようやく業者と鍵の救急車がやってきました。

これでようやく終わる・・・・・・


と思ったのははかない夢と散りました。

業者が到着して早1時間。

何をしてもドアが開かない、つまりは鍵が開かないという状況になりました。

さて、困った。

お客さんの空腹も限界に近づいていたようです。

これはドアを壊すしかない、と支配人が決死の覚悟を決めました。


しかしながら、何度も言いますが御歳1歳なんです。

頑丈なんですよ、とっても。

分厚いドアなのでどんなにドリルを使っても全く刃がたちません。

それどころかドリルの刃が折れてしまいました。

ちょっとだけ空いた穴からトンカチやらペンチやらを使い

無理やり壊し始めましたが、

この時点でもう11時。

もう他のチェックインも終盤を迎えていましたので、

大きな音をたてれば休まれるお客様の迷惑にもなるし、

移動してもらう部屋の確保もしなくてはなりません。

しかし、事件が起きる日に限ってうちは満室なんですねぇ。

部屋を確保するのも至難の業。


さて、そんな地道な作業を続けて午後11時半、

最初の電話を受けてから3時間半が経ち、

ようやくドアの破壊に成功し無事お客様を保護いたしました。

新しい部屋を用意し、荷物を運び終え、ごはんの準備もして

私たちの仕事もようやく終わりました。


事件が起きてからはや2ヶ月近くが経ったいまも

ドアの修復はできていません。

よっぽど頑丈なドアだったんだな・・・とドアの残骸を見ながら思うj今日この頃。

話題のヒ○ーザーなどが建設したホテルだったら

もっと簡単に事件は解決したかもしれない・・・。


「あのー、窓枠から水が漏れ出してるんですけど・・・」

夜中の3時にフロントに一本の電話が入りました。

今思えばこれが事件の始まりだったのです・・・。


この電話を受けてすぐ、男性のスタッフ内田さん(仮名)が3階のその部屋を見に行きました。

もちろん電話を受けた時わたし達全員は

ぽたぽたと何滴か垂れる程度のものだろうとあまり深刻には考えていませんでした。


内田さんが事務所を出て5分としないうちにまたも内線が。


「はい、フロントです。」

「あ、内田です。水漏れなんですけど、洪水のように水が溢れています。

お客様の荷物も水でぬれてしまっているんですが、どうしましょう。」


どうしましょう、と言われても、あいにく全館で満室。

ルームチェンジしてあげたいのはやまやまですが、物理的に無理なものは無理。

他のホテルを紹介してもいいけど、時間はすで午前3時過ぎ・・・。

フロントにいた全員が頭を抱えました。


とりあえずは、ぬれてしまった服の弁償と

水漏れの原因を・・・

なんて考えていたら、また一本の電話が鳴りました。


「上の階から水が滴り落ちてくるんだけど、どうなってんだよこれ?」

という怒りで声を震わせた内線が・・・。

出所はさっき電話があった1つ上の階、4階からの電話でした。

つまりは、水漏れの原因は5階だという事が判明。


1人が四階の、先ほど内線がかかってきた部屋へ。

支配人を含む3人があわてて5階へ向かいました。


エレベーターに乗り、5階に到着して扉が開いてみたら、

なんとそこは1cmほどの量がある水溜り!!!!!


なんじゃこりゃ~~~~!と松田優作ばりに目をみはっている隙に

水漏れ原因部屋へ向かって支配人が猛ダッシュ!

