高校から大学にエスカレーター式に進学したんだけど、
実は高校二年生の頃に他大受験を考えた事がありました。
そもそも私が高校受験で青学を選んだ理由が、
「人生で受験は一回しかしたくないからエスカレーター式で大学進学可」
「男女共学」
だったわけで、この条件にヒットしたのが青学しかなかったのです。
しかし当時の青学の女子の偏差値は72というありえない数字。
実際に私が受けた年は倍率11倍というありえない数字。
そんなわけで中学時代しょうがないから一日八時間くらい勉強しました。
そんな猛勉強の末に青学に入学したのに
入学して一年ちょっとでまた大学受験の為に勉強生活に入ることに
母親が猛反対をしたおかげで大学受験はできませんでした。
当時私が受験しようとしたのは早稲田大学。
なぜかといえば考古学を勉強したかったからなのです。
遺跡を発掘したりすると歴史が変わるでしょ?
私が歴史を変えるような大きな発掘をして
世界の歴史を変えてみたいと単純に夢を抱いたのです。
今は青学に進学した事を後悔していないし、
青学で良い仲間に出会って良い経験をたくさんしたと思ってます。
でも、考古学に対する関心は日に日に増していくばかりなのです。
偉大な発掘によって歴史が塗り替えられる瞬間って
必ず興奮と同時に疑問がわきました。
だって、今までAが真実だと信じていたのに
たった一つの発掘によってAが真実じゃなくなっちゃうんだよ?
何百年も昔、風邪って空気感染しないっていう説が真実だった時代があって、
その頃に風邪がウィルスによって空気感染すると唱えた医者は
「医者という立場にありながら嘘八百を公言して患者を不安に陥れる」として
禁固刑を言い渡されていた国があるらしいのです。
今の時代にこの話を聞くと
処罰された医者はなんてかわいそうなんだ、と思うけど、
当時私が生きていたらきっと同情なんてしないと思うんですよ。
だって私はその当時の風潮で
「肉体的接触によってだけ風邪は感染する」=真実だと疑っていないはずだから。
そういうことを考えると、自分が気づかないうちに信じている真実って
存在するんだな、と恐怖感を抱きます。
そもそも「真実」と思われている事象や事物って
ある科学的物証が根拠として成立しているから真実と呼ばれるけど、
科学が日進月歩で進化している現代においては
そんなころころと変わる物証は根拠になんてなりゃしないとも思うのです。
私はいつもそんな事を考えながら「真実」を疑問視してる節があるのですが、
今の若い人にも真実に捉えられずに自分なりの答えを探してほしいとどこかで願ってます。
だからこそ、真実を揺さぶる根拠を探し当てる
考古学に今でも深い関心を抱いているのかなぁー。