客室の扉をどんどんと叩きながら

「お客様、おきてください!お客様!!!」と叫んでました。

2分ほどしてから開いた扉の向こうから出てきたお客さんは

まさに顔面蒼白。

一言目が「わざとじゃないんです・・・・・」という情けないもの。


中を覗いてみると、部屋の床は5cmほど水が溜まっており、

全ては浴室から出ているようでした。

お風呂の水を出しっぱなしにしながらも泥酔していたので寝てしまったのだとか。

他のお客様からクレームの嵐が来るわ、

次の日も満室なのに部屋が使えないわで散々でした。

もう酔っ払いはごめんだ、と人を心から憎んだ1日でございました。



後日談・・・

結局水浸しになった3,4,5階合わせて計10室の修理代と、

修理するまでに売れなかった補償金として

300万強の支払い請求をお客さんにしたそうです。

しかし、そんなに払えるお金がないのだとか。

どうなるんでしょうねぇ。

先日支配人が弁護士事務所に呼び出されていたから、

後日談も今後この事件簿でアップできる日がくるかもしれません。

だって1ヶ月近くたった今も修理できてないですからね。


みなさん、くれぐれもお酒は飲んでも飲まれるな!ですよ。


最近仕事が忙しいんです。

っていうか暇になった事はあまりないんですけどね。

でもあまりにも職場で事件が発生するので、

これをネタにしようと思い、

今後ブログ名も変えていこうと思います☆

その名も『2年目ホテルウーマンの事件簿』 (仮)です。

ま、いつになるかわかりませんが。


さて、最近書きたい事がたくさんあるんだけど、

今日はとりあえず人生4度目の体験をした話でも・・・。


何が人生4度目かっていうと、

BON JOVIのライブです!!!

先日行なわれた東京ドームでのライブに行ってきました!

いや~~~~~~もう最高!


今やR&B一筋を気取ってますが

(というか実際それ以外はあんまり聞かなくなっちゃったなー)

そもそもの私の洋楽へのきっかけはBON JOVIだったんですよ。

時を遡ることかれこれ12年前、

友人が家に持って来てかけてくれたのが

BON JOVIのベストアルバム Cross Roadでした。

一曲目のLivin' On a Prayerっていう曲のイントロを聞いた瞬間に

これだーーーー!!っていう大きな衝撃を受けました。

この衝撃が私の洋楽への転落街道への第一歩だったのです。


音楽を言葉にするって難しいんだけど、

私の中では

バンドって楽器の音が重なり合う複合的な音の連続っていう感じがするのね。

それに対して

R&Bってボーカルを含む何か一つの楽器が主役、その他が引き立て役で、

小節やフレーズごとに主役が入れ替わる単音的な響きがする気がするのね。

昔って今とは違ってR&Bも確率していなかったし、

バンド時代だったからかもしれないけど、

もうとにかくバンドの音に夢中だったんですよー。


当時からマライアとかボーイズグループの先駆けであるTake That

とかが流行っていたにも関わらず、

なぜかBON JOVIにはまり、

BON JOVIの曲を作っているのがギターの人ってだけでギターにはまり、

ギターを通じてエリッククラプトンに出会い、

エリッククラプトンのChange the WorldでBabyfaceの作る厚いコーラスにはまり、

Babyfaceからいろんなブラックミュージックに広がり

今に至った、という経緯が私にはあるわけです。


そんなわけだから、今はR&Bしか聞かないとはいえ、

私の原点であるBON JOVIのコンサートにはなぜか足を運んでしまいます。

10年かけて4回もライブに行くと、

自分も年齢が上がるけど周囲の平均年齢がどんどん上がっているのが

見てわかってしまうんですよ。

これだけ長い間ずーっと応援してもらってるなんて

BON JOVIは幸せだな~とか思ったらちょっと感傷的になっちゃいました☆


生演奏、生歌を聴いて思ったのが、

やっぱりジャンルなんて関係なくて

音を楽しんだり、雰囲気を楽しんだり、なんといっても

会場にいる人みんなが好きな歌をみんなで合唱する瞬間は

他の何にも代えられない最高の楽しみ!!!!!

ライブでしか味わえない醍醐味だよね!

とうわけで、みなさんどんどんライブには行きましょう~☆


私が次に見に行く予定なのはJOEでーす。

6月にあるので、それまではJOEの復習しておかなきゃですね!

♪びば音楽♪


出勤前にパソコンをしながら

テレビをつけっぱなしにしていたところ、

中村玉緒主演のいのちのなんたらってドラマが

放映されていました。

なにしろパソコンを開いていた状態なので、

話の内容なんかはちんぷんかんぷんでした。

だけど、たった数秒の会話だけが耳に入ってきたんです。


医者 「これは、もやもや病だね。知り合いの名医がいるから

    そこで診察してもらいなさい。」

患者(10歳くらい) 「・・・・」

看護婦 「もやもや病なんて何万人に一人しかならないっていうのに・・・。

      先生ってばよくおわかりになりましたね。               」

医者 「たまたま知り合いがいたからな。」


多少省略して書きましたが、大体こんな会話の流れでした。


その会話だけがたまたま私の耳に飛び込んできた、その理由。

それは、まさに私が9歳の頃に体験した事実だったから・・・。


今でこそ、こんなドラマで使われるくらいに有名になった

もやもや病だけど、

私がもやもや病であると判明した当時(約15年前)は、

その存在を知っている医者はごく一握りだったそうです。

実際、私は幼稚園の頃から様々な病院にかかって

いろんな脳検査を受けたりしてたけれども、

どこの病院に行っても、どんな検査をしても異常なしと言われました。


原因不明の頭痛や麻痺を起こす私を、

渡英前に最後にもう一度だけ検査に連れて行こうと母が決心し、

連れて行かれた病院の先生がたまたまその道の一人者だったので

私の病気が判明しました。


もやもや病が現在の日本で、

ドラマに使われるくらいにまで有名になったきっかけは、

歌手の徳永英明さんだったかと思います。

もやもや病とは、

脳細胞を走る毛細血管が人より細く少なく、

血の巡りが悪くなったり血管の破裂が多くなったりする病気で、

血管の破裂場所によっては死に至る可能性もあると言われています。

病名の由来は、毛細血管が写真に鮮明に写らない事から呼ばれる俗称だそうです。


徳永英明さんはもやもや病の重い発作に見舞われて二年近く歌手活動を休業されていました。

その際に多くのマスコミがもやもや病について取り上げていて、

ようやく全国にいるもやもや病患者に目が向けられるようになった気がします。

(ちなみにマスコミのコメンテーターとして主に呼ばれていたのは

私がかかっていたお医者さんだったので、

その道の一人者と自負していらっしゃったのは嘘ではなかったとその時判明しました。)


でも、もやもや病なんていうマイナーな病気が

マスコミのかっこうのえさになるのには理由があったのです。

それは、がんと同じように特効性のある治療薬がいまだないこと、

そもそも発病の原因が全くわからないこと。

この謎めいた部分がマスコミの興味をさらったのでしょう。


でもこの謎めいた部分が私をだいぶ苦しめました。

ドラマで放映されていた、告知シーン。

同じ体験をした、と書きましたが厳密に言うと、

私はお医者さんからは何も聞かされませんでした。

深刻な顔をしたお医者さんは母だけを診察室に呼び、病気の説明をされました。

母が診察室に呼ばれてから戻ってくるまでの20分間は地獄そのもの。

泣きはらしたような目をした母が戻ってきた後の事は

ショックでほとんど何も覚えていません。

母が私にした説明は、

私は生まれつきもやもや病であるということ、

無理をすると生死に関わるということ、ただそれだけ。


無理をするって具体的に何をすることなのかわからないだけ、

死という恐怖が私を襲いました。

いつ死ぬかもしれない娘を、

父親が待つイギリスにたった一人で連れて行かなければならない恐怖が

母を襲いました。


2週間後には検査のために入院をし、

翌日退院。

そのたったの3日後には人生初のフライトが私を待ちわびていました。

検査手術により体調が万全でなかった上に

得体の知れない病気を抱えて精神的にはずたぼろで、

さらには12時間のフライトのあげくに

友達が一人もいないイギリスに旅立たなくてはいけなかった。

9歳の女の子が抱えきれる問題ではなかったように思います。


病気が判明するまで、私の夢は日体大に行く事でした。

スポーツが大好きで、絶対に体操の選手になるもんだと信じて疑わなかったです。

でも当然ながらドクターストップがかかりました。

スポーツが駄目なら好きな音楽をしようと

11歳の頃からフルートを始めました。

でもこれも私の病気には良い影響ではなかったと後々気づきました。

病気のせいで中学の頃はマラソン大会に出られず、

見た目や性格からは病気だとわかりづらい私は

友達からマラソン走りたくないから休むんだろーと冗談を言われました。

私はジョークで返しましたが、

走るつらさよりも人からそういう冗談を言われる方が辛いんですよ。

体育の練習中も皆の頑張る姿を見ながら一人でぼーっとする事は辛かったです。


私が太め体型である事はこの病気のせいでもあるんです。

有酸素運動をしたらやせるっていう事実は世間一般に浸透していると思いますが、

つまりは体に酸素を送り込めばやせられるということ。

私の場合は脳の血管が細く酸素をうまく運んでくれないので

同じ運動量をしたとしても、体内に取り込む酸素は少ないんです。

つまりはやせにくい、と。

まぁ、そもそも酸素を取り込むような有酸素運動は

血管に負担がかかって破裂しやすくなるから禁止されてるんですけどね。

でも、そんな事を知らない人は中学時代に私をからかってきました。

私は適当に流していましたが、

心の奥底では傷つきました。


それだけ辛い思いをすると

なぜ?という疑問が自然とたくさん生まれてくるものです。

なぜ、自分は辛いと感じているのか?

どういうときに辛いと感じるのか?

辛いと感じない時はどういう時なのか?

じゃあ幸せな時はどういう時なのか?

自分自身で幸せな時というのは作れるのか?

っていう感じで次々と疑問が沸いてきて、

一つ一つを熟考してみたら今の私がありました。


病気だったからこそ、人からのちょっとした言葉に傷ついた。

人によって何が傷つく要因になるのかわからないけど、

自分が苦しんだからこそ人に同じ思いはしてほしくないから、

私はむやみやたらに人を傷つけたくないと思えるようになりました。

病気だったからこそ、自分の幸せについて考える機会が増えたし、

一分一秒たりとも無駄にせず充実した毎日を送りたいと思えるようになりました。

つまりは病気だったからこそ、

ありとあらゆる事に対して「考える」という機会に恵まれたし

そこから得た物は多かったし、

今の自分が形成されたんだなぁ、と思います。


『五体不満足』が大ヒットした音武さん(だっけ?)も、

五体不満足だったからこそあれだけ精力的に物事に挑戦したり

物事をポジティブに捉えられるんだと思います。


もし私が病気じゃなかったら、今みたいに物事に対して

関心を持ったり考えを持ったりしなかったんじゃないかなって思います。

病気で良かったなんて軽々しくは言えないけど、

今の私を、今の私の活力を形成した要因であることは間違いなさそうです。


病気に限らず、人には辛い経験ってあると思います。

でも、辛い経験を辛い気持ちのまま心に留めておくのではなく、

自分にとってプラスに持っていけたらきっと幸せですよね。



そんなわけで長くなったので、おしまい!!



いやぁ~久しぶりに文章書きますわ、わたし。


みなさん、オシャレは好きですか?

私は女の子として生まれたにも関わらず、

オシャレに対してはそこまでの執着心がなく

まぁ、自分の個性が出る服ならそれでいっかな、ぐらいです。

だがしかし!

駄菓子菓子!

一つだけ譲れないオサレぽいんとがあります。

それは、ずばり、アクセサリー!!!


さかのぼること十○年前、かつて私がイギリスに住んでいた頃、

イギリスでは三大チェーン店がございました。

(マックやバーガーキングといった飲食店以外)


1.W.H.Smith

2.Boots

3.Accessorize


W.H.Smithっていうのは文房具屋さんで、

日本では考えられないようなかわいいデザインの文房具を

山のように売っているお店でした。

これは日本に出店したのかよくわかりません・・・。

今Sony Plazaで売っている文房具がバカ売れみたいだから、

日本でも大きな売上を上げるんじゃないかと思うんだけね。


Bootsは日本進出を果たすも売れなかったみたいで

かなしくも撤退してしまいました・・・。

日本にはマツキヨがあるもんね。


そして、このAccessorizeですよ!!!

ほんっっっっっっっっっっとに大好きなお店で、

バッグもピアスもネックレスも、

小物と呼ばれるものはすべてこの店で買っていたといっても

おかしくないくらい。

私のワードローブの基礎を作った場所と言っても過言ではない。

十○年前ではチェーンといえども、

ロンドン市内に5店舗程度だったのですが、

去年ロンドンに行ったときには山のように見かけました。


なーんて思っていたら、日本進出を果たしてくれたんですーーーー!

早速原宿まで足を運んで偵察!

そのままたっくさん買い物するぜ~とか思ってたものの、

手持ちがほとんどなく友人に借金してやっとピアスを1個購入したのみ・・・。


今度は諭吉さんを片手にリベンジしようと思っています。


私のアクセサリーをほめてくれる人が結構いてくれて、

とてもうれしいんですが、

私のアクセサリーを好きと言ってくれる同じ好みの人、

要チェキなお店ですよ!!!

今度一緒に買い物に行きましょう~~~

うっきうきの三連休♪

ってことで二日間は「名古屋で食べまくりの旅」を敢行してきました。

最終日の今日の最大の目的は・・・

78th Annual Academy Awards!!

ということでアカデミー賞を生中継で見るという毎年恒例のイベントを

社会人になった今年も無事に果たしました。


結論から言えば、

今年のアカデミーは面白くなかった・・・。


今年はっていうかここ数年はハリウッドの映画のネタがないんだなぁーと思う。

まず、史実や事実に基づいた作品、特に伝記作品が多すぎる!

Ray,Walk the Line,アビエイター、Capoteなどが伝記作品。

ミュンヘン、ヒトラー最後の12日間なんかが史実に基づく作品。


そんな中で、監督賞をとったブロークバックマウンテンだとか

作品賞をとったクラッシュだとかは、

テーマが重い社会派作品とはいえ、

プロデューサーから生まれでたイマジネーションの世界を描いているわけだから、

出来事や物語に幅が出るんだね、やっぱり。

賞をとって当然だと思いました。


ま、私は娯楽としての映画作品が大好きなので

見終わった後にうんちくが始まりそうな社会派作品とかよりは、

見終わった後に思わず笑いがこみあげてきそうなアホな映画か、

単純な物語展開の映画です。


そんな人がアカデミー見て面白いのか?

といわれそうですが、

歌曲賞のパフォーマンスを見たり

アメリカの流行性を見たりできるのも面白いわけです。


去年はBeyonceが歌曲賞にノミネートされてた曲を全部歌ってたんだけど、

表現力が豊かな彼女はさすがってなもんで

すべてをきちんと歌い分けてました。

感動しましたよ~。

今年は特に感動するパフォーマンスもなかったなー。残念。


そんなわけでいまいち燃焼しきれなかったアカデミー賞でした。

今年はトムハンクスのダヴィンチコードに期待しちゃうもんね。

仕事に疲れた私は、

この業界ではなかなか難しい三連休を無理やり獲得し、

夢のような三連休ライフを過ごしています。


というわけで、今までに行ったことのない

名古屋まで旅行をしてみることにしました!!

メンバーは母、姉、私の三人旅。

家族で行く旅行は気を遣わず楽チン♪だし

なんといっても旅費はすべて母のおごりー。

そんなわけで

初なごや~☆

ひつまぶしーみそかつーえびふりゃーー!!

と心の中で叫びつつ、

三連休前日に実家に戻りいそいそと旅の準備を始めました。


旅行当日の朝、

新横浜から新幹線に乗る私、母とは別に

東京から乗車する姉に電話をしてみると・・・

電話に出ない!!!

20回近くかけたのに電話にでない。。。

こんなに電話が通じないなんて

奴は起きてないんじゃないか?風邪でぶったおれてるんじゃないか?

などと嫌な妄想が膨らんで膨らんで

私と母はどんよりした気分に・・・。

新幹線に乗った時に姉がいなかったら

電車を降りるべきか、そのまま名古屋へ行くべきかで論争が繰り広げられました。

旅行に行く前からいやーな気分のまま

私たちは新横浜に到着。

時刻は既に乗車時間の30分前。

すっかり名古屋への情熱が冷めかかっていた私に

一本の電話が・・・。


姉「ちゃんと新横浜着いた~?乗り遅れたりしたら承知しないからねー」

私「・・・・。はい、大丈夫です。」


ってなわけで人の神経を逆撫でするような電話がかかってきたので

ようやく名古屋に行く心の準備もでき、いざ名古屋へ!


私たちの滞在予定ホテルは名古屋マリオットアソシアホテルという、

名古屋駅直結のマリオットグループ系列のJR東海ホテル。

意味がわからないけど、とりあえず豪華で便利なホテルでした。

ホテルに荷物を置いて早速行動を開始!

まずは、味噌煮込みうどんを食すべく『山本屋本店 』へ。

一口目はうどんが硬すぎる!と思ったものの

時間が経つにつれてほどよい口触りになっていきました。


その後名古屋城に行って天守閣に登って徳川家康の物真似をしてから

ホテルでチェックイン☆

部屋につくなり今話題のイナバウアー逆バージョンばりに海老ぞりを披露し、

シャチホコポーズが完成いたしました。

しかし腰痛も発生しました。


ホテル探索を終了してからひつまぶしを食すために『いばしょう 』へGo!

これは本当においしかった。

うなぎがね、焦げる寸前くらいまでしっかり焼いてあって、

香ばしいんですよ。

関東みたいにふっくらしてないんだけど、

私はふっくらしたうなぎや穴子の調理法が嫌いだから

すごくおいしく感じました。

いや~幸せ♪


翌朝はホテルの朝食バイキングをたらふく食してから

陶器メーカーNoritakeのクラフトセンターに行きました。

絵皿にしゃちほことえびふりゃーの絵を描いて大満足♪

その後天むすを買ってから徳川園とかいうところに行きました。

お目当てだった源氏物語絵巻が本物ではなく

コピー品だったことには軽くショックを受けました。

が、実際に尾張徳川家が使用していた数々の備品を見れたのは

貴重な体験だったように思えます。


新幹線の時間も迫り、

名古屋駅に戻ってお土産を買って新幹線に乗り込みました。

名古屋コーチンとみそかつをどうしても食べたかった私と母は

駅弁を買って家路へと急ぎ、

父とともに名古屋コーチンとみそかつを食しました。


二日間とはあっという間なんですね。

それなのにこれだけ名古屋の名物を食べれたのは

感動の一言に値します。


あーーーおいしかった☆

Mさんの為にこのお題で書いてみます。

まぁ人それぞれ考え方は違って当たり前なわけで、

一個人の意見だと思って適当に流してくれて構わないです。

そしてとっても長い文章になるので、ご了承を。


かれこれ約5年ほど前のこと、

当時高校生だった私は母親と映画を見に行きました。

身長・体重ともにあまり変わらない私と母親が払った金額は

\1800と\1500。

私は学生だから学割料金で\1500だったのです。

当たり前といえば当たり前で、それまでは当然の事として受け止めていた事実ですが、

なぜかその日は体格が同じ私と母に金額という面で差が出る事に

大きな疑問を抱きました。

なぜ学生だと割引されるのか・・・。


一度の上映においては

売上=価格×入場数であり、

日曜日みたいに入場数が見込める場合を除いては、

価格よりも入場数を増やす事が売上アップに繋がる、

つまりは学生に割引料金で提供することで入場数が増え、

結果としては劇場側の売上に繋がるわけです。


つまり、劇場運営側としては学割は売上増加のための

戦略の一環であると考えられます。


だけど、学割がある場所って映画館だけじゃなくて、

国立の美術館とか営利目的の団体ではない所が

運営している場所にもよくあるシステムだし、

学割制度自体が日本に溢れすぎてて

なんでそんな制度があるのかとか目的は何かとか

それまでずっと考えた事がなかったのです。


で、考えた結果、私なりの答えはというと、

行政だけではなく民間企業を含めた国全体が

お金のない学生の為に作ってくれた制度なんだなーと。

当たり前の答えだと思うでしょ?

でも、よくよく考えてみたら

お金のない学生を国が援助した所で国にとって何か利益があるかというと、

直接的な利益は何もないはずなんです。

じゃあ何があるかといったら間接的な利益を見込んでいるんじゃないかと

思うわけです。

国や社会にとっての間接的な利益っていうのは、

『学生の間はバイトをしてたくさんお金を貯めて

 社会人と同じ料金を払うんではなくて、

 その時間を勉強なり遊びなり自分を成長させる為に有意義に使って、

 その時間で培ったものを社会で発揮させて

 社会貢献をしてほしい』

そういう事なんじゃないかな、と私は答えを出しました。


別に学割だけじゃなくても、

自分が気づいていないところで

国や社会の制度の下で、

それらの制度のおかげで自分は今まで生きてこれたんだな、と思ったら、

まず私が社会に出てしなくてはいけないことは

働いて国や地域に税金を納めることだと思いました。

その次に、自分が培ってきた英語や食に関する技術や知識の活用。

だから今は資本金が日本である日本企業に勤めてます。


別に愛国心が強いわけではないけど(てかむしろ薄い方です・・・)、

先進国に生まれて戦争も知らないで最新技術に囲まれて、

こんな幸せな生活は私たちよりも上の世代が頑張って働いて

税金を納めてくれたからこそだと思います。

彼らが税金を納めてくれなかったら、火事になっても消防車は来ないし

病気になってもお金を払って救急車に乗らなきゃいけないもんね。


だから、私が正社員として働く第一の理由は

国や地域社会を含めた私が今までお世話になった人達のため、

そして次の世代の人達が幸せになれるため、税金を払うということ。

その次の理由としては自分が好きなホテルやレストランという場所を

他の人にも楽しんでもらいたいってのがあります。

最後の理由として自分の為。

いくら人にホテルやレストランを好きになってもらいたいと言っても、

ボランティアでは自分が生きていけなくて、

人のために何かができる環境じゃなくなっちゃうからね。

お金ももちろん必要です。


そんな感じでMさんど~でしょ~う??

たぶんまったく参考になってないと思うけど☆

今日は久しぶりに母校に行ってまいりました。

その用事とは、ずばり企業セミナー。

就職活動中の学生相手に企業の説明をするという

人事部の仕事を同期の人事部所属君に押し付けられ、

二人で我が母校に上陸いたしました。


時間よりも早めに着いてしまったために

しょうがないから学食へれっつらごー。

母校自慢のソフトクリームを食しました。

フレーバーは週代わりだったので巷では大人気☆(だったはず・・・)

高校生の頃にはわざわざ短大まで

バナナソフトを求めて走ったくらい、学生には人気の的でした。

そんな今日、わくわくしながら味をチェックしてみると・・・

”アポロ味”

とでかでかと書いてあるじゃーないですか。

一瞬なんのことかわからず

ポルノグラフィティのアポロって曲が頭をよぎったとさ。

どうやらお菓子のアポロ味の事だったんですね。

まぁまぁおいしかったです。


でも一番のお気に入りは黒みつきなこでした。

また食べたい・・・。


そんな郷愁(?)を胸に、目的であるセミナーに参加。

サークルの後輩と偶然に会い、

ホテル業界志望というのでマイブースに呼んで

お話をさせてもらいました。

もちろん就活の相談にも乗らせていただきましたよ。

そんなこんなで無事にセミナーも終了!


高校時代も合わせると5年間も通った場所だから、

久しぶりに行ったにも関わらず

やっぱりすごく落ち着きました。

私のルーツが育まれた大切な場所のひとつです。

これからもずーーーっと永久にあの場所にあのまま

保管されてほしいものですね、

最近仕事がめちゃくちゃ忙しくて、

自分の時間がぜ~んぜんもてませんでした。

毎日12時間ち近く働いて、休日も返上して仕事して、

時には2時間睡眠で16時間働いたあげくにその後宴会に参加させられるような日も。


でも、もともと考えてみたら、自分で自分を追い詰めるような

スケジュールを組んだり仕事の入れ方をしたのかもしれないなー。

学生時代から何かと予定がたくさん詰まってて

暇な時間とかほとんどなかったし。


そこでなんで自分がこんな時間の使い方をするのか考えてみました。


学生時代にO先生の授業で学んだんだけど、

生きる事=意識のある時間を持つ事、過ごす事っていう考え方があるそうです。

確かに、寝てる時間とかボーっとしてる時間って

自分の将来には何の糧にもならないですよね。

寝てる時間に得る物って体力だけなわけで、

その体力っていうのは結局は有意義な時間をすごす為、

つまりは生きるためだけのもの。


じゃあ生きるって一体何?と思って考えてみたんだけど、

私にとって生きる事っていうのは一言で表すなら、幸せになる事だなーと

思ったわけです。

将来幸せになるために、現在の時間を使って将来の糧となる経験をする。

将来の幸せにつながると思うから現在何かを経験することも幸せに直結する。

たくさん経験すればするほど将来はより幸せな時間を持つ(つまりは生きる)事が

できるんじゃないのかな、と思って

私はいつも忙しくなっちゃうんだなーと思いました。

こう考えてみると私って未来志向型なんですね。


しかしながら最近は忙しい割に将来の糧になるような

時間のすごし方をしていないような気がしてしまいます。

そんな風に満足感が得られないから、

余計にいろんな事に手を出して余計に忙しくなってる気がします。

将来自分がどうなりたいのかが明確だったら、

自分ひとりの力だけでそのビジョンを達成できるんだったら、

こんなにも悩み苦しまなくても済んで、時間的余裕もあるはずなのに・・・。


ってなんかきっちょむゼミの授業内容みたいになってしまいました・・・。

自分の夢が明確で、それに向かって突き進んでいる友達を見ると

とっても羨ましいです。

みんな頑張れ☆

そして行き詰った私に助けの手を誰かプリーズ!!